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三十話 お得意様

 女主人と出会ったジンは数分後酒場のカウンターに座っていた。

 ランタンの灯りが静かに店内を照らし出し、昼間とはまた違う雰囲気がある。


「悩みを解決できるかもしれない場所があるっていうから来たのに……」


 藁にも縋る思いで女主人についてきたジンだが案内されたのはいつもの酒場だった。


「嘘は言っていないわよ。酒場には偉大な薬があるでしょう」


 女主人は背後の棚から瓶を一つ手に取った。琥珀色の液体が入った瓶の上に《フォロウファン》とアイテム名が表示されている。


「飲めば大概の悩みは解決するわ」

「問題先送りにしてるだけじゃねーか! てか飲めないし金もないし!」

「あら、そうだったかしら」


『ランコス』ではシステム的に未成年が酒を飲むことはできない。

 だがそれ以前に女主人はそのことを知っている。この五日、人を雇うために何度もジンはここへ通っているのだから。

 この女主人はたまにこうして人をからかってくる。

 女主人は改めてメニューを差し出してきた。


「それでご注文は?」

「いや、だからお金が」


 ジンはメニューを断る。今は少しでも金が必要な状況だ。


「あら、どうしたのかしら。昼間は一括で十人も雇っていったのに」

「……色々あって」

「色々ね。例えば、落盤に巻き込まれたとか?」

「!」


 目を見開くジンへ女主人はうっすらと微笑む。


「それで〝祝福〟が発動し、普通はある程度の所持品を落とすだけの所、あなたはお金を全て無くした……そんなところ?」

「なんで知って……」

「貴方と今日仕事をした人員は誰が紹介したと思ってるの」

「あ」


 ジンは言われて気づいた。

 アニカたちは全員この酒場に紹介された者たちだ。今日の仕事が終わった後、落盤が起こったことなどを女主人に報告したのだろう。

 女主人はカウンターに手をついてジンを覗き込んでくる。


「昼間に言っていたわね。『今日から一週間は人を雇うかもしれない』って。もうできないのかしら?」


 その微笑みが自分をあおっているように思えてジンは耐えきれず叫ぶ。


「あーそうだよ! アホみたいなミスで全部失って作戦も何もパーだよ! ちょっと気を付けてたらいくらでも回避できたのに目先の欲につられてさぁ!」


 今までグルグルと考えていたことをジンは吐き出していく。

 看板を見ていれば、〈クリア・クリスタル〉につられなければ、辺りの音を警戒していれば。

 愚痴を吐き出しきったジンはカウンターに突っ伏した。


「ちくしょう俺の馬鹿! 女将! 酒くれ!」

「メニューからご注文をどうぞ」

「マニュアルみたいな対応……!」


 半ばやけになりながらジンはバッとメニューを開く。

 そして本当に酒を頼んでやろうか、と眺めて違和感に首を傾げる。


「なんかメニューの配置が違うような……あ、ジュースの種類が増えてる」

「お酒の飲めないお得意様ができたもの」

「ふーん? じゃあこの《ベイギンアップル》で」

「……」


 注文をしてもいつものように返事が来ない。

 それに疑問を抱いてジンは顔を上げる。

 視線の先では女主人が呆れたような顔をしていた。


「あの《ベイギンアップル》……」

「了解よ、お得意様」

「お得意……? あっ、俺⁉」


 飲めないお得意様というのが自分の事だとジンは遅れて気づいた。

 女主人は足元から瓶を取り出しながらため息をつく。


「サービスを増やしたら気づかれもしないとはね」

「いやだってまだ通って六日ぐらいだし……」

「その六日で数百人は雇っていたでしょう。そんなお客は貴重なのよ」


 イベントまでの五日間、ジンは常に酒場で人を雇ってきた。

 それは額によるNPCの能力の変化を確かめるためだったり、ユノ用の素材を集めさせるためだったり、実際の戦闘で役に立つかを見たりと様々だ。

 酒場の額はまともな人間でも一人1000ギルという格安だ。百人雇っても、多少値段を上げても、出費は数十万程度で済む。

 そうして5000ギルの戦闘職を雇うのが【怨霊鉱山】では最適だと割り出したのだ。


【海越えの大燕洞】でボスが落としたレアドロップを砕いたことで、当時ジンの所持金は300万以上あった。

 そこから50万は削られたが、一つ一つの支払いが細かかったのもあって出費として納得できたのだ。

 後から無駄に使いすぎたかと後悔もしていたが。


 さらにその中で《金の亡者》のレベルがどう下がるのかもある程度把握できた。

《金の亡者》は100ギル使うとレベルが1下がる。

 しかしレベルを上げるため稼ぐ金額が増えていくのと同じように、レベルが下がるのに要する金額も増えていくのだ。

 50万使っても下がったレベルは20程度で済んだ。

 ただ下がっている間に一度でも金を得ると、また下がるのに必要な金額はリセットされて100ギルからとなってしまうが。


 とにかくそんな風にジンは五日間を過ごしていた。

 その間に落とした50万という金は女主人からの待遇を変えるだけの額だったようだ。


「グレース・アマレット」


 女主人は唐突にそんな言葉を呟いた。


「ぐれ……?」

「私の名前よ。お得意様にだけ教えているの。これもサービスだから、他の人には伝えないでね?」


 女主人ことグレースが人差し指をその淡いピンクの唇へと立てる。妙に色気のある仕草へジンはどぎまぎする。


「は、はあ」

「それともう一つ、サービスがあるわ」


 グラスにジュースを注ぎながらグレースは言う。


「うちの商品はお酒と、ジュース、軽食に人……そして情報」

「情報?」

「裏通り近くで酒場なんてやっているとね、色々と詳しくなるのよ。どこの組織が動いているだとか、強力なモンスターが現れただとか、うっかりさんが落盤に巻き込まれただとか」

「誰がうっかりさんじゃ! その通りだよ!」

「後は……お金儲けの方法だとか?」


 薄く笑うグレースの発言にキレていたジンの目の色が変わる。


「あるのか⁉ そんな情報!」

「かも、しれないわ。でも商品と言ったわよね? 当然手に入れるには……」


 グレースはそこで言葉を切る。

 だが言わんとすることはわかる。

 要するに、金が必要なのだ。


「……さっきも言ったけど、そんなにないんですが」

「いくら?」

「全部で2万2340ギル」

「残念。大した話はできないわね」


 グレースはあっさりと首を横に振った。


「ぐぅ……」

「でもそちらの要望次第よ。人を雇う時にも言ったけれど、何が必要なのか教えてもらえないと応えようがないわ」

「そう、だなぁ……」


 ジンは悩む。

 現在必要なものは金だ。だがそれを簡単に大量に稼げるような情報は今の所持金で聞けると思えない。

 なら自分ができることで金を稼ぐには?

 それはモンスターを倒すしかないだろう。


 ならばとジンは全財産をカウンターに置いて聞く。


「今やってる祭りのクエスト、それに関係あるモンスターが大量にいて、人がいない場所ってあったり?」

「さあ」


 グレースはそっけなく首を傾げる。知っているのか知らないのか。

 とりあえず答えてもらえないというのはわかった。流石に欲張りすぎたかと頭を抱え、ジンはもう一段要望を落とす。


「んん……じゃあ、人がいなくてモンスターが大量にいる場所、は?」

「それならあるわ」

「えっ、ある⁉」


 自分で聞いていながらジンは驚いていた。

 ネクスタルに集まったプレイヤーの数からして人がいない場所などないと思っていたのだ。


「お代は2万ギルね」

「払う!」


 モンスターさえいるならそれ以上を稼ぐことは可能だ。問題は人に取られてしまうことなのだから。

 グレースはカウンターの金を数えてしまうと、紙を取り出した。

 それは地図だ。

 ただリングが持っていたものと違い範囲はネクスタル近辺に留まっている。代わりに地形が詳しく書き込まれていた。


 グレースは【怨霊鉱山】と【古狼草原】の中間あたりを指す。


「【古狼草原】へ入る直前、この山脈に近い辺り。ここに窪地があって、そこから洞窟に入れるわ。モンスターの強さは【怨霊鉱山】より少し手強いぐらい。人からは見えない場所だし、出現するモンスターも今回のクエストにはほとんど関係がない。だから冒険者もわざわざ訪れはしないでしょう」


 つらつらと説明されるそれをジンは必死に覚えていく。

 2万ギルの情報だ。聞き漏らしたり忘れるなどありえない。


「よし! じゃあ今から——は無理だな深夜だし! 明日すぐに行く! ありがとぐえっ!」


 すぐさま店を出ようとしたジンは首元を引っ張られた。

 引っ張ってきたグレースは笑顔でグラスを指す。


「飲んで行きなさい」

「あ、はい。すみません」


 言われた通りジンはジュースを飲み干した。


「うわうまっ!! のどごし爽やかでリンゴらしい甘味と酸味が絶妙に混ざり合ってる⁉」

「でしょう?」


 その後、ジンが頼むのは《ベイギンアップル》が多くなった。




※追記

5月28日(火)〜30日まで更新をお休みします。

再開は5月31日になります。

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