九話 まさかあんな事態になるなんて、この時は誰も思っていませんでした。
その鉱山は遥か昔から優良な資源を産出してきた。
故に人々は利権を求めて奪い合い、殺し合い、謀略を張り巡らせて多くの血を流した。
やがて犠牲になった人々の怨念は鉱山そのものを覆い尽くす。
落盤に巻き込まれた鉱夫の亡骸が、謀略によって暗殺された貴族の骨が、そして渦巻く怨念に当てられた岩の塊すらも動き出して、生者を自身と同じ物に引きずり落とさんとする。
それが【怨霊鉱山】である。
——ランコスwiki NPCからのエリア情報 より——
土曜日。
ジンは朝に家事を終わらせて昼からログインしていた。
「ここが【怨霊鉱山】か」
ネクスタルから平原を横切って道をまっすぐ行った先。
そこには段々に削られた岩場があった。
段の一つ一つがジンの背の数倍もあり、まるで蟻の巣のように人が数人並んで通れるような大きな坑道がいくつも空いている。
そんな岩場では至る所で体の一部分が欠けた青白い肌の人間や、肉を完全になくした骨、ガルレット並みに巨大な岩の塊が動いている。
スケルトン、ゾンビ、ゴーレム。【怨霊鉱山】に発生するモンスターだ。
「おお、うようよいるな。あのゴーレムからドロップする鉱石がよく売れるんだっけ」
ジンの目当てはゴーレムだ。
ゴーレムにはアイアンゴーレム、シルバーゴーレムなど様々な種類がある。
そしてアイアンなら鉄鉱石、シルバーなら銀鉱石という風に対応した鉱石をドロップするのだ。
「ゴールドゴーレムが落とす金なら500ギル! ジュエルゴーレムは物に寄るけど高い宝石なら1000ギル! それに普通の鉱石も最低100ギル、うーん最高だな!」
ジンは動き回る金の元に目を輝かせる。
「アンデッドは骨とか呪いのアイテムで安いし狙う価値はあんまりないな。とにかくゴーレムだ……けど」
ただ金策に向いているということはここに通う人間も多いということで。
「やっぱり結構人いるな……」
岩場にはモンスター達と戦うプレイヤーが至る所で戦っている。
プレイヤー達の装備は前のエリアで見たものよりもグレードが高そうだ。誰も彼もアンデッド系は無視してゴーレムを重点的に倒していた。
お互い狩る場所を決めているのか、あまり動き回ってはいない。
「マナー的には挨拶して距離取るか、狩る場所変えるかした方がいいんだよな」
あまり一つの所にプレイヤーが固まると動きづらくなる。
『ランコス』の広さならそうそうすし詰めになることもないが、今は休日ということもあってかかなりの数がここにいた。
「でもここに混ざってもそんなに稼げなさそうだな。……《金の亡者》のスキル大勢に見られたら質問とかされるかもしれないし」
ジンは坑道へ目を向ける。
「坑道の中ならあんまり人はいないんだっけ?」
外の岩場と比べて坑道内はあまり人気が無いスポットだった。
「薄暗いわ、入り組んでるから迷いやすいわ、しかも道がそんなに広くないからアンデッドを避けてゴーレム狙うようなこともできないわでお勧めしないって書かれてたな」
さらにいきなりゾンビやスケルトンと鉢合わせるというホラー要素まである。
リアルなVRMMOでは本気で入ることができない人もいるようだ。
「まあ別にホラー苦手でもないしな。そっちに入ろう」
そうしてジンは坑道へと足を向ける。
……これがまさかあんな事態になるなんて、この時は誰も思っていませんでした。
■ ■ ■
『カカカ……』
道の先からスケルトンがやってくる。
スケルトンは持っているつるはしを振るってきた。その動きはオークより少し速く鋭い。
「よっ、と」
『カカッ……』
しかし多少戦闘に慣れてきたジンはつるはしを軽く避けて、スケルトンを袈裟切りに切る。
するとスケルトンの体はあっさり砕けて塵になった。
「おお、アンデッドなら一撃か」
アイテムは《呪われた骨》が落ちた。
「250ギルか。一体でこれならかなり多いけど……まあゴーレムの方がいいな」
ジンは先へ進む。
『カカ……』
『カカカ……』
道の先からスケルトンが二体やってきた。
つるはしとスコップを振るうスケルトンの攻撃をジンはあえて受けてみる。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv10
▽ステータス
HP:896/900
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:84
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv4
:〈亡者の換金〉Lv4
『所持金 54150ギル』
■ ■ ■
「二発で直撃しても4ダメージか。うん、ほとんど受けないな」
ガルレット戦で稼いだ金により、とうとうレベルは10にまで上がった。
そのENDとHPは先のエリアでも通用するようだ。
「じゃあゴーレム探すか」
『カッ……』
スケルトンを撫でるように斬ってジンは先へ進む。
『『カカカ……』』
『『ウオオォ……』』
道の先からスケルトン二体とゾンビ二体が現れた。
「うっ、うーん、結構えぐいな」
ジンは出会った瞬間につい一歩下がってしまう。
頭の一部が欠けたり腐っていたりするゾンビは近くで見るとなかなか強烈だった。
『ウオォォ……!』
「うおっと⁉」
それも攻撃は基本的に噛みつくか腕を叩きつけてくるか、つまり接近戦だ。
ダメージが大してないとわかっていても嫌悪感が先立ってしまう。
「はっ! あ」
短剣を振るったジンが思わず声を漏らす。
短剣はゾンビの脳に突き刺さりぐちゅっとトマトをつぶすような音を立てたのだ。
『ウオ、ォ……』
「……アンデッドは確かにあんまり相手したくないな」
その後、ゾンビとスケルトンを危なげなくジンは倒す。
ただ倒した後に首を傾げた。
「……なんかアンデッドとばっかり出会うな」
『『『カカカ……』』』
『『『『ウオオォ……』』』』
「多くない?」
道の先からスケルトンとゾンビの大群が現れた。
短剣を構えつつジンは自分の記憶を思い返し始める。
「あれ……? 坑道内ってゴーレムでないんだっけ? いやそんなことないはず。見つけにくいだけでちゃんと出るって書いてたよな。絶対に書いてたな」
アンデッドの群れを蹴散らすジンは嫌な予感を覚えた。
「……一旦引き返すか」
多少ダメージを食らいながらも全てを倒したジンは元来た道を引き返す。
『『『『オォアァァカカカカカカオオォ……』』』』
「なんでだあぁぁぁぁ!!!!」
ジンは大量のアンデッドに追われて全力で先へ走っていた。
引き返そうとしたら、元来た道から行動を埋め尽くすほど大量のアンデッドが迫ってきたのだ。
「おかしい!! ぜっっったいにおかしい!! こんなこと起こるなんて書いてなかったぞ!!!」
『カカカ』『カカカ……』
「どけぇぇっ!!」
前に現れたスケルトンを叩き壊してジンは走り続ける。
奥に進んでもさらに追い詰められるだけのように思えるが、ジンは闇雲に進んでいるわけではない。
「この道グネグネ曲がったりはするけどずっと一本だ……! 坑道内は迷うぐらいに入り組んでるはずなのに。じゃあ多分この先に何かがある! 何かのイベントで奥にボスがいるとかそういう奴だ! じゃないとあんな戻れないような数用意するわけない!! ……ないよな⁉ そうだよな⁉」
ジンは自分の推論に不安を覚えながら角を曲がり。
『『『『オォアァァカカカカカカオオォ……』』』』
その先からは後ろと同じぐらい大量のアンデッドが迫ってきた。
「……」
ジンはその光景に対し一瞬だけ天を仰いだ。
その後静かに短剣を構える。
そして全力で叫ぶ。
「やってやろうじゃねえかぁ!!! 上等だ戻るより奥の奥まで行ってやるよ!!! ご褒美用意して待ってろアンデッド共ぉぉぉ!!!」
ジンは前方のアンデッドの群れへとやけくそに突っ込んで行った。
『ウオオオオォォォアアアァァァァァ』
じゃらららららららららららららららららららら。
「うっひょおおおおおおおおおお!!」
何時間か後、ジンは大量のアンデッドとギル(・・)に囲まれて歓喜の声を上げていた。
「簡単に倒せる敵が! いくらでも! 無限に! やってくる! なるほどそりゃこんだけ稼げるってなぁ!」
アイテムが落ちる確率はモンスターによるが三分の二程度。
しかし辺り全てがモンスターで埋め尽くされるような状況で、あっさりと倒せたなら。
ドロップアイテムは地面を埋め尽くすほどに出現し——数秒経てば触れずとも〈亡者の換金〉によってそれらが全て換金される。
全方位からジンの手に向かって金が集まり続け、手に吸い込まれきらない金が周囲を飛び回り、ジンは光り輝く衣を纏っているかのようだった。
「今ステータスどうなってる⁉」
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv25
▽ステータス
HP:542/1800
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:174
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
『所持金 791780ギル』
■ ■ ■
「100万目前!! あ、〈亡者の換金〉もレベルマックスになってる!! ひゃーっはっはっはっは!」
ジンは思い切り笑い声をあげる。
金に囲まれ笑う様はまさしく金の亡者だった。
「END上がりまくって1ダメージ食らうか食らわないかだし! HPもまだまだ残ってるし! これはもうちょっとここで稼いでも——」
『……の……者め……』
「うん?」
ギルの鳴る音とアンデッドのうめき声に紛れて、何かがジンの耳に聞こえてきた。
『よくも……我々を……』
その声は坑道の奥から聞こえてくる。
ジンは思わずそちらへ注目した。
アンデッドたちがいつの間にか少なくなっていて、隙間からそれがチラチラと見える。
『おのれ……おのれぇぇ……!!』
それはスケルトンともゾンビとも違うモンスターだ。
肉体はミイラのようにしわがれているが腐ってはいない。ボロボロながら金の刺繍がされた豪華な服を纏っていて、明確な意思を持ってジンを睨みつけている。
モンスターの頭上には〝頭蓋砕けしリッチ〟という表記がされていた。
「……あいつ、ボスか?」
明らかに特別な風体にジンはそう推測する。
あれを倒せばこの大量発生は終わるのかもしれない。
「でもなー、今はもっと稼ぎたいし」
最初は求めていたボスの登場だがジンにとって今は稼ぎ時だ。
わざわざリッチを倒して終わらせる気はなかった。
のだが。
「あれ、なんか少なくなってる?」
ボスを視認した直後から無限に湧き出てきたアンデッドたちがその数を減らしていた。
「ていうか、増えない? ……もしかして今残ってる分で終わりなのか? ボスに辿り着いたから?」
その推測は正しく、ジンが倒せば倒す程アンデッドは消えて行く。
坑道にぎっしり詰まっていた群れもあと十数体居るかどうかだった。
「あぁ……マジか」
ジンは肩を落とす。相当な額が稼げたとはいえボーナスタイムが終わってしまった。
それでも名残惜しむように全てのアンデッドを倒し、やがてジンはリッチと相対する。
『オォ……おおぉ……おのれぇぇぇ!!』
「っ、ふん!」
リッチが怒りを込めて跳びかかってくる。
それを咄嗟に避けてジンは短剣を振るい。
「あれ?」
その頭に短剣が直撃すると、リッチはあっさり光の塵へと変わっていく。
困惑するジンを憎々しげにリッチは睨みつけてきた。
『あぁ……金の亡者、め……』
「え」
『すまない……マリー、ユミナ……鉱夫たち……私は、仇を……取れ……』
何かへ謝りながらリッチは消えていった。
「…………あ、アイテム」
それを呆然と眺めていると、リッチが消えた後にアイテムが落ちる。
坑道内に転がったのは宝石のあしらわれている壊れたロケットペンダントだった。
「《思い出のペンダント》? なんか写真が……」
壊れたペンダントは蓋が開き、三人の男女が映っている写真が見えた。
それをよく見ようとジンは思わずペンダントに手を伸ばす。
「あっ」
その瞬間にジンの手はペンダントを握りつぶした。
すると大量のギルへと変わり全てがジンの手へ吸い込まれていく。
「あっ、ちょっ、待っ」
そう言っても止まるわけがなく、今までと同じようにジンの手はギルを全て吸い取る。
「…………」
ジンは無言でステータスを開く。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv30
▽ステータス
HP:520/2100
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:204
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
『所持金 1045600ギル』
■ ■ ■
所持金は100万ギルを達成していた。
どうやらあのペンダントだけで20万近い金額になったようだ。
ただリッチの最後の言葉、《思い出のペンダント》というアイテム名、入っていた家族の写真などを合わせてジンはリッチの背景をなんとなく想像する。
そしてさらに自分がギルを稼ぐために倒していたアンデッドが、リッチの部下だったのだろうとも考えた。
結果。
「…………すみませんでした」
心に少なくないダメージを負ったジンはすごすごと坑道を出ていった。
ジン「違っ……そんなつもりじゃ……!」