三十七話 クエスト探し
「酒場にはしばらく行けなさそうだな……」
酒場を逃げ出したジンはグレースの様子を思い返して体を震わせた。
「ま、まあでもこっちには得しかなかったしいいか!」
強引に想像を打ち切ってジンは自身のステータスを見る。
『所持金 265830ギル』
「雇用費の24万ギルと、先に払った情報料2万ギルの返金で元より所持金が増えた! しかもレベルも戻って……というか1上がってる!」
24万ギルを払ったことで一度ジンのレベルは18から1にまで下がっていた。
しかし26万ギルが戻ってきたことで、現在ジンのレベルは19にまで上がっている。
さらにその上がり方を見てジンは一つ気づいたことがある。
「これつまりお金渡して、戻ってきた状態が稼いだ判定になったってことだよな。ならユノにお金預けておいて、レベル1になった時にいくらか渡して貰ったらすぐにレベル上げられるんじゃないか?」
それはレベル上げの簡略化だった。
《金の亡者》は所持金を失えばすぐにレベルが下がる。しかも下がる時の金額は上げる時の十倍は少ない。
1万ギル稼いでも1000ギルも使えばレベルはまた1に戻るぐらいだ。
だがもしユノに預けておけるなら。
「これができるなら所持金0になるまで使っても、後で5万ギルも返して貰えばすぐにレベル10ぐらいまで戻れる……!」
革新的な案を思いついたジンはぐっと拳を握る。
「すぐにレベル戻せるならまたモンスター倒して稼ぐのも簡単になる! 預けてたら最悪死んでも無くさないし! 今すぐユノに——はっ!」
ユノの元まで走り出そうとした時ジンはぴたりと止まった。
そしてそっと姿勢を戻して頭を抱える。
「だから金の亡者になってるって……!」
心まで亡者になるのは避けようと決意した直後にこれである。
「今金の事しか考えてなかった! てかユノのこと銀行扱いしてた! だからモテないんだお前は……! うっ、心の傷が⁉」
大通りで一人騒ぐジンの周りを人々はそっと避けていた。
それに気づかずジンは行き先を広場に変える。
「人助けだ人助け! 金稼ぎはあくまで人助けのついで……ついではちょっとな、両立ぐらいに考えておこう! よし、クエスト受けに行くか!」
広場の掲示板を目指してジンは走り出す。
■ ■ ■
門が見える円形の広場にジンはついた。
広場には相変わらず多くのプレイヤーが行き来している。NPCの姿はほとんどない。
プレイヤーは掲示板やその前に置かれた紙束をさっと眺めては、紙を破って受付に持って行っていた。
プレイヤーの数は多いが回転が速いのか列になっている所は意外と少ない
またクエストは掲示板と紙束のどちらかから選べる。
張り出されているクエストはどっちも同じだ。人をばらけさせるためか、雰囲気を出すための措置だろう。
ジンは紙束の方をめくって眺めていく。
注目するのは貢献度の高さや報酬ではなく、依頼文だ。
「何が足りないとか、どこにモンスターが出て困ってるとか、よく見るとちゃんと書いてあるんだな……」
ジンはクエストを選ぶ基準に、貢献度以外にも人の助けになるものを追加した。
クエストの紙には何に困ってその依頼を出したかなど、それが書かれた依頼文が一緒に載っているのだ。
ただ依頼文を眺めていたジンは困ったように眉を下げる。
「……ネクスタル近くの討伐クエストは残ってないか」
〈亡者の換金〉の効果もありジンが受けるのはほとんど討伐クエストのみだ。
しかしネクスタル近くにいるモンスターの討伐はほとんどない。
イベントはネクスタルで開催されているため、討伐して報告する、という往復にかかる時間が短いためだ。
「他の街にいるモンスターを討伐するクエストもあるけど……こっちは俺には難しいな。【古狼草原】のモンスターすらレベル上げてないと厳しいし。」
第三の街、第四の街と先へ進むにつれて距離は遠くなり、モンスターは強くなる。
クエストの達成難易度が上がるのだ。
その分貢献度も高くはなるが。
「お、この運搬クエストってやつは……あ、ダメだ。一回行ったことのある街にしか運べない。今から行ってもボス倒さないと街には入れないし。何時間かかるか」
運搬クエストは他の街に物資を運ぶクエストだ。
しかしジンはネクスタルまでしか辿り着いていない。
そういった制限のかかるクエストもありあまり選り好みすることはできない。
「うーん……ん?」
ぱらぱらと束をめくっていると、ふとジンはゼノという単語が多いことに気づく。
「ゼノって確か、ユノの言ってた被害が大きかったとこだっけ」
壁の補修も間に合わないらしい、と語っていた。
だからかその周辺の魔物を討伐してほしいという依頼が多い。
しかし同じぐらい多かったのがあるものに使う素材の納品だった。
そのあるものとは。
「《薬師》たちが〈調合〉に使うため……? あと《彫金師》が魔除けを掘るためとか、《錬金術師》の爆弾用とか……てか依頼主が街そのものか学園かで分かれてるな」
どうやらゼノはそういった物づくりや学問が盛んな街らしい。
ネクスタルの鍛冶の街とはまた違う方向だ。
依頼分には学術の街ゼノなどと書いてあったりもする。
名産もそういった生産の高位ジョブにしか作れないアイテムのようだ。
「魔除けとか爆弾とか、そういうもので魔物に対抗してるのか。だけど今は素材が無いせいで作れない、と。……〈錬金〉が盛んとかユノは知らないのか? 話に出さなかったよな」
ジンは首を傾げる。
〈錬金〉大好き、素材大好きなユノがゼノの特色を知らないとは思えない。
しかしそういったことは話さず、ただ被害のみを心配していた。
それだけ人を心配していたということなのか。
「……ゼノ近辺の討伐受けて見るか。俺にもできそうなの無いかな」
ユノがどう感じていたのかジンにはわからない。
しかし復興したゼノに連れて行くのは喜ばれるだろう。
そう考えてジンはゼノの依頼を探していく。
「グラスラン・ウルフ、セント・ピード……あの洞窟にいたような奴らか。うーん、あいつらと草原で戦うのはちょっと無理だ」
ただジンが行ける中でのクエストは【古狼草原】が主な舞台となる。
基礎ジョブをカンストするぐらいのプレイヤーが相手にするモンスターは、今のジンでもあまり大量に相手にはできない。
「マジで大量に来るならむしろスキルのコンボで有利になるんだけどなー。数体程度だとスキルが無駄になるからなぁ」
〈亡者の激怒〉は攻撃を受けるたびに所持金が減り、ステータスを増強する。
だが効果時間は10分しかない。その間に大量のモンスター倒さなければ減った分の補填ができないのだ。
だがいくらか紙をめくった時にふとジンはデッドグラスという名を見つけた。
「デッドグラスって、あの枯れ草が舞ってたやつ……」
それもまた洞窟で戦ったモンスターだ。
「ん? あっ! こいつならいけるか⁉」
ジンはバッとその依頼を凝視した。
デッドグラスは枯れ草が集まったような見た目のモンスターだ。
攻撃を受けると四散して、宙に舞いながら方々から突撃してくる。
「どこ斬っても飛び散るだけでHP減ってるかわかんなかったなぁ」
物理攻撃が効いているのかわからずジンも最初は苦戦した。
しかし偶然にも倒し方を見つけたのだ。
「こいつ《ポーション》が弱点なんだよな。何でか知らんけど」
回復のため《ポーション》を出したと同時、デッドグラスが攻撃してきて《ポーション》がデッドグラスにかかった。
するとデッドグラスが身悶えし一部動かなくなった。
「デッドグラスって名前だからアンデッドっぽいとか? まあいいか、これ受けよう。あと硬いだけだしキモドキのやつも」
二つクエストを取ってさらに他のクエストを探す。
そして途中に出てきた「交易路の整備」というものを見つけた。
「交易路の整備、かなり重要なやつだっけ。もう出されてたのか……いつの間に」
ジンは驚いているがこのクエストは昨日から既に出されていた。
ただ初日から所持金を全て失い、これまで金稼ぎに奔走していたジンがクエストを碌に確認していなかっただけだ。
「内容はゼノまでの道のモンスター討伐、整地、魔除けの設置、それに宿場町の復旧? なんか色々あるな。……あ、これ参加制限ないじゃん!」
交易路の整備には何の制限もなかった。
レベルもジョブも、運搬クエストのような一度行った街でないといけないこともない。
「しかも活躍に応じて貢献度と報酬が変動⁉ 最低1万ギルから⁉ 他のクエストはほとんど報酬なんてあってないようなもんなのに!」
イベント中のクエストにも一応ギルが報酬として支払われる。
しかし普段と比べると僅かなものだった。
それが交易路の整備では普通より多く貰えるらしい。
「人助けもできて、ゼノの復興にも役立って、金も稼げる! 最高!」
ジンはすぐさまそれを受けることに決めた。
他の二つと一緒に受付で手続きをしてジンは早速門へと駆け出す。
「さてリングに《ポーション》追加で貰って。あ、あとお金も一回預かってもらっとこう。
……銀行扱いじゃない、ちゃんとこの復興大祭中に戦力を保つための行為……人助け……嫌な顔されたらちゃんと謝る……」
ジンは自分に言い聞かせながら大通りを走る。
そして門の近くまで来た時、巨大工房が目に入り——ふとアニカの事を思い出す。
「……そういえば今日はアニカと会ってないな。朝もすぐに【怨霊鉱山】に向かったってユノが言ってたし……」
ジンは首を傾げる。
「今、アニカは楽しめてんのかな」
高位ジョブになってから、父親と比べて自身の作品が拙いと感じたアニカは鍛冶ができなくなってしまった。
その悩みをジンは聞かせてもらっている。
今は鉱石を採掘するのに回ってもらっているが、それがカラ元気だとも感じている。
心から楽しめてはいないのだろうか。
「解決方法考えてみるか……」
アニカとはいってしまえばただの雇用関係だ。
しかし悩みを聞いた後に、このまま一週間無視して働かせることができる程ジンは図太くない。
「ていうか単純にもったいないよな! あんなに鍛冶上手いのに何も作らないとか! あれで普通に作れるんなら武器・防具の納品もできるし、何なら普通に売れば高値で——いやいやいやいや」
湧いてくる打算的な考えを頭を振って払う。
「単純に! 鍛冶の腕が! もったいない! だから悩みを解決します!」
人助けです、と再び自身へ言い聞かせながらジンはアニカのいる【怨霊鉱山】に寄ることを決めた。
「あと解決したら好かれるかもしれないし……」
振り払いきれなかった打算を漏らしながら。