四十八話 ジンのリア充体験 そしてリングの考察
第三陣の荷運び部隊は交易路を歩き続け、ようやく街の門へと辿り着いた。
するとNPCの一人、髭を生やした老人が進み出てくる。
「皆様、ここで護衛は完了となります。ありがとうございました」
老人がお辞儀をしたと同時、プレイヤーたち全員が盛大に息を吐いた。
「お疲れ様でしたー!」
「はぁー……ようやく終わった」
喜び合うプレイヤーたちへ老人はおずおずと口を開く。
「申し訳ありませんが、数人ほどついてきていただけませんか? 整備中に起こったことをギルドへと報告したいのです」
『なら私が行こう』
そんな中で声を上げたのは全身に鎧を纏うプレイヤー、アルマだった。
アルマはプレイヤーの中の一人に目を向ける。
『ああ、そうだ。ジン! 君も一緒に来てくれ!』
「え、あ、はい」
指名されたジンは呆けたように返事をした。
『あの戦場を一番把握しているのは西から東まで走り回った君だろう。私は同じ場所でずっと守っていたからな』
「あ、はい」
呆けた顔のままジンは進み出てくる。
プレイヤーの中から出てきたその両腕には美少女が二人抱き着いていた。
左腕にはアニカが涙を流しながら縋りつき。
右腕にはユノが頬を膨れさせて腕を抱え込んでいる。
そして中央にいるジンは宇宙の真理を見たような顔をしていた。
『女の子に挟まれて抱き着かれている』という人生初めての状況へ理解が追いついていないのだ。
こんなことになった経緯はこうだ。
モンスターの群れを倒した後、ジンは稼いだ金額を眺めてだらしない顔をしていた。
しかししばらくしてユノたちのことを思い出して荷馬車へと戻る。
そこで追いていかれたことにようやく気づき全力で後を追った。
道の半ばほどでようやく第三陣へと追いついたジンは、プレイヤーたちに「どうして置いていったのか」と抗議しようとする。
しかしその瞬間にアニカが飛び出してきた。
緊張した面持ちで武器の感想を聞いてくるアニカへ、ジンは持てる語彙全てで《ピニオン・クロウ》を絶賛する。
そして「この武器のおかげでクリープ・ピラーを倒せた。皆を守れた」と言ったあたりでアニカが号泣。
「よかった」と叫びながらジンに抱き着いて泣き続け、泣き止んだかと思えば再び泣いて、と。
そんなことを繰り返した。
さらに最初は微笑んでいたユノも、アニカがずっと抱き着いているのを見て徐々に表情が厳しくなり。
やがてアニカを左腕に追いやって自身は右腕に抱き着いた。
と、そんな感じである。
『……まあ、とりあえずついて来てくれ』
「あ、はい」
アルマはジンの状況に何か言いたげにしながら門をくぐり、ジンもから返事をしながらついていった。
その後姿を見送るプレイヤーたちはひそひそとざわめいている。
「カネの人いいなー」
「ハーレムじゃんカネの人」
「あの子たちNPCだよな? 好感度上げたらあんなことになるのか」
「《商人》とか《富豪》だとNPCに関わるクエスト出やすいらしいぞ」
そんな声がジンの耳に届き。
「……ん? 待って今俺カネの人とか呼ばれて——⁉」
酷い呼び名で正気に戻ったジンの声はごった返す人々に紛れて消えていった。
交易路へと出る門の前には大量のプレイヤーが集まっていた。
それにジンは面食らったように「おおっ⁉」と声を漏らす。
「クエストに出る前って、こんなに人いましたっけ?」
『いや、そもそもここに寄り付くプレイヤーはほとんどいなかったはずだが……』
「これではギルドへ行くのも一苦労ですな」
道を塞ぐほどのプレイヤーの波にNPCも困ったように言う。
そんな時、プレイヤーのうちの一人が入ってきた三人に気づく。
「あれ、あんたらも死に戻りか?」
「死に戻り? いや、クエストは失敗したけどデスペナルティにはなってないです。というかこの人だかりなんなんですか」
「なんだ、あんたらは違うクエスト行ってたのか。ここにいるのは【交易路の整備】ってクエストでデスペナ食らった連中だよ。俺もそうだ」
「え?」
『何?』
プレイヤーの言葉にジンとアルマは辺りを見回す。
だが目の前のプレイヤーも、他の顔触れも第三陣にいた者たちとは一致しなかった。
それにジンが眉をひそめ。
その横でアルマは「まさか……!」と戦慄したような声を上げ、プレイヤーに確認をする。
『そちらは、もしや第二陣か?』
「え? そうだけど何で知って——」
プレイヤーはそこではっと気づいた様にアルマを凝視する。
さらに隣にいる老人へ目を向けた。
その頭上にあるNPCの字を確認し、プレイヤーは叫ぶ。
「あんたらまさか第二陣の生き残りか⁉」
その声が辺りに響いた瞬間、大量のプレイヤーたちが一斉にアルマたちの方を向く。
そして一瞬の沈黙の後どわっと押し寄せてきた。
「なあ第二陣はどうなった⁉」
「あのクソ忍者は⁉ あなたが倒したとか⁉」
「ていうかそっちの男は何だよ!! 美少女二人に抱き着かれやがって!!」
「さっきクエスト失敗したとか言ってなかったか⁉ マジかよクソッ!!」
「そっちはまだマシだろ⁉ 僕たちはなんで死んだのかすらわからないんだ!」
「だからさっきから言ってるだろ! いきなり爆発したんだって足元が!」
「そこの男も爆発させろ!!」
「《爆弾》なんかで死ぬかよ普通!!」
迫ってくるプレイヤーたちの言葉はもはやジンたちへ聞いているのか、ただ嘆いているのかも曖昧だ。
あと何か明らかに違う話をしている奴もいる。
迫ってくるプレイヤーへユノとアニカが驚いたように腕を掴む力を強くする。
その感触で再びジンは意識を飛ばしかけた。
しかしギリギリで耐えて二人を庇うため声を上げる。
「違います! 俺らは第三陣の荷運びにいました!」
「第三陣……⁉」
その言葉でプレイヤーたちは顔を見合わせ。
「待て! じゃあ第三陣も失敗したってのか⁉」
「完全に【交易路の整備】そのものが終わりってことかよ!!」
「なに抱き着かれてんだお前の人生も終わらせてやろうか!!」
「うわぁ! あんだけ稼いだ貢献度全部パー⁉」
「三時間近くやってたのに!!」
「ああっ! むしろヒートアップした⁉」
第二陣のプレイヤーたちがもはや暴徒と化そうとした時。
――ズガァァァン!!
そんな、雷の落ちたような爆発音が辺りに轟いた。
「な、何の音だ⁉」
「また爆発か⁉」
「いや違う! あれを見ろ!!」
一人のプレイヤーが近くの高い建物の屋根を指す。
全員がそちらを見上げ、そこにいる少女を見た。
白金の鎧に身を包み。
雷を纏う長剣を高く掲げ。
そして見事な銀髪を風にたなびかせるその姿は!
「り、リングだ! 《雷公》リング!!」
その名を呼ばれたリングはカッと目を見開いた。
「そう! 私が第一陣にて華々しく戦果を挙げ! 宿場町に一番早く辿り着き! 他のプレイヤーから憎悪と羨望の目を独り占めした女!! リングです!!」
「なんかいきなり自慢話始めやがった⁉」
「しかし宿場町のモンスターを討伐し終えたころです! 突如来た道から巨大な爆音が響き爆炎が吹きあがりました!」
「爆炎……⁉」
「ほら言った通りだろ⁉ マジで荷馬車が爆発して俺ら死んだんだって!」
興奮が僅かに収まり、怒号がざわめきへと変わっていく。
「それを確認した第一陣は様子を見に道を戻ることを決定! 最速の私がまず戻ってきたというわけです!!」
リングは高らかに宣言する。
「戻ってくる間に見たクレーターやズタボロの馬車といった惨状! その惨状の内容を知っている方は今すぐ共にギルドへと行きましょう! トラブルがあったことを報告し——」
そこでさらに声を張り上げた。
「この失敗はノーカンだと突きつけるのです!! 明らかに様子がおかしかった! 下調べの甘いそっちの責任! 貢献度は半分でいいからちょうだい!! 証拠を揃えてそう抗議しましょう!! 流石に私もあの頑張りが無になるのはキツいので!!!」
「うおおおおおおおおお!!!」
その場のプレイヤー全員が拳を突き上げて咆哮した。
「……なんだこれ」
『まあ……暴動にはならずに済んだな』
ノリに置いていかれたジンとアルマは呆然とその様子を見つめるのだった。
■ ■ ■
場所は変わって、冒険者ギルドの二階。
そこにある一室へとジンたちは訪れている。
部屋の中には既に冒険者ギルドのギルド長や街長といったNPCの重鎮たちが集まっていた。
プレイヤー側はジンとアルマ、リング、そして第二陣から二人のプレイヤーと……もう二人。
ユノとアニカがジンに抱きついたまま、部屋の中にいた。
ギルド長と街長はその光景と疑問の目を向けている。
リングもまたどうして二人に抱きつかれているのかと首をかしげ。
アルマは連れてきて大丈夫だったのかとチラチラ見てきて。
第二陣のプレイヤー二人からは見せつけてんじゃねぇと殺意を向けられ。
そんな状況に、しかしジンは抱きつかれているのをどう引き剥がせばいいのかわからずーー。
「あの、お二人……もう席に座るから、一旦離れてもらって……」
そんなヘタれた提案を今更にした。
ユノとアニカは顔を見合わせて、タイミングを合わせるように同時に手を離す。
そしてジンの後ろへスッと立った。
ジンはいまだ居心地の悪さを覚えながら、二人の体が離れたことにほっと安堵していた。
そしてユノとアニカ以外が席につき、長机を挟んで向き合う。
「それで、【交易路の整備】が失敗したとのことだが」
気を取り直すように最初に口を開いたのはたくましい体の壮年の男性、街長だ。
「はい、第二陣、第三陣が壊滅的な被害を受けたと。しかし彼らからは明らかにおかしなモンスターの数が発生し、そして何より人為的な妨害を受けたと聞いております」
モノクルをかけた細身の青年が街長へ応えた。
彼がギルド長らしい。
ギルド長の言葉に街長が表情を険しくする。
「人為的な妨害、か。冒険者たちよ、詳しい話を聞きたい」
「は、はい」
ジンとアルマの第三陣、そして第二陣のプレイヤーたちは起こったことを全て伝えた。
「数百体の大群に加え、山脈のモンスター。そしてたか丸という男と、大爆発……冗談のような話だな」
街長は苦い顔で吐き捨てるように言う。
「しかし第二陣が人によって潰されたというなら、その第三陣も何者かの差し金という可能性があるな。いや、あるいは《忍者》自身がやったか?」
「しかし第二陣と第三陣はほとんど同じ時間に襲われているそうです。そこまで大規模な襲撃なら複数犯と考えられます。……しかし《忍者》というジョブについての情報がギルドにはありません。あるいは可能なのかも……」
街長とギルド長の会話を聞いたリングは顎に手を添えて呟く。
「むう、《忍者》ですか」
「知っているのか《雷公》」
街長の問いにリングは頷く。
「《隠密士》と《幻術士》の派生高位ジョブですね。
第二陣は最初、数百体のモンスターが現れたのを見て食い止めようと突撃したそうですが、そうした幻影を見せることも《忍者》のスキルでできます」
「相変わらずどこでそんな知識を……では実際にモンスターをおびき寄せることもできるのか?」
「いいえ。数百体のモンスターを誘導するなら、《扇動者》というジョブが最適でしょうね。《マネキン》や《魔寄せの忌鏡》を大量に使えば、相当慣れている人間なら恐らくは」
話を聞いただけでリングはすらすらとジョブを答えていく。
「では襲撃は《忍者》たか丸と姿が不明の《扇動者》二人によるものだということか」
街長が結論付けようとした時。
「……あっ!」
第二陣のプレイヤーの一人が声を上げた。