五十一話 スケルトンは金次第
「今なんて言った……⁉」
《ピニオン・クロウ》を手入れしていたアニカの反応にジンはたじろぐ。
「た、耐久値が減らないって……」
「ちょっと見せてくれ!!」
跳ねるように近づいてきてアニカは《執着の短剣》を奪い取った。
呆気にとられるジンを尻目にアニカは短剣を眺めまわす。
「……前と比べても欠けるどころか傷すら……刃だけじゃなく柄まで……⁉」
「あ、アニカさん?」
「ジン! これ誰の作品なんだ⁉」
「え? えーと、いや、宝箱から出てきたやつだから……俺もよく知らない」
「宝箱……ダンジョン産……?」
ぶつぶつとアニカは呟く。
正確には裏通り産だ。しかしそれを伝えてもややこしくなるとジンは口をつぐんだ。
やがてアニカは《執着の短剣》を握りしめながらジンへと向く。
「これ! あたしにしばらく貸してくれないか⁉ 全く傷つかない武器なんて初めて見たんだ! 次の武器を作る時の参考にしたい!!」
「あ、ああいいよ。多分これからあんまり使わないだろうし……なんなら、それを材料に何か作ってもらったら」
「これを材料に……⁉」
アニカは戦慄したように視線を短剣とジンの顔で行き来させる。
「そうか……! あたしにこれと同等のものを作れってことか……!!」
「いやそんなつもりで言ったわけじゃなくてさ⁉ ただどう扱ってもいいよって話で!」
「やってやるよジン!! これでもあたしはガズン工房の娘だ!!」
ジンの静止など聞かずアニカは職人魂を燃やし始める。
「けどこれを加工するには今の道具だと厳しい……! なら!」
鍛冶道具が問題だというアニカは何か覚悟を決めたような表情になる。
「うちの工房に帰る!!」
「帰る⁉」
「帰って今まで使ってた道具を持ってくる!! あと親父ともちゃんと話をして!! あの素材を持ってくる!!」
《ピニオン・クロウ》の手入れを一瞬で終わらせ、アニカは鞄を背負った。
「じゃあ行ってきます!!」
「いや待て待て待て!! せめて何か襲われた時の対策持って行けよ!! また指名手配の奴らに襲われたらどうすんだよ⁉」
「大丈夫です!! もうアニカさんの鞄へ大量に護身用アイテムは入れてます!! 具体的には《煙幕》、《睡眠薬》、《痺れ薬》やブースト薬に《爆弾》の小規模なもの、《火花》を数十個ずつ——」
「ありがとうユノ!! じゃあ!!」
アニカは部屋を飛び出してだだだだと駆けていった。
「だ、大丈夫なのか……?」
「アニカさんなら大丈夫ですよ。それにどっちにしろ、ずっとジンさんに見ていてもらうわけにもいきませんから」
「まあ、そうだけど……」
「それじゃあジンさん、私も工房に行こうと思います」
「ユノも⁉」
立ち上がるユノにつられてジンも腰を浮かす。
「ていうか今からなのか⁉」」
「色々とアイテムを作らないといけませんから。ジンさんが使う分の補充もしたいですし」
「あぁ……そうか。ありがとう。じゃあ送ってくよ」
「ジンさんはこれから何を?」
工房へと歩きながらジンもまた自分のやることを考える。
「俺は……とりあえず新しいスキルの検証かな」
■ ■ ■
その後ユノを工房へと送ったジンはそのまま門の外へと出た。
辿り着いたのは【古狼草原】のはずれだ。
山脈に近いそこは小高い丘のふもとであり、人があまり見当たらない場所だった。
「ちょうどいい場所だな。さーて、これが強いスキルならいいんだが」
ジンは新しく覚えたスキルを見ながらひとりごちる。
「まずは〈餓者の取り立て〉からだな。ダメージを与えてどれだけ金が得られるか」
「ガアァッ」
「お」
その声にジンは顔を上げる。
丘の上にいた一体のグラスラン・ウルフがジンに気づき駆け出していた。
「早速来たか!」
ジンは《ピニオン・クロウ》を構え、ついでに現在のステータスを確認する。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv13
▽ステータス
HP:1080/1080
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:108
AGI:10(+50)
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈餓者の取り立て〉Lv2
:〈亡者の激怒〉Lv10(Max)
:〈ライフ・イズ・マネー〉Lv10(Max)
:〈血の涙〉Lv6
:〈亡者の執念〉Lv1(Max)
:〈地獄の門は金次第〉Lv1
『所持金 100000ギル』
■ ■ ■
現在の所持金は10万ギルだ。
残りの700万以上はユノに預けてあった。
理由は万が一にも死んで失わないようにと、もう一つ。
〈餓者の取り立て〉を発動する時にはいらなかったからだ。
「このステータス差でどれだけ金が得られるか……!」
跳びかかってくるグラスラン・ウルフの牙を避け、ジンはその胴体を斬りつけた。
「ガァッ⁉」
グラスラン・ウルフは悲鳴を上げて草原へ転がる。
だがまだ倒れはしない。
「急所つかなきゃこんなもんか。さて、これでどれぐらい……?」
少し離れてグラスラン・ウルフの様子を見ていると、ジンは異変に気がつく。
グラスラン・ウルフの胴体、その灰色の毛皮にはジンがつけた切り傷がある。
傷からは血のように見える赤いエフェクトが漏れていた。
その傷の近くに、黒いしみがぞわっと広がったのだ。
しみはズルズルと動いて入れ墨の如く形をとっていく。
その形は。
「……手?」
手の形になった入れ墨はグッ! と傷口を掴む。
瞬間、傷口の赤いエフェクトが黄金の輝きへと変換された。
それはギルだ。
エフェクトはどんどんギルへと換わっていき、換わるそばから引っ張られるようにジンの右腕に吸い込まれていく。
それはまるで相手から金を搾り取っているようだ。
「ガァアッ⁉」
グラスラン・ウルフも戸惑ったように自身の体とジンを見比べている。
そんな様子を見ながらジンは……右手でギルを吸いながら、左手で顔を押さえた。
「絵面が禍々しすぎる……! ほとんど呪いだろこんなの!」
手の形をした入れ墨も、血のエフェクトがギルに換わる現象も。
金に執着する怨霊が呪いをかけたらこんな感じ、というような見た目だった。
「しかもこれ相手に連続でダメージ与えたら大量にあの入れ墨が出るってこと⁉ おぞましすぎるわ!! パッシブだからオフにもできねぇ!!」
嘆きながらジンはグラスラン・ウルフへと止めを刺した。
その傷からもやはり入れ墨が出てギルを搾り取っていく。
そしてグラスラン・ウルフは光の塵へと変わり、ドロップアイテムが落ちた。
「これが〈餓者の取り立て〉か……確かに取り立てって感じでギル搾り取ってたけど……。それでこれでどれぐらい稼げた?」
『所持金 100200ギル』
「んんー! 微妙だな! ステータスの差が結構デカいのか、ってん?」
さほどでもない稼ぎにジンが唸っている時だ。
視界の端にあるドロップアイテムの牙が何かに持ち上げられた。
「何……は?」
そちらへ視線を向けてジンは絶句する。
なんと牙がある近くの地面から、先ほどの手が伸びているのだ。
その手は牙を持ち上げ、細い手には見合わぬ力強さで握り砕いた。
砕かれた破片はじゃらんとギルに換わってジンの腕へと吸い込まれていく。
するとすぅっと手は地面へと潜るように帰っていった。
「そっちも禍々しくなってんのかよ!!」
渾身の叫びが草原へ響いた。
「人前で戦いたくねぇ……はあ、とりあえず次のスキルだ」
あまりの禍々しさに頭を抱えていたジンはしばらくして立ち直った。
だが〈地獄の門は金次第〉というスキル名に嫌そうな顔をする。
「こっちも名前からしてヤバそうなんだよなぁ……」
ため息をつきつつジンはそのスキルを宣言する。
「〈地獄の門は金次第〉、と」
その瞬間、ギィゴオォォンと。
鋼鉄が擦り合わされるような音がジンの耳元で響く。
さらにジンの目の前の風景がぐにゃりと歪んだ。
「おぉっ……⁉」
歪む風景は一瞬にして赤黒く染まり、やがてそこに門が現れる。
門はジンの身長を少し超える程度の大きさで、意外と小さい。
その扉にはスケルトンのような人骨たちが押し合っている装飾が彫られており、さらに少しだけ開いていた。
「やっぱり見た目は不穏な感じだ」
ジンはぺたぺたと門を触る。
冷えた金属のような触り心地を味わっていると、その扉に何か文字が書かれているのに気づく。
文字は日本語や英語ではないものだったが、ジンには見た瞬間意味が分かった。
「『我らに金を寄こせ』……また直球だな。この開いてるところに投げ入れたらいいのか?」
〈地獄の門は金次第〉は亡者を召喚するスキルだ。
そして投入した金額によって亡者の強さは変わる。
「じゃあ、とりあえず1ギルで」
ジンは一円玉サイズの小さな硬貨を取り出してそっと門の中に置いた。
するとガァン! と突然頭に何かが落ちてきた。
「いってぇっ!!? 何だ⁉」
ジンが辺りを見回すと、足元に銀色のたらいが落ちているのを見つける。
「た、たらい……? あっ、消えた」
たらいはすぅっと地面へ溶けるように沈んでいった。
ジンは再び門へと目を向ける。
「……どう考えても、これのせいだよな。つーかうわ! HP減ってる⁉」
念のためステータスを確認した所、ジンのHPは100も削れていた。
「どんなデメリットだ……⁉ 1ギルじゃ気に入らないってことかよ……くそ、じゃあ10ギルでおぶぇっ⁉」
今度は門の中からお玉が飛んできてカーン! と顔に直撃した。
ダメージは10だ。
「さっきからなんで日用品が飛んでくんだよ!!? 地獄の門なら地獄らしいもん飛ばせ!!」
ジンはだんだんと地面を踏みながら門へと抗議する。
門はさっきよりちょっと閉じているように見えた。
「あぁもう! ここで100ギルとか入れたらまた変なもん飛んでくるんだろ! じゃあどーんと1000ギル!」
ジンは500円玉サイズの大きな硬貨を一枚、門へと放り投げる。
それでようやく門はギイィと人が一人通れる程度の幅を開けた。
「おっ! 来たか⁉」
門の向こうは真っ黒で見通せない。
だがやがてそこから白い人骨……スケルトンがぬぅと姿を現した。
「おお、これが〈地獄の門は金次第〉の効果――いや待て」
そこでジンはよくそのスケルトンを観察する。
まずスケルトンは武器を持っていなかった。
そして防具もつけていない。素っ裸の人骨一人だ。
いやそれはまだいい。問題はその姿勢だ。
スケルトンはだるそうな猫背で、視線を地面に向け、耳をほじるような動作をしていた。
全体的に教師から怒られて面倒そうにしている不良っぽい姿勢だ。
「なんだこいつ!!」
その舐め腐ったような態度にジンは思わず怒りの声を上げていた。
「お前こっちは1000ギルも払ってんだぞ⁉ たかだか裸のスケルトン一体がなんでそんな面倒そうにしてんだ——お前今ため息ついたか!!? 骨しかなくてもわかるんだからなそういう表情!! やる気ないんだったらもういいよ帰れ!! ……なに本当に帰ろうとしてんだコラ!!!」
帰れと言った瞬間、本当に門へ帰ろうとしたスケルトンをジンは羽交い絞めで引き留める。
「せめて1000ギル分は働け!! 俺だってバイトの時給1100円なんだぞ!! 一時間は働け!!」」
スケルトンは抵抗こそしないものの、面倒そうな様子を隠そうともしない。
あのアニカが500ギルで一日雇えるというのに、とジンは信じられない思いだった。
「こいつムカつく……! じゃあもういいよ! 今度は1万ギルで試してやる!!」
ジンは珍しく金を無駄にするような行動を取ろうとしていた。
スケルトンを離して所持金からギルを取り出そうとする。
その時、ガッとジンの手をスケルトンが掴んだ。
「うぉっ⁉ な、なんだやんのか!」
安い賃金だとあのたらいのように攻撃してくるのかとジンは身構える。
しかし違った。
むしろスケルトンはさっきのだるそうな態度はどこへやら、親指をびしっと自分に突き付けている。
『自分、やる気ありますよ』
そんな声が聞こえてくるようだった。
ジンは現金すぎるスケルトンに鬱陶しげな視線を向ける。
「もうお前に期待してねーんだよ! お前より強いのを呼ぶ!!」
ジンはスケルトンを振り払って1万ギルを門へとぶん投げた。
するとスケルトンはそれを追って水泳選手のように門の中へと飛び込んでいった。
「なんなんだよあいつ……お、次のが来た!」
1万ギルを投げ入れた門は一回り大きくなっていた。
そしてその大きく鳴った門からは何か白い塊がうごうごと蠢いて——やがてガシャーンと門の外へ雪崩れ込んできた。
それは押し合いへし合いしながらギルを取り合う十体のスケルトンたちだった。
「またお前らかよ!!!」
悲鳴のような叫びが草原へと響き渡るのだった。