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真夜中のヒルガオ 4

 風呂に入ろうと、廊下に出ると、洗面所のドアの明かりが漏れていた。

 開けてみると、シャワーの音。


 義母は床に着いているし、菜々子も風呂上り。するとうちのバスルームを勝手に拝借している泥棒でもいない限り、娘に違いないと鈴木は思った。

 入浴は後回しにしよう、とにかく、国際交流の詩のコンクール関連の写真を確かめたい。

 しかし、 書斎には今宵、桜子なるガードマンがいる。


 シャワーを盗もうというジプシーはいないが、それから一分も経たずして、鈴木家の静かな夜に、プライバシーの泥棒は現れた。

 子供部屋にこっそり入り、そっと電気を点けるのだった。それから足音を忍ばせ、奥の勉強机へ近づく。

 言うまでもなく、犯人は父親、鈴木幸雄である。

 ○バツ模様のふざけた頭巾を頬かむりして、いよいよ鼻下で浅ましい結び目でもこしらえかねない。


 勉強机のすぐそば、三段組のウッドラックの上方に目をやる。

 ラックの中段と上段に所狭しと、リビング同様、栄誉ある沢山の写真が立て掛けてあるのだ。

 柏木流子供書道大賞入選、ピタゴラスイッチ創作大賞アイディア賞、ガチャリンとスモックの似顔絵コンテストグランプリ、夕日新聞社主催夏の思い出の一枚デジタル写真大賞優秀賞……その隣!

 なるほど、抜けるような青空を背景に、山々が威容を誇り、高原の芝生が瑞々しい晴れやかな自然の壇上で、いろいろな国の子供達がわんさか、これこそ、国際交流の詩のコンクール、いや、スポーツや音楽に食事会と楽しげな、国際交流のイベント、その記念写真に違いない。

 プライバシーの泥棒、鈴木幸雄はその額縁入りの写真に、食い入るように顔を近づける。

 緑いっぱいの高原と黄色い日差しの中、三段組みの白い壇上、一番下は子供の一段だが、左側手前、ちょっと照れるように微笑した梨花が、賞状と、それから金色のメダルを胸に掲げていた。

 右に同じアジア系の、けれど中国人らしい瞑ったような細目で笑う少年がいるが、パーカーにジャージであった。クリクリしたオレンジの髪の毛の、大人っぽい少女がむすっと左に立っている。こちらはドレスアップであった。

 ちなみに梨花は、服装もその中間といったところ、白地に黄色い花柄のワンピース姿。

 子供たちの後ろ、二段目、これも多国籍の、主催者や審査員が並ぶ中程には、間違いない、チャールズブロッソンがいた。スーツ姿の関係者は多いけれど、この中段に、アフリカ系の人物は、彼だけだった。

 マルコムX、と、鈴木は思う。それも本人ではない。チャールズブロンソンだかデンゼルワシントンだか忘れたが、映画で彼を演じた俳優に似ている、と今になって思ったのだ。縮れ毛の纏まった短い髪、ごつごつした面長の顔、どっしり彫りの深い厚顔をしかし、ロンサーザイルの眉だけ黒縁フレームの眼鏡が印象をしゅっと引き締めている。

 城之内の話も、報告書も本当らしい、が、自分の知らなかったこのような楽しげな会合に妻と娘だけ参加していたと思うと、にわかに鈴木はしゅんとした。何しろ写真右側奥、保護者の一団の中に、素晴らしい美人がいるではないか。ミモレ丈のカーデにシャンブレーのハット。ずいぶんラフな格好ではあるものの、子供以上ににっこり微笑むその表情は誰にとっても好ましいことこの上ない、としか、言いようがない。菜々子であるか、でなければ、雑誌に出てくるモデルでもあろう。

 すると鈴木は、はっとした。探偵や調査やチャールズブロッソンとは関係がない意識のところ。さっき、リビングで梨花の写真を見た時、心に引っ掛かっていた何ものかの正体が分かったのだ。

 それは菜々子との違い、妻と娘との相違点であった。

 梨花はまるで母親似の顔である。子供ながら頬はすっきりと、逆さにした卵のようだし、凛と上を向いた唇とか、すっきりした二重まぶたも菜々子そのもの。どちらかといえば、梨花のほうがちょっと大きめの瞳を持っているが、似ている、自分よりも遥かに母親似といえる顔立ちだった。

 口調もそう、例え話を好んだり、性格はちょっとねちっこいけれど明るく、これも菜々子そっくり。容姿や性格ばかりでもない。菜々子も幼少時、多くの賞を貰っていたくらいだ。その写真を見せてくれたこともある。確か鈴木の記憶だと、どの年代でも、満面の笑みだったはず、今もそう、どの写真を見ても、しっかりカメラに目線を合わせ微笑んでいる。キャンプの森林の中でも、海辺の陽光の下でも、鈴木や梨花はちょっとはすに構えるようなところがあるのに、菜々子はピースサインで、Vの字どころか、ダブリューだって描きかねないくらいのものだ。それこそ星のようにキラキラと明るく、周りを意識するようなことがまだない少女のままのように。

 要するに、その一点であった。写真を撮られる時とか、自分が栄誉を与えられるその時に、梨花のほうでは恥ずかしがったり、感情を隠そうとする。そこだけはどうやら、自分と似ているのだった。


 娘の部屋に来たのも久しぶりではないか。机の上の教科書や本など、綺麗に整理されている。携帯はまだ持たせていないが、最近誕生日に買ったノートパソコンが置いてある。幼い頃貼ったシールが、はがされた跡が引き出しや脚の部分に幾つもついている。

 振り向くと、ベッドの、赤い花柄の布団はくちゃくちゃだ。横の壁に、テイラー・スイフトのポスター。床に投げ出されたままの、読みかけの小説や漫画本。

 気がつくと、机の椅子の背に掛けられた赤いランドセルに、鈴木は手を置いていた。六年間も背負われ、もうくたびれた革の感触を確かめるように軽く掴んだ。グスっとくるものを、指先でこすった。

 見事な娘が、風呂から上がってきたらまずいな、もう出よう。

 そう思った時、ランドセルの、上から被せる(かぶせ)横の隙間から、黒い布製の何かの端が飛び出しているのに気づいた。

 掴んで指先でこすってみると、衣服ではないだろうか。どうやら中身いっぱいがその黒い衣服であるようにも見える。

 思わず、開けて、取り出してしまった。

 広げて見ると、セーラー服である。

 この一着の他、ランドセルには、何も入っていなかった。

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