五十四話 凶行
一時間ほどしてジンは再び『ランコス』へとログインした。
そして宿屋から出て、門へ向かって大通りを歩いていく。
「スキルの検証はしたし、これからはクエストこなしながら金稼ごうかな。ソールズの捜索はまあ、リングとクランの人たちならすぐ見つけそうだし。早くスキルレベル上げて大量に稼ぎたい……いや! 人助けも忘れるな俺!」
これからの方針を固めて広場に差し掛かる。
すると広場ではプレイヤーたちが大量に押し寄せていた。
その数はログアウトする前に通った時よりずっと多いように思える。
「指名手配が張り出されたとかかな」
ジンは広場の端を通りながらその様子を見る。
するとおかしなことに気づいた。
受付のNPCたちが受付場所におらず、一か所に集まって何かを話している。
そして誰もが驚愕や困惑の表情をしていた。
その様子にジンが嫌な予感を覚えた時、近くのプレイヤーが話していることが耳に入ってくる。
「なんで今受付停止してんだ。早くクエストの報告したいのに」
「いやそれがさ、街長っているじゃん? あのイベントの説明とかしてた人」
「あのおじいちゃんか。その人が視察に来てるとか?」
「違うんだよ。行方不明なんだって、いきなりいなくなったとか……しかもギルド長も一緒にだってよ」
街長とギルド長。
数時間前、【交易路の整備】の失敗について報告したばかりの人物たち。
しかもその時にはたか丸の指名手配やソールズの捜索の話をしている。
「……まさか、あいつらがやったのか?」
だとしたら他のNPCは無事なのか。
特にあの場へ一緒にいたユノとアニカは。
「……!」
ジンはユノの工房へと駆け出した。
「ユノ⁉」
どんどんと工房の戸を叩く。
鍵がかけられているためジンでも勝手には入れないのだ。
やがてバンと戸が押し開けられた。
「ど、どうしたんですかジンさん⁉」
「ユノ! よかった、いた……!」
変わった様子の無いユノにジンは息を吐く。
だがまだ安心はできない、と気を引き締める。
「アニカはまだ戻ってないか?」
「は、はい。あの、何かあったんですか?」
「街長とギルド長が誘拐されたらしい」
「えっ……⁉」
「それであそこにいたユノたちも何かされてるかと思ったんだ。大丈夫だよな? 何も起こってないよな?」
「はい、何も。私はずっとアイテム作ってましたし……」
「じゃあ俺はこれからアニカが帰った工房に行ってみる。多分偉い人たちが狙われてるんだろうし、大丈夫だとは思うけど」
「あ、じゃあこれを!」
ユノは工房へ引っ込み、色々と薬類を持ってきてくれた。
「もう作ってくれたんだ、ありがとう。じゃあ行って……いや」
ジンは身を翻そうとして、その動きを止める。
そして部屋の端にある金庫を指さした。
「あと預けてたお金から100万ギル分取ってきてくれないか」
もし何かと戦うことになればそれなりの金がないといけない。
ジンは渡された100万ギルを受け取ってLvを上げ、今度はアニカのもとへ向かった。
そして大通りを戻って再び広場へと差し掛かった時だ。
広場のざわめきが少なくなっていることにジンは気づく。
急ぎながらちらりと広場を見て——ジンは突如その脚を止めた。
ジンの視線は広場の中央へ釘付けになっている。
その中央には街長が使っていたような二メートルほどの円状の台があり、台は数十のNPCによって囲まれている。
そして台の上には一人の人物が立っていた。
その人物は黒髪のオールバックに、体を覆うロングコート、そして冷たい目をしている。
それは今捜索されているはずのソールズだった。
「祭りへと参加するお前たちに告げる」
ソールズはプレイヤーたちを見下ろしながら演説をするように語り始める。
その声は低いながら、何故か広場へとよく響く。
「我々はこの復興大祭を潰しにきた」
プレイヤーたちはソールズの突然の行動を物珍しげに眺めていた。
宣言に対してもまともには取り合わず、「何言ってんだ?」などと呆れたように呟いていた。
しかしソールズは表情を崩さずただ朗々と語り続ける。
「我々は貧民として生まれ落ち、日の当たらない道を歩き続けてきた。
ごみ屑と汚物に塗れた薄暗い通りをお前たちは碌に知らないだろう。
だがさきの侵攻により、誰もがそれを味わった。
人が死に、物資が枯渇し、壁は壊れてモンスターという死が身近にある。
ほんの一時、お前たちは我々と同じになった。
だというのに——この街がそこから這い出ようとする機会を与えた。
そんなことは許せない。俺たちは、それを許さない」
「だから、お前たちをごみ屑共の道へと引きずり落とそう。この祭りを潰すことで」
まるで歌うように語るソールズへ誰もがその目を、耳を奪われていた。
ソールズは指揮棒を振るうように手を掲げ——そして号令をかける。
「——行け」
それと同時だ。
台の周りにいる数十のNPCたちが一斉にナイフや木の棒、剣など様々な武器を構える。
さらに広場の外のあちこちからNPCがわらわらと湧いて出てきた。
その数は数百にも及び、こちらもまたその手に武器を持っている。
「う、うう、あああああああ!!」
「うおぉぉ⁉」
NPCたちは叫び声と共にプレイヤーたちへと襲い掛かってきた。
プレイヤーたちは反射的にそれを迎え撃とうとする。
だがその表情が恐怖に染まっているのを見てピタリと動きを止めてしまう。
その隙にNPCの剣がプレイヤーの腕を切り裂いた。
「いってぇ! いやあんまり痛くないけど!」
「バカ、何止まってんだよ!」
「いやだってさぁ向こうNPCだぞ⁉ これで斬ったらどうなんの⁉ 死ぬ⁉ どっかにリスポーンする⁉」
「そりゃ……知らないけどさ!」
プレイヤーたちは言い合いながら四苦八苦していた。
NPCはジョブのレベルが低いのかダメージは大したものではない。
しかしほとんどのプレイヤーがNPCを傷つけることになれていないのだ。
「なんかわからんけどよ。操ってるのはあいつだろ……! 」
弓を持つプレイヤーが矢をつがえ、スキルの乗った一撃を放つ。
だが。
「来い」
矢が当たる前に数人のNPCがドドッと台に登り、ソールズの前に両手を広げて立つ。
矢はNPCたちへと直撃し、NPCたちは吹き飛ばされ地面を転がった。
「あっ⁉」
弓を持つプレイヤーがヤバイ、と硬直した直後にそのプレイヤーへ十数のNPCが殺到する。
「いって、いてぇ! 待って当たったのはわざとじゃないって⁉ ちょっ、これやば」
威力が低いといえど数がまとまればそれなりのダメージになる。
袋叩きにされたプレイヤーは、やがてその体を光の塵に変えていった。
抵抗ができればまた結果は違っただろうが。
「くっそ厄介だなNPC!!」
「どうにかあのソールズって奴倒せないか⁉」
「そもそも人が多すぎるんだよ! 広場の中だとまともに動けん!」
大量に湧いて出たNPCのせいで武器を振るうことも満足にできない。
そして遠距離からソールズに攻撃すると目をつけられ潰される。
「死んだら脱出できないか⁉」
「デスペナしたらどっちみちここに戻されるだろ!」
「しかもペナルティでしばらくステータス落ちるぞ! 見ろあれ!」
剣を持つプレイヤーが指すのは広場の中央から少し外れた場所だ。
そこにはさっき矢を放ったプレイヤーがいた。
彼はNPCたちにまたも袋叩きにされて光の塵へとなっていく。
「うわぁリスポーンキル⁉」
「ああなったら抵抗どころじゃないぞ! 逃げるか戦え!」
そんな阿鼻叫喚にジンもまた巻き込まれている。