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三十三話 リングとクランメンバー(前編)

 それはイベント二日目の昼のこと。

 リングは【古狼草原】の西側をひたすらに駆けていた。

 スキルの〈稲妻〉を使い雷を迸らせながら草原の草を焼いて、きょろきょろと顔を動かしている。


「うーん、いませんね……あっ」


 走っている途中で四人の人影を見つけるとそちらへ方向を変えた。

 相手がまだ気づいていないうちにみるみる近づき、やがてすぐそばまで来たところでスキルを切って止まる。


「首尾はどうですか」

「うわっ!」

「きゃあっ⁉」

「何⁉」

「モンスターであるか!」


 声を掛けられた四人は戦闘態勢に入りかける。

 しかしリングの顔を見た瞬間一斉にため息をついた。


「なんだリーダーか……」

「〈稲妻〉で傍まで来ていきなり声かけるのやめてよ!」

「スキルの無駄遣い反対!」

「パワハラである!」


 一斉に非難されるリングだが本人はどこ吹く風で微笑んでいる。


「ふふふすみません。それで見つかりました?」

「あっさり流された……。いや、影も形もない」


 リングたちが今何を探しているのか。

 それは今から一時間ほど前に遡る。







 一時間前、リングたちはクランメンバーと共に【古狼草原】の西側へ来ていた。

 しかしリングたちがいるのは草の上ではない。

 草原の中にどんと突き出た黒い大岩の上だった。

 黒大岩の上部は平たくなっていて、面積は高校の校庭ぐらいだ。

 上でプレイヤーとモンスターが動き回る想定をされた広さだった。

 そこにいる強敵を討伐するクエストを受けてリングたちは来た、のだが。


「うーん、いませんね」


 何故かモンスターの姿は見当たらなかった。

 標的のモンスターは一体のみ、それもかなりの巨体だ。見逃すことはあり得ない。

 リングの後ろにいるクランメンバーも首を傾げている状態だ。

 メンバーの一人、ミトラと呼ばれる司祭がつけるような帽子を被った細身の青年、ドプリーストが口を開く。


「もう他の人に討伐されちゃったとか?」


 それに対して身の丈より大きな剣を背負ったごつい男、ゲッツーが言い返す。


「だったらクエスト受けられないだろ。目標が討伐されてる間は無くなる仕様だぞ」


 大きな黒い三角帽子をかぶる小柄な女性、クロネは人差し指を立てる。


「じゃあ誰かが怒らせて追いかけられてるとか?」


 コートをつけ鋭い八重歯が生えた吸血鬼風の男、ヴァンパイアは「えー」と声を上げる。


「でも怒らせる程度の相手なら、あのモンスターはすぐにそいつら踏みつぶしてまたここに戻ってくるであろう。ぱっと見どこにもいないであるぞ?」


 再び四人は首を傾げた。

 そして全員の会話を聞いていたリングはぱんぱんと手を叩き注目を集める。


「偶然遠くまで逃げられた可能性もありますし、探していきましょうか。私は西側を満遍なく走り回るので、皆さんは東側をお願いします」

「見つけたらどうします?」

「私にコールを飛ばしてください」


 コール。

 『ランコス』内でのシステム的な連絡方法だ。

 このゲームはチャットなど遠くのプレイヤーと即座に会話できるような方法はない。

 しかしフレンドなら、コールを行うことで相手に音を伝えることができる。

 相手が受け取る設定にしていなければ通じないが、合図や呼び出しぐらいならできるのだ。


「私ならどこにいても駆けつけられますから」

「了解」





 そうしてリングたちはモンスターを探し始めた。

 しかしすぐに見つかると思われたモンスター探しは今もなお全く進展がない。


「マジでどこにいるんだ……?」

「クエスト受ける前じゃなくて、受けた後に倒されたんじゃない? 黒大岩戻ったらもう湧いてるかも」

「湧いてたらこれ以上は無駄足よね」

「そろそろ日光の下歩くのキツいである」


 意見と不満を述べるメンバーにリングも同意する。


「既に一時間もかかっていますからね。一度岩の上を私が見てきて——いえ」


 バッとリングが横を向いた。

 そちらはずっと行けば山脈のある方角だ。

 遅れてクランメンバーもそちらを見る。


「……あ? あれって」


 遮るものの無い草原でそれを見つけるのは容易だった。

 草原を恐ろしい速度で動く黒い大岩があったのだ。

 いや、土煙をあげるそれは岩ではない。

 巨大なモンスターだ。


 ぎっちり筋肉の詰まったような肉体とつややかな黒い毛皮、鋭く立派な二本角に岩をも踏み砕くたくましい四肢。

 それはリングたちのクエストの標的。


「ギガ・ボウだ」


 ドプリーストが呟く。

 クエストの標的であるギガ・ボウが草原を爆走してリングたちの方へと向かってきていた。

 ゲッツーは慌てたように大剣を構える。


「おいおいなんも準備してねぇんだけど!」

「あたし魔術の用意まだ出来てない!」

「ゲッツー、バフかけるから受け止めて!」

「無茶言うなよ⁉ できるけど!」


 三人が慌ただしく動く中で二人、リングとヴァンパイアが先に駆け出す。


「私とヴァンパイアさんで止めておきます」

「ようやく戦いであるな!」


 再び〈稲妻〉を発動して跳躍、リングは一瞬でギガ・ボウの目の前へと現れた。

 そしてギガ・ボウの反応も許さず攻撃スキルを発動する。


「〈地響(ちごう)落雷(らくらい)〉」


 剣に雷が溢れ、上から下へ振り切ると同時にギガ・ボウへとその雷が叩きつけられた。

 ドォン、と爆発したような音が響きギガ・ボウの勢いが落ちる。

 しかしそれだけだ。ギガ・ボウは止まらない。


「オオオオ!!」


 頭に着地したリングを振り落とそうとギガ・ボウは無茶苦茶に首を振る。

 リングは咄嗟にしがみついたが姿勢を安定させることすら出来ず振り回されてしまう。


「おお、っとと、これは、流石に、留まってられませんね」


 放り出される前に頭を蹴ってリングは跳んだ。


「オオオオオオオオ!!」


 その瞬間にギガ・ボウは空中で逆さまになったリング目掛けて自身の角を叩きつけてくる。

 迫ってくる角へ向けてリングは再びスキルを発動する。


「——〈横雷〉」


 神速の横なぎがギガ・ボウの角へとぶち当たった。

 バギャァァァンと甲高い衝突音が響き渡りリングは吹き飛ばされる。

 しかしギガ・ボウの方も無傷とはいかず怯んだようにのけぞった。


「オオォッ……!」

「ふぅっ……!」


 吹き飛ばされたリングは草原を転がるが、剣を地面に打ち込んで無理矢理に勢いを殺して停止する。


「大丈夫っすかリーダー!」


 止まった所はちょうど三人がいる場所だった。かなり飛ばされたようだ。


「問題ありません。〈地響〉で止まらないとは思いませんでしたが」

「ほんと【古狼草原】にいていい強さじゃないよね、あれ」


 そう、ギガ・ボウはこの【古狼草原】にいながらエリアの適正レベルを遥かに越える強さを持つ。

 だが基本的にギガ・ボウはリングたちが最初に訪れた黒大岩を動くことはない。

 プレイヤーが何度も何度も死に戻っては挑み、ということを繰り返すと怒って突っ込んでくるぐらいだ。


 呆れたように見るドプリーストへリングは立ち上がりながら問う。


「皆さん準備はできましたか?」

「うん。STR、AGI、ENDはバフ入れたよ」

「強化スキル全部発動したっす」

「魔術もオッケー。待機状態」

「ではヴァンパイアさんがあれを縛ります(・・・・)から、それに合わせて総攻撃を」


「オオオオオ……!!」


 リングの言葉の直後、ギガ・ボウから悲鳴のような声が上がった。

 その体には赤黒い色の、太い縄のようなものが絡みついている。


「ふはははは! 《血染めし呪髪縄》である!!」


 ギガ・ボウの胴体の上で両手を広げながらヴァンパイアは豪快に笑っていた。


 《血染めし呪髪縄》。

 それは巻き付けた相手のHPを吸い取りステータスを衰弱させる呪いのアイテムだ。

 後半の街でなければ手に入らない素材を、高位ジョブ二つ持ちが加工した強力なものである。

 一つ十メートル程度しかないそれを今回は十数本も使ってギガ・ボウの巨体に巻き付けている。

 それによりギガ・ボウであっても暴れ回ることができないほど力を弱らせていた。


「どれだけ強くとももう動けないであるぞぉー!!」

「オオ……オオオオオ!!」


 しかしギガ・ボウもただやられることはない。

 怒りのまま無理矢理にギガ・ボウは体を思い切りゆすった。

 上機嫌に笑っていたヴァンパイアは唐突な動きにあっさりと空中へ放られる。


「おっ?」

「オオオオオ!!」


 そのヴァンパイア向けてギガ・ボウは前足を持ち上げヴァンパイアへと振り下ろし……その体を踏み潰した。


「オオオオオ!!」


 まずは一人とでも言うようにギガ・ボウは雄たけびを上げる。

 しかしその直後、ギガ・ボウは気づく。

 自身の頭の周りに何か白い粉のようなものがまとわりついてくることを。


『いやぁ油断したであるな』


 そしてその粉からはさっきまで高笑いしていたヴァンパイアの声が響いてくる。

 同時に粉——いや、霧はゆっくりと集まっていきギガ・ボウの頭の上で再びヴァンパイアの体を構成していく。


「でも吾輩に物理攻撃はあんまり効かないのである」


 《吸血鬼》ヴァンパイアはふはは、と笑った。


 その光景にギガ・ボウが目を見開く。

 そして驚きに体の動きを止めた時、ギガ・ボウの足元に巨大な剣が現れた。


 それはゲッツーが持っていた大剣だ。

 もともと巨大だった大剣だが、今は身の丈を越えるという程度では済まない。ギガ・ボウの体高すら超える程に刃を拡張させている。

 《巨刃使い》ゲッツーは思い切りそれを振り回す。


「たぁぁおれろおぉぉぉ!!」


 振るわれた巨刃はギガ・ボウの足へと叩きつけられその巨体を転げさせた。

 ズドォンと草原にギガ・ボウが横たわる。


「オオオォォ……!!」


 ギガ・ボウは弱りながらもすぐに立ち上がろうともがく。

 だがそれより前にその体の周りへ槍状の炎が数十も出現した。


「〈ヒート・ランス・デュエット〉待機解除」


 《炎操者》クロネが杖を振るう。

 その瞬間に全ての炎槍がギガ・ボウへと殺到した。


「オオオオオオオオ!!?」


 いくつも突き刺さる炎の槍にギガ・ボウが困惑したように声をあげた。


 ギガ・ボウはこの【古狼草原】において最強に近いモンスターである。

 それをこうもあっさりと縛り、転がし、一方的に攻撃するような図はそう見られない。


 しかしここにいるのはプレイヤーの中でもトップクラスの猛者たち。

 ギガ・ボウより遥かに強いボスモンスターと何度も戦った熟練者。

 情報を集め、対策を打ち、アイテムをふんだんに使えば——苦戦などするはずもなかった。

 むしろいきなり現れたことで準備ができておらず、これでも危険を冒した方なのだ。

 万全のギガ・ボウ相手にリングの単騎駆けなど予定になかったのだから。




 そうしてギガ・ボウは立ちあがることすら出来ずにタコ殴りにされ。


「——〈天轟・逆雷〉」


 最後にはリングのスキルで止めを刺された。


「オオォ……」


 その断末魔は納得がいかないと嘆いているようでもあった。





「……僕出番無かったな」


 そしてバフをかけて待機していたドプリーストは、回復の暇もなく終わった戦いを複雑そうに見ていた。


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