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6月

6月の内容

■クラウドファンディング(1)

■パピーレッスン

■共同訓練の4週間 第1週 はじめの一歩

■共同訓練の4週間 第2週 雨

■当直の夜1

■共同訓練の4週間 第3週 盲導犬と街へ出よう

■当直の夜2

■共同訓練の4週間 第4週 目的地へ

■試験前夜

■新ユニットの誕生

■月次報告(6月)

■クラウドファンディング(1)

先月末に深津さんから打合せの予定の打診があった。深津さんはあちこち出歩くのが続いているようで、ようやく今日の打合せになった。

「須田さん、連絡した通り今日はクラウドファンディング(CF)の準備について説明するわ。」

「CFは話には聞いていたんですが、一体何をするんでしょう。」

「コロナの頃から始めて、このことは知っていると思うけど、いろいろと模索したのでほとんど進め方は決まってるんです。ただ予想外に手がかかってしまっていることがあって。その手伝いをして欲しいのと、できれば今年、難しかったら来年から手間を減らせるように処理の仕方を考えて欲しいんです。」

「分かりました。ただあまりお金をかけられないということですね。」

「そう、良くお分かりで。今困っていることは、まず最初にお願いしたいのは、支援して下さる人、一人ひとりにお礼のメッセージを送っているんだけど、そのメッセージの文面の作り方を考えること。去年は自分でキーボードを叩いてメッセージを作っていました。生成AIで試しにやってみたら、なんて考えてもいるんだけど、どう実現するか時間が取れてないの。それにやっぱり自分の言葉でお礼を伝えたほうがいいのかなという迷いもあって。二番めが、領収書の発行。今のCFプラットフォームだといくつかの『お礼の品』が欲しくて一度に申しむと、領収書が合算でしか出せないという点が問題になっているの。まあその前に、今に至る道のりを説明しましょう。」

「はい、まだ良くわからないので、ぜひお願いします。」

「今のプラットフォームは『DonateForAll(DoFA、ドネイトフォーオール)』って言うのだけど、ここは非営利のお金を募る寄付型CFのプラットフォームとして一番良かったわ。ここでいろいろとCFのやり方を教えてもらったんだけど、まず手始めに受けた質問が『フォロワーはどのくらいいますか?』でした。」

それで各種のSNSをつないでフォロワー数を増やそうと努力したとのこと。少し前のiGRAMに掲載されていたようにiGRAMだけで今では1万人以上のフォロワーがいて、その他のSNSと合わせると合計で2万人のフォロワーが付いている。DoFAと話をした当初は1000人にも満たなかった。CFには目標金額に到達しないと不成立となってお金を戻す場合もあるが、近盲では目標金額に達しなくても不成立にならないCFを実施した。医療費のためのファンディングをしたのだけど、目標500万円を超えるか不安で、大口の団体にお願いしたりもしたし、ネット上で操作できない方々に代わって『代理支援』を行った。おかげで今まで無かった法人クレカ(クレジットカード)を持てるようになった、などなど。代理支援というのは聞いたことが無い言葉だったが、よく聞くと《ITの苦手な方から電話や手紙でCFに参加したいという連絡が来て、協会の口座への振込を依頼、入金を確認して職員がCFのサイトへネットで振り込む》というものだった。法人クレカが無かったので代理支援のために急いで作ることになったのだった。

「まあ、とても大変だったけど、嬉しいことも沢山ありました。名前に近畿とついているのでCFを始める前の寄付や募金も近畿地方からがほとんどだったんです。それが一躍全国区になって、本当に沖縄から北海道までの地域から寄付をしてくれる方が見つかるようになりました。それだけでなく、今までよりも低い年齢層の人たちからも寄付をしてもらえるようになったことはとても嬉しいことです。自分の送りたい先に医療費という分かりやすい項目で寄付できる点も若い人たちに新鮮だったみたい。」

「若い人にとっては小遣いがふんだんにあるわけではないでしょうから、そこからお金を捻出してくれるのはとても有難いですよね。何か他に打った方策もあったのではありませんか?」

「そう。DoFAのシステムだと寄付にメッセージを付けることができるのだけど、そのメッセージの多くには私が返信を書いたでしょう。だからそのメッセージを読んでいろいろなアイデア出しをしたの。そうしたらすでにCFで支援してくれた人がもう一度少額寄付してくれる、そんな副次的な効果も出てきました。」

「そうなんですか。同じ人に何度も支援していただけるのはスゴイですね。でもそれが…」

「そう、できれば時期を変えてされた支援もまとめて内訳のわかる領収書にできたらありがたいですね。」

「ええ、だいぶ見えて来ました。」

「返信メッセージについては、きちんと回答するためには頂いたメッセージを理解しないといけないでしょ。これが結構時間がかかるのよね。」

「分かりました。ちょっと探ってみます。」

「ありがとう。よろしくね。ところで去年のCFのサイトは見てくれた?それまでとの違いを感じてくれたかしら。」

「はい。去年のサイトには盲導犬のユーザーさんが出てますね。それまでは盲導犬、というか仔犬中心だったのに。ちょっと不思議に思っていました。以前の方が可愛いと思う人が多いのではありませんか。」

「実は、これ大きな挑戦なの。須田さんも募金であちこちに立っているから分かると思うけど、盲導犬事業、つまり障害者支援事業に対する募金なのに犬のための募金みたいになってしまってるでしょ。盲導犬が居て募金が集まって、人間だけだとどんなに声を張り上げても少ししか募金が集まらないって思うでしょ。それで改めて、ユーザーさんを前に持ってきているの。皆さんからの支援が人の役に立っていることを伝えないといけないでしょ。」

「その通りですね。何のためかを見失わないようにしないと。でも先立つものは...。どちらも大切ですね。」




■パピーレッスン

多くの愛犬家が家庭犬をしつけ教室に連れて行くようだ。そして自分の犬のことを「トレーナーの指示には従うけど、飼い主の言うことは聞かない」と言っている。しかし気づく人は気づいている。しつけ教室は犬のための場所ではなくて、「人が、しつける方法を教わる場」だ。

今日は日曜日、パピーレッスンの日だ。4月に貸与された6頭のパピー達が戻ってくる。自分はこのきょうだいパピーしか見ていないが、川崎さんは昨年度の場合、7回の出産で生まれた仔犬合計39頭を9組にわけてパピーレッスンを行っている。PWに委託している期間は約10ヵ月で隔月に行うと各組5回ずつになる。このため年間合計45回つまりほぼ毎週のようにパピーレッスンを行うことになる。他の盲導犬協会ではパピーレッスンを毎月開催しているところもあるというのだが、近盲ではパピーレッスンを行わない月には個別訪問指導を行っているのだそうだ。

ここで行うのは、遊び方~コマンド~褒め方という一連のしつけまでの流れ、健康チェックと世話の仕方、カム(come)の練習から構成される。


朝9時半くらいからPWさん家族とパピー達が集まってくる。2ヵ月経つとすっかり大きくなっている。けれども互いの事はしっかり覚えていて、じゃれあおうとする。しかし皆きちんと飼育されてきたせいか、PWさんが着席すると、その足元に大人しく座った。

「おはようございます。委託式からもうすぐ2ヵ月ですね。今日は初めてのパピーレッスンですが、皆さんさぞ心待ちにしていたかと思います。」

川崎さんの挨拶でレッスンが始まった。今回のトピックスは「飛び出さずに待つ」であることが説明される。玄関ドア、部屋のドア、さらにはサークルやケージのドアを開けた時に飛び出さず待つことを練習する。1頭ずつサークルに入れる。ドアを開けるとすぐに飛び出そうとする。そこでドアを閉める。飛び出そうとするとドアが閉まってしまうことを繰り返し教える。次第にドアを開けても飛び出さずに待っていられるようになる。うまくできるようになったら褒める。「グッド!」

次は会議室のドア、次は協会の建屋から外に出るドア、と様々なところで待つことを教える。

仔犬のうちは集中力が途切れるので、適当な時間で一度切り上げてコットンのロープを使って気分転換の遊びをさせる。

ドアの開け閉めを見ているとパピーよりもPWさんの方が必死になっている。

「沢井さん、もっとリラックスしましょうね。」

あっという間に時間が経ち2時間ほどのスクールは終了。次回の日程と予定内容が説明される。今日もこの後、しばらくPWさん同士の交流の場が始まる。

「皆さん、気をつけて帰宅してくださいね。道路が混みそうなところにお住まいの方は特に渋滞に巻き込まれないようにして下さい。それでは、お疲れ様でした。」


「やはり、パピー時代からの訓練・しつけが大切なんですね。」

「ええ。全ての犬で仔犬の時代に学ばなければならないことはあるわ。ずっと記録は取ってあるけど、優秀なのと盲導犬に適しているのは違っているの。パピーレッスンでとてもきちんとしていてしかもコマンドの覚えが良いパピーが盲導犬になれたかというと必ずしもそうでもないというのがデータとして出てしまっていて。」

「でもある程度は訓練してるんですね。」

「頭がいいと習った訓練は身に付くけど、飽きてしまうこともあるようで、本当の盲導犬の誘導訓練では真剣さが不足してしまうのかもしれない。でもしつけをしたことが無駄かというとそうではなくて、家庭犬としても重要な役割を果たしているようです。きちんとしつけられていれば、盲導犬ではなくても、飼いやすい犬になっています。これも価値ですね。」

「この間のパピーレッスンでは仰向けに抱っこもしていたようですが、大型犬でもああ言った抱き上げをするんですね。」

「あれは信頼関係を作るうえでとても重要なんです。昔は服従のためにやっていると思われていた時期もあるけど、腹部つまり、おなかは無防備なので隠したいというのが動物の本能でしょ。それを見せて抱き上げられるのはすっかり安心して信頼関係ができている証なんです。パピーの時から練習しておくと成犬になって、人が変わっても抱っこができるようになります。人との距離を縮めることが出来ているわけです。」

「そうですか。これも盲導犬としてだけでなく大型の家庭犬としても大きな価値ですね。」



■共同訓練の4週間 第1週 はじめの一歩

共同訓練開始式

大畑さんは少し緊張の面持ちで協会にやって来た。着替えなどを詰めた段ボール箱はあらかじめ宅配便で届けていたので、この日持ってきた荷物は少な目だった。今日はいよいよ大畑さんの共同訓練開始式の日だ。

「おはようございます。」

多くの職員から声をかけられながら大畑さんは開始式の会場である近盲の大会議室に案内された。自分は近盲に来て8ヵ月、開始式は何度目だろうか。大畑さんにとっては初めての開始式、緊張するのも無理はない。

いつものように式次第として共同訓練日程、所長挨拶、訓練士挨拶、盲導犬の紹介、職員メッセージ、ユーザー抱負と流れていく。

共同訓練の日程は4週間。全てこの訓練センターで行われることが説明される。担当する歩行指導員は三島さん、盲導犬の紹介としてR胎の誕生日、訓練の様子などが説明された。誕生日は自分と同じだと改めて確認し、少しほほが緩んだ。続いてユーザーの抱負、大畑さんは次のように語った。

「大学に入ったあと急に目が見えにくくなり1回生の前期はなんとか単位が取れたのですが、後期からは通学もできなくなり去年視覚障害の認定を受けました。見えにくくなり、そしてほぼ見えなくなった時はとても怖く、いろいろと考え込んでしまいました。しかしいろいろな方からお話を伺い、大学に通って自力で生活できるようになりたいと考えるようになりました。ある時盲導犬のことをきちんと知る機会があり、その時から盲導犬と一緒に歩ける日が来ることを楽しみにしていました。3カ月前に2泊で模擬共同訓練をうけましたが、この体験よりもはるかに充実した実りある4週間にしていきたいと思います。ぜひとも皆さんの力を貸していただきたいと考えていますのでよろしくお願いします。」

「大畑さん、ありがとうございました。それでは大畑リラン号の共同訓練開始式を終了します。」

新ユニットとして認められるための第一歩を大畑さんとリランが踏み出した。

『リラン、頑張ろうね』大畑さんも言っているだろうが、自分からも念力を送っておこう。


オリエンテーション

開始式のあと、椅子を並び変え長机をおいてオリエンテーションが行われた。普通通り次のようなことが説明される。

まず、パートナー候補の犬のことを詳しく説明。2番目は訓練そのものについて。4週間で行われるカリキュラム。1日に2単位ずつ消化して4週間ですべての実習を行う。これで別途取り決められている実習項目をすべて網羅するように考えられている。ただし全ての項目が同じ時間を使うわけでもないので、進み方の速い遅いは気にしないで欲しいこと。特に最初の方はじっくりと学ぶ必要がある。すでに模擬共同訓練で盲導犬の歩行は経験しているが、それだけではなく生活をともにするための日常の世話も学ぶ必要があること。実技・実習が中心だが、盲導犬を使うために知っておかなければならないこと、盲導犬に関わる法律や社会への浸透なども必要で座学もあること。3番目は生活リズムに関すること。模擬共同訓練で経験しているように人間の朝食は7時半、昼食は正午前後、夕食は6時半。盲導犬協会が用意していること。毎日当直がいるので、指導員がいない時でもだれかと一緒に食事ができること。起床、就寝の時刻は特に決められていないが、共同訓練に十分に余裕を持って臨めるようにすること。盲導犬のユーザーとして新たに生活に組み込まなければならないのは『犬の食事』と『犬のトイレ(排泄)』。食事は人間と違い1日2回。犬のドライフードは訓練生が量って準備すること。排泄は人間の朝食前後、昼食後、夕食前、夕食後が標準的な時間帯であること。ブラッシングや歯磨きも必要であること。  

そして最後は日誌をつけるのが必須であること。


宿泊棟は協会の事務棟に隣接している。各宿泊室はビジネスホテルのようなものだが部屋に入るときは靴を脱いで部屋に入る。シンプルな造りだがゆとりのある部屋でベッドも通路も広め。特にゆったりしているのは洗面室とその奥にあるユニットバスだ。ビジネスホテルのユニットバスと異なり、家庭用の1416(1.4メートル×1.6メートル浴室)と呼ばれるサイズのゆったりとしたユニットバスが使用されている。家庭用のユニットバスなので、便器は浴室内ではなく洗面室側に設置されている。洗面室もゆったりとしている。館内にはWifiが飛んでいるのでネット利用ができる。普段使っているスマホやタブレットで、配信されているテレビ番組の視聴やラジオを聞くこともできる。


「模擬共同訓練で分かっているとは思いますが、改めて館内を案内しますね。リラン、ダウン。ウェイト。」三島さんはリランをその場に待たせて、事務棟と宿泊棟の案内ツアーをしてくれた。つい今さっき開始式を行った大会議室、隣接する食堂ダイニング、事務室、図書室は事務棟にある。事務棟にはスタッフ専用エリアもあり、そこには飼育犬用の医務室、交配用室などの衛生系のエリアになっている。

宿泊棟と事務棟はつながっていて、事務棟から10段ほど階段を上った中二階の位置に宿泊棟がある。宿泊棟には共同訓練の受講者の生活する部屋が並んでいるほか、宿直室、洗濯室、飲料の自動販売機がある。直接関係ないためヒノキハウスへの案内はしない。模擬共同訓練で宿泊経験があるので、記憶の整理程度なのかもしれないが、短時間の館内ツアーだった。

「館内のレイアウト、思い出せましたか。こういったその場を良く知るということを『FAM、familialization』って呼んでます。もっと館内を確認したいようでしたら、館内FAMを続けて貰ってもいいですし、模擬共同訓練に続く2回目なのでもう大丈夫ということでしたら部屋に戻って少し休んでもらっても構いません。どうします?」と三島さん。

「三島さん、リランはどうしたらいいですか。」

「そうですね、リランはこのままこちらにおいておきましょう。午後の基本訓練からまた大畑さんと一緒に動いてください。では部屋へ戻ってお待ちください。お昼の準備ができたら呼びますね。」


昼食のあと、いよいよリランと大畑さんの訓練が始まった。何よりも昼一番、まずは排泄。これはすべての訓練犬に対してヒノキハウスで昼休み終了と同時に順番にしていることだった。用意されていたベルトとレジ袋が大畑さんに渡された。リランはオスなので、2つのレジ袋を装着する。大畑さんは模擬共同訓練ですでに学んでいたベルトのつけ方を思い出しながらぎこちない動きで排泄の準備をした。

「三島さん、これで大丈夫でしょうか。」

「いいですよ。2つともきちんとついています。」

「ありがとうございます。それじゃ、リラン、ワン、ツー、ワン、ツー」

三島指導員に励まされながら大畑さんが「ワン、ツー」とコマンドをしばらく繰り返していると、クルクルと落ち着きなく回るように歩いていたリランは動きを止めて、レジ袋に水が当たる音ともう一つのレジ袋に固形物が落下する音が聞こえた。無事排泄ができた。

「グッド。リランよくできたね。」

排泄の次は基本訓練。『シット』『ダウン』『ウェイト』などの基本的なコマンドの確認。そして『グッド』と褒めるタイミング。次第に息が合って来たように思える。ここまではリードだけをつけている。そして今度はハーネスのつけ方外し方。

「ハーネス」

ハーネスを付けるときのコマンドは『ハーネス』だ。

何度かつけ外しを繰り返していると、大畑さんは若いためかさすがに呑み込みが速く、手際よくスムーズにできるようになった。

「大畑さん、今度は盲導犬に代わって私がハーネスを持ちますので、ハンドルワークを学びましょう。」

「三島さんが盲導犬の動きを表現してくれるということですね。」

「はい、どちらへどのくらい向いているのか、進行方向に対して水平姿勢なのか後傾の姿勢なのかを感じて下さい。」

これも大畑さんの飲み込みは早かった。外の渡り廊下のところでリランを左側に置いての歩行練習。ハーネスをつけているので、ハーネスのハンドルを通じて、リランの左右方向の向き、前後方向の傾きなどを感じ取る。


そしていよいよ指導員、訓練生と若い盲導犬は協会の敷地から出て行った。近くの農道を使っての直線歩行訓練が始まった。第1週のメインはこの直線歩行、交差点発見と通過だ。だから明後日には交差点の通過のために街中まで出ていくことになる。自分が追いかけることのできるのはここまで。ここからの訓練の様子は大畑さんが話してくれたことだ。


(音声版では大畑さんの声)

生活

三島指導員と一緒に初日の訓練を終えて帰って来た。近くの農道での歩行訓練は、模擬共同訓練の時と違ってとても緊張した。模擬の時は、まだ模擬だからと考えていたけれど、今回は本当の共同訓練だ。

「このあと休憩を取ってから座学の時間に入ります。休憩時間は部屋に戻ってもいいですし、食堂で休んでもらってもいいですよ。」

「リランはどうしたらいいですか」

「これからはできるだけリランと一緒に過ごして下さい。講義や食事の時も常に足元で待っていてくれるようにしましょう。部屋への入りかたは説明しますね。」

「そうですね。やはりリランと食堂で過ごします。」


今週の座学は「ブラッシング・歯や耳の手入れ」「犬の健康管理」「カーミングシグナル(犬の反応動作)」などだ。模擬共同訓練でも少しは聞いていた内容だが、実際にこれからリランと8年間、そしてその後も続けていくことなので聞き方の真剣さはいやでも高まる。

外から戻って家に入るとき、まずしなければならないのは盲導犬の足を拭くことだ。日本の住宅では靴を脱いで家に入るので、家に入る前に盲導犬の足も雑巾で拭く必要がある。そしてトイレをすませる。食事は一日2回。指定した量(重さ)のドライフードを量って食器に移す 。歯磨きも毎日する。被毛のブラッシングもできるだけ毎日朝か晩にする。健康管理とブラッシングは密接な関係があるとのことだ。ブラッシングをすることで、盲導犬の全身をくまなく触ってやることができる。被毛の抜け具合だけでなく痛みを感じる部位がないかなどの早い時点での把握に役立つ。月1回はシャンプーをする。ブラッシングでは取り切れない汚れを落とす。こちらも皮膚のチェックにつながる。もっともシャンプー後の乾燥が不十分だと皮膚トラブルになりやすいので、すっきりと乾燥させる必要がある。このシャンプーの実技は共同訓練の後半で行うこととなっていた。


2日目

リランとの直線歩行。幸い何度か失敗する中で自然に緊張は取れてきたが、とても疲れた。そして今日からリランの身の回りの世話もする。昨日は座学で聞いただけなので、まだこれも自信がない。三島指導員が宿泊棟の私の部屋までついてきてくれた。

「部屋に入ったら玄関でスワレの姿勢で待たせて下さい。」

「リラン。シット。...グッド。はい、いい子だね。」

「いいですね。帰宅して足を拭くので、バケツと雑巾を置く場所は決めておいた方がいいですね。そしてできれば雑巾は絞ってすぐに使えるようにしておくとスムーズですよ。

排泄は洗面室で行いましょう。ベルトのつけ方は大丈夫ですね。排泄したものが入ったレジ袋には水を入れて中身はトイレに流して、袋はこちらの専用汚物入れに入れて下さい。ワン、ツーのコマンドと排泄後に褒めることを忘れずにきちんと進めましょうね。」

昨日一人で部屋に戻った時に確認していた便器と汚物入れの位置を思い出しながら、手探りでもう一度場所を確認し、三島指導員から指導された通り、排泄物と外したレジ袋の処理をした。これで一安心。

「明日からはブラッシングも朝か夕方かのいずれかで行いましょう。詳しいやり方は明日の午後説明します。今日は私が説明しながら今からブラッシングをしますので聞いていて下さいね。じゃ、始めます。」

三島指導員が手本をしながら説明してくれた。

「リラン、アップ。ブラッシングは犬とのコミュニケーションを取るのと同時に体調や怪我を発見するのにとてもよい時間です。リランはそれほど多くの被毛が抜ける血統ではないのですが、それでも毛が抜けます。自分の家ではあとで片づければいいので多少抜けても問題ありませんが、公共の場所に出る場合、被毛が飛ぶと迷惑だと思う方は沢山います。だからできるだけいつもきれいにしておきます。また皮膚炎などの早めの発見に役立ちます。皮膚炎の影響は主にフケのような形で出てきますが、脂性のフケと、乾燥肌のフケでは全く異なります。大畑さんはいつも清潔にしてるから、あまりフケとか分からないかな。少しべたっとしてる脂性のフケ、吹けば飛んでしまうようなのが乾燥肌のフケです。被毛に触れた感触やブラシとか櫛とかがスムーズに通るかなどを感じて下さいね。今はもちろん被毛の状況はよいので特にフケは出ていません。この状態が変わったら気を付けて下さい。自宅に帰ったらご家族に見てもらってもいいんですよ。そして何か違和感があれば早く見つけてあげられるようにしましょう。最近では伝統的な毛の生えたブラシではなく、抜けた被毛をまとめるように取ってくれる合成ゴムで出来たものが増えてます。今使っているこれも、先が丸く根本は8ミリもある円錐状のものです。こういったもので地肌に刺激を与えてやります。ちょっと触ってみましょうか。」

三島指導員から渡されたブラシを触ってみた。

「先端が尖ってないのが分かりますね。ですから多少力をいれても大丈夫です。硬いブラシなどでは地肌をひっかいてはだめですね、皮膚にトラブルを作ってしまうかもしれません。ではちょっとブラッシングしてみてください。ほら、どうですか。このブラシだとこんなに抜けました。ちょっとブラシを持ってみて下さい・・・。感触はどうですか。今度は犬を触って姿勢をチェックしてみましょう。アップ(四足で立っている)状態ですね。この状態でブラッシングしているのですが、ブラッシングはコミュニケーションを図る重要な時間です。だから大畑さんもリランもリラックスして会話をするような時間にしたいですね。アップの姿勢だけでなく、ダウンでもシットでも構わないので、互いに気持ちよく過ごせる姿勢を見つけて下さい。」



■共同訓練の4週間 第2週 雨

「大畑さん、先週はお疲れ様でした。ゆっくり休養は取れましたか。リランとのコミュニケーションは取れましたか。」

「三島さん、週末を使ってリランとのコミュニケーションはたっぷり取れました。休養も取れたつもりですが、まだどこか緊張が残っているような気もします。」

「しかた無いですよ。徐々にリラックスして行けるようになりましょうね。今週は先週に引き続き交差点の歩行についていろいろなパターンを試していきましょう。電柱や自転車、反対側から歩いてくる人などもあるので、それを避けながら歩く練習も入ってきます。そして、天気予報によると今週は雨が降る日があるようなので、雨の日の歩行も練習することになると思います。では、交差点から始めて行きましょう。」

先週はまずキープレフトの直線歩行から訓練が始まった。今までリランは盲導犬協会の「プロ」訓練士さんとの訓練が主体だったので、犬の扱いに慣れていない「素人」の自分との訓練はやりにくいのじゃないかと思い込んでいた。ところがまったくそんなことは無かった。

「三島さん、何かとても自然に歩けるんですけど、どうしてですか。」

「大畑さん、分かりますか?実は大畑さんと歩く前に、リランは大畑さんと歩くための練習をしてきたんですよ。」

どういう事かと言うと、三島指導員は私のことを録画した数カ月前のビデオを見て、身体全体の動きと歩く癖を覚え、それに似せてリランと歩く練習をしたのだそうだ。

「オーダーメイドみたいでしょ。カスタマイズって言っていますが、盲導犬の訓練の後半では、マッチングできる人を想定して、その方のための訓練をしてきているんです。大畑さんは大学へ通うのですよね。模擬共同訓練の時に大学では講義の時間講義室で待機させるって伺いました。そのことも考えたトレーニングをしてきてるんですよ。」


住宅街の交差点

キープレフトを中心とした直線歩行の次の段階として段差の発見、そしてすみ切りへと進んだ。住宅街の歩道のある広い道では歩道から一段下の車道に降りる場合には二つのパターンがあった。一つは車いすユーザーのためにスロープで徐々に下っていくパターン、もう一つは数センチの段差を降りるパターン。スロープを降りるときには白杖で歩いているときと同じで、その傾斜の具合を足の裏で感じる必要がある。この場合も車道に下りる直前でリランは止まってここから先が車道であることを教えてくれる。スロープではなく段差を降りる場合は、段差の直前でリランが止まって段差があることを教えてくれる。白杖や足の裏で段差の位置を確認し車道へ降りる。車道から歩道に上がる時もリランは一度止まる。この時に前が上がっているときは大きな上る段差がある。そうでなければ、これも白杖や足裏で段差なのかスロープなのかを確認して歩道に上がる。

住宅街の中にある歩道と車道の区別がない道でも、交差点は多くの場合視界を確保するためや車が曲がりやすいように角が斜め(すみ切りまたは隅切り)になっている。実はこの角切りがあるために歩き方がかなり複雑になる。盲導犬はキープレフトを原則としているので、この斜めの部分もキープレフトで歩行する。右側に垂直に分岐している「ト字路」を直進する場合、キープレフトで歩いているので道路の左側を問題なくまっすぐに通過できる。ところが左側に分岐している「逆ト字路」では、まず角切りの開始位置から斜め左へ向かう。次に垂直に渡り横断先の角切り分だけ斜め右側に進んでから元の進行方向に向きを変えて歩行する。白杖で歩行する場合も本当はこのような歩き方をすべきなのだが、慣れた道ではそこまで厳格な曲がり方をしてはいない。しかし盲導犬と一緒の場合はこの方式を取ることが基礎として求められる。

先週はこの歩車道の区別のない「逆ト字路」を直進するところまでで終っていた。

「今週は歩道と車道の区別のある逆ト字路の歩行をします。ただこの歩き方は街中の歩道と車道が分かれている交差点、十字路でもあまり変わりません。大畑さんは視力が低下する前の記憶がありますね。白杖を持つようになってからも通学されているので交差点のイメージは描きやすいですよね。」

「えぇ。先週は言われた動きになるのは分かりました。でも車道と歩道が分かれている交差点でどうコマンドを与えたらいいのかちっとも見当がつきません。」

「こんな風に出して下さい。角切りのはじめ、入口のところで盲導犬はキープレフトで歩くため45度左側を向くので『斜めが始まった』のが分かります。そこで、ゴー カーブ。カーブは縁石という意味ですね。こうすると横断歩道の直前まで行けますね。」

「ゴーカーブ。あ、分かりました。」

「そうです。今は飛ばしましたが、途中『グッド』を入れてコミュニケーションを取って下さい。止まる前に何かわかりましたか?」

「ええ、止まるために少しずつ速度が落ちてその後止まりました。」

「そうですね。他のところで止まる時も速度は落ちますが、交差点は車道に入ってしまうと危険なので止まる直前の動きを理解してください。さて今、横断歩道の直前で止まっているはずです。足先で確認して下さい、足先から車道までどのくらいありますか。」

「はい、自分の足先で確認を取ると、足半分くらいかと思います。」

「ええ、リランは十分に車道に近いところに止まっています。今まだ道路を渡っていないので、道路を渡っておきましょう。ここも道路と直角に横断歩道の上を歩きます。直角に歩かず知らないうちに交差点の中に入り込んでしまったりすると危険です。重要なポイントです。」

「ストレートゴー、ゴーカーブ、グッド。」

「では歩道に上がって元の道に沿って行きましょう。」

「はい、ゴー、ストレートゴー。」

「大畑さん、いい感じで横断できましたね。交差点の形状は道路が直交しているだけでも十字路、正方向と逆方向ト字路、丁字路があり、進み方としては直進、右折、左折がありますね。さらにY字型の三叉路や多くの道路が交わる複雑な交差点や何車線もある大きな交差点もあります。ほんとうに大きな交差点、大交差点の通行は来週やりますが、今週はこの基本的な交差点の通過の仕方を仕上げてしまいましょう。ただ、もっと交通量の少ない住宅街などで、これを毎回やっているととても時間がかかってしまいます。盲導犬は学習してくれるので、何回も行き来する自宅付近で危険がない場合などでは、もう少し歩きやすい動線をユーザーさんとの間合いで作ってくれます。お互いを理解し信頼できるようになりましょうね。ただ共同訓練は基礎を学ぶ場です。しっかり基礎を固めましょう。」

来週の大交差点では角切りの歩行は重要に思える。そのため今週は一般交差点を自由に通過、右左折できるように基礎をしっかり仕上げておこう。でも早く信頼関係を作りたいね。リラン、よろしく。


雨降り

「三島さん、昨日の予報通り今日は朝から雨になりましたね。」

「大畑さんは気圧の変化がわかりますか?私は低気圧が来ると軽く頭痛がするので天気予報がなくても分かってしまうんです。」

「そうですか。大変ですね。ぼくも以前は気圧変化が分からなかったのですけど、最近はその感覚が研ぎ澄まされてきたような感じです。」

「こうやって共同訓練をしていると、感覚が鋭くなったという方、割と多いですよ。いいことだと思います。では今日は雨の日の歩行について説明したいと思います。」

「はい、お願いします。」

「よく聞く話だと思いますが、雨の日は視界が悪くなるのと同時に滑りやすくなったり、車の走行音も大きくなります。傘をさすと傘に当たった雨粒の音が響いて外部の音が聞こえにくくなります。走行音も大きくなり、傘の音も大きくなる。ですから普段以上に音に敏感になってもらう必要があります。また盲導犬も濡れてしまいます。レインコートを着せてあまり雨がかからないようにしてください。ただし頭の部分、フードがあるレインコートは視界を遮り音も聞こえにくくします。犬の認識力も低下している状態になるんだと認識してください。」

「それでは雨のときは白杖歩行にした方がいいのでしょうか。」

「いいえ、よほどひどい雨で無い限り、盲導犬は雨の中でも人間を助けてくれます。だからどんどん一緒に歩きましょう。そして家に戻ったらしっかり拭いて乾かして下さい。では、これから雨の中の訓練に出発!」

右手で傘をさして、左手にリランのハーネスハンドルを握り雨の中に出ていく。傘を叩く雨の音、雨粒が大きいとその音も大きいことがすぐに分かった。また傘から垂れる雨のしずくがリランに当たることがあったり、路面で跳ねた雨粒がリランに飛ぶことも分かった。自分の左手が上からも下からも濡れてしまうのだ。車と行き違うと晴天時とは違って雨の路面を走る音が遠くから聞こえ傘の内側で響く。雨の中の歩行、リランはさぞかし嫌だろうな、と思ったが意外や楽しそうに歩いているのがハーネスのハンドル越しに分かった。そう、雨の日でも楽しく歩いてくれるパートナーが出来たね。



■当直の夜1

「大畑さん、訓練は順調に進んでいるって聞いてますよ。」

「気にかけて頂いてありがとうございます。前に『お試し』ということで模擬共同訓練をさせて頂いていて、盲導犬と何日間か一緒に過ごすことをしていますが、今回は覚えなければならないことが多くてさすがに最初は疲れました。でも1週間経ってだいぶ慣れてきました。それに加えて今日は須田さんが宿直だって聞いていたので楽しみにしてました。」

「そう言ってもらえると嬉しいですね。」

「須田さんが、自分はソフトの開発をしていたって言ってたので、教えて貰えることがありそうだな、って思っていたんです。」

「ええ、先月話をしたあと、自分も大畑さんに何か伝えられないかな、と思っていたんです。今まで、目が見えにくくなる前、どんなことをしたいと思っていたのですか?」

「高校生の頃、1週間ほどeコマース(インターネット通販)の物流センターでアルバイトをしたことがあるんです。その時に、大きな箱のような保管庫からロボットによって取り出されたいろいろな商品が、購入者へ送る段ボール箱に詰め込まれていくのを見ました。保管庫から取り出すとか箱に入れるとかだけでなくて、整然と、しかも入れる向きを変えると入らなくなるほど密にあっと言う間に詰めて行ってくれるんです。こんなスゴイのが自分達がポチっと買い物をしている裏で行われているのかとびっくりしたんです。それでこういった仕組みを実現できるソフトを開発しようと考えたんです。」

「うん、よく分かりました。実際にプログラムを作ったことはあるの?」

「ええ、でも高校の情報の授業で作ったのが一番大きなプログラムです。とても簡単な防災アプリのようなものです。この時は画面デザインが貧弱でおもちゃのようなものしかできず、家族に見せても反応が鈍くて、あまり納得しては貰えないかなと感じました。」

「うん、そうするとコーディングも自分でした、画面も設計した、ということなのかな。」

「そうです。実際にプログラムを書いてみると、いろいろなルールとか、プログラムの中で手続きをするツールキットとかライブラリとかがあって苦戦しました。それで…。」

「プログラムを実際に作るのは難しいと思った、ということかな」

「そうなんです。ミスタイプとかが多くて、なかなかバグを取り切れませんでした。須田さんはプログラマーなんですか?」

自分は実際のところ今は会社でプログラムを書いていない。入社したころは確か1年間くらい、ソフト開発の勉強期間でプログラマーとして仕事をしていた。そしてその後は、顧客とのすり合わせをしながらソフトウェアとハードウェアを結ぶような開発に携わっていた。ちょうど1年前の今ごろは、番田自動車向けの障害物検知のことをやっていた。そこでしていたことを大畑さんに話をした。どのようなことをしたいのかを聞き取って、それを形にするための調整をするのが自分のメインの仕事だった。

「ソフト開発の仕事に関わりたいと思っていたのですが、プログラムを組む前にすることがずいぶん沢山あるんですね。」

「要件定義、という言い方をすることもありますが、この部分が一番大切なんですよ。いろいろな人が居て、いろいろな使い方をする人がいます。聞き取りをした相手がすべてを理解できているわけではないので、勝手なことを言います。その擦り合わせをして幹になる動きを決めます。次にいろいろな場面を考えて、想定外の操作手順をしてもエラーにならないように仕組みを決めていく必要があります。何か起こったときにどう動かすのかをあらかじめ考えていないと、それは絶対にプログラムになりませんよね。普通の人は確実に起こる事象や、させる動作しか考えないので、考えられていない例外を考えるのも重要です。」

「そうですね。」

「ね、他にもいろいろな業務があるんですよ。画面のレイアウトとか、色の区別がしにくい人にはそのハンディキャップを感じさせなくするような色使いの設計とかもあるでしょ。操作する人に対しては視覚だけでなく音声で伝えるなんていう方法もあるし。プログラムが出来た後のチェックやテストとかもあるし…。」

「須田さん、ありがとうございます。何か分かってきたような気がします。」

「え、ちょっと待って下さい。僕も大畑さんに話していて、ちょっとひらめきましたよ。ねえ、ふっと風が吹いてきたらどう感じる?」



■共同訓練の4週間 第3週 盲導犬と街へ出よう

三島指導員の運転した車は丸鶴交通のバス営業所に着いた。

「大畑さん、着きました。営業所の担当の方にご挨拶に行きましょう。」

「はい、お願いします。リランにハーネスを着けますね。」

もうだいぶ慣れて来たのでリランにハーネスを着けるのはあっという間だった。左手でリランのリードを短く持ち、右手で三島指導員の腕を軽く掴んで営業所の中に入った。

「轟さん、おはようございます。」

「ああ、盲導犬協会の三島さん。おはよう。今日はインテリっぽい男を連れて来たね。こちらのお兄さんが今回の訓練生?」

「はい、大畑と申します。よろしくお願いします。」

「こんにちは、丸鶴バスの轟です。盲導犬協会のバスの訓練はいつもここでやっているので、今回も来てくれて嬉しいな。大畑さん、だっけ。お住まいはどこ?丸鶴のバス走ってる?」

「京都府の西丹です。丸鶴さんのバス走っています、いつも乗ってます。」

「それも嬉しいね。西丹地区だとここと同じ後ろ乗り前降りだね。仕組みが同じだからやりやすいでしょ。交通系ICカードは持ってるの?」

「はい。」

「丸鶴のバスだと、障害者手帳を見せないと割引きできないから注意してね。ま、今日はいいかもしれないけど。はい、それじゃ三島さん、今日のバスは23号車だよ。案内するね。」

営業所には通勤・通学の運航を終えて回送されてきた30台くらいの路線バスが止まっているとのことだった。敷地の端から端まで歩くと2分以上かかるようだ。少し離れたところでバスがアイドリングしている音が聞こえていた。気を使ってくれたのか、営業所の建物に隣接した整備工場近くに轟さんの言っていた23号車が駐車していた。

「運転席に座ってた方がよければ言ってね。」

そう言って轟さんは、少し離れたところに移動したようだった。

「大畑さん、ちょっとびっくりしたでしょ。ここの職員さん、皆いい人で盲導犬協会の活動にとても理解があるの。ではこのバスを使って乗り降りの練習をしましょう。」

今までも白杖を使って駅行きのバスに乗り外出していた。だからバスに乗ること自体は問題ない。交通系ICカードが普及したので小銭を出す必要もない。ただしICカードリーダーがどこにあるかはバスによって異なり、これは他の乗客かドライバーさんに聞くしか無かった。次の問題は、ドアがどこにあるか、何段ステップがあるのかが分からないことだった。白杖で歩くときは白杖を頼りにドアを探し、段数を確認していた。

「大畑さん、では今の場所から一歩右へずれて下さい。はい、いいです。リランを左側において座らせて待機して下さい。」

「リラン、ヒール、シット。グッド。」

「はい、ではそこからバスのドアのところに行きましょう。」

「ゴー、ドア。」

リランは少し道路の端の方へ動いたあと右の方へ移動し身体を道路側に向けた。昨日の座学の時間とここまで来る間に話をしていた『ゴー、ドア』を初めて使ってみた。

「はい、それでは白杖を使って入口の場所を確認して下さい。確認が出来たら乗車しましょう。カードリーダーは右側にあるのですぐに分かると思います。」

リランに誘導されてバスに乗り込む。白杖は使ったが、ほぼ正面の乗りやすいところにリランが案内してくれていた。カードリーダーを手探りで探し読み取らせる動作をする。ステップ段数もリランのハンドルの角度ですぐに1段だけあることが分かった。次は座席に座り、リランもフセの状態で待たせるんだったな。

「ゴー、チェア」

座席に着席したあと、リランにコマンドを送る。

「ダウン。ウェイト。」

「はい、初めてにしては随分とスムーズでしたね。いいですよ。次はバスから降りる練習です。前降りのバスだとバスから降りるとき大抵は運転席の近くを通るため通路が狭くて並んで降りることができません。ですから順に降りてください。」

本当のバスにリランと乗るのは今回が初めてだったが、習ったことを思い出しながら自分、リランの順で降りる。この位置関係だとリランのハーネスは持てないのでリードを短く握って降りるようにとテキストに書かれていたのを思い出した。

「はい、お疲れ様でした。大畑さん、降りるときカードリーダーで料金を払うのを忘れてましたね。」

最後のところでミスをした。ただそんなに心配することではない。運転手さんが普通は声をかけてくれる。でも初めてリランと出かける時はやはり緊張するものだろうな。

「このまま止まったバスであと何回か練習して、その後、轟さんにバスを動かしてもらっての練習をしましょう。」


今日のランチはオムレツ

共同訓練が始まってから昼食はいつも協会に戻って摂っていたが、今日は久しぶりに外食することになっていた。三島指導員は国道沿いの商業施設の平面駐車場に車をとめた。レストラン街は3階。平面駐車場からだと3階まで上がってから目的の店にいく必要がある。

「私は大畑さんの後ろから行く方向を教えます。まずエスカレータで3階まで上がりましょう。今大畑さんの右手の方向に10メートルくらい行くと段差があって歩道になります。歩道に上がって左側に50メートルほど行って下さい。」

「はい。えーと右へ向きを変えて、リラン、ゴー、カーブ。…あ、段差だね。グッド!ありがとう。レフト ゴー。グッド。」

「前方に自動ドアがあります。入って右に10メートルくらい行くと上りのエスカレータがあります。」

「ゴー ドア。あ、止まるのかな。グッド。自動ドアが開いたね。グッド。ライト ゴー。グッド。ゴー エスカレータ。」

「エスカレータで2階についたら、左側へ180度ターンして3階行きのエスカレータで上がります。3階で降りたら少し進んでそこで一度止まって待ってください。」

「グッド。そろそろ2階かな。ストレートゴー。ウェイト。グッド。ここで向きを変えて、ゴー エスカレータ。グッド。いい子だね。…。あ、3階だね。ストレート ゴー。ウェイト。グッド。」

「お疲れ様でした。座学などでも説明しているのを覚えていると思いますが、建物の中の歩行は街中での交差点と違ってしまい盲導犬にとって角の認識が難しいのですよね。だから、特に初めてのところは無理をせずに誰かに援助をお願いすることを考えて下さいね。はい、お昼ご飯はオムレツがいいって言ってましたね。ではチェーン店ですけど『オムの杜』に行きましょう。オムの杜は左に進んで2つ目の角を右に曲がって右手2軒目です。ここからは私がお店まで案内しますね。また来るようだったらお店の場所を覚えるようにして下さい。じゃ、行きましょう。… はい、ここが最初の角ですね。もう少しまっすぐで、はい、ここが2番目の角です。右に曲がって、一件目がカレーショップCaCaで、え、ここが2軒目。オムの杜です。練習なので、大畑さん、お店の人に席まで案内してもらいましょう。」

「え、やはり僕が聞くんですね。深呼吸しますから少し待ってください。こんにちは。2人と盲導犬なのですが席ありますか?」

「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。席を準備しますので少しお待ちください。」

「はい、大畑さん。お疲れ様でした。駐車場から3階まで、そして店への依頼、うまくできましたね。ではゆっくり食事にしましょう。」

「座学では、拒否されるケースを沢山聞いていました。だからここオムの杜でこんなにスムーズに案内してくれるとは思わなかったので、ここに着くまではかなりドキドキしました。」

「近盲がこの付近にあるので盲導犬に慣れていて、さらに鶴亀市も『犬の街』としてPR活動をしているので、盲導犬や介助犬に対して理解があります。他の地域に行ったときに同じように入れるか、またもっと小型の店舗だとどうなのかは分からないことが多いんです。」

「でも法律としては受入が義務付けられているんですよね。」

「犬嫌いのお客様がいるからとか、犬アレルギーだからという理由で断られることもありますね。こちらも服を着せて被毛の飛散を防いでいることをアピールしたり、プルプルと身体をひねらせないように工夫して立たせたりして理解者を増やすことを続けていく必要があります。でもそんな時にこちらが権利を振りかざしても憤りを見せても、結局はその瞬間は誰も幸せにはなれないと思ってます。にこやかにじっくり対応していくのがいいかなと思っています。座学でやったように、どのような権利があるのか、どのような義務があるのか、こちらにどんな手段があるのかをきっちりと理解した上で冷静に対応していきましょう。あまり弱気でも世の中は変えられませんが、強気すぎて北風になっては旅人の服を脱がすことはできないものですよね。」



■当直の夜2

「3週間めももうすぐ終わりですね。今日は外で昼ごはんを食べたって聞きました。」

「今日の夕食は須田さんと食べられると思って、胸がいっぱいになるだろうから、お昼はガッツリ食べました。だから夕食は少なめかな。」

「参りましたね。自分は普段だと家に戻って一人の食事なので、大畑さんと一緒に食べられるのを楽しみにしていたんですよ。まあ、それじゃ先に食事を済ませましょう。」

先週の続きの話をしたかったが、話し始めると食事が終らなくなりそうなので、あまり話をせずに夕食を終えた。でもさすがに若い大畑さんは自分よりも多くの量を食べていた。

「さあ、片づけも終ったので少し話をしましょう。」

「ええ、お願いします。」

「今回の出向で実は会社から1つだけ課題を貰っているんです。それが『新しいマンマシンインターフェースを考える』ということで、先週話をしてた時にふと思いついたんです。」

「どんなのを思いついたんですか?」

「盲導犬も人も互いに近くにいると安心感があったり、離れると不安になったりしますね。そのような現象を使ってドライバーに運転への注意喚起を促せないかな、っていうアイデアです。あまり詳細にはまだ練っていないけど、何か行けそうな気がしています。」

「須田さん、面白いことを考えてるんですね。」

「あ、自分のことばかり言ってごめんね。大畑さんは何か考えたかな。」

「そう、僕も聞いてほしかったんです。視力が落ちてプログラミングはとても難しいかなと思っていたんですけど、先週話をしてくれた『要件定義』のようなことは自分は以前より得意になった気がしたんです。もちろんまだよく分からないことばかりなのでなんとも言えないんですけど。」

「例えば駅の券売機で切符を買おうとして、硬貨を投入したとするね。お金が足りないと分かったときに全て他の支払い方法に切り替えるのか、今までの硬貨を分は支払て、残りの不足分だけ払うのか。正解はないので誰かが決めなければならないでしょ。だけどこういうのが決まらずに開発が始まってしまうことが良くあるんです。だから、いろいろな場面を想定して、どんな処理をしなければならないかを考えなければならないんだね。抜け漏れなく、という意味でMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)なんて言ったりします。ただ決めるのは発注者側なので発注者側でもいろいろな意見が出たりするので、それをうまく取りまとめる力も必要なんですね。」

「さっきも少し話しかけたんですが…。視力があったときは、そういうのをいちいち紙に書いて並べなおして整理しないと気が済まなかったんですが、最近はそれが頭の中でできるようになって来たんです。」

それはすごい。もともと記憶力が良かった大畑さんだからこそできるものなのかもしれない。

「自分も必ずメモをとってますね。後で見直しをしないとまとめられないんだけど、字が汚くて判読に苦しんだりしていますね。大畑さんのようにできれば、いいエンジニア、コンサルタントになれると思うな。」

「ありがとうございます。」

「大畑さんは今2年生?」

「いえ、まだ1年です。大学に入って1年の前期はなんとか単位がとれたんですが、その後は休学状態です。同期で入学した連中は3年生です。彼らはそろそろ就職活動を始めるとか言っていました。」

「ごめん、開始式で言っていたね。そうすると、まだ2年も経たないうちに、点字を覚えたり白杖歩行ができるようになったんだね。そして盲導犬のユーザーになるのも、もうすぐだなんて。すごい頑張りだね。感心しちゃうな。」

「ありがとうございます。でもまだまだです。もっとやれると思っています。だから早くリランとユニットになって大学に戻ろうって考えています。」

彼の言葉を聞くと自分も頑張ろうと思えてくる。そして勇気が湧いてくる。



■共同訓練の4週間 第4週 目的地へ

いよいよ最終週になった。バス、電車を乗り継いで京都市内で買い物をして駅に戻ってくるというのが昨日言われた今日の課題だった。バスに乗る練習、電車に乗る練習もしてきたので目的の店の場所が分かっていれば難しいことはない。だから店の名前と買い物の内容は直前まで教えてもらえない。今日の大きなテーマは「援助依頼」つまり「助けをお願いする」だった。

「大畑さん、お店の名前は『前田楽器』です。ここでギターの弦を買ってきてください。最寄り駅はJR京都駅の駅ビルに入っています。スタート地点のバス停は「科技大前」で10時に鶴亀駅行きのバスがあります。」

「うわ、面白そうですね。京都駅ではなくて他の駅の近くですが前田楽器には行ったこともあるんです。だから楽しんで行ってきます。」

「そうですね、何事も楽しんでやりましょう。あと30分したら浅香さんがバス停まで送ります。私も一緒に行きますが、いつもより少し離れた距離のところにいます。」

送ってもらったバス停にはすでにバス待ちの客が1人いるとのことだった。その後ろに盲導犬と並んだ自分はその人にちょっとプレッシャーを与えてしまったかもしれない。

「お手伝いしましょうか」と前に並んでいる男性が話しかけてくれた。

「ありがとうございます。お願いが1つあります。乗車の時にICカードリーダーの場所を教えて下さい。」

「ええ、そんなことでいいの?もちろんいいですよ。あ、こちらは盲導犬?頑張ってね。」

「ありがとうございます。今お仕事中なので触ってもらうことはできないんですが、いい子ですのでよろしくお願いします。」

無事にバスに乗り、駅で下車した。バス停から駅の改札を抜けて列車の着くホームまでは一度共同訓練の中で練習をしていた。しかも点字ブロックがあるので迷うことはまず無い。

「ゴー、ゲート」

リランは迷わず改札へ連れて行ってくれる。改札を通り、音声案内を聞く。「こちらは京都方面のホームです。」「こちらは北丹後方面のホームです。」京都方面のホームの階段に行くためのコマンドをリランに送る。「ゴー ステップ。」階段を無事に通過しホームへ降り立つ。

「次の列車は10時40分発の京都行です。」駅では数分おきに行先と発車時刻を自動アナウンスで教えてくれる。時計で現在時刻を確認すると10時35分だった。いいタイミングだ。リランに到着ホーム側へ連れて行くようにコマンドを送る。ほどなくして列車が入ってくる。ホームドアが開く。「ゴー、ドア」リランは左手に列車を見る方向でホームを歩きドア付近で立ち止まる。これは訓練の中で練習した通りだ。盲導犬はホームでは必ず列車側を歩くように訓練されている。人は盲導犬を左手で持っているので、線路に向かって右方向に歩くことになる。自分は白杖でドアを確認し乗車する。発車のメロディが鳴る。ホームドアが閉まり、列車のドアも閉まる。平日11時前なので空いているようだ。人の気配をあまり感じない。「ゴー、チェア。」列車の中でドアからベンチシートに移動し腰を下ろす。リランを足元にダウンの姿勢で待機させる。京都駅に着くまで約20分。その間にどうやって目的地の前田楽器に行くのか計画を練る。まずは改札口へ、そこで駅員さんに駅ビルのインフォメーションデスクの場所を教えてもらい、次にインフォメーションデスクで前田楽器店の場所を教えてもらおう。これなら一般の人への援助依頼は要らないかもしれない。そして京都駅に到着。

列車を降りて安全のためにプラットホームの端から離れる。改札口を探そうとするが、人が多くこのままでは改札口へたどりつけそうもない。リランはどうしたら良いのかとコマンドを待っている様子だ。さあどうしようか。予定していた通りには動いてくれない。

「すみません、どなたかお手伝いお願いしま~す。」

思い切って大きな声を出した。聞こえた声とは関係ないという空気を醸し出しながら何人もの人が素通りして行くのが分かる。もう一度言ってみようか。その時一人の女性の声が聞こえた。

「どうしました?何かお手伝いできますか。」

「ありがとうございます。駅員さんのところに行きたいのですが駅員さんの居る場所が分からなくて。案内して頂けますか。」

「ええ、いいですよ。どうしたらいいですか。」

「左腕を貸して頂けますか。私が右手で左肘を軽く掴みますので改札のところまでお願いできますか。」

「はい、いいですよ。」

「ありがとうございます。それではお願いします。あの、私の左側にいるのは盲導犬です。一度来た場所なのですが、この子、リランというのですが、リランと二人だけではなく案内の人もいたんです。リランのリードを左手で持ちますので、ゆっくり歩いて下さい。」

「ええ、では行きましょう。」


改札までのつもりだったが、結局、この女性の厚意に甘えてエレベータでフロアを上がり前田楽器店まで案内してもらった。

「どうもありがとうございました。」

「少しはお役に立てたかしら。大変ね、頑張ってね。あ、今のはワンちゃんへの言葉よ。じゃ。」

先週オムの杜に行った時の『建物の中では誰かに援助を依頼する』という言葉を改めて感じていた。このあと楽器店でも店員さんにお願いしてギターの弦を出してもらい、なんとか購入することができた。手助けをお願いするために、声を出すのには戸惑いもあったが、一度声を出してしまうと急にハードルが下がったように思えた。今回の課題はほぼこれでクリアできた。しかし会計のところには自分以外の買い物客はいないようだったので、もう一度店員さんにお願いしてみることにした。

「すみませんが、駅の改札へ行くためエレベータまで案内をして頂けませんか。」

前田楽器があるフロアに上がって来るために使ったエレベータまで店員さんは快く案内をしてくれた。改札階まで降り、自動改札を通り、帰りの列車に乗った。一度通って来た経路を逆に辿る道だったので、少し迷うことはあったが頭の中に描いた地図を思い浮かべてリランと力を合わせて列車に乗ることができた。それにしても建物の中は人が多い。特にこのような巨大駅ビルの中を歩くのは大変だった。帰りの列車は逆方向へ20分、鶴亀駅に到着。駅のホームに降りたところで、三島指導員から声がかかった。

「はい、お疲れ様でした。」

「三島さん、ずっと後ろにいることは知っていましたけど、やはり疲れました。それに最初に考えた通りには全くできませんでした。」

「ええ、でも出来たことが沢山ありましたよ。京都駅に着いたとき、今はインバウンドの人でごった返してたでしょう。あのとき声をかけようかと何度思ったか。お話したいことは沢山あるけど、もう1時を過ぎてるよね。おなかが空いたでしょ。今日はお昼ご飯を作ってもらってるので協会へ戻りましょう。さっき連絡したから浅香さんの車がそろそろお出迎えに来てくれていると思うわ。」



■試験前夜

「大畑さん。いよいよ明日は試験なんですね。」

「あ、須田さん。そうです。実技の形での試験はなくなったのですが、筆記試験はするとのことで。しっかり勉強したつもりなのですけど、やっぱり心配になりますよね。」

「大畑さんでもそうですか。今まで随分と試験は受けて来たでしょう。」

「でも休学もしていてここしばらく筆記を受けるなんてことは無かったんですよ。」

「ところで、私が宿直だったときに話をしたシステム開発の話ってどうでした。その後何か考えたことはありましたか。」

「ええ、大学の友人にも聞いてみました。そいつもソフトウェア開発をしたい、って言ってまして、そろそろ彼らは就活をしてるんで。今はもっと突っ込んだ専用言語開発をしたいって言ってるんです。それで須田さんから聞いた話をすると、自分とは方向性は違うけど、そのシステム開発の上流で行われる部分なのでやりがいがあると思う、と言っていくつか会社を調べてくれました。障害者枠と一般応募枠と両方あるのですが、まずは一度人事の人とコンタクトを取ろうと思っています。」

「そうですか。良かったですね。今は就活が随分と早まっているので、早いうちに動くことも大切ですね。」

「須田さんにはほんと感謝です。」

「まだ何も始まってませんよ。これからも応援してますよ。まあ、でも今日はここ近盲の職員としてのメッセージを伝えないと。」

「なんですか?」

「明日の試験、頑張って下さい。絶対合格!」

「そうでした。どきどきばかりしていないで、明日の準備をしないと。」



■新ユニットの誕生

「大畑さん、4週間お疲れ様でした。今日はいよいよ出発式ですね。」

「須田さん、ありがとうございました。これでリランと正式にユニットと呼んでもらえるようになるんです。そう考えると嬉しいなあ。」

そんな話を大畑さんとしている間に、出席者が揃い出発式が始まった。

司会から訓練日程、筆記試験結果、訓練中の評価項目での注意事項が説明され、その後所長挨拶。そして『使用者証交付』へと続く。訓練士挨拶、職員からのメッセージ、ユーザーからのメッセージがその後に続く。

その中で『使用者証(盲導犬使用者証)交付』はユニットを証明する重要な書類が交付される場面だ。使用者証にはユーザーと補助犬の情報、認定をした団体名・連絡先が書かれている。実際に大畑さんに交付されたカードには、『使用者名 大畑 駿、性別 男性、手帳番号 XX市 第YYYYY号、住所 西丹市XX2丁目34番12号、犬名 リラン、性別 雄、生年月日 2023年5月21日、犬種 ラブラドール・レトリーバー、毛色 イエロー』と書かれている。これによって、店舗などに義務付けられている利用の受入対象であることが示される。このカードと『身体障害者補助犬健康管理手帳』は盲導犬ユーザーには常時携行が義務付けられている。施設を利用する際にはさらに使用者証の中の個人情報以外の内容を表示する義務がある。大畑さんの場合、ハーネスにつけている小さなバッグにつける表示として、大きな字で「盲導犬」、小さな文字で『認定番号:XXXX、認定年月日:202X年6月25日、犬種:ラブラドール・レトリーバー、団体名:近畿盲導犬協会 連絡先:0771-YY-ZZZZ』と書かれていた。


さて大畑さんはこれから大学生に戻る。まだ前期は少し残っているので、この期間を使って大学の教務部といろいろな調整を行うそうだ。

「皆さん、ありがとうございました。共同訓練は長くて短い4週間でした。失敗もいろいろありましたし、皆さんの強力なバックアップがなければもっと時間がかかったのではないかと思います。リランと私はユニットとしてこれから成長していかなければならないと思っています。今回の4週間で、あと3年間大学で学び、職業に就こうという思いが強くなりました。引き続きのご指導お願いします。それでは行ってきます。」



■月次報告(6月)

第9回報告

御手洗社長

6月(第9回)の報告をします。


<業務内容>

・クラウドファンディング準備

・パピーレッスン支援(立ち合い)

・共同訓練(一部立ち合い及び宿直)

<次月の予定>

・クラウドファンディング実施支援


<所感>

クラウドファンディングにおける重要ポイントを理解することができました。運用改善の手助けができそうなので嬉しく思っています。

共同訓練中は2回宿直の機会がありました。訓練生(盲導犬ユーザー候補)とも会話する機会があり、就職に対する相談相手になることができたかと思っています。会話の中でヒントになる項目がありました。こちらは別途レポートします。


須田


返信:第9回報告


須田さん

宿直ご苦労様でした。徹夜は開発の仕事の中で何回かしてもらってるかもしれませんが、宿直は普通では出来ない経験でしたね。運用改善については、システム化も一つの方法ですが、区切りのいいところを見極めて下さい。持って帰ることは難しいこと理解されている通りです。

レポートは読ませて貰いました。知財の方にも回しました。面白いので、引き続き考えておいて下さい。


御手洗

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