七話 豪熊
森でオークたちと邂逅する一時間前。
《金の亡者》へと転職したばかりのジンは『ランコス』で初めてのまともな(・・・・)戦闘を行っていた。
「ゲエッ!」
ゴブリンが不格好な棍棒を振り上げ叩きつけてくる。
「うおぉ⁉」
至近距離で振られたそれをジンは横に飛び退いて避けた。不格好にたたらを踏むジンだが、ゴブリンは棍棒を再び持ち上げようとしていて隙だらけだ。
「ふん!」
ジンは手に持つ剣を構える。
荒野へ出る前に買った、一本100ギルの初心者用の剣だ。
ジンはそれをゴブリンの頭へ叩きつけた。
ゴブリンの頭上にHPバーが現れ二割以上も減る。
「ちゃんとHP減ってる! んじゃもう一発!」
よろめいたゴブリンにもう一度、今度は肩口から斬りつけさらにもう一度。という所でゴブリンが立ち直り棍棒を横なぎに振るってきた。
回避を考えていなかったジンはまともに腹へと食らってしまう。
「痛っ! ……くはないか?」
しかし《富豪》の時に食らったのと比べて大した衝撃はこなかった。
「そういえばENDが上がってたな。じゃああんまり避けなくてもいいか、とっ!」
ジンはゴブリンの攻撃を気にせず二度ほど斬りつける。
「ゲェー……」
するとゴブリンは断末魔を上げて倒れ、光の塵へと変わっていった。
「おお……ちゃんと倒せた」
自分の手でモンスターを撃破できたことにジンは感嘆の声を上げる。
そして光の塵が消えると同時に荒野へアイテムが転がった。
「あ、ドロップアイテム」
落ちたのはゴブリンが持っていた棍棒だ。《いびつな棍棒》という名前が表示されている。
「まんまだな……ちょうどいいか、これにスキル使おう」
《金の亡者》に転職して得た新たなスキル、〈亡者の換金〉。
倒した相手のドロップアイテムを、普通に売るより高く換金するというスキルだ。
「えーと、どうやって使うんだこれ。宣言すればいいのか?」
ジンは《いびつな棍棒》に向けて手をかざす。
「〈亡者の換金〉!」
荒野に声が響く。
しかし何も起こらなかった。
「……とりあえず拾うか」
近くに人もいる中で技名を叫ぶのはそれなりに恥ずかしい。
ジンは胸の痛みをこらえて《いびつな棍棒》に手を伸ばし。
「えっ」
触れた瞬間、手が勝手に《いびつな棍棒》を握りつぶした。
《いびつな棍棒》はバキン、と乾いた音を立てて砕け散り——破片がじゃらじゃらとギルへ変わっていく。
そして変わったギルはジンの手へと吸い込まれていく。
「おおおおお金が集まってくる……!」
金が寄ってくる光景にジンは思わず喜びの声を上げてしまう。
ギルを回収しきったところでジンはうきうきとステータスを開く。
「よーしこれでどれぐらい所持金増えたんだ?」
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv1
▽ステータス
HP:285/300
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:30
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv2
:〈亡者の換金〉Lv1
『所持金 2120ギル』
■ ■ ■
「20ギル……うん、まあそんなもんだよな」
エフェクトに比べて少ない稼ぎにジンはちょっとがっかりしていた。
「と、とりあえず〈亡者の換金〉はちゃんと発動したな。《いびつな棍棒》が10ギルぐらいで売れるって話だから、倍になるのか。……倍になるのか⁉」
思っていた以上の効果にジンは口元を押さえて驚愕する。
スキルレベルが1で倍。
ではもしスキルが上がっていけばどれ程稼げるのか?
「スキルって使えば使う程レベル上がるんだよな⁉ よーしゴブリン狩りつくすかぁ!」
ジンは《金の亡者》らしい笑みを浮かべて近くのゴブリンに跳びかかった。
十分後。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv3
▽ステータス
HP:250/420
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:42
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv2
:〈亡者の換金〉Lv1
『所持金 2640ギル』
■ ■ ■
「あんまり稼げないなこれ!!!」
荒野の中でジンは叫んだ。
十分の間ひたすら荒野のモンスターを倒して、稼ぎは500ギルを少し超える程度だった。
思ったより少ない金額だが、こうなっている理由は三つほどある。
「アイテムの売値がしょぼい!」
荒野は初心者が最初に訪れるだけあってモンスターは弱く、簡単に倒せる。
しかし弱いモンスターからはしょぼいアイテムしか落ちないのだ。
倍になるといえば聞こえはいいが、元が10ギルでは20ギルにしかならない。
「あとそもそもアイテムがドロップする確率もそんなに高くない……!」
さらにドロップは確定ではなかった。
これまでに三十体は倒してアイテムを落としたのは二十体程だ。
そして最後の一つは。
「倒すのも遅いんだよな……武器が初心者用だからそりゃそうか。もう耐久値もほぼないし」
モンスターを楽に倒せないこと。
あるいはこれが最も大きかったかもしれない。
ジンが持つ《基礎の剣》は攻撃力を+2するだけのものだ。
荒野のゴブリンという最弱の相手でありながら、五回は攻撃しなければ倒せない。
「しかも耐久値も低いし」
武器には耐久値が存在する。
《基礎の剣》はそこも低く、すでに壊れかけだった。
「《金の亡者》はHPとENDしか上がらないから攻撃力は据え置きだしなぁ……しかも戦闘用のスキルも出てこないし」
例えばこれが《剣士》なら、同じ装備でもゴブリン相手ならもっと楽に倒せる。
〈スラッシュ〉という、剣による攻撃の威力を上げるスキルを最初に獲得しているからだ。
さらにレベルを上げればSTRやAGIが上がり、敵に与えるダメージが増えて、相手の攻撃は素早く回避できるようになるだろう。
「ただしぶとくて死ににくくて金を稼げるだけ……ああ、うん、金の亡者って感じだな」
ジンはなんとなく納得してしまった。
《金の亡者》とはそういうジョブなのだと。
「よし、金はあるんだし武器買いに行こう。ああその前にポーションとか回復薬買おう。それで次のエリアだ」
ジンは街へ戻りアイテム類を買いに行く。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv2
▽ステータス
HP:250/360
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:36
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv2
:〈亡者の換金〉Lv1
『所持金 2000ギル』
■ ■ ■
ポーションを買ったらレベルが下がった。
「は???????」
ジンは街中で呆然とした声を漏らす。
「いやまって、待て、レベル2? さっきまで3だったよな」
ポーションをいくつか買って、所持金を確認しようとジンはステータスを開いた。
するとレベルが下がっていたのだ。
「バグ……いや、おい、待て、まさか《金の亡者》って」
ジンはある推測に思い至り、そしてその内容をほぼ確信して走り出した。
荒野へと出て、人のいない場所にまで駆けて、思い切り息を吸う。
「金使ったらレベル下がんのかい!!!!!!!」
ジンは納得できずに叫んだ。
《金の亡者》ってそういうジョブなんかい、と。
「溜め込むだけ溜め込んで使うのケチってんじゃねーよ!」
まるで普段の自分のようだ、という事実は無視してジンは考え始める。
「どうする。レベルが下がってもいいから武器買う? いや、耐久値がある以上結局何回も武器買わないといけないし、その度にレベル下げてたら次のエリアに行けない」
ジンは未だゴブリンから攻撃をもらってしまうぐらいに戦闘は下手だ。
高位ジョブの高いENDでダメージは抑えられているが、次のエリアでは恐らく受けるダメージも増える。
レベル1で挑むのは不安だった。
「なんか武器になる物……ない! だって全部ギルに変わってんだもんな……!」
アイテムを見直しても武器になるものはない。〈亡者の換金〉によってドロップアイテムを取得することはできないのだ。
《いびつな棍棒》を拾って戦う、という手段すら取れない。
「これじゃどうにも……いや待てよ? こんなデメリットあるなら《金の亡者》から転職した方が……うん?」
《金の亡者》からジョブを変える言い訳を見つけたジンの目に、あるものが目に入る。
それは〈隠し宝箱〉というアイテムだった。
「これって、ああクエストの報酬か」
ユノと共にクリアした【裏通りからの脱出】、それによって得たものだ。
「宝箱ってことは中にアイテムが入ってんのか。……もしかして、武器とかも?」
《隠し宝箱》
:何者かによって隠されていた宝箱。
中にあるのは値打ち物か、ガラクタか。
「説明からじゃなんもわからんな」
ジンは一瞬見なかったことにするかと悩んだ。
《金の亡者》からジョブを変えられる可能性に少しだけ心惹かれたのだ。
「……もし武器が出なかったら、いや。出ても有用じゃないならジョブは変える。判断は早いほうがいいしな」
しかし結局は開けることに決めた。
思い浮かぶのはユノの涙だ。あれを見たくなくてジンは《金の亡者》になることを決心したのだから。
だが武器が出なければ《金の亡者》に就き続けるのはデメリットにしかならないのも事実だった。
故に宝箱の中身でジンはこれからの行動を決める。
「《隠し宝箱》を使用する、と」
そうして出てきたアイテムは——。
三十分後。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv6
▽ステータス
HP:500/620
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:60
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv3
:〈亡者の換金〉Lv3
『所持金 13500ギル』
■ ■ ■
ジンは草原に立っていた。
草原は荒野から一つ先のエリアであり、初心者を脱却しようとするプレイヤーが訪れる場所だ。
「一撃かぁ……」
《執着の短剣》を片手にジンは遠い目をして呟いた。
ジンの前では三匹の狼が光の塵に変わっていっている。
《執着の短剣》
:金に狂った鍛冶師による遺作。
所持金が多い程攻撃力が高くなる。
:攻撃力 +13/上限30
《隠し宝箱》から出た《執着の短剣》は、所持金が増える程攻撃力が上がるというものだった。
上がった攻撃力は、ゴブリンはもちろん草原のモンスターもあっさりと倒してしまえた。
「しかも耐久値がないっていうね」
さらに《執着の短剣》には耐久値が存在しない。
どれほど使っても壊れる心配がないのだ。
《金の亡者》にこの上なくマッチした武器だった。
短剣を眺めているとバキン、と音が響く。
「お、ドロップアイテム砕けた」
さっきの狼たちから落ちたアイテムが勝手に砕け、ギルへと変換されたのだ。
じゃらじゃらと鳴る金がジンへと集まってくる。
「おおおスキルレベル上がると金の量も増える……!」
集まってくる金は《いびつな棍棒》を砕いた時の何倍にも膨れ上がっていた。
それはエフェクトだけでなく実際に得る量もだ。
「160ギルか。《鋭い犬歯》が一つ20ギルで、さっき二つ落ちてたから……レベル3で四倍!」
感激したようにジンは両手を広げる。
「ふふふいくらでも来いモンスター……‼ 全員金に換えてやるぜぇ⁉」
簡単に倒せて稼げる状況にジンは少し酔っていた。
《金の亡者》に就き続けることから目を背けているとも言える。
「さて、今までで13000ギルぐらい稼げたけど……」
ここでジンは計算する。
「さっきログアウトして確認した時は八時半だった。三十分で大体1万ぐらい稼げると仮定して、一時間で2万。100万ギル稼ぎきるなら五十時間ぐらい」
一週間で割ると一日七時間ほどかかることになる。
「でも平日はバイトも勉強・宿題もあるし、ごはんも作らないといけない。七時間は無理だな」
ジンの母は、平日はパートに出ていて休日は疲れて寝ている事が多い。
そんな母を支えるためジンと妹は家事を二人で行っている。
「土日で、ずっと入ってても大体二十時間ぐらいかな。平日はもっと少ないだろうなぁ。……二~三時間ってとこか? 足りないな」
五十時間もの間、ゲームをし続けることはできない。
この草原までで稼ぐのは無理ということだ。
「もっと稼ぐなら、次のエリア……できるなら次の街まで行かないといけないか……」
ジンは草原のずっと先、初心者には難しいと言われる森へ目を向ける。
「行くしかないよな。行くか、行っちゃうかぁ!
そうしてジンは森へと出向き。
■ ■ ■
「お前がボスか」
「グオオオオオ‼」
森を踏破して、今【豪熊の森林】のボスの前に立っている。
——豪熊 ガルレット 戦——