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五十三話 リングの突撃

「あんまりレベル上がらなかった……」


 ジンは洞窟からの帰り、平原を歩きながらそう呟いた。


 〈餓者の取り立て〉のLvを上げに向かった洞窟。

 だがそこにいるモンスターたちの数も種類も前とは全く違っていたのだ。


「まあでもLv5で倍率は十倍にまで上がったしいいか。〈亡者の換金〉のLv9より高い」


 【古狼草原】にいるようなモンスターは出現せず、ハイ・ゴブリンやゴブリン・マジックといったゴブリン系のみ。

 数こそ多かったが大した稼ぎにはならなかった。


「にしても、やっぱり前の状態がおかしかったんだなぁ。【古狼草原】のモンスターがいたり、横穴の奥に扉が合ったり……」


 しかも今回、横穴にあった扉は壊れたままだった。


「あれダンジョンとかじゃなくだれかが閉じ込めたってことか? ……そういえば《扇動者》ってモンスター操れるとか……」


 自分の呟きでジンはふと気づく。


「ああいう場所にモンスター閉じ込めて、時間が来たら解放して誰かを襲わせる……とか? これ、グレースに言った方がいいんじゃ」


 しかしジンはグレースの名を出した時にぴたりと言葉を止めた。

 思い出すのは情報の不備があったことに対する真摯な態度。

 そしてその失態をけしてそのままにはしておかないという恐ろしい冷笑だ


「いや……むしろこっちが情報の不備の原因見つけましたよとか言ったら怒りそうだな……」


 ジンは体を震わせて早歩きで大通りを歩いていく。


「やめとこう! 今は別に関係ないし、ていうかもう夕方だし一回ログアウトしないといけないし!」


 ジンは洞窟の事を頭の隅に追いやって宿屋へと帰り、ログアウトした。





 ジンがログアウトしてしばらくした後。


 リングは数十名の人員を伴って裏通りを歩いていた。

 その人員は半分がクランメンバーで、半分が第二陣に参加していたプレイヤーだった。

 リングのすぐ横を歩くゲッツーが、大剣に手を添えながら疑問の声を上げる。


「本当に今から行くところへ指名手配犯がいるんです?」

「ええ、間違いなく」


 リングは自信満々に頷いた。


 既にリングたちはソールズたちの居所を突き止めていた。

 正確にはソールズたちが根城とする場所を、だが。


「まだ二時間ぐらいしか経ってませんよ? いくらゲーム内とはいえ簡単に見つけすぎでしょ」

「もう、根拠はちゃんと説明したでしょう。聞いていなかったんですか?」

「聞いてないですね。だって二時間前に似顔絵渡されて『こいつらを探してください』って街で聞き込みさせられてましたし」

「そんで聞き込み終わって広場に集まったら『見つけたので突撃しましょう』って連れてこられたね」

「何か説明された覚えがまるでないんだけど」


 ゲッツー、ドプリースト、クロネが半目でリングを睨んでいる。

 それに対してリングは首を傾げた。


「もしや誰にも何の説明もしてませんでしたか?」

「はい」

「では今から解説します!」

「もう裏通り来ちゃってるんですけど。せめて突撃する前に」

「まず私が違和感を覚えたのは人数です」

「ああ駄目だ、もう話聞かねぇやこの人」


 強引に話を始めたリングへ、ゲッツーたちクランメンバーは諦めたように解説へ耳を傾ける。

 ただ第二陣は気の抜けた様子のトップクランに困惑していた。


「人手が数百人もいると、《忍者》たか丸は言っていたそうです。しかし〈蝕む恐怖〉は定期的に駆け直さなければいけないスキル。そんな人数を従わせるなら、常にひとところへ固めておかないと不可能でしょう」

「その時だけ調達したんじゃないの?」

「いくら復興大祭中とはいえ、というかだからこそ、NPCがそれほど大量にいなくなれば必ず他の誰かが違和感を抱きます。ですが少なくとも、ゲッツーさんたちが聞きこみをした範囲で行方不明の人は見つかりませんでした」

「あ、僕らの聞き込みも意味はあったんだ」

「もちろん。そして最近いなくなった人がいないのなら、ソールズは『ランコス』リリースされてからの二か月間で少しずつ集めたのでしょう。しかし数百人が集まっても人目につかない場所などそうはありません」

「だから人目につかない裏通りへ来たってこと?」

「いえ、もうワンクッションあります」


 リングは人差し指を立ててくるりと振る。


「実は色々と情報に詳しい酒場を知っていまして。裏通りにいるのではと目星をつけたところで、そこへ情報を聞きに行ったんです」

「その酒場って、ギルドで共有してるところ?」

「いえ個人的に利用している所です。あまり広めるなと言われたもので」

「よくわからない伝手もってるなぁ」

「まあ店は閉まってたんですが、そこはこうバキバキッと厳かに入店しまして」

(おごそ)かっていうより(いか)ついぞ、その入店音」

「そこの女主人さんへお話を伺ったところ何とも怒り心頭のご様子」

「そりゃ明らかにドアぶっ壊した音してたしね……」

「いえそちらは賠償金をお支払いして手打ちになりました。しかしどうもそのソールズたちの行ったことで何か恥をかかされたとか、情報を狂わせただとかで怒っていたようです。それでそいつ等を探していると伝えて、彼らの居城を教えてもらえたというわけです」

「こいつらいろんな所に敵作ってんだな」

「この先に打ち捨てられた工房と、隣接した大きな館があるようです。なんでも昔高名だった名匠が立てたものだとか」

「にしてもよく二時間でたどり着いたわね……」

「ふふふ」


 呆れたようなクロネにリングは微笑みながらドヤ顔をする。

 だが。


「ただ、なんとなく……誘導されている気もしますが」


 その表情はすぐに訝しげなものに変わった。


「誘導? ここに来るのが罠ってことすか?」

「いいえ。そこまで露骨なものではないです。誰かが必ず見つけられるように、と設置された罠ではなく……簡単に見つかりたくないが、見つけてほしい、という感じですか」

「どういう感じそれ……?」

「例えば、ストーリーを進行するためのキーアイテムの配置みたいな、これが必要であるような。そんな思惑を感じるんですよねぇ……」

「要するに何か企んでるってことよね」

「ああ、着きましたよ」


 リングが先を指し、全員がそちらを見る。



 家が密集している中にぽっかりと開いた広場がある。

 そこには二階建ての洋館と、そこに隣接する館より巨大な工房がどんと構えていた。

 洋館は普通の家の倍程度の大きさだが、工房の方は体育館程の大きさがある。


 どちらもボロボロであり古臭い。

 現在普通に住んでいる人間はいないようだ。だからこそ悪党たちに利用されているのだろうが。


「それでは突撃しましょうか」

「待って待って待って!」


 館へと歩きながら剣を抜こうとするリングをメンバー全員が押しとどめた。


「なんか今日いつにもまして雑じゃないすか⁉」

「逃がしちゃいけない相手なんでしょ⁉ 先に作戦伝えてよ!」

「ていうかこんな目と鼻の先まで普通に来ていいの⁉」


 だがリングはクランメンバーに目を向けず館をまっすぐに見ている。

 その様子にクランメンバーたちはリングからすっと離れた。

 いつもの無鉄砲ではなさそうだ、と。


 ゲッツーがメンバーを代表して問う。


「突撃でいいんですね?」

「はい」


 リングは短く答えて剣を抜く。

 バチンと火花が迸りリングの姿が消える。

 次の瞬間には雷が館の窓を突き破って中へと入った。


 残されたメンバーはゲッツーへと目を向ける。


「俺らは外の警戒だ。それと数人工房に入ってくれ。不意打ちに対応できるようメンバー調整を」

「あ、あのー。おれたちはどうすれば?」


 第二陣がおずおずと手を上げる。

 それに対しゲッツーはどうしようかと頭を掻く。


「えーっと、そちらはそちらで動いてもらって大丈夫ですよ。俺はそちらに指示できる立場じゃありませんし」

「すんません、足引っ張りたくないんで出来れば何か指示してもらえると……」

「なるほど、じゃあ……とりあえず待機をお願いします。多分、少し危険なんで」


 ゲッツーはリングが飛び込んだ館へ険しい顔を向けた。




 館へと入ったリングは全ての部屋を駆け抜けていった。

 だが。


「……」


 どこにも人の姿が見て取れない。

 そこには確かに誰かが過ごしていた痕跡がある。

 だというのにNPCの一人もいない。


「情報が間違っているとは考えにくい。であれば、全てのNPCをどこかへ移したか——むっ」


 二階へと上がった所でリングは低い声をその耳に捉えた。

 その声は廊下の先、右にある広い部屋の中から聞こえるようだ。


「どなたですか?」


 声を掛けながらリングはすたすたと歩いていく。

 無防備なようにも見える姿は、どんな罠や攻撃であろうと避けられるという自信から来るものだった。

 しかし扉の前まで来ても何も発動する様子はない。

 そしてそこまできてリングは声に聞き覚えがあることに気づく。


「うぅん、まさか?」


 ひょいとリングは部屋の中をのぞく。

 そこには、縄で縛られた壮年の男性とモノクルの青年が背中合わせで座らされていた。

 二人は気絶しているのか目を閉じながら、うなされているような声を上げていた。


「……街長とギルド長を誘拐したんですか。なんともまぁ、どれだけのペナルティになることやら」


 ソールズがやったのだろう行いにリングは呆れたように言う。


「起きてください、二人とも」


 リングは屈んで街長とギルド長の肩へと手をやった。

 すると体を纏う雷がバチンと弾ける。


「ぬぁっ⁉」

「ぐうっ⁉」


 二人は電気ショックによりぱちっと目を覚ました。


「ら、《雷公》、か? 儂は一体……」

「う、ここは……?」

「お二人の状況説明は置いといて。ソールズが何を企んでいるか、とか聞きませんでしたか」


 二人への気遣いを横に置いてリングは端的に問い質す。

 すると二人の体が震え始める。


「くっ、むっ……」

「〈蝕む恐怖〉の効果ですか。口止めされているなら話すのは難しい——」

「ら、《雷公》……!!」


 リングの分析を遮って街長は声を上げた。

 それは高位ジョブとしての強さか、それとも街長としての根性か。

 必要な事を、口にする。


「奴らの狙いは、破壊だ!! この街も、人々も、まともな暮らしをする……者達を、底辺へと付き落とすと……!」


 そうして身をよじった街長の体の陰に。

 ころりと転がる玉をリングは見た。


 それは爆弾とは違う。

 透明な玉の中に、燃え盛る炎が閉じ込められたもの。


「《ブレイズ・クリスタル》――」


 リングがそのアイテムの名を言い当てると同時。




 館と工房が爆発的な火炎で埋め尽くされた。


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