四十二話 激戦 そして最悪の幕開け
「絶対に通さねぇぞ……!」
ジンは短剣を構える。
その短剣は全体が白かった。
刃は白銀で、細く長く、僅かに湾曲している。それは爪のようにも見えた。
柄には白い布が巻かれ、そして骨を削ったような柄頭には羽の意匠が彫られている。
ジンはモンスターを迎え撃つために走り出す。
すると短剣はヒィィと風を切るような音を立て始めた。
「ウオォーーーン!!」
飛び出してきたのは見慣れたグラスラン・ウルフたちだ。
数はほんの三体。
右、真ん中、左から一体ずつ来ている。一体ごとの距離が離れている上に、グラスラン・ウルフの足は速い。
迎え撃てるのはジン目掛けて走ってくる右の一体だけだろう。
それが、これまでのジンだったなら。
グラスラン・ウルフとの距離はあと十歩程度。
ジンはぐっと踏み込み——次の瞬間にはグラスラン・ウルフの目の前にいた。
「……ッガ⁉」
そして通り過ぎ様逆手に持った短剣を振るう。
白銀の刃はグラスラン・ウルフの首を下から上へ、斜めに掻き切った。
そうして断末魔すら上げず一体目のグラスラン・ウルフが塵となる。
「次!」
ジンは真ん中のグラスラン・ウルフへと方向を変え走る。
その速さは凄まじく、駆けるグラスラン・ウルフにほんの二歩か三歩で追いついた。
ジンは短剣を順手に持ち替える。
そしてグラスラン・ウルフの横合いから隙だらけの首に短剣を突きこんだ。
「グゥ……ッ!」
クリティカルが入り、やはり一撃でグラスラン・ウルフは倒れる。
「次!」
その屍を飛び越えてジンは次の標的へと向かった。
この時点で、グラスラン・ウルフたちはモンスターの群れから荷馬車までの距離の半分も行けていない。
圧倒的な速度でジンは次のグラスラン・ウルフへも接近する。
しかしグラスラン・ウルフもジンの存在に気づく。
急にその向きを変えてジンの方へと駆けてくる。
距離は急速に縮まりお互いの間合いに入った。
「ガァァッ!!」
グラスラン・ウルフが牙を剥いて腕目掛けて噛みついてくる。
流石に真正面からでは首を狙えない。
一度攻撃を受けるか避けるかして横から狙うのがいいだろう。
「……!」
しかしジンは受けも避けもしない。
今のジンにはグラスラン・ウルフの攻撃が緩やかに見えた。
だから、グラスラン・ウルフが噛みつこうと開けた口に。
その口が閉じられるより速く、脳天を貫くように短剣を突きこんだ。
「ガ……ッ!」
お互いの速度がぶつかるように放たれた一撃はグラスラン・ウルフを容易に仕留めたのだった。
塵となるグラスラン・ウルフを見て、ジンは短剣を掲げ慄いたように息を吐きだす。
「いやすっげえな、この短剣……《ピニオン・クロウ》」
・《ピニオン・クロウ》
:特殊な合金で作られた短剣。
白銀の刃は風を切り、振るうものに速さを与える。
刃を振るう手が速ければその刃は鋭さを増す。
名工の作。
;抜剣時AGI +50
:攻撃力 +15
+30(AGI×50%)/上限50
「グラスラン・ウルフ相手に走って追い付けたし、急所も普通に狙えたし」
AGIが高くなると主観的には相手の動きが遅くなる。
〈亡者の激怒〉を発動した時にも経験したことだった。
「今ステータスどうなってんだ?」
ジンは《ピニオン・クロウ》を持ったままステータスを見る。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv13
▽ステータス
HP:1080/1080
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:108
AGI:10(+50)
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
:〈亡者の激怒〉Lv6
:〈ライフ・イズ・マネー〉Lv6
:〈血の涙〉Lv4
:〈亡者の執念〉Lv1(Max)
『所持金 100000ギル』
■ ■ ■
「ちゃんとAGIに50プラスされてる、すげぇ。ていうかグラスラン・ウルフのアイテムまだ砕けてないな」
倒した数は三体だ。
いつもなら〈亡者の換金〉でドロップアイテムがギルへと変換されている。
しかし未だその兆候が無いのは討伐の速度があまりに速かったということだろう。
「今10万しかないからもっと稼ぎたい……〈亡者の激怒〉発動する意味がないんだよな」
所持金を見てジンは眉尻を下げる。
26万以上あったジンの所持金は現在10万にまで減っている。
しかしこれは失ったのではない。
ユノにお金を預けることで全額ロストのリスクを減らすという案。
それを実行したが故の金額だった。
「ユノに全額預けてレベルは1になった。でもその後に返して貰えばちゃんとレベルは上がった。それを確かめられたのはいいけど」
ジンはモンスターの群れに目をやる。
「こんなことになるなら全額持ってきときゃよかった! 〈亡者の激怒〉の効果が上がったのに!」
ユノに預けたお金は今工房の金庫にあるらしい。なのでジンが死んでも金は失われないだろう。
しかしジンにとっては金と比べてもユノの方が遥かに大事だった。
「クオォォ!」
「ってんん⁉」
モンスターの群れから鳴き声が響いてきた。
その直後、群れからは新たに鹿や猪といった数体のモンスターが飛び出してくる。
「ああまたか! しかも今度は一か所に固まってやがる!」
さっきのグラスラン・ウルフは一体一体が別の場所から抜けてきた。
しかし今度のモンスターたちは固まって一か所から出てきたようだ。
「さっきみたいに隙を突いて急所を、っていうのは無理か……⁉」
《ピニオン・クロウ》の攻撃力は50近い。
しかし【古狼草原】のモンスター相手ではそれでも一撃で倒すとはいかない。
グラスラン・ウルフ相手には急所を突いただけだ。
「俺の方に来るならともかく、荷馬車に向かわれたら……!」
とにかく一匹でも数を減らすか。
そうジンが再び駆け出そうとした時。
そのモンスターたち目掛けて数本の矢が飛来した。
「クオォーン⁉」
風が巻くようなエフェクトを纏った矢は、勢いよくモンスターたちに突き刺り、その足を止めた。
そして次の瞬間にジンの頭を飛び越えて何かが飛んでいく。
それはサッカーボールほどの火球やギロチンのような形の風の刃だ。
それらはモンスターに命中すると爆発するように炎を噴き上げた。
モンスターたちは相当なダメージを受けたようだ。
半分ほどが倒れて、残り半分もかなりのダメージを負っているように見える。
「これは、遠距離の人らか!」
ジンは背後を振り返った。
遠くにある荷馬車、その前で弓や杖を構えるプレイヤーたちが手を振っている。
近接系のプレイヤーは前に突っ込んだが、遠距離武器や魔術を使うプレイヤーは荷馬車を守るために待機していたらしい。
彼らは大声で叫んでくる。
「おーいそこの短剣の人! 固まってるのは俺らがやるよ! ただバラけてる方は狙いづらいから頼んだ!」
ジンはそれに手を振って叫び返す。
「了解でーす! 絶対何も通しません!」
「はは、頼もしいな! 言ったからには絶対通すなよ!」
「そっちこそ誤射しないでくださいよ!」
「……」
「あれ⁉ 返事がない⁉」
ジンは背後に少々怯えながら次のモンスターへ駆け出した。
十分もの間、プレイヤーたちは奮闘した。
まさに戦場といった様相のぶつかり合いを、プレイヤー同士で協力してどうにか成立させていた。
最前線では盾役が前に出てモンスターを引きつけ。
盾役の後ろから近接系のプレイヤーが隙のできたモンスターを攻撃し。
そしてヒーラーが彼らのダメージを回復する。
抜けて来たものは後方で相手をした。
攻撃力は低いが素早いプレイヤーが相手をして脚を止め。
その間に遠距離攻撃のプレイヤーが潰す。
ジンのような素早くかつ攻撃力もある者は例外的に一人で潰していたが。
しかしそれも限界が近い。
「くっそ……まだ出てくんのかよ⁉」
平原を駆け回り続けていたジンが声を上げる。
その目は丘の方に向けられている。
モンスターたちは丘の向こうから未だわらわらと現れ続けていた。
「もう俺だけで三十体は倒してるぞ!!」
他の場所でも仕留められていることを考えると、モンスターたちはそれなりの数を減らしているはずだ。
だというのにまだ丘の向こうから新手が湧きだし続けている。
「金稼げるのが嬉しいとか言ってらんねぇ……!」
現在ジンの周りにはじゃらじゃらとギルが飛び回っている。
モンスターのドロップアイテムが勝手に砕けて回収されている状態だ。
最初は隠れてそれを喜んでいたジンだが、今では危機感の方が勝っている。
なにせさっきから遠距離攻撃の数が少なくなってきているのだ。
ジンは荷馬車の方を向いて叫ぶ。
「そっちは大丈夫ですか⁉」
「無理! そろそろ矢が尽きそう!」
「MPも無くなってきたー!」
「マジかぁ!!」
遠距離からの攻撃手段が無くなってしまうと抜けて来たモンスターが倒しにくくなる。
さらには前衛も疲弊していた。
「誰かー! HP回復してぇー!」
「もう薬ないよ⁉」
「〈ヒール〉は⁉」
「《神官》がさっき別の所に行った!」
「嫌ぁぁー⁉」
前線で嘆いている盾役に、ジンはアイテムから小瓶を取り出し投げつける。
盾役の体に当たった小瓶が割れて、中の液体が降りかけられる。
「ん⁉ なんだこれ!」
「《ハイ・ポーション》です!」
「マジ⁉ うおぉ一気にHP回復! ありがとぉー!」
回復薬も回復職も足りなくなっていた。
大量に《ポーション》類を持ってきていたジンが回復まで担当しているほどだ。
「あー仕事が多い! あぁそこの猪! 抜け出してんじゃねー!」
ジンは嘆きながら再びモンスターへと駆け出す。
追い詰められている彼らだが、即興の連携としてはかなりの上手さと言えるだろう。
この連携の要はタンクとも呼ばれる盾役たちだ。
その数は多く、一つの荷馬車に二人以上、多ければ四人もいたらしい。
二百人のうち四分の一近くが盾役だったのだ。
盾役はAGIが低いものが多い。
ゆっくりと移動する護衛という観点から参加しやすかったのだろう。
群れの右から左まで、盾を構えるか、重そうな鎧を着た者たちが並ぶ。
そうしてモンスターの群れは押し留められている。
だからこそ、盾役が倒れれば戦況は一気に悪くなる。
——それは戦場の左端で起こった。
「うあ、っと⁉」
ある盾役の青年にグラスラン・ウルフの爪が直撃した。
「や、やば⁉」
青年は冷汗をかいて立ち上がろうとする。
だが青年は直前にターゲットを自身へ集中させるスキルを使っていた。
それにより数体のモンスターの攻撃は一気に向かってくる。
「ちょ、これ無理——」
「おい⁉ ひ、〈ヒール〉!」
近くにいた《神官》の仲間がHPを回復する魔術を唱える。
基礎ジョブの基本的なスキルだが、それでも立て直すぐらいの間は与えらえる。
はずだった。
だが青年の体は唐突に潰された。
「は?」
光の塵となっていく青年を見ながら《神官》は呆けたような声を上げる。
上から巨大な柱のようなものが降ってきたのだ。
《神官》は呆然と上を見上げ、そしてそれが柱ではないと気づいた。
それは脚だ。
巨大な何かの脚が青年を押しつぶしていた。
そして、それは次に《神官》へ目を向け——。
そこでプレイヤー側から盾役と回復役が一人ずついなくなり。
そしてモンスターの群れに強大な何かが追加された。