表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/65

三十六話 ジンにとっての楽しさ

「いらっしゃい」


 酒場へと入ると昼間でありながら薄暗い店内から、グレースはいつも通り怪しげな微笑みで出迎えてきた。

 ジンはテーブルを横切って真っ直ぐに歩きカウンターの前へと立つ。


「どうも。洞窟の情報は滅茶苦茶有用でしたよ……」

「あら、お礼を言いに来たのかしら?」


 それだけではないだろう、と言わんばかりの笑みだ。

 ジンはふっと笑いどこか余裕そうに懐から大きな革袋を取り出し、カウンターへどんと置いた。


「24万ギル。これで今雇ってる十人の期間を延長、プラスで採取できる人員を十人追加で雇いたい」

「あら大盤振る舞いね」

「こことは仲良くしておきたい、と思ったんでね……」


 ジンは髪をかきあげてにやりと笑った。




 その様子は明らかに無理をしているようだった。

 ジンが何故いきなりこんな真似をしているのか。

 それはユノのいる工房を出た後に遡る。




「うきうきする。楽しい。……楽しい、か」


 大通りを歩くジンは、そう呟きながら考え事をしていた。


 ユノの人を助けたいという志や、けれど祭りとしても楽しんでいるという言葉。

 それを聞いたジンは、自分は楽しめていたかと行動を思い返していた。

 イベントの直近から上位入賞の賞品を求めたり、死んだことで失った金を再び必死に得ようとしたり。

 本物の金の亡者のような動きをしていたが、それは果たして楽しめていたのか!


 ジンの結論はこうだ。


「失くした時は呆然としたけど、金稼ぐのはめっちゃ楽しかったなぁ……」


 そう! 金を稼ぐのは楽しかった!


「ユノたちと話すのも楽しかったし……」


 そしてユノたちと上位入賞の作戦を立てるのも楽しかった!

 元々が現実でモテないからとゲームでモテようとしたジンだ。

 ゲームだろうと超クオリティで、かつ自分に優しい女の子と話せるのは普通に嬉しいのだ。


 これまでの行動でもしっかりジンはゲームを楽しんでいた。

 だが問題はある。


「でも金の亡者って言われるのは嫌だ……!」


 金に執着した浅ましい奴と思われること。

 それはジンにとってトラウマであり避けたいことだった。


「ジョブはいい、有能だし。でも心まで金の亡者になったら終わりなんだ……!!」


 故にジンは気兼ねなく金稼ぎを楽しむための方法を考え、そして思いつく。


「そうだ。人を助けて、しかも金稼げたら一石二鳥じゃないか……?」


 それはジンの中の真心と欲望が合体して生まれたような考えだった。


「人を助けるために行動して、結果金が稼げる。今の状況ならちょうどそうなるしな! 後でクエスト確認して切羽詰まってそうな討伐とか納品から受けていくか! そしたら金の亡者って思われはしない、はず!」


 そもそも誰かに金の亡者と思われるほど注目されてはいない。

 これは自分の心への言い訳のようなものだった。


 そしてついでと言わんばかりにもう一つジンは余計な事を思いつく。


「あ、あと金払う時に気前よく払うとか? 大量に稼いで一気に使うとか…………ちょ、ちょっと辛い気もするが。ま、まあやってみるか」




 そうして気前よく払おうとした結果が先ほどの行動だった。

 慣れない事を行おうとした結果変な挙動になっている。


 明らかに様子のおかしいジンへ、しかしグレースは微笑みを崩さない。


「それは良かったわ。じゃあ採取に向いた人材のリストを持ってくるから」

「えっ。あ、はい」

「席へついていて」


 慣れない事をしたのに何の反応もされない。

 そんな状況が恥ずかしくなりつつジンはそっとカウンターの席へついた。


 同時にグレースはリン、とベルを鳴らす。

 するとカウンターの奥にある扉から、白い仮面にぶかぶかの黒い服を着た男が出てくる。

 男は革袋を受け取り、グレースに羊皮紙の束を差し出した。

 グレースがそれを受け取ると仮面の男は足音もなく奥の扉に消えて行った。


「え、何あれは……」

「うちの従業員よ。さぁ、これを」


 グレースは羊皮紙の束をジンに差し出してくる。


「今は少し需要が上がっててね。まともな人を雇おうとしたら2000ギルからになるわ」

「ど、どうも」


 ジンのかっこつけには何も言われない。

 というかもっとインパクトのある人物が現れたせいで印象が潰されている。

 所持金がほとんどなくなったことへのショックや、レベルが下がったことへの落胆も合わせてジンはため息をつく。


「金が……てかレベルの上がり下がりはそろそろ何とかしたいなー……」

「何か?」

「いえ、何も」


 思わず独り言が漏れてしまった。

 ジンは口をつぐんで羊皮紙を受け取り、似顔絵と能力の描かれた人員を見ていく。


「ほんとに2000ギルからだ……ああ、でもこの能力なら採取は誰でもこなせそう」


 酒場に紹介される人材はよほど安く値切りでもしない限りまともな人間が多い。

 それを知っているジンは人柄のよさそうな者を見繕い、紙を抜き出していく。


「じゃあこの十人で」

「ええ。彼らを何日?」

「えーっと」


 ジンは雇う人数と日数から金額を計算していく。


「2000ギルで十人だから2万。それをイベントの間……一週間かな。それだけ雇うとして14万ギル。あと残り10万ギルで、荒くれたちは二日間延期できるか」


 それで24万ギルを使い切ることになる。


「採取の人員は一週間、採掘の方はあと二日延期ね。了解したわ」

「はい。……あ、そうだもう一つ用事が!」


 そこでジンは言いたいことがあったと声を上げる。


「何かしら」

「洞窟の情報! 有用とはいったけどちょっと違う所もあった、っていうか明らかに強い奴がいて死にかけたんだけど⁉」


 洞窟は【怨霊鉱山】より少し強いモンスターがいるという話だった。

 しかし実際には黒牛……ギガ・ボウという名前のジンでは絶対に敵わないようなモンスターがいたのだ。

 もしギガ・ボウがジンを敵として見ていたら、死んで所持金は再び無くなっていただろう。


 その文句をジンは言おうとしていた——のだが。


「……それは申し訳ないわ」


 グレースの表情を見て二の句が継げなくなった。

 目をすぅと細めた。

 変化としてはそれだけだ。

 しかしそれだけで、薄暗い酒場の中に不気味で寒気のする空気が漂ってきた。

 グレースは微笑みを消して催促する。


「できれば何があったのか聞かせていただけないかしら、お得意様」

「え、あ、うん」


 凍てつくような視線に慄きながらジンは洞窟の様子について伝える。


 いないはずの、クエストに関わるモンスターが出たこと。

 まるでダンジョンのように扉があったこと。

 そしてギガ・ボウという巨大モンスターが逃げていったことなど。


 それを話す間グレースの表情は一切変わらなかった。まるで人形のように。


「と、いうことなんですが……」

「そう。少し待っていて」


 ジンが話し終えると、グレースはカウンターを離れ奥の扉へと入っていってしまった。

 同時に酒場の空気が元に戻って行きジンは息を吐いてカウンターに突っ伏す。


「な、なんなんだ……?」

「お待たせしたわ」


 グレースはすぐに戻ってきた。

 その手には革袋を持っていて、ジンの前にどんと革袋が置かれた。

 その重さにジンはさっき自分が払った金額を想起する。


「えーっと、これは……⁉」


 なんなのか、と革袋から視線を上げたジンは驚愕する。

 グレースが深く丁寧な所作で頭を下げてきたからだ。


「ジン様、申し訳ありません」

「お、えぇ……⁉」

「我々の情報で貴方に不利益を及ぼしかけたことを、謝罪いたします」

「い、いや謝罪ってそんな。別に俺はしっかり稼げましたが……!」


 唐突な謝罪に慌てまくるジンへも、グレースは顔を上げない。


「当店の情報は正確さがうりとなっております。そこに間違いがあればお代をいただくわけにはまいりません」

「お代を……って、え、これまさか」


 ジンが革袋を見る。袋の空け口からはギルが覗いていた。


「情報の代金と、今回の雇用費についてはお返しいたします。ですのでどうか、今後ともご利用くださいますよう——」

「わ、わかりました! わかりましたからちょっと顔上げて⁉ 逆にめっちゃ怖いから!」


 常に怪しげな微笑みを絶やさなかったグレースが神妙に頭を下げてくる。

 しかも自分は普通に得をした情報でだ。

 その状況が呑み込み切れずジンは悲鳴のような声を上げた。


 するとグレースはすっと姿勢を戻す。


「あら、従順な女はお気に召さない?」


 その表情は怪しげな微笑みに戻っていた。

 ジンは呆けたように息を吐く。


「はぁ……またからかわれた? これ」

「いいえ、謝意は本物よ。お代を返すのも本当。ちゃんと人も派遣するわ」

「は、はあ。でもそれは俺が得しすぎだと思うけども」

「それだけ情報の正確さは重要なことなの。私達(・・)にとっては」

「情報料はともかく、雇う方は普通に……」

「駄目よ」


 頑としてグレースは譲らないようだ。


「じゃあ……まあ」


 ジンは恐る恐る革袋を受け取った。

 するとグレースは少し笑みを柔らかくする。


「受け取ってもらえてよかったわ」

「ま、まあこれ以上ごねても後が怖いんで」


 ジンはその笑みにどぎまぎしながら所持金を確認する。

 金額は元に戻っていた。そして同時に気づく。


「あれ、これレベルも戻ってる……?」

「それで、他にも用事はあるかしら」

「え、ああいや。もうないっすね、はい」

「それじゃあ申し訳ないけれど出て貰ってもいいかしら? もう閉店になるの」

「え? 閉店?」


 酒場が締まっているところなどジンは見たことがない。

 そう疑問の目を向けるとグレースはふ、と冷笑を浮かべた。


「何故情報がずれたのか、それを今から調べるの。だから、ね?」

「あ、はい、僕クエスト受けに行くんで失礼しまーす……」


 恐ろしい笑みにジンは逃げるように店を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ