四十四話 その習性
【交易路の整備】、そのクエストの失敗と、新たな護衛クエストの発生。
それらを伝えるためにジンは一番の激戦区となっている西側へと向かった。
『護衛クエストの作戦概要』
・クエストの目的:NPCを護衛し街まで無事に返す。
・西側の生き残ったプレイヤーに対し、NPCを護衛するクエストが出たと伝える。
・NPCたちの下にある程度の戦力が揃い次第、街への帰還を始める。
西側以外のプレイヤーはNPCが帰還する間引き続きモンスターを足止めする。
クリープ・ピラーの暴れる平原は大混乱に陥っていた。
止める者のいなくなったモンスターの群れは平原を駆け、荷馬車へと一直線に向かっている。
プレイヤーたちはその群れに呑まれてしまっている。一人一人がどうにかモンスターを止めようとしたり、逃げ回っていたりとバラバラだ。
そんな人とモンスターの混ざりあった中にまたがるクリープ・ピラーが、両者を区別なく踏みつぶしている。
そんな阿鼻叫喚の様子の中にジンもまた突っ込んでいた。
『ギチチチチ』
「うおおぉぉぉ⁉」
走っていたジンのすぐ横に極太の脚がズゥンと落ちた。
そこにいたキモドキを押しつぶして脚は地面にめり込んだ。風圧と衝撃がジンの体に叩きつけられる。危うく転びそうになった。
「あっっぶねぇ……!!」
脚が着地したのはジンからほんの一歩横だ。
あと少し横に居たら自分の体が潰されていたかもしれない。
ジンは冷汗を流し、だが人の姿を見つけてすぐにそちらへと走り寄る。
「おーいそこの人!」
「ん⁉ あっ、どうも!」
それは鎧を着たごつい男のプレイヤーだった。
ジンより頭一つ背が高く、顔も厳つく掘りが深い。だがそんなアバターに似合わず腰は低いようだ。
「まだ生き残ってる人がいたんですね! よかった……! 僕もう一人なのかと」
「まだ十数人は生き残ってましたよ。てかすみません! ちょっと急いでるんですぐ用事だけ言いますね!」
「あっ、はい!」
モンスターの群れと降ってくる足を気にしながらジンは早口で語る。
「まず交易路の整備のクエストは失敗になりました! で、次にNPCから護衛してほしいってクエストが出されてます! それに参加する場合は今すぐここから逃げて、馬車の列の真ん中にいるNPCのところまで向かってください! オッケー⁉」
「お、オッケー! あ、でもAGIが低くて! ちょっと逃げるのは難しいかも!」
「じゃあこれを!」
ジンはプレイヤーに黄色い液体の入った小瓶を渡す。
「《スピード・ブースト》っていうアイテムです! 飲んだらAGIが20ぐらい上がります!」
「え⁉ いいんですか⁉」
「俺まだまだ持ってるんで! とりあえず荷馬車の方に戻ってください! あともし誰か出会ったらクエストの事伝えてください!」
「わ、わかりました!」
やり取りを終えてジンはすぐにまた駆け出す。
「それにしても、ほんと一直線に荷馬車へ向かっていくな。」
それは辺りのモンスターを見ての感想だった。
モンスターたちはこちらから手を出さない限りジンに目も向けない。
そして進行方向は全員同じ。
荷馬車の方へと向かっているのだ。
「普通は荷馬車が壊れたらクエスト失敗なんだろうな。けど今はどっちみち失敗だから関係ないのか。これならNPCが逃げた後、プレイヤーも撤退しやすいな」
ジンはモンスターの群れを抜けようとして。
——その瞬間ふ、と頭の上に影が差した。
ぞっと背筋に寒気が走りジンは地面を思い切り蹴って横へ飛んだ。
ふわっと体が宙に浮き。
直後、ジンの背後へクリープ・ピラーの脚が落ちた。
ズドォン!!
地面を砕くような轟音が響く。さきほどよりも遥かに強烈な衝撃が地を揺らし、ぶあっと土煙が上がった。
ジンは風に煽られてごろごろと平原を転がる。
「……!」
勢いが弱まった所でジンは無理やり体を起こした。
そしてバッとクリープ・ピラーへ振り返る
脚ではなく、その毛玉のような本体へ。
クリープ・ピラーの八つの目がジンの方を向いていた。
その目に感情は見て取れない。
だがまるで獲物を見定めるようにジンを見ている。
ジンはその視線に硬直する。
まさかいきなり襲ってくるのでは、と冷汗が流れた。
しかし睨みあうような時間は一瞬だけで。
クリープ・ピラーはすぐ別のモンスターへ向けて動かし始めた。
「……な、なんだったんだ……」
ジンは突然の出来事に困惑した声を漏らす。
しかしそんな場合ではないとすぐに気を取り直し、他の場所へもクエストを伝えに行った。
それから数分経って。
おおよそのプレイヤーにクエストのことが行き渡っただろうとジンは判断する。
同時に西側へ目を向けた。
「そろそろヤバくなってきたか……」
遠くにあったクリープ・ピラーの姿がかなり近くなっている。
途中で足の速いプレイヤーに手伝ってもらったことでかなり時間は短縮できた。だが長大な脚を持つクリープ・ピラーの移動速度も相当なものだ。
ジンは次に荷馬車の方を確認する。
「もう少しでNPCの人たちも逃げ始めるか」
荷馬車の周りには数十人のNPCが集まっている。
その周りを護衛役の冒険者が囲んでいた。
もう準備はできているようだ。なんならもうすぐに出発するだろう。
ジンがそう考えていた時。
『不味い』
近くからくぐもった声が響いた。
「え?」
ジンが振り返ると、モンスターを押しとどめている内の一人がジンの方を向いていた。
大盾を持ち全身に鎧を纏うプレイヤーだ。
それはユノが助けを求めた時、最初に動き出してくれた人物だった。
『〈シールド・バッシュ〉』
鎧のプレイヤーは唐突にスキルを宣言した。
その瞬間、鎧のプレイヤーが大盾を押し込み、周囲のモンスターをズドンという音と共に吹き飛ばす。
それを為した鎧のプレイヤーはすぐさま大盾を仕舞い、荷馬車に向けて走り出した。
「ちょっ、あの⁉」
ジンは慌ててその後を追う。
「ちょっと待ってください! 盾役の人がいなくなるとあそこからモンスターが出てきて……!」
『だから一度吹き飛ばした。その間に誰かが穴を埋めるだろう。それよりも』
鎧のプレイヤーは走りながらジンを振り返る。
『この作戦は失敗する』
「な……っ⁉」
唐突な発言にジンが言葉を失う。
『あのモンスターを私は知っている。あれは山脈に出るものだ』
「さ、山脈? ネクスタルの北にあるやつ、ですか?」
『そこには恐ろしく強いモンスターが山ほど出る。その内の一体がクリープ・ピラーだ。奴の特徴の一つにこの状況では最悪なものがある』
「最悪って⁉」
『その執念深さだ』
鎧のプレイヤーは最後だけ声を強くした。
『山脈の険しい道を越えようとする中、奴は唐突に現れる。そして思わず逃げようとすると恐ろしい程攻撃性を増してどこまでも執念深く追ってくる。山を下りてもまだ追ってきたこともある。逃げては駄目なんだ』
「——!」
ジンは息をのみ、荷馬車へ目を向ける。
その視線の先ではNPCと護衛のプレイヤーたちが動き出していた。
元来た道を帰ろうと、逃げ始めている。
その時ドォン、ドォン、と轟音が伝わってきた。
鎧のプレイヤーとジンは同時に音の方を見る。
見た方角は西側だ。
そちらからクリープ・ピラーが迫ってきている。
近くのモンスターもプレイヤーも視界に入らないかのように。
獲物をけして逃がさないというように。
その無機質な八つの目が、逃げるNPCたちに向けられていた。
遅くなりました