六十一話 門
ジンはソールズから出ているギルを見て眉をひそめる。
僅かにだが、ギルの量が少ない気がする。
「いや言ってる場合じゃない!」
今目の前ではアルマとソールズが激突している。
ソールズがギルによる目隠しをされているのもあって、アルマはひしゃげた盾でなんとかその刃をいなしていた。
その周りでは生き残った数人のプレイヤーが狼狽えている。
あまりステータスが高くないのか、二人の戦いに入っていけていないらしい。
今対抗できるのはジンとアルマぐらいなのか。
ジンは吸い込まれてくる金でHPを回復しながら、ソールズの隙を伺う。
ただソールズも止められることを警戒してか、その動きはコンパクトになっていた。
大ぶりをせず、隙を晒さないようにしつつ『手』に接近できないか狙っている。
その時手がソールズを指さし、ジンはそれと同時に背後へと回り短剣を突き刺す。
「っああ!!」
バキンとソールズ『手』の拘束を突破するが、その時ジンは既に後ろへ退いている。
ソールズがぎろりと睨んできた。
殺意の漲るその顔に対しジンは適当にピースを返しておいた。
殺意がより激しくなる。
「お前は殺す……! その次はあの女たちもだ……!」
「三流小悪党みたいなこと言いやがって! あの大ボスみたいなロールプレイ崩れてんぞ!」
言い返しつつジンは内心首を傾げる。
さっきソールズの動きが僅かに遅く感じられたのだ。
「慣れてきた、のか? これなら二発はいれられそうだ……!」
そしてアルマもアイテムを使い、自身のダメージを回復していた。
今、アルマが引きつけ、手が止め、ジンが攻撃するというパターンが完成した。
ただアルマの盾が砕ければ引き付けることはできないだろう。
『手』にも10分という制限時間がある。
それらがいなくなればジンはあっさりと負けるし、ジン自身も〈亡者の激怒〉は10分しか持たない。
「動き止まるの待ってる場合じゃないな……!」
ジンは気を逸らそうと再び声を上げる。
「つーかお前はなんでこんなことしてんだよ!」
「言ったはずだ! お前たちを俺たちと同じごみ溜めへ引きずり落とすと!!」
「わざわざ人のいるオンラインゲームでやるなそんなこと! 一人用のシミュレーションとか買え!」
「どれだけ否定されようとも俺たちの歩みは止まらない……!!」
「なんか話ズレてないか⁉」
ソールズは世界にのめり込んでいるのか、なりきっているのか話が通じていないように思える。
「でもなぁ! なんっか迫力あるんだよな……!」
ただその気迫はあまりに真に迫っている。
本当にリアルでそんな恨みを抱えて、ゲームで発散しているのだろうか。
「だとしても知ったこっちゃないけどな!」
ジンはソールズの剣がぎりぎり届かない程度の距離まで近づき、全力で集中してその動きに注意を払う。
「〈シールド・パリィ〉……!」
その時、アルマがスキルを発動しソールズの剣をいなす——いや、弾いた。
ソールズがつんのめるようにバランスを崩した。
大きな隙だ。ジンは跳ねるように駆け、その首に狙いをつける。
だがソールズはとん、と地面を蹴り宙返りをしながら剣を振るってくる。
「っとぉぉ!!?」
曲芸のような動きで振るわれる刃をジンはぎりぎりで体を傾け回避した。
だがソールズはそのままさらに宙で身を捻って蹴りを繰り出してきた。
『%&$』
その瞬間に『手』によって動きが止められる。
蹴りは顔を掠めるだけで済み、だがジンは吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がる。
「おごぁぁ⁉」
「ちっ!」
ソールズは舌打ちをし、一瞬『手』と門に憎悪の目を向ける。
ジンはすぐさま起き上がりアルマに応える。
「なんっだあの動き⁉」
それまでにない行動に、《ポーション》類を手早く飲みながらジンは呻く。手が動きを止めなければまたもジンは死んでいた。
なんか全然いいところないな俺、とジンは顔をしかめつつ、疑問を抱く。
「でも、やっぱなんか……さっきまでより弱い?」
その速さも力も、先ほどまでより鈍い気がしていた。
蹴りも、吹き飛ばされはしたがHPの減りは突きが掠めた時よりずっと低かったのだ。
たまにある隙をつき攻撃しながら、ジンは同時に思考をしていく。
先ほどソールズから得るギルが少ないと感じたことをジンは思い出す。
〈餓者の取り立て〉により発生するギルは、相手とのステータス差が大きければ得られる額も変わる。
さっきまでのソールズは強すぎるからこそ、ギルも大量になった。
では今それが少ないのはソールズのステータスが減っている?
それはHPが少なくなったという意味か、あるいは……他の能力そのものが減っているのか?
そもそもソールズのステータスは高すぎた。
リングの〈稲妻〉を思い出すようなAGI、アルマですら受け切れなかったSTR、さらにあの曲芸を行うようなDEXもあるだろうか。
そして幾度もクリティカルを食らいながら揺るがないHPとEND。
もし最高位ジョブに就いているとしても全ての能力が満遍なく高いなどあり得るのか。
150万ギルを投入し200を超えるジンのAGIやSTRを、倍以上も越えるかもしれないなど。
「何かのスキル? 150万ギル以上の条件があって、増減するような……」
ジンはふと思い出す。
ソールズは《大悪党》だと言われていた。
それはNPCを恐怖させ従えるスキルを持つと。
ソールズは恐ろしく広範囲のNPCを恐怖によって支配していた。
そしてスケルトンによりそれを止めたジンを、広場からわざわざ探して仕留めに来た。
さらにその後、恐怖を感染させるスキルをもう一度使用している。
これが祭りを潰すという目的のためだけではなく——ソールズの力そのものに関わることなのだとしたら。
ジンがそんな考えに至った時、『手』がソールズの動きを止める。
その隙にジンは『手』の付近を伺う。
「そういやスケルトン相手にNPCは正気に戻ってた……! じゃああの『手』も⁉」
『手』の近くにいるNPCはうずくまって頭を抱えている。
正気に戻って――というより、更なる恐怖に陥っているようだった。
スケルトンたちにより一度はソールズのスキルを無効化できていた。
ならばあの『手』も同じような効果を発しているのだろう。
ソールズを恐れてるNPCがいるほど、当人のステータスが増える。
だがそれはスケルトンや『手』という、門からの召喚モンスターによって阻める。
ならば、と。
ジンは地面を蹴ってソールズから距離を取り、叫ぶ。
「門! 来い!!」
『手』の後ろにいた門がジンのすぐ横に出現した。
ジンはその手に巨大でずっしりと重い金の袋を出現させる。
「ぐうぅぁああ全っ財産やる!!! ここら一体恐怖に陥れるような奴を出せ!!」
胸の辺りを掻きむしりながら、ジンは袋を門へと投げ入れた。
その瞬間。
ゴォォォン……と、まるで巨大な鐘を鳴らしたかのような音が辺りに鳴り響く。
どこか荘厳で、しかし恐ろしい音だ。
「なんだこの音は……どこから……⁉」」
ソールズが、戦いながらもその発生源を探す。
「上か⁉」
その顔を上へと向けたソールズは、それを見た。
上空へ、街を見下ろすように巨大な門が出現していた。
その門は鐘の音と共に少しずつ開き——その中から、巨大な目がぎょろりと覗いた。