三十九話 一触即発
両隣を美少女に挟まれ、手に大量の爆弾を持たされたところで、美少女の知り合いに会った。
人生で初めての状況にジンは頭の中がぐちゃぐちゃに混乱していた。
そんなジンをおいてユノはリングにぺこりと頭を下げる。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。貴女はジンさんとよく一緒にいるNPCの方の……お名前はお伺いしていませんでしたね。私はリングといいますが、貴女は?」
「あ、ユノです」
「あたしはアニカだ」
「ユノさんと、アニカさん。お二人はお仲間なんです? ジンさん」
「あ、ああいや」
リングに声を掛けられたところでジンもようやく立ち直る。
貰った《爆弾》を慌てて全て仕舞いこみながらジンは答える。
「ユノは仲間だけど、アニカは雇用関係だよ」
「人手を増やすための作戦といったところですか」
「まあ、な。というかリングもこのクエスト受けてたんだな」
「一度は参加しますとも。面白そうですからね!」
相変わらずリングはゲームを楽しんでいるようだ。
そこでリングはあたりをきょろきょろと見回す。
「ところで雇っているのはお一人だけですか? 確か前ダンジョンに行った時300万ギルは稼いでいたはずですし、一週間だけならもう少し雇っていてもいいのでは」
「うっ!!」
リングの何気ない疑問がジンの胸を穿った!
落盤で250万以上の金額を一瞬で失った瞬間が脳裏によぎる。
喪失感でジンは胸を押さえてよろける。
「う、うぅぅ……失く、した」
「ふむ?」
「落盤に巻き込まれて、失くした、全部……」
「全部? あ! もしや《金の亡者》のデメリットですか! やっぱり全額ロストもあったんですね⁉ 300万を全て無くしたということですか⁉」
「うぐぅぅぅ!!」
好奇心からの質問がどんどんジンの心を追い詰めていく。
それを見かねたユノが割って入った。
「やめてください! ジンさんはお金のことになるとおかしくなるんです!」
「うぅ、ユノ。それフォローになってない気が……」
「確かに。〈亡者の激怒〉を覚えた時の激怒っぷりはすさまじかったですね」
「肯定するのやめて⁉」
「ああ、怒ると怖いよなジン。平原にほり投げられた時は殺されるかと思った」
「味方がいねぇ……!!」
ジンは嘆く。だが身から出た錆である。
「と、ところでリングはどういうことしてたんだ⁉」
その話を打ち切るようにジンは強引に話題を変えた。
これ以上追い詰められるとこの場から逃げ出してしまいそうだったのだ。
「私ですか? そうですね、色々やっていましたが……最近だとギガ・ボウという巨大な黒牛を倒しましたね」
「ギガ・ボウ……? あっ」
それはジンが洞窟から解放してしまったとてつもない威圧感のモンスターだった。
まさかあれが何か迷惑をかけたのかとジンは身を固くする。
「草原の向こう、山脈側からいきなり現れた時はびっくりしましたね。本来あんなところに出てくるはずはないんですが」
「そ、そっかぁ。でもほら、リングは最高位ジョブなんだから楽勝だったんじゃ」
「いえ。ギガ・ボウは本来第五か第六の街……高位ジョブを二つ持っているプレイヤーがパーティを組んで、対策をして倒すのが当然のモンスターです。私もクランメンバーと共に挑みましたが、少し間違っていれば誰かが死んでいたかもしれません」
「お、おん……」
話を逸らしたら逸らした話がブーメランのように曲がって後頭部へ直撃した。
ジンは今そんな気分を味わっている。
自分が解放したとバレたら流石のリングも怒るだろうか。
バレる前に再び話を逸らすか、正直に話して謝るか。ジンが悩み始めた時。
「あれ? あんたリングちゃんじゃねー?」
横合いから誰かがそう声を掛けてきた。
全員が声の方を振り向くと、そこには男のプレイヤーが立っていた。
青年はジンより頭半分背が高い。
黒いマントに覆われて装備は見えづらく、革靴を履いているのだけははっきりわかる。
少しぼさっとした黒髪が僅かに目を隠していて、その表情は浮かれたような笑顔だ。
「そうだろ? トッププレイヤー、《雷公》リング! マジか、こんな有名人と会えるなんてなぁ」
青年はへらへらと笑いながらずんずん近寄ってきた。
突然の乱入へリングは慣れたように対応する。
「ええ、私がリングです。そちらのお名前は?」
「ああ、俺はソールズってんだ。つーか近くで見るとほんとに可愛いなぁ」
「よく言われます」
無遠慮に男、ソールズはジンを押しのけるようにリングの前へと立った。そして顔を近づけじろじろとリングを眺めている。
「おいあんた、……?」
押し退けられたジンは無遠慮な態度にムッとして……そこで気づいた。
ソールズの容姿にジンは見覚えがある。
「あれ、酒場で会った……?」
思わずジンは呟いた。
そうだ。グレースの酒場から出てきてぶつかった男、ソールズはその男と全く同じ外見だ。
しかしこれほど近くに来るまで全く気付かなかった。
あの時の荒くれもののような、暴力的な雰囲気がソールズに全くなかったのだ。
目の前にいるのは無遠慮であってもチャラいだけの青年に見えた。
ソールズはジンが驚いている間にもリングと色々と話している。
「おれも色々仕事してたんだけどさぁ、いくらか失敗しちゃって。しかも人のせいでよ? やだよねー、足引っ張られるの」
「それもまたゲームですから」
「えーそう?」
ソールズの笑みに一瞬別の表情が混ざる。
「あ、そういやリングちゃんって今日はどう動くの? 先行してモンスター倒す感じ? それとも整地の護衛? おれおんなじとこに行きたいなぁ」
「当然先行です! 一番貢献度が稼げますからね!」
「勇ましいねぇ~。じゃあおれもそっちついてこうかな。あ、ていうかリングって呼び捨てにしても——」
「いえ、ソールズさんは私たちより後、整地の護衛に行った方がいいでしょうね」
「……えー、なんで? おれ結構強いんだけど」
すぱっと切り捨てるようにいうリングにソールズは不快そうな表情になる。
リングは自ら額がぶつかりそうな程にソールズへと歩み寄る。
「先に出てくるモンスターは、私が全て仕留めるからです。……ついてこれないでしょう?」
見せつけるようにリングは好戦的に微笑んだ。
その笑みを間近に受けてソールズは一瞬表情を無くし——だがすぐにへらへらした笑顔になった。
「めっちゃ距離近いじゃん、ちょっと。照れるわ~」
ひょいとソールズはリングから離れた。
「リングちゃんが言うなら、おれ後ろいた方がいいかもなぁ。あ、じゃあそっちの子は?」
ソールズはぱっとユノの方を向いた。
突然話を振られたユノはびくっと肩を跳ねさせる。
「わ、わたしですか?」
「そう、君。君も可愛いしさぁ」
「おいちょっとあんた」
ソールズに対してジンはユノを守るように前へ出た。
「あ? うるせぇな」
「うぉ⁉」
しかしソールズはジンを突き飛ばすように押し退ける。その力は相当なものでジンは軽く吹っ飛んだ。
「ジンさん⁉」
「あんな奴ほっといてさー……あん?」
ユノへと近寄ってきたソールズはその頭上を見て表情を一変させる。
へらへらしてはいるが笑っていた顔が見下すような嘲るようなものに。
「なんだ、NPCかよ。今回護衛する奴? まあいいや」
ソールズはいきなりユノに手を伸ばす。
その瞬間にユノの体が震え始めた。
表情は恐怖を覚えているかのように目を見開いている。
「だったら遠慮しなくていいよな。ハラスメントにもならねーし」
そのままソールズはユノの胸ぐらをつかんだ。
「うっ……⁉」
ユノは大きく震えて僅かに涙を浮かべて——その時。
ジンがいつの間にかソールズとユノの間に立っていた。
「——」
「……!」
無言でジンがソールズの腕目掛けて短剣を振るう。
それが命中する寸前、ソールズはユノの服を離して後ろへ飛んだ。
ひゅお、と短剣は空気を切り裂いただけで終わった。
距離を取ったソールズは苛立ったような顔で舌打ちをする。
「はぁ~? 武器はシャレになってないだろ」
「シャレになってないのはそっちだろが。っとぉ⁉」
言い返す間にユノが崩れ落ちそうになる。それをジンは慌てて支えた。
「だ、大丈夫かユノ⁉」
「……っ、は、ぁ、はい」
声を掛けるとユノは正気を取り戻したように返事をする。
震える手がジンの体を掴んできた。
片手でユノを支えながら、ジンはもう片方の手で短剣を構えソールズを睨む。
その短剣は《執着の短剣》とは違い、どこか鋭く冷たい印象がある。
柄には白い布が巻かれ、刃は白銀にきらめいている。そして構えた瞬間にひゅう、と風が吹くような音をさせていた。
睨みつけられたソールズはへらへらと見下すように笑っている。
「何? なんかキレてる?」
「人の仲間に手ぇ出すなよ」
「えー? ただのNPCじゃんか。あ、もしかしてあれ? NPCにかっこつけて俺つえー! とかハーレムー! とか狙ってる感じ?」
「……」
ジンは無言でソールズを睨む。
図星を突かれた羞恥と苛立ち、そしてユノを傷つけられた激怒。
それらが混ざり口を開くと声が裏返りそうだったのだ。
「うーんこれは!」
睨みあう二人の横から能天気にも思える声が上がった。
声の主は当然リングだ。
その姿は剣を抜いてバチッと体の周りに火花を散らしている。
「ジンさんに加勢した方がいい感じですか!」
戦闘準備は万全、という出で立ちにソールズは頬を引きつらせる。
「えぇ⁉ おれの味方してくんないのぉ⁉ そんなかっこつけたイタい奴の方が好きってこと?」
「友達ですから!」
ソールズの言葉を一顧だにせず笑顔でリングは剣を構える。
ソールズはジンとリングを交互に見た後、ぱっと両手を上にあげた。
「あーはいはい降参こうさーん。ちょーっとふざけただけだってぇ。っつーかもうそろそろ出発だし?」
ソールズは白けたように踵を返す。
「おれ友達と待ち合わせてっから。じゃ、ばいばーい」
そしてすたすたとその場を去っていった。
ジンたちから離れきったところで、ソールズは目にかかっていた前髪をかきあげる。
露になった黒い目は冷たく。
その雰囲気はへらへらとした青年のモノとはかけ離れていた。