四十六話 討伐
『金の亡者……隠しジョブか?』
鎧のプレイヤーは聞いたことがないというように首を傾げている。
「らしいです、最近発見しました。基本的にドロップアイテムを金に換えて、金を手に入れると強くなるんです」
『君の周りに飛び回っていたギルはそのせいか』
「それで他のスキルなんですが——」
説明を始めようとした時だった。
鎧のプレイヤーが突如丘の方を向く。
ジンがつられてそちらを見ると、前線の中央辺りからモンスターがかなりの数抜け出てきていた。
「あれは……⁉」
『崩れてしまったか。……これ以上話す時間はないな』
クリープ・ピラーが足を掲げる間に鎧のプレイヤーは西側へ走り出す。
ジンは慌てて後を追った。
『君を信じる! あちらへ向かう間にやることを説明してくれ!』
「わ、わかりました!」
走る二人をクリープ・ピラーは逃げたと認識したのだろう。
恐ろしい勢いで脚を動かしジンたちへ向きを変え始める。
『そういえば、君の名前を知らないな』
その時、ふと鎧のプレイヤーが呟いた。
『これから連携して挑むのならお互いの名前で呼び合う方がいいか』
「確かに。俺はジンです」
『私はアルマだ』
「アルマさん、これからやるのは——」
西側へ移動しながらジンは思いついた策を伝えていく。
■ ■ ■
クリープ・ピラーに追われながら、ジンたちは西側のモンスターの群れへ辿り着いた。
「行きます!」
『ああ!』
荷馬車目掛けて移動する群れ、その横合いからジンたちは群れの中に突っ込んだ。
追ってきているクリープ・ピラーも同じように足を踏み入れる。
そしてクリープ・ピラーは掲げた足を振り下ろし……近くにいたモンスターを踏み潰していく。
それを確認したアルマは前方に盾を構えモンスターを誘導するスキルを発動する。
『〈ターゲット・ムーブ〉!』
そして前方数十体のモンスターの目標を自分へと変えさせた。
荷馬車に向かっていたモンスターたちがギギ、と不自然に向きを変えアルマへと突っ込んできた。
「よっしゃ来い! 〈亡者の激怒〉発動!!」
そしてその盾の前で、ジンが短剣を握りしめて両手を広げる。
モンスターたちは突如現れた異物にも構わず一斉に跳びかかる。
噛みつきや鋭い風の刃、殴打など。
あらゆる攻撃をジンは無防備に受けながらステータスを見る。
HPは恐ろしい速度で減り続け、同時に所持金がそれ以上の速度で減っていく。
〈亡者の激怒〉はダメージを受けると所持金を失い、その失った量によってステータスを上げるスキルだ。
レベルが1の時には30が上限だったが、現在は最大60まで上昇する。
しかし増加するステータスは1万ギルにつき1だ。
つまりジンは最大60万ギルを失うことになる。
草原のモンスターを倒して稼いだ金と、アルマから譲られた金がどんどんと減っていく。
「くおぉ……!!」
苦悶の声を漏らすのはダメージのせいか、金を失っているせいか。
ステータスは上昇を続け、爆発的に上昇したAGIにより世界の動きが緩やかになっていく。
やがてステータスの上昇が上限に届いた時。
緩やかな世界の中、ジンは動き出す。
グラスラン・ウルフの首を裂き。
キモドキの木の体を頭からカチ割り。
セント・ピードの胴体を寸断し。
モンスターたちの次の攻撃より早くそれらを切り裂いた。
「ギ……⁉」
「ガァ……!」
モンスターは短い断末魔を上げて光の塵へと変わっていく。
傍から見たらジンの動きは一瞬のものだっただろう。
「おおぉらあぁぁぁ!!」
さらにジンは押し寄せるモンスター全てを短い刃で切り伏せていく。
寄ってきた数十体のほとんどを数秒で倒した、その時だった。
『来るぞ!』
アルマが叫びにジンが頭上を見上げる。
クリープ・ピラーの脚が迫り、今にも叩きつけられそうだ。
だがその動きはジンにとって緩やかなものだ。
「おおぉぉ!!」
ジンは雄たけびを上げながら地を蹴った。
脚が落ちるより早く前へと駆け、その間にブースト薬を二つ飲んだ。
《ストレングス・ブースト》と《スピード・ブースト》だ。
それによりさらに力と速さを増して、ジンはほんの数歩でジンはクリープ・ピラーの本体へと迫った。
背後で脚が地面に衝突する音を聞きながら、ジンは全力で跳ぶ。
「これが!!」
頭より少し高い場所にある本体へ、全力で《ピニオン・クロウ》を振り上げ。
「60万ギルの重みだぁぁぁぁぁ!!!!」
怒りを振り絞るようにその黒い目へと突きこんだ。
「キイイィイィ!!」
ズドン、と突き刺さったその一撃でクリープ・ピラーの本体が悲鳴を上げた。
初めてのまともなダメージだった。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv1
▽ステータス
HP:150/300
MP:50/50
SP:100/100
STR:10(+60)
END:30
AGI:10(+110)
DEX:5(+60)
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
:〈亡者の激怒〉Lv6
:〈ライフ・イズ・マネー〉Lv6
:〈血の涙〉Lv4
:〈亡者の執念〉Lv1(Max)
『所持金 0ギル』
■ ■ ■
現在ジンのSTRは70、AGIは120、そしてDEXも65まで上昇している。
そしてAGIが上昇したことで《ピニオン・クロウ》の攻撃力も増加。
さらに《ストレングス・ブースト》によってSTRは20増加し。
ジンの攻撃力は155にまで上がっていた。
アルマが言ったクリープ・ピラーを倒せるだけの数値を僅かに越えたのだ。
ジンは本体に張り付きながらさらに短剣を突きこもうとするが、それを振り払うようにクリープ・ピラーが体を思い切り揺らした。
「おあぁぁ落ちるぅ⁉」
ジンは立っていられなくなり毛玉から振り落とされる。
それと同時にクリープ・ピラーは怒ったように滅茶苦茶に地面を踏み鳴らす。
『ギチチチチチチチチ』
「うおおぉぉぉ⁉」
巨大な脚が不規則に叩きつけられ、クリープ・ピラーの下にいるジンは大慌てでそれを回避していく。
そしてどうにか抜け出すと同時に取り出していた《爆弾》を本体へブン投げた。
「鬱陶しい! 止まっとけ!!」
強化されたSTRにより投擲された《爆弾》は暴れる足を抜けて、一瞬で本体へと着弾、起爆する。
盛大な爆音と共にクリープ・ピラーの本体が爆炎へ包まれた。
「ギイイ……!」
クリープ・ピラーが怯み脚の動きが遅くなった。そこにジンは再び突撃する。
「脚が邪魔だな……!」
今度は本体ではなく脚への攻撃だ。
「おぉッ!!」
ふらふら揺れている脚へ、右から左へ薙ぐように短剣を振るう。
するとギャギ、と金属を切り裂くような音を立てて脚は切り裂かれた。
だがその傷は浅く見える。
「そうだ脚相手じゃあんまり効かないんだった! 確か、関節の方!」
アルマからクリープ・ピラーの弱点は聞いている。
ジンが脚を見上げると、関節はジンを二人半も縦に並べた程の高さにあった。
普段なら届かないその高さは。
「今なら届く……!」
ジンは僅かに助走をつけ、脚を足場に関節まで走り上った。
そして目の前の関節に思い切り刃を振るう。ザンッと気持ちのいい感触が返ってきた。
「よーっしゃいい手ごたえー!」
揺れる脚にしがみつきながらジンは関節をさらに深く斬りつける。
「キイィィイィィイ!!」
「うおぁ⁉」
だが動き出したクリープ・ピラーがジンの取りつく足をブンと振るう。
ジンは地面へと勢いよく投げ出されモンスターの群れの中をゴロゴロと転がった。
「おぶっ、おぇっ、とぉ!」
それだけでもHPが少しずつ減っていく。
ENDが足りないのだ。
転がっている中では《ポーション》も使えず、ジンは慌てて勢いを止めようとする。
だがその時、黄金の輝きがジンの腕へと吸い込まれて来た。
「おぉっ! きたきたきたきたぁ!!」
所持金がどんどん増えていき、同時にレベルもHPも回復していく。
ある程度のENDを取り戻したジンは地面に無理やり手をついて勢いを殺す。
そしてバランスを整えて立ち上がった。
「さっきはやってくれやがったな……っ!」
しかし視線の先ではクリープ・ピラーがぐっと三本の脚を固定していた。
そして一本の前足をぶらぶらと揺らしている。
それは薙ぎ払いの動作だ。
「やべ……⁉」
ジンは咄嗟に地面へしゃがもうとする。
だがその時、今まで後方にいたアルマが大盾を持ってジンの前へと出てくる。
『任せろ』
「アルマさん!」
また〈シールド・パリィ〉によって受け流すのか、とジンは思った。
だがアルマは構えるのではなく、大盾をどんと地面に打ちつけて深く腰を落とすという構えを見せた。
その行動にジンが疑問を覚えた直後、クリープ・ピラーの脚が鞭のようにしなり横から迫る。
前は見えなかったその動きが、AGIの爆増した今のジンは捉えられた。
横からゴウッと迫る脚に対し、アルマは直前まで反応を見せず。
そして顔一つ分ほどに迫った時、居合抜きのように大盾を振り上げ——そしてスキルを発動した。
「〈巨人崩し〉」
アルマが宣言すると同時、恐ろしい勢いで脚は大盾へと直撃し。
——ゴパァン! と爆発したような音と共に遥か空へと脚がかち上げられた。
薙ぎ払われる脚の勢いが、そのまま上へと全て受け流されたのだ。
「ギイイィイィ……」
脚に渾身の力を込めていたクリープ・ピラーは、それを受け流されたことで後ろへとかしいでいき……そしてズドォンとモンスターを巻き込みながら倒れ込んだ。
「おぉえぇ……?」
その光景にジンは追撃を忘れて引いたような声を漏らす。
『今だジン!』
「おぉ、は、はい!」
アルマに言われてジンは我を取り戻しクリープ・ピラーの本体へと走った。
クリープ・ピラーが脚をばたつかせて立ち上がろうとしている中、ジンは無防備な本体へと辿り着いた。
「ボーナスタイムだ……!!」
その目を、体を、ジンは嵐のように斬りつけ続ける。
クリープ・ピラーが立ち上がるまでには十数秒ほどか。
爆増した AGIは、その間に百を超える数の傷をクリープ・ピラーへと刻んだ。
だが、それでも倒すには至らない。
「キィィイイィィ……!!」
甲高い声を上げてクリープ・ピラーは立ち上がりジンを振るい落とす。
四本の脚はふらふらと揺れ、目や体にはくっきりと傷跡が残っている。
しかしまだ立って怒り狂ったようにギチギチという音を上げていた。
「まだ来ないか……!」
その様子にジンは息を吐いて短剣を構える。
少し疲れが出てきていた。
『……いや、来たぞ!』
アルマが声を上げると同時、クリープ・ピラーの本体に異変が訪れた。
八つの目の下に真っ直ぐな線が走り……そしてバカッと毛玉が開いた。
その中身はピンク色で外側に白い牙が並んでいる。
「キィイイィィ……アアアァァァァ……!!」
異様な見た目となったクリープ・ピラーはその口から緑色のガスを垂れ流し始める。
クリープ・ピラーはHPが大幅に減るとその口を開く。
そして毒や麻痺、混乱といった状態異常を起こすガスを吐くのだ。
ガスは足元にたまり近接戦を主体とするプレイヤーには本体を狙うことが難しくなる。
だが、そのガスが吐かれるより早くジンは本体へと接近していた。
「それをぉ!! 待ってたんだよォォォ!!」
ジンはクリープ・ピラーの口内が弱点であると事前にアルマから聞いていた。
そしてガスが吐かれる前に倒した方がいいことも。
ジンは既にアイテム欄にあった《爆弾》十数個を全て取り出している。
「くぅらぇぇぇぇ!!!」
ジンはそれらを全て、全力で、クリープ・ピラーの口内へと投げ込んだ。
クリープ・ピラーは《爆弾》を飲み込み——そして、体内で全ての《爆弾》が連鎖的に爆発を起こした。
ズッドオォォンと凄まじい音が平原に響き渡り。
「キイィィ……」
その爆音とは対照的にか細い断末魔を上げて、クリープ・ピラーはその体を光の塵へと変えていった。