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四話 裏通りからの脱出

 少女に手を引かれジンは路地を駆けていく。

 出現したクエストのウィンドウを確認する暇もなく、割れたガラス片を踏み越え、積まれた木箱につまづき、通りに出ては再び別の路地へと入って。


「はあ、はあ」

「な、なあ! あいつら追ってきてないみたいだし止まってもいいんじゃないか⁉」


 やがて広い通りに出た所で、少女がふらふらし始めたのを見たジンが声を上げる。

少女はゆっくり速度を落としてジンの腕を離した。


「はあっ、はあっ……」

「大丈夫?」

「は、い……」


 少女は膝に手をついて荒く息をしている。落ち着くまでにだいぶ時間がかかりそうだ。

 ジンはその間に周りを確認する。

 結構走ったように思えたが薄暗く怪しい雰囲気は変わっていない。建物は廃墟寸前だし、酒瓶らしきものを握ったままいびきをかく男が隅に転がっていた。

 視界の端にあるウィンドウを開く。


「【クエスト:裏通りからの脱出】。野良クエストか」


 『ランコス』内のクエストには大きく分けて二つ種類がある。


 一つはギルドから出されるもの。

 もう一つはフィールドで発生するものだ。


 野良クエストとも呼ばれるこれは、特定のアイテムを拾ったり、NPCから直接受けたり、ある場所に入ることで発生するらしい。

 ギルドのクエストと違いギルが手に入らないことも多いが、珍しいアイテムを手に入れたり副次的な効果が発生するとwikiには書いてあった。


「依頼者は……書かれてないか。NPCからの依頼だったら好感度上がったのに」


 その副次的な効果の一つがNPCからの好感度だ。

 NPCからクエストを受けて達成すると、そのNPCからの好感度が上がり仲間にできたりする。

 ただ今回はこの少女からのクエストというわけではなく自然発生的なもののようだ。


「まあ裏通りから逃げるってだけなら楽なもんか……」

「はぁ、はぁ……ふぅ」

「あ、落ち着いた?」

「は、はい」


 声を掛けると少女は額に浮く汗を拭い、頬にかかる髪を耳にかけながら返事をする。

 リアルな仕草の一つ一つにジンは胸が高鳴るのを感じた。

 直視できず目をそらすジンに対し少女は頭を下げてくる。


「た、助けてくれてありがとうございました」

「お、おお。いやそんな、こちらこそ。《煙幕》のおかげで逃げられたし。じゃなきゃ死んでたから」


 ジンのHPはもう1しか残っていない。本当にギリギリだった。

 だが少女は「いいえ!」と首を振ってジンの手を取ってきた。


「おぇ⁉」

「私あんなところに追い込まれて、本当に怖くて……助けなんか来ないと思ってたら、あなたが来てくれたんです」


 奇声を上げるジンに対し少女は涙をためて手を握りしめてくる。


「あなたのおかげで……そういえば、お名前は? あ、私はユノ。薬屋を営んでる《薬師》です」

「ユノ、か。俺はジン。職業は……《富豪》です」


 少女の名を頭に刻み、ジンも名前とジョブを名乗る。

 自分で《富豪》と名乗るのは変な気分だった。


「と、とりあえずここから逃げようか。またああいう奴らに絡まれるかもしれないし」


ジンがそう提案したその時、どこかの路地から声が聞こえてくる。


「……こっちはいねぇ!」

「あいつら、こけにしやがって……!」


 声は男たちのものだった。

 かなりの距離を走ったはずだがどうやら怒りのままに追ってきたらしい。ただ、まだジンたちがどこにいるのかはわかっていないようだった。


「やばい。とりあえず逃げよう!」

「は、はい!」


 この通りは広く逃げ道はいくつもある。ここから足取りを追うのは難しいだろう。

 ジンがそう考えた瞬間だった。


「なんだぁおめぇ! 女連れでこんなところによぉ!」


 端でいびきをかいていた酔っぱらいが起き上がりそう叫んだのだ。

 どうやらこの騒ぎで目を覚ましたらしい。


「女連れだと⁉」

「あ! おい、こっちにいたぞ!」


 酔っぱらいの声に反応した男たちがすぐに通りへ顔を出してきた。


「ふざけんなよ⁉」

「は、早く逃げましょう!」


 ジンとユノは近くの路地へと飛び込んだ。



■  ■  ■



 裏通りは恐ろしく入り組んでいた。


「あそこ右に曲がろう!」

「……行き止まりですね」

「マジですみません‼」

「へへへバカが、捕まえ——」

「〈煙幕〉っ」

「げほごほ⁉」

「ありがとぉぉ! 今のうちに脱出ぅ!」



「分かれ道はちゃんと先を確認して……よし今度は行き止まりじゃない!」

「ぐるるるるっ!」

「ぎゃー野良犬⁉ 逃げっ、られない! 体動かん!」

「〈睡眠薬〉っ」

「ぐ、……」

「またもありがとぉう! ていうかそんなアイテムも持ってたんだ⁉」

「その、用心のために。それなりに」

「うわ服の下にたくさん……あれ、俺の助けって必要だったか……?」



「おら挟み撃ちだぁ!」

「〈煙幕〉&〈睡眠薬〉!」

「げほげほっ!」

「ぐー……」

「あいつら学習しないな……あれ? あの〈煙幕〉煙多くない?」

「わかりますか⁉」

「え、はい」

「そうなんです、普通は〈煙乾草〉と〈広石の欠片〉を使って作るんですがあれはさらに〈夕刈り茸〉から抽出した——」

「……あ、これあれだ。昔友達がアニメの好きなシーン早口で語ってたやつ」



「はっ、はあっ、ぜぇっ、はあっ」

「大丈夫かユノ!」

「そ、そのためっ、はっ、〈睡眠薬〉は、液体の配分をっ!」

「いやもう講義はいいから! 呼吸に専念しろよ死にかけじゃねーか! ああでもあいつら迫ってきて……ごめん背負うぞ!」



■  ■  ■



「広すぎだろ‼」


 ジンは腹の底から叫んだ。

 もうどれほど走ったか。未だに裏通りを抜ける目処はたっていない。


「クソ、裏通りっていうか迷路だろこんなん……! モヒカン共はこの辺熟知してるっぽくて何回も何回も先回りされるし……!」


 ただの迷路ならまだいい。

 しかし実際は男たちの妨害や野良犬などの動物、そして通りすがりの暴漢という障害が頻繁にあるため落ち着いて周りを確認することもできないのだ。

 現在ジンたちは路地の木箱の中に隠れている。

 ユノを背負って走るとジンの体力消費が激しくなるため、少しずつ休憩を挟んでいるのだ。


「はっ……はっ……」


 そして当のユノはもう喋ることすら出来ずジンの肩にもたれていた。

 木箱の中で理想の美少女とくっついているジンだが、何故か胸の高鳴りはそんなにない。

 理由は簡単だ。


「ああ、ずっと頭の中に〈煙幕〉とか〈睡眠薬〉の作り方がリピートされる……あとアイテム系の雑学……」


 〈煙幕〉に言及してから、裏通りを走っている間ユノは折を見てアイテムの知識を語ってくるのだ。

 しかも背負っている間はずっっと耳元で直接語られることになる。

 では止めればいいのでは、と誰もが思うだろう。

 だが止めようとするとユノは「すみません」としょぼんとした顔をしてくる。

 理想の美少女にそんな反応をされてジンが止められるわけがなかった。


「つーかあいつらもしつこすぎなんだよな」


 ジンはいつまでも追ってくる男たちに辟易した声を漏らす。

 その言葉にピクリとユノが反応した。


「……多分、私のせいです」


 もたれていたユノがそっと頭を起こした。


「あ、起きたか……私のせい?」


 ユノはジンから目をそらして頷く。


「……私を置いていってくれたら、きっとジンさんが追われることは」

「やだよ」


 ジンはユノの言葉をあっさり否定した。

 例え早口の雑学でノイローゼにされようと、可愛くて好みの子を見捨てることなどありえない。


「何があったんだ。ただ絡まれてただけじゃないのか?」

「……これ以上巻き込むのは」

「そもそも俺は助けようとしたんだ。巻き込まれたんじゃなくて勝手に踏み込んだんだぞ。しかもそれで結局ユノに助けられてるし……何回アイテム使わせたことか」


 戦闘面で足を引っ張っているのはジンだ。

 男たちが近づけば動きが鈍くなるせいで、500ギルの〈煙幕〉や800ギルするという〈睡眠薬〉をいくつも使わせている。


「使った金額分ぐらいはせめて関わらせてくれ」


 ジンの言葉にユノは少し悩んで、やがて口を開いた。


「実は私、借金をしているんです」

「えっ」

「少し前に父が病気になってしまって治すための薬を作ろうとしたんです。でも材料が高価なものばかりで、家には売れる物もなくて、ついお金を借りて……それが質の悪い所だったみたいで、とても払えないような利息を上乗せされました」

「お、おお、ほう」

「だから少しでもお金を稼ごうといくつも依頼を受けてたんですが……納品に行こうとした時、誰かが後をつけてくるのに気づいたんです。護身用のアイテムは街中では使えなくて、逃げようとしてもずっとついてきて……それで色々な道を通って撒こうとするうちに裏通りへ来てしまいました」

「……」

「そしたらいきなりあの人たちに腕を掴まれて、路地へ引っ張り込まれて……そこをジンさんに助けられました」

「……ちなみにしつこく追ってくるのが私のせいっていうのは?」

「彼ら、金貸しに雇われているのかもしれません。私がお金を返せないように邪魔をしているのかも。今思うと、後ろをつけてきている人が似た格好をしていて」

「なる、ほど」


 ジンは話を聞き終えて一つ頷いて——両手で顔を覆った。


「俺は借金してる子に高価なアイテムあんなに使わせたのか……!」

「えっ」


 借金をしていなければいいというわけではない。

 しかし借金をしている子に使わせるのはより罪悪感が増す。


「しかもさっき『使った金額分ぐらいは関わらせてくれ』とか言っちゃったぁぁ! アー恥ずかしいぃぃぃ!」


 ジンは木箱の中で全力で悶える。

 そして何かに気づいたかのようにハッとした顔をした。


「これは俺がユノに借金してるよなもんでは……?」

「あ、あの」

「絶対に返します! マジで! なんなら借金全額返すから許して!」

「いや、あの、そこまでは」

「借金……! せっかく手に入れた金が自分で使うこともできずに出ていくだけの現象! 金は貯まってこそなんぼなのに!」

「え、あ、はい」


 ジンがユノを助けようとした理由は可愛い子に恩を売ろうという下心が百パーセントだった。

 しかし借金という言葉を聞いた今、「そういうのは全部金を返してから!」に切り替わったのだ。


「おい、あそこにいるぞ!」


 ジンの叫び声で気がつかれたか男たちがまたも発見されてしまった。

 ジンは木箱から飛び出しユノを背負って再び走り出す。


「さあさっさと逃げるぞ! 走ってたらそのうち迷路からは出られるし払ってたら借金も返せる!」

「あ、は、はい」


 どこか引いたようなユノと共にジンは通りを駆け抜ける。

 そして数分後裏通りをあっさり抜けた。


【クエスト〝裏通りからの脱出〟 をクリアしました】


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