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5月

5月の内容

■歩こう一緒に!

■イベントから2日

■パートナー候補 (リランのユーザー)

■月次報告(5月)

■歩こう一緒に!

盲導犬協会ではMobilityWorksのゴールデンウィークのような連休はなかった。ふだんのように多くの訓練犬の訓練はできなくても、必ず何人かはヒノキハウスでの犬の訓練や世話を進める人が必要だ。近盲では人出が多いゴールデンウィーク中に街頭募金もやっているので、福島さんのようにほぼ出ずっぱりという人もいる。一方で生活と仕事のバランスは重視していて、家族との時間のために休暇を取る人ももちろんいる。そこで以前に飼育を経験したボランティアさんに訓練犬を短期間預かってもらって訓練犬の経験を増やすという取り組みもしている。逆にPWさんや引退犬ボランティアさんなどから一時的に預かる犬もいる。

啓発担当の加賀さんは仕事の分担上犬の世話とは関係はなかったが、『歩こう一緒に!2025』の準備のために休んでなど居られなかったようで、ほぼ毎日協会へ来ていたそうだ。

企画段階の全体像はこうだった。鶴亀駅近くに最近できたBリーグ用の体育館とその隣接の駐車場が会場。ステージイベント、体験イベント、物販が並行して実施される。ステージイベントは、駐車場の大半をイベントスペースとして実施。オープニングの鶴亀市立中央高校のブラスバンド演奏に始まり、盲導犬ユーザーの体験談、盲導犬訓練の実演が行われる。最後は盲導犬クイズで締めくくり。体験イベントは、体育館の中の会議室を使って行う。子ども向けの盲導犬訓練士体験、アイマスク体験。子ども向けにはPR犬とのふれあい広場。物販コーナーはイベントスペースと体育館の間。協会が用意した盲導犬グッズに加えて、イベントスポンサーの物品提供、そして駐車場の中で『くっきんチャンネル』のクックインからのキッチンカー。

もちろんサポートしてくれる人は何人もいるが、これだけのことを当日実施するのだそうだ。しかもその上、京都日々新聞やSHK(新日本放送協会)、KHT(京都ひかりテレビ)などの取材対応があるとのこと。このため、丁寧に計画されている。

「加賀さん、これ本当にこの人数でできるんですか?」

「ボランティアの皆さんがかなりお手伝いしてくれることになっているので、大丈夫でしょ。あとは雨が降らないことを祈るばかりね。」


当日はきれいに晴れた。前日のうちに荷物を積み込んだ車に事務系の職員は分乗。ボランティアの方たちが待つ体育館駐車場へ向かう。訓練部の職員はイベントで一緒に歩く犬たちを乗せて少し遅れて出発。体育館前には30名を越すボランティアが待機してくれていた。設営担当はテントを立て仮設舞台を設置しパイプ椅子を並べる。マイク、スピーカー、ミキサーも配置する。半年前、10月のボランティア・デーでは全く気付かなかったが、多分このあたりの機材を使っていたのだろう。設営担当と並行して体験イベント担当は必要な機材を体育館の中へ運ぶ。物販担当者は協会の販売するものを並べるのと同時に、後援企業の準備を手伝っていた。

今回自分は全体を見渡す役割にしてもらっていたのであちらこちらに顔を出す。なにもしてなさそうに見えるのか、新たに会場に来る人から「XXはどこですか?」という質問をずいぶんと受けた。ステージイベントの司会進行はプロに頼んでいたので、来場された司会役を案内したり、スポンサーを案内したり。キッチンカーで参加してくれたクックインの人から電源がないかと尋ねられたり。とにかく慌ただしかった。

「みなさーん。こんにちは。ただいまより近畿盲導犬協会主催の『あるこう一緒に!』を開会します。」

司会が張りのある声で開会をアナウンス、中央高校ブラスバンドの演奏する曲が流れる。ステージイベントが始まった。

「いや、こんな人数で良くできるもんですね。」それが始まった瞬間の感想だった。

青い空の下、金管楽器の音が響きかなりにぎやかでお祭り感が高まる。高校に入学したての1年生ブラバン部員は、まだ楽器を持たせて貰えないのか、音楽に合わせて喜びをダンスで表現している。

協会から連れて来た訓練犬、PR犬、ボランティアさんが連れてきた犬たちもブラバンの演奏と躍動する踊りを見ている。さすが、盲導犬協会の犬の血統、犬の鳴き声は全く聞こえず穏やかなものだ。

ユーザー体験談は実に興味深い。ユーザーの方の中には話し上手な人がいる上、司会者のリードがうまく盲導犬との日常が明るく語られる。自分の知らないことばかり。それに加えて思わず笑ってしまう話もあった。そして今まで気づいていなかった、白杖を使っていても盲導犬と歩いていても出会ってしまうちょっと困ってしまうことに気づくことができた。それを避けたり解決するために自分はどのような行動をとるべきなのかを考える機会になった。

体験談に続いての訓練の実演は排泄の説明から始まった。ワン、ツーのコマンドを聞いて指示された通りに排泄をする訓練犬。初めて排泄の様子を見る来場者たちは小さく驚きの声を上げる。次にマテのような基本訓練、段差の発見、障害物の回避などの訓練が実際に紹介される。締めくくりは観客席の周りや椅子席間の通路を歩行して、どの観客でも近くから見えるように考えられている。

訓練実演が終わるとステージも一旦休憩になった。その時間、自分は体験コーナーを順に回る。訓練士体験をはじめに確認。訓練士体験なので、まずは訓練犬に与えるコマンドをいくつか参加者にも覚えてもらう。そして訓練士と一緒に訓練犬と歩いてもらう。参加者はアイマスクなどを付けずに盲導犬のハーネスを持って緊張気味に歩いている。子ども向けと聞いていたが小学生でも高学年が中心だった。これは意外だった。

次に見学したのは屋内の会議室でのアイマスク体験。点字、凹凸地図、キャンディーフレーバー当て。ここでは盲導犬のユーザーさんがナビゲーター役をしていた。ユーザーさんが連れて来た盲導犬はその足元でおとなしく待機している。指先で点字を読むのは参加者にとってとても難しそうだった。自分も協会で試したことがあったが、突起があることくらいしか認識できない。しかしナビゲーターが手際よく打ってくれた自分の名前の点字カードをもらった親子は大切そうにそのカードをバッグにしまっていた。キャンディーフレーバー当ては、渡されたキャンディーの味を言い当てるというもの。こんなの簡単だろうと臨んだ参加者だったが、見ていると半分も当たっていないようだった。目で見る色と鼻で感じる香り、舌での味わい。この3つで味が認識されているためだそうだ。

11時から始まったこのイベントも午後2時半を回り、ステージイベントも最後のクイズ大会になっている。「全国にいる盲導犬のユーザーは1000人より多い。〇か×か?」「盲導犬は4歳まで訓練をしている。〇か×か。」クイズの参加者は客席を2つに分けて設けられた〇エリアと×エリアを行ったり来たり。さすがに自分は正解ばかり。もちろん自分は参加してはいないが、参加者が答えを考える表情を見ていると、思わず応援したくなる。

そろそろ終りの時間が近づいた。プロ司会者が場を盛り上げ、参加して頂いた方に感謝の言葉を伝えて終了。休む間もなく今度は撤収作業。設営と同じメンバーなので、今度は手際よく短い動線で椅子、テント、ステージなどを片づけていく。皆疲労の色がやや滲んでいるようだが、積み込んだ荷物を頑張って協会まで運ぶ。来場者数500人。予定の300人を超えたことが告げられ、だいぶ疲れが和らいだ。



■イベントから2日

「加賀さん。所長から依頼を受けていた来年のハイブリッド開催の準備についてまとめました。複数のカメラとカメラマン、スイッチャーを配置するのと、いくつか配信用の前撮り録画をしておくのが必要ですね。必要な機材と配置する人員数の案を書いてあります。加賀さんが気にしていらしたようにライブ配信でイベント来場者の顔が入ってしまうのを避けるのは難しいと思いました。本当は来場者の同意書をもらう必要がありますけど当日に同意書をもらうのは大変なので、それを避ける案も書いています。」

「須田さん。ありがとう。後で目を通しておきます。明日か明後日、説明してくださいね。」

「はい、わかりました。当日はオープニングの中央高校ブラバンが演奏してくれて、とても盛り上がりましたね。普段からのつながりがあったのですか?」

「それがどこの高校ともあまりつながりはなくて、特に今回の場所は初めてだったので近くの学校のどこにお願いするかから考えなきゃならなくて大変だったの。ダメ元で頼みに行ったんだけど、顧問の先生が快諾してくれたんです。助かった。」

「そうなんですか。でも地元つながりで上手くいったんですね。ところで事前にもっときちんと聞いておけば良かったのですが、今回のイベントでは盲導犬が前面に出ているようでいて、必ずしも盲導犬ばかりじゃなかったような気がするんですが、気のせいでしょうか。」

「そう言ってもらえると、成功したなって思えるな。」

「え、どういうことですか。」

「3月に小学校の訪問に行くことになっていて、それがドタキャンになったの覚えている?」

「ええ。あの時は急に中止になったので代わりに繁殖ボランティアさんのところへ行ってました。」

「本当はあの時説明しておけば良かったんだけど、そのまま学校に行っていたら、須田さんは多分同じ感想をその時に言っていたと思います。それはね、目の不自由な方、完全に見えないだけではなくて、視力が弱い、視野が狭いといった目が見えにくい方たちも含めて、そんな方たちが自分らしく生きるためのリハビリテーションの事業を私たちはしているということなの。リハビリテーションっていうと機能回復訓練だけのように聞こえるけど、広い意味でリハビリテーションは「自分らしく生きる」ために行われる活動を指していて、近盲がその活動をしていると知ってもらうためのイベントだからなの。これは所長も良く言っていることなので聞いていますね。だから、盲導犬は何ができるかとか、どう訓練されているかだけではなくて、目の不自由な方たちは生活でどのようなことに困っているのか、それをどうお手伝いしたらいいのか、そんなことをイベントを通して知ってもらいたいの。今回のイベントが盲導犬のことばかりじゃない、と須田さんに感じてもらえたようだから成功だったと思えたの。」

「ごめんなさい。まだ良くわからないんですが。」

「体験コーナーに訓練士体験ってあったの覚えてるでしょう。以前は訓練士体験ではなく盲導犬使用体験として『Joy Walking』というミニコーナーがあちこちの協会のイベントで行われていたの。盲導犬にハーネスをつけ希望者にハーネスのハンドルを持ってもらいアイマスク歩行をしてもらう。確かにこのコーナーには人が集まっていました。だけど、そこで体験した人から出て来た感想は『アイマスクをすると怖くて歩くことができなかったけれど、盲導犬がいるとスムーズに歩けるのが良くわかりました。』『盲導犬がいるとあちこち知らないところへ行けそうです。』といったものがほとんどでした。それでこのまま盲導犬体験を続けていたら、目の不自由な方たちの困っていることなどを理解してもらうことはできないし、誤解されてしまうと感じたの。」

「すみません、まだ分かりません。」

「人間が視覚によって得る情報は非常に多いので、目が不自由だとどうしても行動範囲が制限されてしまうし、時間もかかってしまうことが多いでしょ。じゃあ視覚障害があると何もできないかというと、そんなことは無くて目から得られる情報を他の方法で受け取ることができればずいぶん状況は変わる。それをまず知ってもらいたいの。だからアイマスク体験と歩行体験を切り離しているのね。アイマスク体験では、目以外から情報を受け取ることにポイントを置いています。どのくらいの情報を得ることができたかによって状況把握の度合が変わってしまう。盲導犬ユーザーさんには言葉で情報を伝えるのが上手な人が多く、そして職員も言葉による表現力を向上させる努力を積んでいますから、アイマスクをした参加者からは『説明で状況がとてもよくわかるようになった。言葉での説明の重要さがわかった。』という声を聞いています。盲導犬体験ではなくアイマスクのない訓練士体験に替えたことで、それでも盲導犬がかなり前面に出てしまうけど、ストレートゴーとか指示は人間が出していることが参加者に理解してもらえるでしょ。盲導犬が道案内をしているのではなく、人間の指示があって初めて歩行ができることが分かれば正しく理解してくれる人を増やす第一歩になると思うの。」

「難しいけどなんとなく説明してくれていることが分かって来たように思えます。『歩こう一緒に!』のような啓発イベントは一般向けで、視覚障害があることで何に困るのかを知ってもらって、現実に存在するそのバリアを取り除く協力を求める場なんですね。目の不自由な人には、盲導犬のことをもっと詳しく知ってもらうために別の機会を設けて、盲導犬と実際に歩いてもらったり、じっくりとメリットやデメリットも説明しているということですね。」

「だいぶ分かってくれたみたい。」

「はい、と言いたいのですが、もう少し時間をとって整理させてください。」

「ええ、すぐにわかるのは難しいかもしれないけどぜひ考えておいてくださいね。コスパとかタイパを考えると収入が多いか少ないかという視点に行きついてしまうけど、それだけだったら『一緒に歩こう!』のようなイベントよりも街頭募金をした方が効率的かもしれないですね。本当に私たちがやりたい啓発活動では正しく理解して協力してくれる人を増やすことが重要なんです。だからイベントを通じて目の不自由な方が活動しやすい社会を作り、さらに別の成果として定期的に会費を納めてくれる会員の獲得やクラウドファンディング、遺贈のような善意に結び付けていけたらなって思っています。」


■パートナー候補 (リランのユーザー)

ラインがキャリアチェンジした後もリランの訓練は続いていた。

佐渡さんが話しかけて来た。ただ今度は明らかに明るい表情だった。

「須田さん、いいお知らせがあるの。」

「もしかしてリランのことですか?」

「そう。リランは訓練評価2に合格したわ。そして共同訓練開始式の日程が決まったわ。リランの誕生日、つまり須田さんの誕生日は5月21日だったわね。その2週間後から。最近の中では早い方よ。ちょうど今2歳。」

「どんな方がリランのユーザーになるのですか。」

「初めて盲導犬を使うことになった大学生よ。大畑さんというの。大学に入学してから、病気で次第に視力が低下してしまったの。工学部なので、もしかすると須田さんと何か話があうかもしれないと思って。共同訓練が始まる前に紹介しておいてあげるわ。」

「ありがとうございます。生命科学系の職員は協会にいるって聞きましたが、工学部出身者はこの辺りでは見当たりませんよね。自分と少しは話が合うでしょう。新規にユーザーになるんですね。初めての盲導犬がリランか、大丈夫かな。」

「なに父犬みたいなこと言ってるの。どんなユーザーの方も初めての盲導犬が居て、その盲導犬にとっては初めてのユーザーさんということになるのよ。大畑さんとリランの関係と同じでしょ。あ、忘れかけてたけどリランが大畑さんのところに行くことは、まだ本人に伝えてはダメよ。」

「あ、そうでした。新しくユーザーになる人には共同訓練開始式の当日、式の途中で紹介されるまでどの犬が自分の盲導犬になるのか知らせていない、って言ってましたね。ありがとうございます。危ない危ない。」


リランの訓練評価2の動画を見せてもらった。

顔を前に向けてキープレフトで歩いている。前に向けているのはこれから行く先に障害物があるかどうかを確認するためだ。路上駐車があると、周りにあまり人が多くなければだいぶ前から少しずつ右に寄り、駐車を超えると今度は滑らかに左へ戻る。逆に駐車の近くに大勢の人がいるとその直前までキープレフトで、障害物を避けるところで大きく右に進路を変えていた。しばらく障害物がなくまっすぐ行ける道だったが、今度は逆にビルの建築工事が終わり、境界だった壁が撤去されているところだった。ビル敷地内の緑地帯に入らないように境界線に沿ってリランはアイマスクをつけたハンドラーの江田さんを誘導している。

角切りの入口ではキープレフトを保ちながら斜め左へ誘導し、角切りの出口付近では徐々に速度を落として止まる。ハンドラーのコマンドを聞いて、横断歩道に向かって歩き出す。また速度を落として停止。

「ここまで見てどうだった?」

「ハンドラーは江田さんですよね。アイマスク付けてこんなに速くスイスイと歩けるんですね。リランも急に速度を上げることも下げることもなしに、それでも障害物との距離をいい具合にとって歩いているんですね。」

「ええ、とてもいい歩き方が出来てますね、障害物から近すぎず、遠すぎず。これから進む方向を見て、自然な形で障害物を避けてまた元の進行方向へ戻り、気持ちのいいスピードで歩いて、止まらなければならない場所ではきちんと止まる。でもハンドラーが分かるように徐々に速度を落としてますね。そして止まったところは、適度にギリギリの場所ですね。」

「横断歩道まであと数センチですね。」

「身体の向きも見て下さい。理想は横断歩道に垂直に向き合う形なんだけど、その直角向きになっていますよね。」

この後も正面から歩行者が歩いてきたり、自転車の駐輪をよけたり、直進しようとしていたハンドラーが直進をやめて先に道路を横断するため方向転換するなどチェック事項に当たることが次々に起こった。そして道路の反対側を歩いていた人が連れていた日本犬の鳴き声にも反応しなかった。

「この子のいいところは、自分がどう動くとハンドラーも一緒に歩きやすくなるかということを認識している点ね。ハンドラーの指示を待つべきか、ハンドラーの歩きやすい方法を提案するとか。そのために遠くの情報を目と耳で獲得しているわね。だからスムーズに障害物を避けて、止まらなければならない場所では自然な形で止まってくれている、盲導犬は向きを変えるなどはユーザーさんのコマンドで動くけど、ストレートゴーの動きの中ではイニシアチブをとって歩くことが求められているの。」

「だからとても滑らかに歩いているように見えるんですね。リランはすごいな。そして目の不自由な方が、頭の中に地図を描いてどこで曲がるかを判断しているというのは聞いていたのですが、それをハンドラー役の江田さんがそれを自然にこなしているのもすごいなと思いました。自分が見ても分からないのは当然ですが、リランが大畑さんと合う、マッチングするというのはどのような点なのですか?」

「まず身体的な部分。大畑さんは若いし男性なので身体の大きさとか活動量、リランの活発なところにあってるでしょ。それから性格的な部分としては、大畑さんの活動する大学付近や自宅周辺、通学経路の混雑度合いなどに向いていると判断したの。犬によって、都市部の騒然としたところが合う場合と、少しのどかな地方都市や、もっとのどかな住宅地が合う場合があるんです。訓練評価1の後くらいの時期からリランは大畑さんに向いているかな、と思って育ててきて、模擬共同訓練の時に何頭か試してもいて、リランが合うなと思っていました。」

「え、そうなんですか」

「訓練評価1の後からは少し早かったけど、ありえないほど早いというわけじゃないの。じゃあ訓練評価2のビデオ、この後は駅の入口から列車へ乗るところまで見ましょう。」


**

「大畑さん、こんにちは。須田と申します。」

来週から始まる共同訓練の打合せで大畑さんが協会に来ていた。佐渡さんは立ち会えないので、連絡しておくとのことで、訓練の打合せが終ったあとの大畑さんに声をかけた。

「須田さん、佐渡さんからお名前は聞いています。あ、ちょっと待ってください。はい、大丈夫です。すみません。須田さんは工学部出身なんですか?出向で盲導犬協会に来ていると伺いました。」

「そうなんです。MobilityWorksという会社から来てるんですよ。大学は工学部、大畑さんも工学部だって聞きました。」

「MobilityWorksはどんなことをしている会社なんですか。」

「モビリティ、いろいろな意味があるんですが、最近は自動車のような移動手段をモビリティと呼ぶことが増えてきました。MobilityWorksでは自動車系のシステム開発をしています。今まで自分はソフトの開発をしてきました。ちょうど1年前の今頃は、自動車の障害物検知関係のプログラムを作っていました。なかなかうまく動かずに唸ってました。」

一瞬大畑さんのトーンが落ちた。ソフト開発は難しいと思ったのだろうか。しかしまたすぐに元気を取り戻したようだ。

「いいですね。自分もソフト開発をしたいと思っていたんです。でも視力が急に落ちてしまって、もうプログラム開発はできないなあ、って一度はその夢を諦めることにしたんです。その時期はかなりしんどかったですね。でもいろんな方からいろいろと話を伺っていると可能性はあるんじゃないかと思うようになりました。あ、ちょっとすみません。」

「どうかしましたか。」

「そろそろ時間なので行かなければならないんです。こんど詳しく話を聞かせて貰えますか。」

「え、えぇ、いいですよ。もちろん。来月は共同訓練がありますね。そうすると、ここに泊まり込みになりますから、その時にでもいろいろと話をさせて下さい。ところでなんで時間って分かったのですか?」

「話をしているときに時間を気にしてすみません。バイブレーションで時間を教えてくれる時計で時刻を確認していたんです。文字盤はなくて、時間、10分台、1分台の3つのボタンがあって、押すと振動します。例えば6だとブルブル、ブルと。ブルブルは5、ブルは1で合計6なんです。」

「少し古い本には長針、短針を触る腕時計がある、と書いてあったのですけど、時代は変わったんですね。」

こうやって話をしてみると、評判通りの好青年、大畑さんはとてもいい大学生に思える。自分も勉強して彼の力になりたいと思った。振動デバイスも面白い話が聞けた。




■月次報告(5月)

御手洗社長

5月(8回目)の報告を行います。

<業務内容>

啓発イベント(実施と来年度向けレポート作成)

<次月の予定>

・クラウドファンディング準備

・パピーレッスン(立ち合い)

・共同訓練(一部立ち合い)

<所感>

啓発イベントは「歩こう一緒に!」というイベントでした。少人数で実施している点で、近盲スタッフの対応力の高さを再認識しました。来場者との位置関係という点で、MobilityWorksでやっているイベントとは異なりますので、その点を考慮してレポートを提出しました。次月は共同訓練の一部を見学させてもらうことになりました。見学前に会って話をしておいた方がよいとの判断で、訓練受講者へ自己紹介などをする時間を持ちました。彼が時刻を確認するのに使っていたデバイスは振動式で通常の「触読式」とは異なるものでした。


須田


返信:第8回報告


須田さん

「触読式」の時計は検索したら出てきました。「振動式」は分からなかった。どのくらいの情報量を伝えられるのかな。周波数とかも関係するのかな。ネット調査はしなくてもいいので、本人と話す機会があれば少し聞くようにして下さい。一番大切なのは共同訓練なので、ストレスを与えないこと。


御手洗

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