三十二話 洞窟からの帰還 ユノの錬金と志
本日二話目の投稿です
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横穴は十二個あり、その構造は最初のものとほとんど同じだった。
中に入ると一本道で奥に扉がある。
そして扉の中にはモンスターがいる。
モンスターは強さも種類も様々で統一感はなかった。
手強いもの、楽勝なもの、厄介だったり奇抜なものと様々だ。
「なんだこの部屋? 木しかない……うわ木が動いた⁉ あっなんか名前表示された! キモドキ⁉ 木に擬態してたってこと⁉」
「ここは、なんだ? 枯れ草が部屋中に舞い散って——ってこれ枯れ草そのものがモンスターか! デッドグラスって表示が……いや待ってどう攻撃すればいいの⁉」
「ちょっと楽しくなってきたな。次は何だ⁉ ……わぁー、部屋いっぱいに巨大ムカデ……おぎゃああ一斉に動き出した!! キモイキモイキモイ!!?」
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv18
▽ステータス
HP:1380/1380
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:132
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
:〈亡者の激怒〉Lv6
:〈ライフ・イズ・マネー〉Lv6
:〈血の涙〉Lv4
:〈亡者の執念〉Lv1(Max)
『所持金 245830ギル』
■ ■ ■
「これで全部かな」
二時間程した後、ジンは洞窟の出口に立っていた。
「グラスラン・ウルフ以外にもクエストのモンスターは結構いたな。これなら一回戻ってクエスト受けて来た方がよかったか……?」
キモドキや巨大ムカデことセント・ピードは倒せば貢献度が貰える。
しかしそれはクエストを受けている場合のみだ。
キモドキはドロップアイテムも納品できるが、アイテムを砕いてしまうジンには関係のない話だ。
「いや、でもその間に横取りされたら嫌だしな。倒してから後悔してもしょうがない」
隅から隅まで探したためもう洞窟内にモンスターはいない。
モンスターは時間を立てばそこらに湧くため再び溢れかえるだろうが、もう少し時間がかかるだろう。
「帰り道にまた来てたハイ・ゴブリンも倒したし、これで全部仕留めたか……いや、全部じゃないな」
ステータスから視線を上げて洞窟を見る。
そう、ジンは全てのモンスターを討伐したわけではない。
洞窟の奥、入り口からでは見えない最奥にいたモンスターは討伐できなかった。
「あのでかい黒牛……飛び出してそのままどっか行くなんてなぁ」
少し前。
広い一本道の最奥には扉はなかった。
立派な大木をそのまま横たえ、それを何本も積み上げているような状態で完全に封鎖されていたのだ。
しかし頑丈そうな封鎖は同時に今にも壊れそうでもあった。
ズドォン、ドゴォンと。
洞窟を揺らすような重い衝撃音がずっと中から響いているのだ。
巨大なモンスターがぶつかっている姿が簡単に想像できた。
「これはちょっとヤバそうか……?」
ジンは悩む。
このモンスターを外に出して自分で倒せるのか、と。
「でもあと一体だしな。これまでのモンスターの強さ基準に考えるなら……ブーストありならいけるか?」
例えゼノ近くのモンスターでも今のENDがあれば受けることは可能だ。
ブースト薬もポーションもまだ数がある。
「よし! やるか! 最悪逃げよう!」
ジンはそう決定して準備を始める。
もう一度《ストレングス・ブースト》と、さらに《スピード・ブースト》や《ポーション》も大量に飲んで万全の状態にした。
しかし大木は半ばから裂け始めてこそいるもののまだ砕けそうにない。
「こっちからも砕くか。今出してやるぞ金の種……!」
そして木の折れそうな部分に短剣で何度も何度もダメージを与え……やがて中からの衝撃と共に大木の全てがへし折れた。
大木が崩れてきてジンは慌てて端へと避ける。
木っ端が飛び散る中のっそりと現れたのは巨大な牛だ。
体高はジンの倍以上あり、横幅は洞窟の広い道にどうにかギリギリ収まっている。
筋肉がぎっしりと詰まったような体は、濡れたような美しい黒の毛皮を纏っていた。
頭には前に突き出す二本の立派な角、背からは黒い岩がごつごつと生えている。
その四本の脚は横穴の幅より太く人など一瞬で踏みつぶしそうだ。
「……ッ!」
ジンは戦慄する。
これに勝てるわけがないと一目で感じた。
背筋に寒気が走り、どう考えても危険な黒牛の足元で体を硬直させてしまう。
……だが、牛はジンになど一瞥もくれない。
その目を充血させ怒気を漲らせながらズン、と一歩踏み出し——咆哮する。
「オオオオオオオオ!!!」
そして洞窟中を震わせるような轟音と共に、真っ直ぐ走り去ってしまったのだ。
「死ぬかと思った……絶対敵わないだろあんなの」
戦いにすらならず踏みつぶされ、再び全財産を失って広場に放り出される。
そんな光景を想像してジンはぞっとした。
それまでの敵と黒牛では威圧感が全く違う。
ボスだとしても同じ場所に出ていい強さではないだろう。
「ていうかあれ? あの牛が外に出たってことは、俺がうっかり解放したってことに……」
あの黒牛がこの辺りを駆け回りプレイヤーを蹴散らしたとしたらどうなるだろう。
自分のような初心者は蹴散らされ、ベテランも不意を打たれると死にそうだ。
死んだプレイヤーはアイテムをそこら中に落として広場で呆然とするのだろうか。
「……よし! 考えるのやめよう! どーせそのうち脱出してたんだから俺のせいじゃないない! リングとかトッププレイヤーもいるんだからなんとかなるって!! さー稼ぎの確認しよっと!!!」
牛以外の洞窟内にいたモンスターは全てギルとなってジンの所持金に収まっている。
「稼げたのは21万1630ギルか。うん、かなり多いな! ……でもなんか思ったほどじゃない気がする」
思い出すのは【怨霊鉱山】でのアンデッドラッシュや、【海越えの大燕洞】でのモンスターハウスだ。
あの時はどちらも所持金が100万ギルを越えていた。
どうしてもそのインパクトと比べてしまう。
そして思ってしまうのだ。もう少しどこかにモンスターがいないかと。稼ごうかと。
「あー駄目だ駄目だ! 贅沢言ってんじゃない!!」
ジンは自身の頬を全力で叩いた。
大金を見てまだ欲張るのは失敗に繋がる。イベント初日に落盤に巻き込まれ死んだのもアイテムを深追いしたせいだ。
さらに今回も最後の一体だからと黒牛を解放して死にかけている。
「今回はこのまま帰ろう!!」
強く自分に言い聞かせてジンは帰路へと着く。
■ ■ ■
街までは特にトラブルもなく無事帰りつけた。
門の前まで辿り着いたジンは早速酒場へ行こうとする。
「金は貯まったしまた人雇いに行こう。あと情報のお礼と……クエスト関係のモンスターもいたって報告だな」
門をくぐったジンは、ふと左にある巨大な工房へ目を向ける。
そこは冒険者用に貸し出されている鍛冶の作業場だ。
ただアニカは鍛冶をしていないためここは今関係ない。
ジンが思い出したのは、大工房の向こうにある個人で使える工房だった。
「向こうでユノが作業してるんだっけ」
今回のイベントのためユノには工房を借りてそこで作業をしてもらっている。
工房を借りるための料金は一月分街に払っているため追い出される心配はない。荒くれを雇った時のようにケチったりはしていないのだ。
ユノならアイテムを作るのに失敗する心配もないだろう。
ただジンは今日色々とアイテムを使って所持している分が少なくなっている。
「ブースト薬とポーション、補充してもらうか」
大通りを外れ、巨大な工房を右に見ながら歩いていく。
するとやがてこじんまりした小屋が密集する地区に出た。
小屋には屋根に数字の書かれた看板があり、ジンは借りた小屋の番号を思い出しながら歩いていく。
「えーと1005番、1005番……あ、あった」
密集した地区の中側にある小屋へ辿り着き、ジンはドアをノックする。
返事はない。
留守だろうかともう一度ノックしようとしてジンは思い出す。
「熱中してたら気づかないかもって言ってたっけ」
その時は勝手に入っていいとも言われていた。
ちょっと緊張しながらジンはドアを引いて中を覗く。
「お邪魔しまーす……。あ、ユノ」
ユノは中にいた。
今は作業中の用で、分厚い茶色のエプロンに体を覆い隠すような白いローブ、革の手袋という装いをしていた。
小屋の中は乱雑だ。
部屋の奥にはかまどが設置され、上に平たい大鍋が置かれ何かを似ている。
かまどから少し離れた真ん中あたりに長いテーブルが置かれている。
テーブルのせいで小屋の中はぎゅうぎゅうだ。一人がギリギリ動き回れる程度のスペースしか空いていない。
しかもテーブルの上にはごちゃごちゃと様々な器具や素材が置いてあった。
乳鉢や乳棒。
山もりの薬草。
茶色い粉が盛られた器。
赤や緑や青と様々な色の液体が入った大小の瓶。
ツボのような形をした三脚の鍋。下に火の灯ったろうそくが建てられている。
銅色の箱からストローのような細い筒が伸びて隣のフラスコに繋がったもの。
ユノはそのうち三脚の鍋の前に立っている。
ジンは中に入り邪魔にならない玄関で待つことにした。
「……〈錬金〉ってちゃんと見るの初めてだな」
ユノは盛られた《薬草》をひとつかみ取り三脚鍋へと押し込んだ。
鍋の中からはちゃぷちゃぷと揺れる音がする。水か何かが入っているようだ。
次に茶色い粉をスプーンで掬い少量鍋に振り入れた。
すると鍋の中身が僅かに発光し、同時に突如ごぼごぼと沸騰し始めた。
三脚がガタガタと揺れる程沸騰は酷くなっていく。
爆発でもするのかと心配になるジンだが、ユノは冷静に小瓶を取り、青い液を一滴振りかける。
それで緩やかに沸騰は収まっていった。
やがて音が完全にしなくなった時、ユノはトングを持って鍋の中身をそっと取る。
出てきたのは葉脈が僅かに青く光る草が五つほど。
アイテム名は《高位薬草》と表示されている。
ジンは思わず呟く。
「《薬草》が《高位薬草》になった……」
「えっ」
その声にユノが反応した。
振り向いたユノは、ジンの姿を目にとめると顔を真っ赤にする。
「じっ、ジンさん⁉ なんでここに! ていうかいつから⁉」
「お、おう。《高位薬草》の錬金始めた辺りから、だけど」
「全部見られてた……!」
《高位薬草》をそっとざるに置いてユノは屈みこんだ。
「うう、恥ずかしい」
「い、いや見てたのは悪かったけど。めっちゃ凄かったぞ?」
「あんな沸騰する鍋を見られるなんて……!」
「待って恥ずかしがるとこそこ⁉」
「だって《ハシの粒》が上手く〈調合〉できてたらあんな反応にならないんです! わざわざ《霊液》まで使って整えるなんて……! 待ってください! 今もう一回ちゃんとした〈錬金〉を見せますから!!」
「いいよ別に! 失敗の基準も成功の基準もよくわかんねぇから!」
よくわからないやる気を出すユノをジンは必死に止めた。
そしてユノを落ち着かせてようやく話に入る。
「それでジンさんは何故ここに? もしかしてあまりお金が稼げなかったとか……」
「いやそこは大丈夫。それなりに稼げたから三日ぐらいはまた人を雇える。ただその時にちょっとブースト薬とポーションをそれなりに使ったんだよ」
「えっ! 大丈夫だったんですか⁉」
「ああ、全然問題ない。ていうかブースト薬の効果で助かった」
「そ、それはよかったです!」
ジンの感想にユノは安心と嬉しさを合わせたような表情で笑った。
その笑顔に照れつつジンは話を続ける。
「それで減ったアイテムをまた貰おうと思ってこっちに来たんだ。余ってる分だけでもくれないか?」
「大丈夫です、いくらでも持って行ってください! まず《ポーション》はここにあって……」
ユノがテーブルの下に潜りずずず、と大きな箱を引き出してきた。
中には数百という数の《ポーション》がぎっしり詰まっている。
「うわ多っ!」
「納品の数に制限はありませんでしたからね! まだまだ作りますよ!」
「確かに《ポーション》とか状態異常の回復薬は無制限だったな……にしても多い」
他にもアイテムは作っているだろうにこの数だ。
昨日から夜以外は休みなしで動いているようだ。さっきもジンが来たことに気づかないぐらい〈錬金〉へ熱中していた。
「かなりやる気出してるな、ユノ」
「はい! やっぱり賞品の高位アイテム詰め合わせは欲しいですし」
「——それに、他の街の人たちに手助けができる仕事ですから」
ユノは微笑んでそう言った。
ジンはその言葉に虚を突かれた気分に陥る。
「他の街、に……」
「街を歩いている時よく聞いたんです。ベイギンやネクスタルの被害はマシだけど、他の街は酷いもんだって。この先のゼノや海の向こうのラスティは特にモンスターが強かったらしくて、壁の補修すら間に合わないって」
ユノは心配そうに眉を寄せている。
「ベイギンでもモンスターの侵攻はありました。父や私も薬をたくさん作って、送って。でも、街に被害はほとんどなかったから他の街がそんなに追い詰められてるなんて想像もしてませんでした」
だから、とユノはぐっと拳を握る。
「まだケガも治っていない人への薬や魔物に対抗する道具を送る……その助けになれると思ったら、ちょっと張り切っちゃいますね!
あ! それにベイギンとの貿易路も直してくれるんですって! お父さんと近所の人たちも、もっと簡単に薬とかその素材とか手に入れられるようになるかも!」
ユノの語る展望を、ジンはどこか呆然と聞いていた。
その頭にあるのはただただ「考えてもいなかった」という言葉だけである。
なにせジンがイベントに参加するのはなんとなく面白そうだから、という理由だけだった。
その後は上位に入った時の賞品の金に目がくらんでおり。
そしてイベントが始まってからはいきなり所持金を全て失ってまた金を求めた。
ここでジンは自分の行動を思い返して……ぐあっと天を仰ぐ。
「心まで! 《金の亡者》に! なっている……!!」
両手で顔を隠しながらジンは叫んだ。
それは心から人を心配するユノを前にして、自分の行動が浅ましいと感じてしまったが故の行動だった。
金を稼いでは失って、再び求める。
そんなことばかり考えていた気がしたのだ。
「違う、俺は金を稼ぐために『ランコス』を買ったわけじゃない……! 女の子にもてるため……! いやそれはそれでアレだな!!」
いきなり悶え始めたジンにユノがおずおずと声を掛けてくる。
「あ、あの、ジンさん? 何か混乱の魔術とかかけられました? 薬いります?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと自分が恥ずかしくなっただけだ」
ジンは心配ないと告げる。
ただ顔は手で覆ったままだ。文字通り合わせる顔が無いのだ。
「そうだよな、人の助けになるって嬉しい事だよな」
「あ、はい。でも、私が届けに行くわけではないですから、ちょっと偉そうかもしれませんが」
「いやそんなことないよ。尊敬する考え方だ」
本心からの言葉だ。
NPCだとかゲームだとか、そういうものは関係なくジンはユノを見習いたいと感じた。
ただユノは照れたように、そしてちょっとばつが悪そうに笑う。
「でもやっぱり、楽しんでるのも本当ですから。こんなにたくさん〈錬金〉できたことなかったし、外に出るとたくさん人がいて、動いてて……ちゃんとお祭りなんだなとかうきうきしちゃうし」
「——」
自虐するような言葉。
だがその言葉が一番ジンの心を揺らした。
「……ああ、そうだな」
何故ジンが『ランコス』を買ったのか。
それは当然、ゲームを楽しむためだった。
妹にだってそう言われたのだ。
「……よし!」
ジンは隠していた顔を曝け出す。
そして《ポーション》とブースト薬を貰って立ち上がった。
「アイテムありがとう! 行ってくる!」
「あ、はい! お気をつけて!」
工房を出たジンは色々とやることを考えながら一先ず酒場へと向かう。
ゲームを、イベントを楽しむ。
その目的のためにやることができたのだ。
そしてその道中、ジンはふとリングを思い出す。
『よいゲームライフを!』
『イベント、楽しみましょうね』
ジンが知っているプレイヤーで、かつ『ランコス』をひたすら楽しんでいた少女。
「リングは今どうしてるんだろうな」
その頃リングは——。
突如現れた巨大な黒牛と戦っていた。