2月
2月の内容
■出産
■キャリアチェンジ
■パピーウォーカーになりたい
■月次報告(2月)
■出産
テスラーとガウスがヒノキハウスで交配をしてから2カ月が経とうとしていた。
谷野さんが教えてくれた。
「ニーナ、もうすぐ出産です。来週ヒノキハウスに戻ってきますよ。」
「ニーナってガウスと交配したんでしたっけ。」
「そうです。来週火曜日が予定日になっているので、月曜日にはヒノキハウスに来る予定です。」
犬の妊娠期間は約2カ月、63日ということを聞いていた。
「出産に立ち会うことはできますか?」
「もちろん、無理ではないけれど、結構大変ですよ。」
「自分も1年しかここに居られないので、なんでも貪欲に見てみたいと思っているんです。」
「分かりました。それでは来てもらうために少し説明しときますね。」
谷野さんとのその後の会話をまとめると、次のような内容だ。予定日前日に母犬となる繁殖犬は動物病院に寄ってX線撮影を行い胎児の数を確認する、そして出産のために協会へ来る、母犬が安心して出産できるように立ち会う人は一度面通しをして警戒心を消すようにする、協会の一室が分娩用の部屋になっていて出産はそこで行う、主に出産は夜中になる、破水から出産まで時間がかかる、多胎の場合1時間間隔で生まれると見込んでおくといい、場合によってはなかなか出産ができず帝王切開になることもある。そういった状況なので、自宅で待機、破水で第一回連絡、出産が始まったら第二回連絡があり、自分は急いで協会に行くということになった。
翌週月曜日、予定通りニーナが帰って来た。
「須田さん、来ましたよ。ニーナに挨拶しておいて下さい。」
「ニーナ、久しぶり。大きなおなかだね。元気な赤ちゃん産んでね。」
「獣医さんによると、6頭いるようです。」
そうすると5時間くらいかけて出産するのか、大変だな、と思った。
「繁殖犬のボランティアの中山さんには破水があったときにこちらに来るように連絡しますので、須田さんよりも先にこちらに着いていると思います。」
「出産は今日ですかね、明日になりますか。」
「こればっかりは分からないですね。すべてニーナ次第。ただおなかがだいぶ縦長になってきたので、結構早いかもしれませんね。出産の直前になると、横に張っていたおなかが上下方向に伸びてくるんです。そのほかに食事を摂らなくなったり、排泄を済ませたりといった兆候が出てくると出産が近づいているんだな、と分かってきます。」
「まだ食欲があるみたいですね。」
「トイレもまだ出し切っていない感じですね。明日になるかな?」
今日は定時の6時で仕事を切り上げて一度自宅に帰ることにした。まだ寝付けなかったが無理にベッドに入った。
そんな時に限って友人から電話がかかって来る。
「おーい、須田。元気かい?」
「こちら出産を控えていて、今仮眠して連絡待ちをしているところなんだ。ただ連絡が来るのが、今晩なのか明日になるのかは分からないんだ。」
「あーそうか、仮眠中だったとは、悪い悪い。お前結婚してなかっただろ?相手は誰だい。」
「言ってなかったけど、今盲導犬の関係のところに出向中で、今日はその出産に立ち会わせてもらうことになっているんだ。」
「ほう、面白いね。でもそれまるで、産科のお医者さんみたいだね。いつ出産があるかは分からないものね。」
「悪い、また連絡するから。今日は仮眠仮眠。」
「おう、分かった。じゃ、また。」
夜10時。友人の電話から1時間も立たないうちに、『破水があった』とのショートメッセージがスマホに届いた。予定日よりもまだ少し早いけど、いよいよ始まったようだ。ますます眠気が飛んでしまった。そして11時半、『出産が始まった』とのメッセージが入る。急いで協会の出産部屋へ駆けつけた。ニーナは『産箱』と呼ばれる1.8メートル四方の枠の中に居た。
「須田さん。お疲れ様です。夜遅くにご苦労様。こちら、中山さん、ニーナを育ててくれているボランティアさん。」
「こんばんは、須田です。今日は勉強の為にお願いして立ち合いをさせて頂きます。」
「どうも、中山です。」
「須田さん、1頭目はもう生まれましたよ。ほら、この子。メスでした。」
「中山さん、おめでとうございます。イエローだったんですね。」
それから1時間も立たないうちに、続けて二頭のブラックのオスが生まれて来た。
出産は人間と同じように『破水』から始まる。産箱に敷いてあるタオルが濡れる。ニーナは産箱の中で脚をジタバタさせてぐるぐると反時計回りに動く。谷野さんは時にニーナの背中をさすり、最初のイエローの子をニーナが出す母乳を飲める位置に移動させている。羊膜に包まれた胎児が見えてくる。そして羊膜を切ってへその緒も切る。乾いたタオルで生まれて来た仔犬を拭いてやる。「ミュー。」仔犬が音を出す。これで気道が確保できたようだ。一安心。3番目の子が出てきて、2番目と同じ黒いオスだと分かったあと、谷野さんはすぐに2番目の仔犬に識別用のリボンを結んでやっていた。青のリボンだ。そしてPCに向かい、時刻、性別、色、体重を入力している。いつの間にか1頭め、2頭目のデータもすでに入力されている。
犬は安産と言われるが、随分と苦労する出産もあるそうだ。今回は4頭目のイエローのオスまではとても順調に出産できたようだ。まだ午前1時を回ったところだ。その後、5頭目はなかなか出てこなかった。
「時間がかかり過ぎても良くないので、ちょっとだけニーナを歩かせて来ます。仔犬よろしくお願いします。」
「はい、中山さんと見ておきます。」
と言ったもののできることは限られている。ニーナから離れると仔犬は体温の維持ができなくなるようなので、タオルの入った箱に仔犬たちを移し、上からもタオルをかけてやる。仔犬たちはまだ頭が大きく犬としての身体のバランスとはほど遠い。それでも産箱から一次退避の箱に移す際に触れる仔犬たちの体温に、生き物の誕生を改めて感じることができた。
ほどなくして谷野さんが帰って来た。そしてしばらくすると5頭目の破水があった。約30分で羊膜に包まれたブラックの仔が出て来た。
「どう、須田さん、やってみる。」と谷野さん。
「いえ、ちょっと。急に言われても心の準備が。」
「そうですね。じゃ、私がやりましょう。」
中山さんはさすがに繁殖ボランティアだけあって慣れている。手際よくタオルで拭き上げるところまでやって、呼吸を確認する。
「中山さん、今回何度目の立ち合いですか。」
「2回目です。初めての時はドキドキしました。何をしていいのか分からないですからね。」
「奥様は立ち会わないのですか?」
「1回目の時は立ち会ったのですが、今回は来ないって言ってます。1回目の出産で、出産も大変だけど、その後の2カ月間、つまり仔犬達が大きくなってパピーウォーカーさんに渡すまでがもっと大変だとよくわかったからなんです。今は体力温存してます。」
6頭の仔犬が生まれると、それは大変なようだ。母犬が当然いろいろと面倒を見てくれるようだが、母犬が知らない間に離れてしまった仔犬を母犬のところへ連れ帰ったり、産箱の掃除をしたり。4週間程度経つと離乳になり、フードの準備や母犬がしなくなった仔犬の身づくろい・トイレ始末で忙殺されるそうだ。
最後の6頭目の出産が終った。こんどはイエローの♀。順番に書き並べるとイエロー♀、ブラック♂、ブラック♂、イエロー♂、ブラック♀、イエロー♀。1頭目の仔に赤のリボンを付けることになり、覚束ない手で結んでやった。
午前3時半。眠気はないが、明日も仕事だ。
「須田さん、それじゃ一段落したのでそろそろ帰宅してください。」
「谷野さんはどうされるんですか?」
「私は朝、訓練部の職員が出てくるまで起きていて、引き渡してひと眠り。そして、その後中山さんのお宅にニーナと仔犬を連れて行ってきます。」
「はい、私もこれで一度帰ります。家内に報告した後、谷野さんが来るのを待っています。」
出産は大変だ。産科の医師のなり手が少ないという話を何かで聞いたことがあるが、こんなに大変なことを毎日のようにしていたら身が持たないと思った。谷野さん、ご苦労様でした。そう心の中で挨拶をして帰宅することにした。眠い。
■キャリアチェンジ
「須田さん、ラインの新しい活躍の場が決まったわ。誕生日が一緒って言ってたわよね。」
「え、そうなんですか、佐渡さん。それはちょっとショックですね。」
「いいところまで来てたんだけど。でもショックを感じる必要はないですよ。」
「何か問題があったんですか。」
「全体的な判断力や理解力はとても高いというのが多くの訓練士の評価だったの。この間、誘導訓練の最初の段階の審査(訓練評価1)の2回目をしたんだけど、どうしても注意力が切れてしまうのよね。特に鳥とかネコとか、他の犬とかが見えると、ラインの場合そっちへ意識が行ってしまうの。」
「2回目の次、3回目とか4回目とかはないんですか?」
「テストは何回でも受けられる、というか、試験だけで決めるものではなくて、可能性があれば何回でも試すの。でも、このまま繰り返すよりもラインに向いている生活の方がいいでしょうということで出した結論なの。」
「ラインはキャリアチェンジ犬オーナーさんのところに行くのですか?」
「せっかくここまで訓練をしてきたので、家庭犬にするのではなくラインは介助犬として活躍してもらおうと思っているの。今回の介助犬の場合、ラインが苦手としていた集中力の持続という点はあまり重視されていないようなので、そちらの仕事の方が向いているというのが協会として出した結論。介助犬の方が向いている、というのが見解ね。」
自分にとってはとても残念なお知らせだった。自分と同じ誕生日のR胎はあと一頭。リランは盲導犬として活躍してほしいと願うばかりだ。ただここで一つ新しい発見があった。『盲導犬に向いていない』ではなく『別のキャリアの方が向いている』という考え方だ。ポジティブだ。以前はキャリアチェンジ犬と呼ばずにリジェクト犬と言っていた時期もあるらしい。訓練・しつけも褒めて伸ばすという考え方に変わってきた中で訓練する側の心の持ち方も肯定的に変わったようだ。
盲導犬として育成するには、ユーザーを誘導するという本来の役割を果たせるかという視点と、人と生活できるかという視点から考える必要がある。
「中川さん。パピーがPWさんから帰って来ると、例えば5頭とか一気に増えますよね。でも共同訓練に進めるのはせいぜい1頭、2頭。どんなタイミングでキャリアチェンジ(CC)になるんですか?」
「そうね、最初の2週間でCCの判断をする犬もいます。その後は適宜訓練士の中で話をして、CCが決まっていくわ。訓練評価1とか訓練評価2とかの後で他のキャリアに変更した方がいい、という場合もあるし、訓練評価1を待たずにCCになることもあります。そして訓練評価1に合格するのが1頭、2頭。このくらいになってくると、もう実際に代替犬を待っているユーザーさんや盲導犬を待ってくれている新規のユーザーさんが頭の中に浮かんでマッチングを考えるようになっているの。」
「CCした後はどうなりますか?」
「須田さん、まずCCの後にどんなパターンがあるかを整理しましょう。近盲では盲導犬訓練を始めた後、盲導犬の訓練を中途終了することをCCと呼んでいます。一番多いのは家庭犬になるパターンでこの子たちをCC犬と呼んでいます。この他に盲導犬にしないで協会の所属として残る繁殖犬そしてPR犬のパターンもあります。それから他の動物関連施設、たとえば『介助犬』の協会に移ったパターンなんかがあるわ。ややこしいけどCCした犬が全てCC犬というのではないの。だから協会によっては繁殖犬やPR犬を決めることをキャリアチェンジと呼ばないところもあるの。」
「うわ、複雑ですね。それにしてもやはり盲導犬協会以外の犬を必要とする協会への転職もあるんですね。」
「補助犬という枠組みの中でそれぞれの団体との連絡もしているから、お互いに協力していく、という形になりますね。でもお渡ししてしまったあとはあまり追跡できないの。LRとかだと空港の検疫犬とか麻薬探知犬のようなニーズもあるけど、そのような団体とは近盲はあまり交流がありませんね。」
「繁殖犬やPR犬はどんなタイミングで決まるのですか」
「繁殖犬は、うちでは谷野さんが計画をして血統や検査結果、実際の性格などを見て選ぶようになっています。時期は比較的早めです。特にオスの場合は早めに決めないと、マーキングの習性が出てしまうので、それを避ける必要があります。メスも一度ヒートを経験してから少し経つと避妊手術をすることになるので、その段階でかなり決まっています。PR犬は訓練評価2くらいまで行って決まることもあるし、子どもや人好きで楽しい子が1歳半くらいで決まることもあります。」
「CC犬になると協会から希望者へ譲渡ということになるのですね。」
「そう。PWさんへの委託や盲導犬のユーザーさんへの貸与とは少し飼育条件は違うけど、PWや盲導犬ユーザー、引退犬ボランティアと同じ様にやはり条件を付けています。まず電話とかメールで問い合わせがあるんだけど、その犬の天寿を全うするまでの間飼育できることが一番重要ね。もう少し具体的にすると、室内飼育であること、大型犬を飼育できる経済力、毎日毎日4時間以上も留守番をさせないこと、年齢は65歳未満というところね。譲渡すると協会に来てもらう必要性はほとんどなくなってしまうので、車を持っていること、といった条件はないんです。また運動をこれだけやって下さい、というのもないんですよ。会社や団体などで飼育したいというお話も頂くけど、CC犬であっても譲渡先は個人しかダメです、というようなことを説明してます。PWさんには繰り返し説明しているので実際に問い合わせがくることはないんですが、CC犬になっても、PWさんのところに譲渡することはありません。こんな風にいろいろと制限はあるけど、4時間の制限以外は結構自由ですね。可愛がりすぎて肥満にならないように強くお願いしますけど、普通に飼ってもらうことになりますね。」
「でもその4時間の制限は結構厳しいですね。なぜその条件が必要なんですか。」
「盲導犬の主流、LRの場合、頭がいいのは事実なんだけど、結構いたずら好きで、人が好きになっているので、誰もいないところで長時間留守番させるとストレスがたまってしまうの。だから長い時間留守番させることを避けたいんです。」
「そういうことですか。私はかなりきちんと面倒を見る必要があるから外出時間の制限があるんだと思っていました。希望者は多いみたいですね。」
「今のところ待っていただいている方が多くて半年から1年くらい待っていただいてます。譲渡希望のお問い合わせに対しては説明したあと申込みとして、生活圏の地図、家族写真、家の中の犬の生活場所の写真も送ってもらうことにしてるの。そうすることで、訪問することなく状況をかなり想像できるようになりました。どんな犬を希望するかというのも聞いてはいますが、希望者の多いのは『イエロー、メス』です。どうもこれは、メスの方が優しくて、イエローだと見た目も優しいから、ということらしいんです。でも須田さんなら知っての通り、メスだってやんちゃな子はいるでしょ。だから外見や性別を強い希望として登録すると待ち時間が長くなることを説明しています。また初めて犬を飼う人は十分に選んだ犬でないと飼育できないかもしれないので、どうしても待っていただく時間が長くなります。」
「希望者の皆さん、とても期待して待ちわびていると思いますが、実際に家で生活すると飼育が思ったより大変、なんてことはありませんか。」
「もちろんありますね。CC犬の場合1~2週間のトライアル期間というのを作っていて、その間に飼育できるか検討してもらう仕組みになっています。思っていた以上に手間がかかるので辞退したいという方もいます。」
「ところで初期の2週間でCCになった訓練犬以外は、どんな原因でCCになるんですか。」
「原因はほんとにいろいろあるから一言で言えないけど、大きく分類すると性格的に誘導・歩行というお仕事に向いているか、8年という長いあいだ続けることができる健康な身体かに分類されます。性格的な面では、落ち着きがないとか、怖がり過ぎるなどかな。パピー時代から見ているけど、こう言ったのが後から分かる場合もあって。近盲では幸いほとんどこういうケースはないけど股関節形成不全や目の疾患などは遺伝性の重要な障害です。最近はアトピーやアレルギーも注意しなければならないの。また訓練期間中にとても重い病気が見つかって訓練評価2に進めなくなったこともあったわ。今までとだいぶ違うけどLRは食欲が旺盛なので、拾い食いが原因でCCになるケースがずいぶんあります。また排便・排尿も重要な要素ですね。毎日規則的に健康にワンツーしてくれると助かるわよね。」
■パピーウォーカーになりたい
「『パピーウォーカー(PW)になりたいのですが。』
福島さん、こんなことよく聞かれるんですけど、どう答えたらいいんでしょう。」
「須田さん、いろいろなことを説明しないとあきまへんのです。それやから募金の場ではあまり細かいことを説明せずに、担当者から答えますんで協会へ連絡して欲しい、と伝えて終わるようにしてます。」
PWは人気がある。なりたい人も多い。正しく説明しないと誤解を招く可能性があるので丁寧に説明したいようだ。自分もPW担当の川崎さんに聞いてみることにした。
「須田さん、基本としてはパピーは訓練犬になるためのパピーで、その育成を家庭にお願いするってことですね。多くの訓練は一歳になって協会に戻って来てからでもできるので、PWさんに預けている間は、人と一緒にいることが好きで健康な犬に育ててもらいたいの。そしていろいろな環境に適応できるように、いろいろな経験をさせてあげたい。だからパピーを放置しない、パピー中心の生活をしてくれる家庭で育ててもらいたい。これを具体的に書き出すとこんな風になるの。」
そういって1枚の紙を渡してくれた。その紙には次のようなことが書かれていた。
①期間中パピーの育成を中心に、規則正しい生活を行っていただける家庭。家族全体で育成ができる家庭。年少者、高齢者がいる場合は負担を受け止めることができること。
②4時間を超える長時間の留守番をさせないこと。
③隔月で行うパピーレッスンに車移動で1時間以内で参加できること。
④室内にケージとサークルの設置、トイレスペースの確保ができ、そこで飼育ができること。その住宅の管理者が承認していること。
⑤他に飼育している犬がいないこと。
⑥飼育における食費を支払えること。指定医以外に緊急でかかるときは立替ができること。(医療費は基本的には協会負担)
「川崎さん、そうすると夫婦と通学している子ども2人の家庭で夫婦が同じ時間にフルタイムで働いていると、条件を満たさないということですね。」
「ええ、そうなんです。今渡したメモには書いていないけど、PW希望者に説明する用紙には具体的な留守番の制限時間とか、年齢とか、広さ、金額などが書いてあって、その紙を渡すようにしています。でも実際には、電話やメールで問い合わせが来ます。メールで来た場合でも電話をかけて、今の紙に書いてあることを説明します。それを聞いて質問して貰って、こちらもそれに答えて、それで大丈夫です、という方には申込書をお送りします。」
「いきなり書類を送って読んでもらい申し込む、というわけではないんですね。」
「やはりコミュニケーションを大切にしてるの。電話では『申込書を頂いたら、実際のお宅を見せて頂いて広さとか周囲環境とかを伺います。』とも言います。申込書が来たら、現地チェック。伺った内容と差がないといいけど、大げさに表現する人もいるんですね。そしてこれは盲導犬のユーザーさんの審査でも同じだけど、家の中が整頓されているかも見ています。」
「あ、誤飲誤食の問題ですね。」
「そう。滅多にないけど、一度伺ったお宅は足の踏み場がないほど散らかってたわ。『家に伺う』って言っているので、大抵のお宅では片づけをしてくれてるんだけどこの時は本当に驚きました。床が見えなかったの。一度きりの経験ですけど。」
「うわ。それは堪らないですね。実際に伺うと他に何か不都合な事が出てきますか?」
「電話や書類では『家族の合意は取れています』とされていても、『お母さんだけが賛成』『お父さんだけが賛成』だったり、午前中だけコンビニ勤めをしていると言っていたのに、なかなか訪問日の調整が付かないので聞き直してみると、ほとんどフルタイムだったというのが分かったり。」
「留守番時間規制にかかってしまうわけですね。預かったばかりのときの体重は5キロくらいかもしれないけど、1歳に近づくと20キロを超えることも十分考えられるでしょ。体力的に大型犬に対応できる人が何人かは必要ですね。大家族でもその中でただ一人、この人ができるから、と思っていても、そのできる人の外出が続いて世話が出来ない人しかいない時があったら意味ないですね。改めてとてもこういった厳しい条件が必要なんだと思いました。」
「最近はフルではないにしろ、リモート勤務を認める企業も増えているし、犬以外の動物、例えば猫とかを飼っていてもPWにはなれるように変わってきているし、ハードルが下がっている面もあるんだけど。仔犬の時期に留守番ばかりだと人間との関わりを重要に思ってくれない犬になりがちなの。それとは別に一番困るのは途中で投げ出されることね。途中でPWが変わるようなことにならないよう、その点はきちんと説明してから登録してもらうことが必要になりますね。」
「申込みをしてから実際にパピーが来るまでにどのくらい待つ必要があるんですか。」
「待機は半年から長い場合だと一年プラス数カ月といった期間かな。年間の委託目標頭数が決まっているので、申し込んだ時期によって随分と違ってくるの。目標頭数に達してしまうことが確実になると交配を行わなくなって、全体的に待ち時間は長くなるでしょ。そんな時期だと長いと1年程度待ってもらうことになるの。逆に年度前半の出産頭数が思ったより少なかったら、後半は積極的に交配を進めることで出産ラッシュになって、待機して頂いているPWさんは一気に減っていきます。できるだけ平等に申込の順番通りにしたいのだけど、新規にPWになる方と何度目かのPWになる方でも差をつけないように割り当てたり、職員のリソースも制限されているのでフォローアップの巡回などを効率的に行うために地域的な順序を調整せざるを得ないこともあるの。結構いろいろ工夫してるんですよ。」
■月次報告(2月)
第5回報告
御手洗社長
2月(5回目)の報告を行います。
<業務内容>
・キャリアチェンジ調査
・パピー飼育家庭環境調査(「飼育ボランティア条件調査」から変更)
・出産立ち合い
<次月の予定>
・支援団体調査
・啓発活動(学校訪問)
<所感>
盲導犬育成のプロセスの中で幼少期の育成をパピーウォーカーに依頼するわけですが、その基準について知ることができました。近盲ではパピーウォーカーの人気が高く、数カ月待ちが普通のようです。
盲導犬にしない6~7割の訓練犬の第2のキャリア、譲渡先の決定方法について学ぶことができました。試験に不合格となることでキャリアチェンジになるのではなく、日々の訓練の中で評価されていることが分かりました。その場合も「盲導犬に向いていない」ではなく「他の仕事の方が向いている」という考え方に基づいています。
なお時間外になりますが、出産の立ち合いをさせて頂きました。
須田
返信:第5回報告
須田さん
繁殖犬の出産、夜明けまでかかったこと所長さんから連絡を貰ってました。多少の無理はいいですが、体調管理と時間外勤務管理は自身の責任を理解して行ってください。近盲さんに迷惑をかけないで下さい。と言っても大いに刺激になったことと思います。
キャリアチェンジなどの「他の仕事の方が向いている」という考え方は面白いです。大事にしたい考え方ですね。
御手洗




