三十一話 洞窟
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イベント二日目、土曜日の朝。
グレースから貰った情報を頼りにジンは山脈のふもとへ来ていた。
そこには確かに窪地があり、降りた先には洞窟が存在している。
そして競合相手のプレイヤーもいなかった。
「本当にこの辺人いないんだな」
ネクスタルを出てここに来るまでどんどんプレイヤーの数は少なくなっていた。
草原に行く人は山脈に近寄らず、鉱山へ行く人はわざわざ山脈の外れまで来ないのだ。
窪地の中央に降りると山側に広い穴が空いているのを見つけた。
「で、あれが洞窟か」
洞窟の入り口には人型のモンスターが群れていた。
そいつらはジンより少し背が低く、灰色の肌をして木の先に鉄器を括りつけたような武器を持っている。
「ハイ・ゴブリン……クエストだと見たことない名前だな。モンスターがイベントに関係ないところもちゃんと情報通りか」
情報の正確さにジンはため息をつく。
だがすぐに気を取り直して短剣を抜いた。
「わざわざ鉱石と薬普通に売ってまでお金手に入れたんだ。少しでも稼いで戻らないと」
昨日情報量を払ったせいで2340ギルしか所持金は残っていなかった。
しかしそれでは【怨霊鉱山】より強いモンスター相手に戦えない。
だからジンはユノたちと相談してアイテムを売ったのだ。
納品しなければ貢献度にはならないが、売買は普通にできる。
ユノの薬とアニカたちの鉱石を売ったことでジンの現在の所持金は34200ギルとなっている。
ジンは最後に一度現状を確認する。
「《執着の短剣》は攻撃力取り戻してる。ダメージはスキルで回復できる、よし!」
ジンは洞窟に向けて走り出した。
ジンに気づいたハイ・ゴブリンたちは慌てて武器を構え始める。
「ガァ⁉」
「ゲゲェッ!」
近づいてきたジンへ一番手前にいたハイ・ゴブリンがボロい槍を突き出してくる。
それを当たる寸前で半身になってジンは躱した。
「お前の命を寄こせぇ!!」
叫びと共に短剣をハイ・ゴブリンの首へ突き刺す。
そこは急所だ。
相手の急所を突けばクリティカルが出てダメージが増えること、短剣はクリティカルが出やすい武器であること。
それはアニカから教えてもらっている。
短剣は深く刺さりハイ・ゴブリンは断末魔を上げ倒れた。
「ゲガァ!」
「おっと!」
他のハイ・ゴブリンからの攻撃を屈んで避ける。
と、ちょうど目の前にアイテムが落ちた。
「お、アイテム——うぉあ頭蓋骨⁉」
落ちたのは《ハイ・ゴブリンの頭蓋》だった。
一瞬躊躇するがジンはすぐそれを手に取り、握り砕きながら一度下がる。
「さていくらになった⁉」
ステータスを開き所持金の欄を見る。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv7
▽ステータス
HP:720/720
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:72
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
:〈亡者の激怒〉Lv5
:〈ライフ・イズ・マネー〉Lv6
:〈血の涙〉Lv3
:〈亡者の執念〉Lv1(Max)
『所持金 35700ギル』
■ ■ ■
「34200からの35700だから、1500ギル! 元値は100ギルか! よぉし【怨霊鉱山】のアンデッドの倍だな!」
昨日モンスターを狩っていたのは二時間ほど。
ゴーレムは人が群がるためアンデッドを狙い、それでも2万ギルしか稼げなかった。
それを考えれば一体で1500ギルというのは破格だ。
ジンは比較にならない稼ぎににんまりする。
「できれば1000体ぐらいいてくれよぉ……!」
「ゲガーッ⁉」
ハイ・ゴブリンを蹴散らしてジンは洞窟へと潜る。
洞窟は大通りのように広い一本道が入り口からかなり奥まで続いている。
ただ見渡せる限りモンスターはいないようだ。
「もっと奥に溜まってるのか? ……いや、なんか穴があるな」
道にはたまに人が二人並んで入れる大きさの横穴が空いていた。
見えるだけでも左右合わせて五つはある。
「あの先にいる、のか? とりあえず行ってみるか」
ジンは一番手前にある横道へ一度入ってみた。
中は一度だけ左に曲がる道があったぐらいで後は一本道だ。
そのままずっと進むとやがて見えてきたのは。
「……扉?」
明らかに人工的に作られたとわかる扉が目の前にあった。
横道の幅へぴったり合うように作られた木製のぶ厚い扉だ。
「ここただの洞窟じゃないのか? ダンジョン?」
【海越えの大燕洞】のボス部屋にあった扉をジンは思い出していた。
「でもグレースは別に何も言ってなかったし……」
ダンジョンだとしたらその情報を言わないのか。
あるいはあの金額で出せる情報はモンスターがいるということだけだったのか?
疑問がジンの頭を埋め尽くそうとした時、中から音が聞こえてきた。
『……ルル……!』
『ガゥッ……!』
「ああ中に金いるのか。じゃあとりあえず倒してから考えよう」
ジンは考えるのをやめて扉を開け——ようとすると鍵がかかっていた。
数秒黙って、ジンはおもむろに短剣を振り上げる。
ガンガンガンバキャッ、と。
《執着の短剣》でノブの辺りを何度か叩くと扉の一部が壊れてドアが開いた。
「よし、お邪魔します」
扉を開けるとほんの三歩先に狼型のモンスターがいた。
大型犬より一回り大きく灰色の毛皮を持ち、頭上の名はグラスラン・ウルフと表示されている。
「ウォンッ!!」
「うわいきなり⁉」
対面した瞬間、中にいた六体のグラスラン・ウルフは一斉に跳びかかってきた。
狭い横穴内ではどこに避けても何かに当たる。
ジンは咄嗟に腕を盾にした。
最初に跳びかかってきた狼の牙が腕に突き立った。
「グウゥゥッ!」
ズン、と衝撃が腕に響く。
同時に反撃で急所の首元へ短剣を突き刺そうとする。
しかし狼は身をよじり急所を避けた。
短剣は体に刺さりはした。それだけでは仕留めきれず、その間に二体目が振るった爪が腹に直撃し、三体目が足に噛みついてきた。
「いってぇ……⁉」
衝撃にジンはふらつきそうになる。
レベルが低いとはいえ《金の亡者》はENDに特化した高位ジョブだ。
それに就いたジンが攻撃を受け切れていない。
このままではヤバいとジンは腕に噛みつく狼の体に短剣を思い切り突き刺した。
「グゥゥ……⁉」
「んぐあぁっ!!」
狼が怯み顎の力が弱くなった。ジンは無理やり狼を振り払い下にいる二体へ叩きつけた。
「ガッ⁉」
「グゥ!」
その隙にジンは後ろへ飛んで距離を取る。
横穴が狭いおかげで狼側ももみくちゃになっていた。すぐに体勢を整えるとはいかなそうだ。
ステータスを確認すると700はあったHPが既に500を割っていた。
削れ方にジンは頬を引きつらせる。
「なんか強くないか……⁉」
洞窟のモンスターは【怨霊鉱山】より少し強い程度だとグレースは言っていた。
実際ハイ・ゴブリンはそれぐらいの強さだ。
しかしグラスラン・ウルフはそれよりもう一段強い……【海越えの大燕洞】でのモンスターハウスを思い出させた。
「出し惜しみしてる場合じゃないな!」
ジンはアイテム欄から二つの小瓶を取り出す。
一つは体力を回復するための《ポーション》。
もう一つは《ストレングス・ブースト》……STRを五分間強化する薬だ。
どちらもユノが作った物だった。
そもそもユノをネクスタルへ連れてきた理由はこのブースト薬を作るためだ。今になって目的が達成されていた。
ジンは薬二つを一気に飲み干す。
するとジンの視界の端が僅かに赤くなった。《ストレングス・ブースト》が発動した証なのだろう。
狼は既に体勢を立て直しジンへと再び跳びかかってきている。
それに対しジンは短剣を逆手に持ち振り下ろした。
ジンの頬に爪が掠り、それと引き換えに牙を剥く狼の頭部へ短剣が突き刺さる。
「グゥ……ッ」
強化されたSTRは狼の体を深く抉った。致命ダメージを与えたとジンにも理解できる。
狼は勢いを失って地面に落ち、塵へと変わっていった。
後には灰色の毛皮だけが残されている。
「う、おぉ、すげぇ威力」
「ガァッ」
「グルルゥッ」
手ごたえの違いにジンが慄いている間に、狼は二体怯みもせず襲い掛かってくる。
そうだ、狼はまだあと五体もいるのだ。
慌ててジンも短剣を構えるが——その時、狼同士が途中でぶつかり合った。
「「ガッ⁉」」
「は?」
体勢を崩し転げ合う狼たち。その間抜けな光景にジンは思わず声を漏らした。
当然といえば当然だった。洞窟内は人が二人ギリギリ並べる程度の狭さだ。
そこに体躯のでかい狼が二体も並んで走れば体はぶつかるだろう。
しかし洞窟内に住むモンスターが何故そんなミスを犯すというのか。
「と、とりあえずおらぁっ!」
動揺しつつも立ち上がろうとする狼へ短剣を突き刺していく。
転がる狼たちはSTRが上がっているのもあってあっさりと倒せてしまった。
「えぇ……?」
これから熾烈な戦いが始まると思っていたジンとしては拍子抜けだ。
しかもよく見れば他の狼たちも洞窟内で動くのに苦戦しているようだった。
その後大した怪我もなくジンは狼を全て倒せてしまった。
「……なんかおかしいな」
最後の狼を倒したところでジンは首を傾げる。
狼たちの動きには明らかに違和感があった。
洞窟での動きに慣れていないのはもちろん、他にも二つほど。
「グラスラン・ウルフってたしか【古狼草原】のモンスターだったよな。だったらそりゃ強いわけだ」
狼は跳びかかってくる速度も攻撃の速さもネクスタルでは見たことがない程だった。
【古狼草原】はネクスタル近くから次の街ゼノまで続く広いエリアだ。
そこにいるモンスターは【怨霊鉱山】より強い。
第三の街ゼノ近辺に行けば高位ジョブでちょうどいい強さになったはずだ。
そしてもう一つの違和感は。
「ていうか、こいつクエストの目標にいたよな?」
グラスラン・ウルフはクエストの討伐対象にいた。
しかしそれでは情報が食い違う。
グレースは確かにクエストと関係のあるモンスターはいないと言っていた。なのに実際には存在している。
「これもサービスとか……いや、だったらちゃんとそう言うか?」
ジンが悩んでいるとバキッ、と辺りから物音がした。
それは聞き慣れたドロップアイテムの砕ける音だ。
「おっ、そういえば砕くの忘れてた」
じゃらじゃらと集まってくる金を見たジンは一先ず所持金を確認する。
『所持金 35700ギル』→『56700ギル』
「2万越え!! 高い!!」
六体のうちアイテムを落としたのは四体だ。
それで21000ギルを稼げた。
そう分かった瞬間にジンは疑問を全て放り投げた。
「お得なダンジョン! そう考えとこう!」
ジンは弾む足取りで横穴を戻って行く。
後には壊れた扉だけが取り残されていた。
今日は十九時にもう一度投稿します