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五十五話 アニカの悲鳴

「ぬあぁぁ……!!」


 広場のはずれでジンはNPCに群がられていた。

 はずれにいたせいで外から現れたNPCたちとかち合ってしまい、身動きが取れなくなる程に囲まれている。

 NPCたちは恐怖に顔を引きつらせながら武器を振るってくる。


「すまない、逆らえないんだ、すまない……」

「た、助けてくれ……」

「ああぁぁ……っ!」


「うーんホラーかな!!?」


 涙すら流すNPCもいる中、ジンは顔を引きつらせて叫んだ。


「こっちもこの状況大概怖いわ!! ゾンビ映画みたいになってるじゃねぇか!!」


 100万ギルでレベルを上げたため攻撃はほとんど効かない。

 しかし絵面の恐ろしさと、何より自分からの攻撃がなかなかできないという状況だ。

 叫ばなければやっていられなかった。


「ああもう、何がNPCだよ! 人間だろこんなの……!」


 一度攻撃を防ごうとした時、はずみでジンはNPCを斬りつけた。

 その時NPCが悲鳴を上げて痛がる様子をジンは目の前で見ている。

 速さを確保するために《ピニオン・クロウ》は抜いているが、迂闊に反撃すらできなかった。


「ちょっと通してくれ、よっと!」


 NPCを押しのけてジンは少しずつ前に進む。

 進む先はソールズの方ではなく、大通りだ。

 ジンは広場から脱出しようとしていた。


「アニカは無事か……⁉」」


 頭にあるのはアニカの心配だ。

 工房は宿から市場へいく途中にあり、広場からは遠い。


「あっ! 今大通りの方が見えた……っ!」


 ジンが幸運だったのは広場のはずれにいたことだろう。

 そのせいでNPCに囲まれたが、それでも中央にいるプレイヤーよりは簡単に脱出できる。

 そうしてジンはNPCを押しのけて、大通りへと転がり出る。


「よっしゃ出れた!」

「うわっ、どうしたんだいあんた」


 地面へ転がるジンに対してNPCの青年がそう声を掛けてきた。

 どうやら彼は操られていないらしく、物珍しげにジンと広場へ目を行ったり来たりさせている。


「今話してる暇ないんだ! アニカは無事で……⁉」


 ジンはすぐに起き上がろうとする。

 だがその時、NPCの青年の様子が変わった。


「な、なんだ……これ」


 NPCの青年は肩を抱くようにして震え始めた。

 そして徐々にその表情を恐ろしいモノでも見たように変えていく。


「うぁ、ぁあ、あああああっ⁉」


 青年は頭を抱えて叫び声を上げ始めた。

 そして叫びながら懐から短剣を取り出してジンへと襲い掛かってくる。


「うおぉぉ⁉」

「ああぁぁ……!」


 さっきまでまともだった青年の表情は、広場のNPCと同じく恐怖に染まっていた。

 一連の流れを見ていたジンはその現象に思い至る。


「嘘だろ感染すんの……⁉」


 もう一度辺りを見回せば、まともな状態のNPCはほとんど見当たらなくなっていた。

 ほとんど全員がプレイヤーを襲いだしている。


「なんか話に聞いてたスキルと全然違わないか⁉ つーかこんなヤバいこと一人のプレイヤーができんのか⁉」


 早くアニカをどこかに避難させなければ、とジンはNPCの青年から逃げようとする。

 その時、ジンにとって聞き慣れた声がした。


「え、アニカ……⁉」


 ジンはバッと大通りの先へと顔を向ける。

 NPCが暴れ、プレイヤーが対処しようとするその只中。

 赤い髪をお団子にして、何か大きなものを腕に抱えたその少女。


 アニカが、そこにいた。


「逃げろアニカ!!」


 叫ぶと同時、ジンは青年を蹴り飛ばして大通りを駆ける。

 《ピニオン・クロウ》のAGI補正を利用し、暴れる人々の間を避けて、ほんの数歩だった。

 だがそれよりも近くの男のNPCがアニカへと襲い掛かる方が速かった。


「あ! ジン……うわぁ⁉ なんだあんた!」


 片手に荷物を抱えながらでもアニカはNPCの腕を掴んで止めた。

 高位ジョブ故のステータスがあるからか。

 しかし今は掴むだけでも駄目なのだ。


 ジンはすぐさまNPCの男を蹴りつけアニカから離す。


「あ、う……? なんだ、これ……」

「アニカ!!」


 だが時すでに遅くアニカは怯えたような顔で自身の体を抱きしめ震え始めた。


「ジ、ジン……なんか、凄く怖い……ふ、震えが、止まらない……!」

「大丈夫だ! とりあえずここから離れて……⁉」

「冒険者を、攻撃しろって……! 誰か、何かに、命令されて……⁉」


 アニカは震えながら荷物を取り落とす。

 そして鞄から預けていた《執着の短剣》を取り出しジンへと向けてきた。


「あ、ああぁぁ……! 嫌だ、ジンを、なんて……!」


 アニカは得体の知れない恐怖と、ジンへと刃を向けることへの拒絶で葛藤している。


「……!」


 その泣きそうな顔を見て、ジンはアニカの後ろに回り腕を拘束するように抱きしめた。

 そうして短剣を振るえないようにしながら、ジンはソールズを殺す方法を考え始める。

 ソールズを倒せば、この効果は無くなる。

 だがNPCが周りにいて盾になっているため、生半可な攻撃は届かない。

 そもそもソールズまで辿り着けるかどうか。


 だがジンが悩む間もなく。

 さらに事態は悪化する。


「おぉーーい!! 大変だぁーーー!!」


 大通りへと慌てた様子のプレイヤーが走ってきた。

 そのプレイヤーは西の門の方角を指しながら大声で言う。


「めっっちゃくちゃ大量のモンスターが街へ迫ってきてる!! しかもでっかい黒い牛もいた!!」


 巨大な黒い牛。

 そう言われてジンが思い当たるモンスターは一体だけだ。


「ギガ・ボウか⁉」


 同時に《扇動者》も襲撃を仕掛けに来たのか、と。

 そうジンが考えた所で、さらに遠くからドォンと何かが爆発したような音が響く。


「まだあるのかよ……⁉」


 ジンが空を見上げる。

 遠くに天を貫くような炎の柱が吹き上げていた。

 それも一つではない。連続して二つ、三つ、四つと火柱が何度も何度も噴出している。

 その度に遠くで花火が打ちあがるような音が伝わってきた。


 さらに同じ場所だけでなく、背後からも爆発音がした。


 もはや言葉を上げることすらなくジンは後ろを振り返る。

 そちらには高い壁があった。


「あっちは海と——あと、船が」


 その向こうにあるのは建造途中の船だ。

 だがそちらからもまた、火柱が上がっていた。

 そして火柱と共に打ち上げられているのは木片だ。

 それは船の残骸なのだろうか。

 ジンにはわからないが、ただ事態が急変しているのはわかる。それも、ひたすらに悪い方へ。


 NPCの暴走とその拡大、モンスターの侵攻、そして巨大な火柱による街の破壊。


「なんなんだ、これは」


 ジンは呆然と呟いた。






 街中で火柱が上がったころ。

 《扇動者》ホタテは大量のモンスターを引き連れて、ネクスタルへと向かっている最中だった。


「さあさあ、二度目のモンスター侵攻だ。前の侵攻じゃあネクスタルは耐えきったようだが……今回はどうかねぇ?」


 馬に乗って駆けながらけらけらとホタテは嗤う。


「ソールズからの合図が来たってことは、今は〈アフレイド・インフェクション〉を発動してるってことだ」


 ホタテが語るそのスキル名は、ホタテたち以外に誰一人知ることがないものだ。


「くっくっ、大騒ぎだろうなぁ。見たかったもんだ、数千、数万のNPCが全員発狂して大暴れ、てな」


 ホタテは見えてきた街を眺めながら皮肉げに口の端を吊り上げる。


「操れる人数はたかだか数百人だと思ってただろう? たか丸が漏らした言葉で、それが限界だと考えたんだろう? ただの《大悪党》でしかないと考えただろう? 違うんだなぁ」


 ソールズは高位ジョブ《大悪党》へ就いている。

 それは本当のことだ。

 しかし、就けるジョブの数は二つある。


「うちのボスはリングの《雷公》と同じ位階――」


 ソールズのもう一つのジョブは、高位よりさらに高い。


最高位(グランド)ジョブ《外道》――このゲームでたった数人だけの最高位(グランド)だ」


 ホタテはその名を口にし、街で起きているだろう騒ぎを想像してほくそ笑む。

 もう街は目と鼻の先だった。


「たか丸も今は暴れてんのかね。あっちがやんのは船の破壊と——リングの暗殺だったか」


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