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五十六話 リングVSたか丸

 ホタテが街へと迫っていたころ。

 たか丸はリングが突撃した館が燃え盛るのを、少し離れた家の屋根から眺めていた。


「うーんよく燃えてんなぁ」


 ついさっきいくつもの火柱によって貫かれた館と工房は、火に巻かれガラガラと崩れて行っている。

 しかしそれを見るたか丸はどこか不機嫌そうだ。


「にしても早すぎるよねー、リングの奴。街長とギルド長を攫ったって噂流して、さらに裏通りへ連れていかれたって情報も流して、のこのこ館に入ってったところへ放火!! って流れだったのに……」


 舌打ちをしてたか丸は館の近くを見下ろす。

 そこには数十人のプレイヤーが何やら慌ただしく動いている。


「噂流す前に来るわ、入ってったのはリング一人だわ。なんならおれの指名手配見たベテランプレイヤーもおびき寄せる予定だったのに、来たのは〝全土の探索者〟だけ。せっかく船の方はNPC共に任せてまでこっちに潜んでたのに」


 たか丸がつまらなさそうに再び館へと目を戻し、首を傾げる。


「つーかちょっと脱出遅くね? もしかしてさっきので仕留められた?」


 そうたか丸が言うのと同時だった。


 館の二階、工房と数メートルしか距離の開いていない壁。

 その壁の一部が突然内部から破裂したように破壊された。

 がらがらと崩れる壁から、銀髪をたなびかせる少女——NPC二人を担いだリングが飛び出す。


「あっ、やっぱ仕留められてなかったか」


 その姿を見たたか丸があちゃーと額を押さえる。


 リングは剣を持ちつつ、両肩に街長とギルド長を担ぎ上げている。

 服や鎧に焦げこそあるものの甚大なダメージを負っているようには見えない。


「よかったよかった、色々仕掛けたのが無駄になんなくてさ!」


 たか丸がそう言った瞬間、宙にいるリングの腕へと燃える館から何本ものロープが射出された。

 それは《縛縄・豪》。高位ジョブでも動きを止められる拘束アイテムだ。


 背中側から迫る十数本もの縄。

 リングは二人を担いだまま、器用に宙で身を捻って剣を一閃。その全てを切り落とす。

 そしてそれと同時に。


「はい罠全部起動と」


 上下左右のあらゆる方向からリングへ向けて罠が殺到した。

 館の壁からは数十本の毒矢。

 向かいの工房からはこちらも毒を塗ったクナイ。

 上からはたか丸による落石。

 下の地面からは巨大な針がいきなり突き出した。


 それは全て館から脱出する者……特にリングを狙って設置された罠だ。

 そしてたか丸は知っている。移動手段である〈稲妻〉は空中では使えないと。


 いくらなんでもこれで仕留められるだろ、とリングの様子を眺めて。

 そして驚愕する。


 突如としてカッとリングの頭上が光った。

 頭上に、まるで天使のそれのように光り輝く輪っかが現れたのだ。

 同時に辺り一帯へゴロゴロゴロと雷のような音が響いてきた。

 そして一気に輪っかはその光を増して——リングがそのスキルを宣言する。


「〈ディスチャージ・サンダー〉」


 ズガァン! と。

 輪っかから幾筋もの雷が辺りへと放出された。

 暴れ狂う雷撃は矢も、クナイも、針や岩すらも砕いて焼き尽くし。


「よいしょっと」


 リングは二人を抱えたまま、焼け焦げた地面へとあっさり着地した。



「えぇ……いや、やりすぎだろ」


 一連の光景を見ていたたか丸はちょっと引いたように呟いた。

 雷は罠だけでなく建物すらも崩壊させ、館と工房がさらに崩れていっている。


「いくら最高位ジョブとはいえ、タメもなしにあんな大技……」

「あなたが黒幕ですか?」

「ッ!!」


 すぐ近くで聞こえた声にたか丸は瞬時にそこから飛び退いた。

 その瞬間にたか丸の立っていた屋根がドガン、と家ごと破壊される。

 別の屋根に移りながらたか丸は呆れたように言う。


「もうちょい配慮とかねーの? 一応そっちは正義サイドじゃん。つーか担いでた奴らどこやったの?」

「街長たちは下の人たちに預けました。そして私たちが正義なら、正義の名のもとに全ては許されるかもしれません」


 ふざけたように返すのはリングだった。

 館の地面へ着地してすぐ、たか丸の元までリングが移動してきたのだ。


「ぜんぜん許されないかもしれませんが、その時はまあ謝りましょう。いつものことです」

「普段どんな遊び方してんだよ。おれらが言うのもなんだけど」

「それでは話している暇もないので、これで」


 呆れた様子のたか丸へリングは瞬きの間に接近し、その首を切り裂いた。


「むっ?」

「おいおい、ここは何故こんなことをとか話を聞く場面でしょーがよ」


 だが切り裂かれたたか丸はへらへらと笑っている。

 その姿はすうっと薄くなって消え去った。


「〈分身の術〉ですか。本体は……」

「こっちだよー」


 その声はリングの背後から聞こえた。

 リングは咄嗟に後ろへと剣を振る。切り裂いたのはやはり分身だ。

 それに構わずリングが辺りを見回す。

 するとそこら中の屋根にたか丸の姿が散らばっている。


「ちょっとは驚けよぉ」

「空気読めねーなー、さっきから」

「反応悪いと嫌われるぞ?」

「まあ《忍者》のジョブは知ってますし。あと私はクランの皆さんから好かれてます!」


 リングは自信満々に微笑んで手近のたか丸を斬っていく。


「あっそ。で、そのクランの皆さんが今どうなってるかわかってんの?」


 たか丸がちらりと館近くへと目を向けた。

 リングもまた少しだけそちらに視線を移す。


 そこにいるクランメンバーと第二陣たちは、どこかから現れた数百人のNPCに囲まれていた。


「うあぁあ……」

「ああぁ……」

「こいつらが操られてるっていうNPC⁉」

「攻撃していいのかこれ……⁉」

「ぐうっ⁉ 結構攻撃が重い……!」


 ゾンビのように群がるNPCへ第二陣のプレイヤーが戸惑っている。

 しかし戸惑いやまだデスペナルティが残っていることを考慮しても、NPCたちの攻撃がかなり強いようだ。


「あいつらはねぇ! 攫ってきたり契約で縛った高位ジョブも混ざってんだってさ! ま、せいぜい足止めぐらいだけど、どんだけ強くても躊躇いなく皆殺しってわけにもいかないっしょ? その間に一人か二人はそっちも脱落するかもね! わかってるだろうけど、ここ以外にもたくさんいろーんなとこで大騒ぎ起こしてるぜ! 全部止められるかなー?」


 たか丸が笑い声を上げたその時だった。


「おらぁぁぁ!! 〈ギガント・ブレイド〉ぉ!!」


 ゲッツーがその大剣を数倍にも巨大化させてNPCに向けて薙ぎ払った。


「ああぁぁ⁉」

「ぎゃああああ!!」


 NPCは悲鳴を上げて吹き飛ばされていく。

 絵面はギャグだがその体には確かに深い傷のエフェクトが刻まれていた。


「……は?」


 ギャグのような光景にたか丸が呆然と声を上げる。

 その隙を狙ってリングが一気に三体の分身を片付け——四体目に迫った所でたか丸が必死の顔でそれを回避した。

 しかし躱しきれずに頬から赤いダメージエフェクトが出る。


「ああ、貴方が本体ですか」

「ちょちょちょおい! なんでそんなに躊躇いねーんだよお前もあいつらも!! 普通良識があったら少しぐらい殺すの迷うだろ!!?」

「殺してませんよ人聞きの悪い。よく見てください」


 心外だと頬を膨らませてリングはクランメンバーたちを指さす。

 すると死にかけているNPCたちへと、神官っぽい帽子をかぶった細身の青年ドプリーストが近づいていくのが見えた。


「いくよー! 〈聖なる息吹〉!」


 ドプリーストが杖を掲げると、NPCたち全員を光が包み込みその傷を癒していった。


「いや死ぬ前に治せばいいって乱暴すぎだろ……でも、そりゃ意味ないよ!」


 たか丸がにやりと笑うと同時、起き上がったNPCは再びその表情を恐怖に歪めていく。


「こ、これは……うぐ⁉」

「あ、ああ、またあの声が……!」


 一度死にかけた程度で恐怖の影響は無くならない。

 たか丸がそう嗤った時。


「あ、まだ解除されてない! もう一回お願い!」

「よっしゃおらぁぁぁ!!」

「ぎゃああああ!!?」

「はい回復!」

「お、おお……も、もうやめ」

「駄目だまだ解除されてないっぽい!」

「はあぁぁぁ!!」

「ひぎゃあああ!!?」

「回復ぅー!!」


 ゲッツーが致命傷を与えてはドプリーストが回復、ダメージを与えて回復、与えて回復……と、そんなことを三度も続けるとNPCは涙ながらに訴えてくる。


「もうやめてぇ!! もう正気に戻ったよぉ!!」

「お、よっしゃじゃあ次行くか!」



「……えぇ……」


 拷問まがいの強引な正気の戻し方にたか丸は引いていた。


「〈蝕む恐怖〉で縛られたNPCは、縛っている本人を倒す他、NPCへそれ以上の恐怖を与えるという手段もあります。知りませんでしたか?」

「知っててもやると思わねーよ!!」


 〝全土の探索者〟のクランメンバーたちは全員がそんな方法を実行している。

 はたで見ている第二陣の面々はたか丸と同じくドン引きしていた。


「考えが甘いですねぇ」

「甘いとかいう問題か⁉」

「ここの他にも騒ぎを起こしている、とか言いましたが——それも全部、こんな風に潰されてるんじゃないですか?」

「なんだと……っ⁉」


 リングの言葉に気を取られた瞬間、たか丸は雷の衝撃と共にその体を切り裂かれた。


「がっ……!」

「さあ、そのたくらみとやらを全て潰していきましょうか」






 そして、ジンは。



「なんだ、これ……」

「う、ぐぅぅ……っ!」

「っと!」


 呆然としていたジンは、だがアニカからの抵抗ですぐに我を取り戻す。


「言ってる場合か! 他のとこのことなんか気にしててもしょうがない……!」


 今はアニカを助けることが先決だ。

 ジンはすぐにソールズを倒す方へと意識を切り替えた。


「けどソールズがいるのはごちゃついた広場の真ん中、しかもNPCの盾が多い、こんなのどうやって突破する……⁉ アニカから離れるのも駄目か……!」


 焦燥に駆られながら必死に頭を回す。


「ここから離れずに、NPCをどうにか抑えて、ソールズを倒す……⁉ そんなの無理——」


 その時。

 ジンの脳裏にあるスキルがよぎった。

 弱いがそれなりにしぶとく、人ぐらいは抑えられるだろう奴らを出せるスキルが。

 しかしそれには大きな犠牲も伴う。


「うぐぅぅこれしかないか!!」


 ジンはその手に大量の金を取り出した。

 そして宣言する。


「〈地獄の門は金次第〉!!」


 目の前の空間が赤黒く歪み、門が現れる。

 その中へ取り出した金を全て放り込んだ。


「100万ギルだ!! 質はいいから数だけ寄こせ!!」



 ――門にビキリとひびが入った。


 いや、門にではない。

 その空間そのものがビキ、ビキ、とひび割れていく。

 そのひびは真っ暗で中は見通せない。

 しかしカシャカシャカシャカシャと何かがぶつかり合うような軽い音が響いている。


 ひびはバキリ! と大通りの幅を越える程に横へと走り——そして、中からの圧力に耐えられないかのように空間が砕け散った。

 

 真っ暗な穴から、カシャカシャとスケルトンたちが現れる。

 その数はただひたすらに多い。一瞬で大通りを埋め尽くし、それでもなお空間から溢れ続ける。


『オオオオオオオオ』


 声を上げながら、スケルトンたちはジンを崇めるように拳を突き出していた。

 ジンはそれに対して血の涙を流しそうな表情で怒鳴る


「100万ギル分仕事しろよ!! この場のNPC全員を取り押さえろ!!」


『オオオオオオオオ!!』


 スケルトンたちは歓喜の声を上げてNPCへと突撃した。


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