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ずっと一緒に

作者: 笹木 人志



 とある歓楽街の隅にある、昔ながらの居酒屋で俺たちは飲んでいた。コの字型のカウンターは常連客で一杯で、俺たちは、そのカウンターを囲む様に配置されている4人掛けのテーブルで飲んでいた。店の中は、酒が回って声が大きくなった酔客とそれに負けじと大声で注文に応える店員の声に満ちている。


 俺たちは同郷の出身で、年に2,3回くらい顔を合わせては、こうして飲みながら近況などを報告していたものだ。


 しかし、俺がどうにも、なかなかエンジンが掛からないのを見て、楠山がどうした、女に振られたのか?と訊いてきた。


 うん、まぁそんな処。でっかい穴がここに空いて食欲もないよ。俺は自分の胸を指してため息をついた。


 やっぱり振られたか・・・梶谷が笑ってうなずいた。で、どんな風に別れたんだ・・・こいつは人の不幸を蜜のように思っている。全く人の性格は変わらないものだ。


 ひでぇやつだ、そういう時は慰めるものだろ。でも、まぁいいか、どうせ済んだことだし。どこから訊きたい?まずは最近、俺を振った女の事から話せばいいのかな


 どこからでも、いいさ、酒の肴になる話ならね。梶谷が嬉しそうに俺を促した


□□□□


 女は、西篠 杏子といった。知り合ったのは、出会いを目的とした、婚活サイトのオフで、相性診断で選ばれた少人数で開催されたものだったのさ。


 おまえ、婚活を始めたのかい!

早くないか?って驚くなよ。おれだって彼女が欲しいしもの。結婚は、その延長上で考えればいいだろ。まずはパートナーを探さなきゃ。手段より結果が大事だよ。


 杏子はね。ちょっとぽっちゃり気味の可愛い感じの子でね。美人ってわけではないけど、たまたま俺の隣になったんだ。


 おいおいそこまで身を乗り出してまで、嫌な過去を聞こうなんて、酷いやつらだ。周りが五月蠅いからだって、これでも充分大きい声を出しているつもりだよ。それにしても、お前らはよ。本当の友達なら慰めるところだろ。はい、ビールお替わり、大ジョッキでね。え、俺の分はおごってくれるのかい、ありがとう、それこそ親友ってもんだよ。


 俺の隣じゃ、そりゃ女の子が可哀想だって?あ、話をちゃんと聞いていてくれたんだね、ありがとうね。


 楢峠さ、分っているよ。どうせ俺は口下手だよ、特に女の子が相手となると、さらに口が重くなるもんな。高校の時も、片思いをしていた太田に満足に話しかけられなかったしさ。あの子は凄く可愛いくて好きだったよ。いまごろどうしているのだろうね。


 でもさ、西篠は不思議な女だったよ。普段無口な俺から、どんどん会話を引き出してくるんだよ。俺自身、そんな饒舌だったかなと話ながら不思議に思ったし、その娘と会話するとなんか、すごく楽しくなるんだ。


 アインシュタインの名言覚えているかい?物理教師の峠澤が、授業の前に必ずたれるウンチクで言ってたやつでさ、えーと、綺麗な子と一緒にいると、どうのこうのってやつ。

 可愛い女の子と一時間一緒にいると、1分しか経っていないように思える。 熱いストーブの上に一分座らせられたら、どんな一時間よりも長いはずだ。 相対性とはそれである。 過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。 大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。


 お、楠山さすが秀才、理系に行っただけのことはあるな。全部覚えていたんだ。俺が覚えていたのは最初の一節だけだけど。まさに、その通り、西篠と一緒の時間は、オフが始まって終わってしまうまで一分しか掛からない感じだった。


 しかも、別れ際に西篠の方から、俺とラインを交換しようと言いだしたんだぜ。初めてだよ、女性からそんな事を言われたのはさ。天にも昇る気分ってやつってあんな感じなんだろうね。、


 そうしたら翌日には向こうからもうデートの誘いだよ。こっちも仕事が忙しかったけど、金曜の夜に待ち合わせをして食事をしてさ、お酒のせいもあったかもしれないけど、そのまま二人で一夜を過ごす関係に一気になだれこんだんだ。自分でもこんな事があるのかと思ったさ。その時に、彼女は俺に言ったのさ、一目惚れしたんだって。絶対こんな事これから一生ずっとないと思ったよ。俺も、何が何でもこいつと一緒になろうと思ったのさ。


 そんな浮いた話は聞きたくないって・・・梶谷、お前の訊きたい話はこれからだよ。


 そんなデートを半年も繰り返していれば、当然こっちは結婚という話もしたくなってくる。実際料理も旨くて、一緒にいて楽しいとなれば、それが行き着く先だろ?


 まあ、それが普通の流れかな・・・


 だろう。だから俺も指輪をこっそり買ってさ、プロポーズをしたんだ。そうしたら彼女、なんて言ったと思う?


 ごめん、あんたとは遊びのつもりだったから、そういうことは考えていないの・・・、それに言ってなかったかしら、私、バツイチでね。しばらく結婚は考えたくないの。だってさ、そのまま小雨の降るなか、俺はデート先からまる二日かけて家まで歩いて帰ったよ。体をいじめぬかないと、心がぶっこわれそうでさ


 やるな、杏子ちゃん。


 それが原因で風邪をひいて、まる三日寝込んだし。


 可哀想な話だね。どうだい、もう一杯。


 ああ、大生追加。でさ・・・


□□□□


 え、終わりじゃないの?杏子ちゃんにあけられた心の大穴の話。


 いや、問題はここからなんだ。別におれだって数多く振られているから、時間が経てばいずれ、こんな風に話のネタにでもなる時もあると思っていたさ。


 ただ、そう簡単に、穴が塞がるものでもないしさ、そんな時に、この近くに凄い美人の街娼がいて、しかも癒やし上手だという噂を耳にしたんだ。


 よくまぁそんな話が耳に入ったものだね。


 偶然なのさ、病院の近くに公園があるだろ、ウチの会社であの公園の周りに柵を作ったり、遊具などの施設を作る工事を受注してさ、それでそこで働いている下請け業者さんが耳にした噂なんだ。


 街娼、立ちんぼさんかよ。まぁ男の子ならば、性欲が溜まってしまえば、それに頼ることもあるな、うん分る、分る。でもそれなら、ソープの方が安全じゃないか?


 まあ、彼女を失い、夜を伴に過ごす恋人を失えば、肌のぬくもりをそういう処に求めたかったのかもしれないけどさ。ひょっとしたらまた杏子みたいな女性に逢えることを、それにかけてみたくなったのかもしれないよ。てっぴどい振られ方をしたけど、相性としては凄く良かったと今でも思っているしさ。


 ただ、その街娼の出会い方には奇妙なルールがあってね・・・それで、凄く気になったのさ、だめもとで試したくなってね。


 ルール?いればO病院の近くの公園に突っ立っているのを見つければいいだけだろ?


 いやいや、そう簡単な話ではなくてね。うさわによれば、O病院と公園が道路を挟んで隣あっているだろ、で、その周囲にも道路がある。その道を8の字の書くように、ぐるぐる3回廻って、今度は逆向きに3回廻ると、その公園沿いの道路で、まさに意中の女性が立っているというんだ。


 そこのあたり、たしかいつも手相見の婆さんがいなかったかなぁ、結構当たるというか、人生相談に訪れる女性で人気だったと思う。あ、いや失礼。話を腰を折った。


 へぇそうなんだ、そんな占いの婆さんが居たなんて気がつかなかったよ。こっちは、なんとしてでもその女性に遭いたくてさ。


 で、遭えたのかい。


 ああ、容姿から言えば、完全に俺の好みだった。本当にあんな美女がいるとは思わなかったよ。周りに人は結構居たとおもうけど、俺は棒立ちになって、その女性を見つめるばかりだったよ。正直、こんな人に「幾らだい」なんて訊けなかった。


 で、そのまま何も言えずに心に二つ目の穴が空いてしまったというわけか・・・


 ちがうよ、声を掛けてきたのは向こうだった。いや、声を掛ける前に手を握られてしまったんだ。俺は、心まで掴まれてしまったと思ったよ。夜なのに、細くて白くて、吸いつくような掌だったよ。ノースリーブから出ている腕も細くて白くてね・・・


 そして、ホテルに直行したのか、じゃあ満足したんだろ


 いや、彼女はこう言ったんだ。「まずは、お食事をしませんか?」


 その店は、ぼったくりバーだったんだな


 それなら、ここに穴なんか空かないよ。今頃、怒り狂っている。


 行った居酒屋は、チェーン店の居酒屋で、今時の個室があるやつで、料理も無国籍みたいな処だったよ。とても旨い店だったな。


 食べながら、沢山話をしてね。杏子も話上手だったけど、その人は、もっと上手だったよ。それに色々な話題を持っていてね。本当に楽しく飲んだんだ。そして、その後で、二人でホテルに行ったんだ。


 あの時間は、なんて言うんだろう。国語の先生で、柳川っていただろ。あいつが、あるとき授業の中の雑談で、おれは、めくるめくって言葉が好きだなぁとか、言っていたのを思い出したよ。彼女の魅力の虜にすっかりなってしまって・・・杏子のことなんかすっかり忘れてしまったんだ。僅か2時間の営み、そのめくるめくような時間が一瞬のようでさ、でも、その時の記憶が余り残っていないんだよ。ただ、愉悦の残滓だけが、心に何時までも残っている感じなんだ。


 だから彼女が、終わりよと言って。ベッドから出た時、おれは悲しみに暮れたのさ、あの女性は、とてつもなく大きな、喪失感を俺に残したまま、夜の街に消えてしまったんだ。


「それで、その街娼に遭いたいのか」楠山が、腕組みをしながら言った。


「もちろんさ、寝ても覚めても、あの女性の事が頭の中に浮かんでいまうんだ」俺は、ジョッキの底に残っていたビールを飲んだ、「次はハイボールにする」


「ちなみに、お前がその女性とやらとホテルにしけこんだのは、先週の金曜じゃないのか?」楠山が、俺を悲しそうにみた。


「何でしっている?」俺は、胸がときめいた。こいつは何か知っているに違いない。彼女の事もきっと。


「そうか、やはりあれはお前だったのか」


「見られたとは思わなかったよ。」


「お前のいう美人とやらは、占いの婆さんなのか?」楠山の目が困ったようにテーブルの上を泳いだ。


「そんな訳ないだろ、じゃあそれは人違いだ」


「いや、あれはお前だった。」


「婆さんと俺は一戦を交えたというのか?」


「肉体はそうだろう、しかし精神というか、心は違うものだったかもしれない」楠山は、目を上げた。「これも噂だ、お前の聞いた噂の続きのようなものだ。」そしてスマホを操作して画面を俺に見せた。「心霊現象などの噂を集めたブログなんだけど、お前のいう話に似た経験談が載っている」


 俺は、彼からスマホを取り上げて、ブログの内容を読んだ。俺が耳にした巷の噂と似ている内容だ。だれもが、凄い美女と絶賛している。しかし、よくよく読めば、性格が明るかったり、聞き上手だったり、なだめてくれたりと、様々だし、髪型も長いサラサラとした黒髪、活動的なショートヘア、色も黒髪だったり、ブロンドだったり・・・起きた出来事は同じだが、女性の容姿も、性格もバラバラだ。


 しかし、幾つかの事例において、占いの婆さんと一緒にホテルに入る姿を誰かに目撃されているという


ブログの制作者は、ひとつの仮説を述べていた。


 占いの婆さんは、占いの他に口寄せを生業をしていることが、調査をした結果分った。霊を呼び出す能力がどの程度かは、分らないが私が確認の為に祖父を呼び出してもらったところ、かなりの能力の持ち主であることが分った。


 老婆が夜な夜な店を出している場所を考えれば、歓楽街で働き、夢を追ったり、人生のどんぞこから這い上がろうとした女性達の一部がここで命を落とした事だろう。


 この一帯には確かに、そんな女性たちの霊が多く浮遊していると考えられる。しかし、普段はそれだけのことだ。しかし、霊を求める心・・・自分の理想を求めて往く男がその霊とシンクロしてしまう事があると考えよう。霊は、男と結ばれたい一心で、体を求める。 そして、占い師の婆さんは、その稼業がらそんな霊を受け入れ易くなっている。女性の霊は、男の感覚に割り込み、男には自身の生前の姿を見せる。婆さんもまた、心を霊により支配されてしまう。

 

 そして二人は愛し合うことになるのだろう。二度と逢えないのは、霊が成仏した結果なのかもしれないが、単に2度あったことがないという噂は、2度目で男が死んでしまい。噂として流せなかったのかもしれない。

 霊は、やはり自分の世界に誰かを呼びたがるものだかからだ。



 俺は、ぞくっとした。しかし、記憶の中の恍惚感は、消えそうにない。逢いたいという気持ちは消えそうになかった。



「お前は、遭おうとするべきじゃあない」楠山は、静かに言った。「もし、またその女に会えば、死ぬかもしれないぞ」



「でも、このまま息苦しさを味わいつづけるくらいなら、また遭いたいよ」俺は、仲間達の顔を見た。みな、心配そうな顔付きをして俺を見ている。


「わかったよ・・・」俺は、仕方なく頷いた。「もうあそこには行かない。」


□□□□


 しかし、やはりそれは無理だった。俺はあの噂のルールに従って、夜の歓楽街を歩いた。心の渇きを潤すものを求めた。どこかで聞いた噂を確かめようとしているのか、俺のように再び同じ女性に遭おうと思っているのか、病院と公園の道路を歩く男達が妙に多く居るように感じた。


「あら」そんな行動を繰り返していた或夜、突然後ろから声が掛かった。 聞き覚えのある声だ。「また遭いましたね」振り返るとあの女性は、浴衣姿で立っていた。それは、俺が望んでいた姿の様に思えた。


「探していたんだ」俺は、泣きそうな声を出した。


「そう思っていましたよ。でも本当にいいの?」女性は、片手に団扇を持ち顔を扇いでいる。


「構わない」楠山の声が、頭の中で蘇る。ー死ぬかもしれないぞー

俺は、その言葉を記憶から放りだした。今は、死ぬほどに恋い焦がれているんだ。彼女と伴に、往けるならどこまでも往きたい。


俺と、彼女は歓楽街を彷徨った。手を握っても、そこに老婆の感覚はない。長いストレートヘアからは、良い香りが漂う。


以前と同じように、食事をして、楽しい会話をする。

それから、深く愛し合う。


そして、また別れ・・・


「なぁ、どうすれば逢える?」と思わず俺は訊いた。


「2度目ですもの、いつでも逢える関係になったわ」女性は、融けそうな笑みを浮かべてから、俺に背を向け闇の中に消えた。その代わりに、疲れた様に歩く老婆の後ろ姿が見えた。


「うそをつけ」と言った俺の喉元と鳩尾が急激に痛んだ。冷や汗がどっと出る。息をするのも辛い。老婆の姿に、ふたたび女性の姿が重なる。


 意識が失われてゆく。誰かが駆け寄ってくる足音がする。大丈夫ですか?と声を掛けてくるが、声を出せるような状態ではない。苦しい。そして痛い。

「ね、私と同じ世界にくれば、いつでも逢えるでしょ」女性の声が、地獄の底から響く。

「ああ、やっぱりそれしかないか。杏子」手を伸ばして、女性の名を呼んだ。「会いたかったんだ。お前だけに会いたかった」


救急車を呼べという声、それより隣は病院だ、だれか呼んでこい!と叫び声


俺は、俺を捨てた杏子を許せなかった。深い愛は、底なし沼のような憎しみになっていた。俺は、杏子を殺して工事現場の公園に重機で深い場所に埋めたのだ。


しかし、心の穴は埋まらなかった。杏子だけが、それを埋められる。私が遭った美女は杏子でもあったのだ。私が求めている何時も寄り添ってくれる杏子の姿。


 そういえば、もうひとつ愛らしい噂があった。公園の中にある小さい鐘を二人で鳴らすと永遠に結ばれるという


「一緒に、あの鐘を鳴らしたね。」俺が、失われそうな意識の中で思い出す。声はもう出ない。


「さぁ、また一緒になりましょうね」冷たい手が頬に触れた気がした。


「遊びはいやだよ」俺は、心の中で甘えた声を出した。


「うん、あなたの気持ち、充分に分ったから、それに本当は遊びのつもりはなかったのよ、あなたとはずっと恋人で居たかった、でも夫婦というしがらみが怖かったの」


俺はふわりと浮かび上がった。苦しみも痛みもない、まだ頬にある杏子の冷たい手を、おれは握った。


「行こうか・・・」手を握り合って、俺たちは浮遊していた。


「何処に行くの?」杏子が、ふっくらした顔を傾げてみせた。


「あの前を歩いているカップル、俺は男に、お前は女に憑依すれば、生身の体でも愛し合えそうだと思う」


「面白そうね」杏子は、不敵な笑みをみせた。


「これからは、ずっと一緒だ。あの鐘を二人で鳴らしたのだから」俺たちは、空中を移動してカップルを目指した。



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