三十四話 リングとクランメンバー(後編)
ギガ・ボウからは角の破片や黒い皮などが大量にドロップした。
それを拾い集めていたドプリーストは納得がいかないように唸る。
「うーん……」
「どうしたドプリ」
「自分だけ出番無かったから拗ねてるんでしょ」
「吾輩が活躍しすぎてすまんのである」
「そう思うなら少しぐらい怪我してよ。全身爆散するとか」
「少しの定義バグってんのか」
「いやていうか別に拗ねてないから。そうじゃなくてほら、ギガ・ボウのことだよ。なんであんなに遠くから来たのかなって」
ドプリーストは北東、草原からも見える壮大な山脈を指す。
「あれ明らかに【古狼草原】出て山の方にまで行ってたでしょ。そこまで出ていくことがあるのかな」
ドプリーストの問いにリング含めた四人が顔を見合わせた。
そしてクロネがはいと手を上げる。
「さっきも言ったけど、誰かが怒らせて追いかけられただけじゃないの?」
ギガ・ボウは基本的に黒大岩の上から出てこない。
その強さゆえに【古狼草原】で暴れ回ると、この辺りにようやくたどり着いたプレイヤーが死にまくるからだ。
だが一定の条件を達成すると黒大岩の外に飛び出してくる。
だからギガ・ボウが外に出ているのはおかしくない。
問題は距離だ。
「さっきも言ったであるが、怒らせるような者らがそんな遠くまで逃げれるであるか?」
「ギガ・ボウが怒る条件ってなんだっけ?」
「大したダメージを与えずに何度も挑んでは逃げて、を繰り返すことである」
「たまに動画でもみるよね。外から弓でチクチク攻撃したり、殴っては逃げて回復して……って」
「あーあたしも見たことある。黒大岩の外に出た瞬間にギガ・ボウが超加速してた」
「暴走状態だね。で、踏みつぶされるまでがセット」
ギガ・ボウが黒大岩を降りる時は、基本的に暴走状態と呼ばれる状態になる。
その時のギガ・ボウはSTR、AGI、ENDが倍増するとも言われている。
詳しいステータスは見れないが、普通に戦った時と比べて明らかに動きが違うのだ。
「暴走状態のギガ・ボウから逃げられる人は確かにいなさそうなんだよね。……一人を除いて」
メンバーの目がリングへと集まった。
リングはどや顔でダブルピースをしている。
「やりました?」
「まさか。私がいくら好奇心の塊でもクランが不利になるだけの悪戯はしません」
「であろうな」
「じゃ、偶然か?」
ゲッツーの言葉にドプリーストは渋い顔になる。
「そんなことある? 僕らがクエスト受けた時にたまたま?」
「探すのも含めたクエストだったとか?」
「前に受けた人たちは普通に岩の上で戦ったらしいよ」
「……じゃあさ」
クロネが眉をひそめて言う。
「あたしたちがクエスト受けたのを知って、誰かが妨害してきたとか?」
メンバーの間に一瞬沈黙が訪れる。
「……いや、どっちみち暴走状態になって潰されて終わりじゃね?」
「アイテムで弱らせながらならできそうでしょ。今は街にベテランも集まってるし」
少なくとも《血染めし呪髪縄》を使えば転げさせるほどに弱らせることは可能だった。
「あー、あれ別に特別なアイテムでもないであるからな」
「ランキング決まるイベントならそういう妨害もあるかもね」
「俺らのクラン注目されることも多いしな」
「だったらなんかやな感じなんだけど」
不満げにクロネが口を尖らせる。
嫌な雰囲気が草原に訪れたその時、パンという音が響いた。
「まあまあ、落ち着いてくださいクロネさん」
それはリングが柏手を打った音だった。
「まだそうと決まったわけじゃありません。憶測で不機嫌になって、イベントを楽しめなくなるのはもったいないですよ」
「んん……まあそうだけど」
「それにですよ」
リングは楽しげににっこりと笑う。
「妨害とか障害というのは、踏みつぶして進むのが楽しいんじゃあないですか」
その発言に四人はしばし言葉を失い。
やがて呆れたような目でリングを見る。
「そういえばこの人滅茶苦茶好戦的だった」
「見た目だけならどこかのご令嬢なんだけどね」
「クラン一の戦闘狂ってあれネタじゃなかったのかしら」
「怖いであるなー」
悪い空気は去って、どこか弛緩した空気の中で皆はアイテム集めに戻る。
そうして回収を終わらせ五人は街へ帰るのだった。
■ ■ ■
門をくぐったリングはぐっと伸びをした。
「これで朝から受けていたクエスト二十件は全部完了ですね」
「二十って。受けすぎでしょ」
その量にゲッツーが引いた様にツッコんだ。
「リーダーいつログインしてたであるか?」
「朝の九時ですね」
「三時間で二十件であるかぁ……」
「ギガ・ボウの捜索で一時間ぐらい使ってるから実質二時間ね」
「おかしいな、僕ら六時ぐらいからやっててまだ十件とかなんだけど」
「お、俺らは難易度高いやつばっかだったし。ほら、今日追加された運搬クエストとか」
運搬クエスト。
二日目から解放された他の街へ物資を運ぶクエストである。
道中では物資を狙うモンスターに襲撃されやすくなり、もし物資を損ねれば貢献度は引かれてしまうのだ。
距離が遠くなる程に貢献度は高くなり比例して難易度も上がる。
いつでも受けられる常時解放型のクエストだが、前提としてその街に行ったことがなければならない。
さらにジョブの位階やレベルの制限がある場合もあり、誰でも受けられるわけではない。
さらに失敗した時には貢献度がマイナスになるというペナルティもあった。
ゲッツーたちが受けたのは五番目の街への運搬だった。
高位ジョブに二つ就き、かつ一つはカンストしていることが前提のような難易度だ。
「片道一時間半もかかったからな。その間に別の討伐とか採取もこなしたけど」
「そ、そうである。吾輩たちも相当頑張ったである」
「ちなみにリングはどういうクエスト受けたの?」
「私は六番目の街と最後の街への運搬と、採取や討伐をいくつか。往復一時間半ぐらいですね」
自分たちより先の街へ行くクエストを、自分たちより遥かに早くこなしている。
その事実に四人は頭を抱えたり俯いたりとショックを受けていた。
話をしている間にリングたちは広場へ到着する。
広場には羊皮紙が貼り付けられた掲示板がいくつも設置されていて、その横には冒険者ギルドの受付嬢が座っている。
受付嬢の前にはプレイヤーが数人ずつ並んでクエストの報告をしていた。
冒険者ギルドの建物一つでは対応しきれないため、各広場にこういったクエスト手続き用の設備があるのだ。
リングはそこでクエストの報告を済ませ、次のクエストに目を向ける。
「さて次は何をしましょうか。あ、皆さんもまた合同で受けます?」
「いや俺ら一回ログアウトしようかと」
「そろそろお昼食べないとね。それで今から一回船の方だけ見に行こうかと思ってて」
「船、ですか」
ドプリーストは東の壁を指さした。
広場からでは見えないが、その壁を越えた先へ港がある。
船はそちらで作られていた。
「リングも一回見に来てって言ってたわよ。うちの生産班が」
「どうせこれから休憩であろう? 一緒に行くのである」
「いいですね、行きましょう。あ、ただその前に」
リングは羊皮紙を十枚は引っぺがして受付嬢に渡す。
「これらを受けます」
「は、はい。お気をつけて」
紙束を渡された受付嬢は驚いた様に受注作業を進めていた。
「いや休憩は⁉」
「一食抜くぐらいはなんでもありません!」
「なんでもあるわよ⁉」
「やめとけよ不健康だろ!」
「じゃ、行きましょうか」
「あーもー聞く耳持たない!!」
リングの生活へ不安を抱くメンバーと共に、リングは造船所へ向かう。