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四十五話 《守護者》

 クリープ・ピラーがNPCたち目掛けて突き進んでくる。

 その動きは今までのように獲物を叩き潰すついでのような移動ではない。

 脚を長く前に伸ばした、進むことを目的とした歩行だ。


 一歩と一歩の間に、馬車が数台も並ぶような距離を詰めてくる。


 NPCたちもそれに気づいたのか逃げる速度を速めた。

 仕方のない事だがそれは悪手だ。

 クリープ・ピラーの脚が僅かに速度を増した。


「っ——!」


 ジンは冷汗が噴き出るような気分になる。

 クリープ・ピラーが目指すNPCたちの中には、ユノとアニカもいる。

 今すぐに止めなければ全員が蹴散らされ、踏みつぶされるだろう。

 しかしジンはあれを止める手段など思いつかない。


『奴を止める』


 焦燥に駆られるジンへ、鎧のプレイヤーが端的に告げた。


「え⁉ で、できるんですか!」

『NPCたちの足をまず止めさせれば追跡は緩む。その時に〈ターゲット・ムーブ〉でこちらに注目させる。だがそれだけでは不十分だ、そちらがどうにか奴の気を引いてくれ』

「お、俺が⁉」

『他に人はいない。奴の弱点はあの毛玉部分だ。苦手なものは炎と強烈な衝撃。ただ普通に攻撃してくれるだけでもいい』

「そんなこと言われても⁉ ——あ、いや、炎と衝撃なら……?」

『行くぞ!』


 鎧のプレイヤーは走りながらすうと息を吸い込み、NPCたちへ向けてスキルを発動させる。


『〈圧哮〉――止まれぇッッ!!!』


 スキルの発動と共に鎧のプレイヤーは咆哮を上げた。

 ジンも脚を止めてしまいそうになるような、圧倒される叫び。

 それは未だ離れた場所にいるNPCたち、そしてプレイヤーの動きすらも停止させた。

 その瞬間、突き進んできていたクリープ・ピラーの勢いが緩む。


『おおぉぉ!!』


 鎧のプレイヤーはその隙にクリープ・ピラーの横合いへと接近し、大盾を構えた。


『〈ターゲット・ムーブ〉!』


 盾から生じた衝撃がクリープ・ピラーへと叩き込まれる。

 するとクリープ・ピラーの目がぐるりと横にいる鎧のプレイヤーへ向いた。

 しかしその脚はまだNPC達の方へ向いている。

 鎧のプレイヤーを潰すか、逃げようとしたNPCたちを潰すか迷っているようだった。


『今だ! 攻撃を!』

「お、おおぉりゃああぁぁ!!」


 鎧のプレイヤーに言われると同時、ジンは手に持つそれ(・・)を思い切り投げた。

 黒く輝く球体だ。危険であると示すように表面へ赤い×が描かれ、一部から太めの糸が飛び出している。

 それは、ユノから貰った《爆弾》だった。

 《爆弾》はクリープ・ピラーの本体、毛玉部分へと放物線を描いて直撃し。


 ――ドッゴオォォン、と。


 平原中に響きそうな爆音とクリープ・ピラーの本体を覆う程の爆炎を起こした。


「うおおぉぉ⁉」

『これは……!』


 投げたジンもひっくり返りそうになり、鎧のプレイヤーは驚いた様にその光景を見上げていた。

 そして当のクリープ・ピラーもまた動揺しているようだ。


『ギチチチチチチチチ』


 ドン、ドンと地面を踏み鳴らしながら炎から逃げるように体を振っている。

 これで倒れてくれたら、などと願望を込めてジンはその様子を見ていた。

 だが鎧のプレイヤーは様子など見ずNPCに向かってスキルを使わず叫ぶ。


『奴は逃げると追ってくる! すまないがそこで止まっていてほしい!』


 そしてジンへと顔を向け丘の方を指さした。


『荷馬車から離れるぞ。奴のターゲットは私達に移っただろう』

「は、はい」


 走り出す鎧のプレイヤーにジンはついていく。


『まさか《爆弾》を持っているとはな。それに普通より規模が大きい』

「まあ偶然というかなんというか……ちなみに、あれはダメージあったんでしょうか」

『ダメージ自体はあるだろうな。だが、見ろ』


 鎧のプレイヤーがちらりと後ろを振り返る。

 視線の先では、炎を払ったクリープ・ピラーがジンたちの方に向きを変えている。しっかり獲物として認定されたようだ。

 その体に目立つ傷はない。


『あれを数十個用意しても、恐らく体力の半分を削れるかどうかだろうな』

「流石にそんなにはないですね」


 やがてクリープ・ピラーの足音が後ろから響き始める。

 それと同時に鎧のプレイヤーは足を止め振り返った。

 そこは丘と荷馬車の中間辺りだ。


『これ以上は逃げられん。迎え撃つしかないな』


 鎧のプレイヤーは大盾ではなく、片手に持てる大きさの盾を取り出した。

 さらに柄が一メートルもある、先の膨らんだ鈍器を右手に持つ。

 それはメイスと呼ばれる武器だ。

 装備を変える鎧のプレイヤーの横で、ジンもまた《ピニオン・クロウ》を構える。


『来るぞ!』


 その声と同時に、二人の頭上から脚が降ってきた。


「うおっ、と!」


 ジンは右へと跳んでそれを避けた。

 ズドン! と激しい音を立てて衝突し辺りの地面が揺れる。


「この揺れが面倒……っ⁉」


 悪態をつきながら脚を睨んだジンは目を見開く。

 着地したばかりの脚の横で鎧のプレイヤーがメイスを振りかぶっていたのだ。


『オォッ!!』


 揺れをものともせず鎧のプレイヤーは脚へとメイスを叩きつけた。

 ゴォン! と鈍い音が響きつるりとした脚が僅かにへこんだ。

 さらにもう一度、二度と同じような威力でメイスがぶち当てられる。

 しかしそれをものともしていないように、クリープ・ピラーはゆっくりと脚を持ち上げた。


 脚が掲げられる隙に鎧のプレイヤーはジンの方へ叫んでくる。


『君も攻撃をしてほしいんだが!』

「あ、ああ、すみません!」


 ジンが謝る間に再び脚が降ってくる。

 次に狙われたのは鎧のプレイヤーのみだ。

 ジンはそこからの動きをじっと観察する。


 鎧のプレイヤーは、降ってくる脚に対して軽く二歩ほど後ろに下がった。

 脚は鎧のプレイヤー少し前に叩きつけられる。

 その時には鎧のプレイヤーがメイスを振りかぶっていて、着地した直後の脚をさっきと同じように殴打した。


「よくあんな近くで避けられるな……!」


 着地した脚へと走りながらジンは驚きをこめて呟いた。

 先ほどもそうだ。鎧のプレイヤーは最小限の動きで脚を躱して反撃に移っていた。

 ジンにはできない動きを恐ろしく簡単に行っている。


 さっきはその動作につい見入ってしまい動くのが遅れたのだ。

 だが今回は脚が持ちあげられるまでに攻撃が間に合った。


「ふんっ!」


 渾身の力を籠めてジンは短剣を横に薙ぐ。

 するとゴギン、という音と共に短剣が弾かれた。


「硬っ!!?」


 じーん、と痺れるような衝撃が手に走っている。

 ジンはバッと鎧のプレイヤーへ顔を向ける。


「あのめっちゃ硬いんですけどダメージ通ってますかこれ⁉」

『君のSTRはいくつだ!』

「10です!」

『…………』


 鎧のプレイヤーから困ったような雰囲気が伝わってきた。

 その間に脚が再び持ち上げられていく。

 鎧のプレイヤーは上を見上げ次の攻撃を警戒しながら叫ぶ。


『装備の攻撃力は!』

「よ、45です!」

『攻撃系のスキルは⁉』

「ありません!」


 ジンの答えに鎧のプレイヤーは盾で顔を覆う。

 その時再び脚が降ってくるが、今度はそれを大きく避けて鎧のプレイヤーはジンの下まで走ってきた。


『一度攻撃を中断する』

「は、はい」


 どこか困ったような雰囲気の鎧のプレイヤーにジンは戸惑いつつ頷く。


『今からはなるべく躱すことに集中しよう。そして君のスキルやジョブを教えて欲しい』

「じょ、ジョブですか」

『手札を晒したくないというのはわかる。だからまずは私のジョブを開示しよう』


 鎧のプレイヤーは胸に手を当てる。


『私は守りに特化した高位ジョブ、《守護者》に就いている。それともう一つが基礎ジョブの《盾士》だ。……君も私も、NPCを守りたいという気持ちは同じだと思っている。ジョブやスキルの情報は、奴を倒すために必要なんだ』


 真摯な態度にジンはそっと目を背ける。

 ジンが躊躇ったのは単に《金の亡者》ですと名乗りたくないからだった。

 が、それはそれとして鎧のプレイヤーの言葉にジンは期待の目を向ける。


「あれ倒せるんですか⁉」

『……かなり困難だがな。来るぞ!』


 ジンたちはクリープ・ピラーに注目する。

 クリープ・ピラーは四度、同じ脚を掲げ……だが今度は振り下ろしてはこなかった。

 その長い足を高所でぶらぶらと揺らしている。

 そして他の脚は地面に食い込むほど踏ん張っていた。


『っ〈シールド・パリィ〉!!』


 その言葉と同時。

 揺れていた足が鞭のようにしなり――左から右へと平原を薙ぎ払った。

 ジンは咄嗟に反応できず、ゴッと大木のような脚が迫ってくるのが見開いた目に映る。


 だがその視界に鎧のプレイヤーが割って入ってくる。

 鎧のプレイヤーはいつの間にか盾を大盾に持ち替えていた。

 そして脚が大盾に当たった瞬間、それを上方向へ僅かに弾く。

 脚は軌道を変えてジンの頭の上を過ぎて行った。


 脚が通り過ぎた後にぶあっと強烈な風が顔を叩く。


「う、おぉ……! 死んだかと思った……!」


 ジンは一連の攻防が終わった後でようやく声を漏らした。

 ドッドッと自分の心臓の鼓動が大きく聞こえる。

 

『危なかったな。無事か?』

「は、はい。ありがとうございます」

『あの攻撃の前に奴は他の脚を踏ん張っている。それを見たら地面へ横ばいになるといい。それで避けられる』


 鎧のプレイヤーは慣れたように助言をしてくれる。

 そしてすぐさま大盾を仕舞い、メニューを操作して小さいものに変えた。

 攻撃を行わないからかメイスは持っていない。


『それで、あれが倒せるかという話だったな』

「え、あ、はい」


 鎧のプレイヤーの切り替えにジンはついていけなくなってきた。

 ジンたちは振るわれる脚を避けながら会話をする。


『奴を倒す難易度はそれほど高くない。隠蔽性能やSTRに優れる反面、HPは見かけより少なくENDも低い。私も仲間と共に倒したことはある……が、奴はそれでも山脈のモンスターだ』


 鎧のプレイヤーは厳しい口調になる。


『HPやENDが低いとはいっても、それは高位ジョブをカンストさせたようなプレイヤーにとっての話だ。ここにいるプレイヤーだと厳しいだろう』

「あなたでも……?」

『私は攻撃自体は通せるが、攻撃に集中すると奴の気を引けない。もしNPCたちに向かわれたら終わりだ。そして短時間で倒せるような攻撃スキルは持っていない。だからそれを君に期待していたんだが』

「うぅっ、すみません……!」

『いや責めてはいない。予想外だっただけだ。短剣で【古狼草原】のモンスターを倒していたから、何か攻撃スキルを持っているのだと思っていた』


 鎧のプレイヤーが言うには短剣は攻撃力が低いらしい。

 代わりにクリティカルが発生しやすく、防御を貫通するスキルを覚えやすいという。


『少しでもダメージを与えられたら奴の気を引ける。……それでも、数十分かけて削り切ることが前提だったがな』

「そ、れは。どっちにしろあっちが持たないんじゃ……!」


 ジンは丘の方を見る。

 そこではまだプレイヤーたちがモンスターの群れを食い止めていた。

 だがさっきまででもかなりガタが来ていたのだ。いつまで持つか。

 ジンは焦燥に駆られる。


「あの、俺ステータス増加するスキルは持ってます! それでどうにか……!」

『多少の増加ではどうにもならないぞ。奴を短時間で倒すなら攻撃力が150は欲しい。あるいは君の《爆弾》のようなアイテムが大量にな。

 そしてそんなプレイヤーがいても回復手段がない。攻撃に専念するならダメージを受けるし、私が攻撃を引き付けても私自身無傷ではさばけない。だが《ポーション》類など大して持ってきていない。

 そして最後に、あれだ。』


 鎧のプレイヤーは西側へ顔を向ける。

 そちらは相変わらずモンスターが溢れている。丘から荷馬車までの平原を埋め尽くしてうじゃうじゃと。

 その光景にジンは違和感を覚える。


「あれ、なんか……モンスターが増えてる?」

『そうだ。西側からプレイヤーがいなくなったことで、そちらが穴だと認識したんだろう。そのせいで西側へとモンスターが流れて行っているんだ。

 そのおかげで中央と東は持ちこたえられているようだが……あれでは荷馬車の囮もそう持つまい。そのうちNPCたちの下までモンスターが来てしまう……!』


 鎧のプレイヤーが少しずつ口調に焦りを滲ませていく。

 ベテランらしき鎧のプレイヤーでもこの状況を打破する策は無いのだろう。


 が、それに反してジンの頭は冷静になっていた。


「攻撃力150以上……アイテム……回復手段……」


 頭の中で自身の持つスキルやアイテムを鎧のプレイヤーが言った条件に当てはめていく。

 そして今、それらが最も効果を発揮する戦場もまた、ある。


「いける!! いけるぞ!! 鎧の人!!」


 ジンは唐突に叫び鎧のプレイヤーを呼ぶ。


『ど、どうした?』


 驚いたような鎧のプレイヤーに対し、ジンは西側をびしっと指す。


「こいつ連れてあっちに突っ込みましょう!」

『何⁉』


 鎧のプレイヤーが驚愕の声を上げる。

 西側はもうプレイヤーがおらずモンスターが氾濫している状態だ。

 そこに突っ込むなど難易度を高くさせるだけにしか思えない。


『正気か⁉ まさかこいつにあのモンスター達を倒させようというのか⁉ だがモンスターはこいつを相手にせず荷馬車を襲えばいい話で——』

「いや違います!」


鎧のプレイヤーの推測をジンはばっさり切り捨てた。


「誰があいつに倒させますか! そしたら手に入る金が少なくなるでしょうが!!」

『ん……うん?』


 よくわからない言葉に鎧のプレイヤーは首を傾げた。



「今から話します! 俺のジョブ——《金の亡者》と、そのスキルを!!」


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