二十九話 自責 のち邂逅
一瞬で全ての所持金を失ったジンはステータスを開いたまま広場で固まっていた。
ジンと同じくデスペナルティとなった、あるいは納品に戻ってきたプレイヤーは立ち尽くすジンを疑問の目で見ながら通り過ぎていく。
そんな時間がどれだけ過ぎたのか。
「——さん? ジンさんっ!!」
「はっ⁉」
いつの間にかユノが目の前で叫んでいた。
その叫びに停止していたジンの脳がようやく動き出す。
「ゆ、ユノ? なんでここに」
「なんでって、ある程度アイテムができたから納品しに行ったんです。そしたら帰りにジンさんを見て……」
「帰り? 納品? ここ【怨霊鉱山】じゃ」
「え? 広場ですよ?」
「え? なんで広場に?」
その時ジンは見た。
視界にしっかりと表示されているステータスを。
その所持金の数字が0になっているのを。
「うっ……」
「ジンさん⁉」
再び頭が真っ白になりかけたがユノの声でジンはなんとか正気を保った。
しかし体の姿勢を保つことはできず膝から崩れ落ちる。
「うっ……うっ、おおぉ……金、金が……!!」
「お、お金?」
「し、死んで、全部無くした……!」
「全部⁉ と、というか死んだって。大丈夫なんですか⁉」
ユノの心配に大丈夫とは答えられない。
体に一切傷が無くとも心に負った傷が甚大すぎるのだ。
ユノはジンの体を心配していたが、思い出したように手を叩く。
「あ、そういえば冒険者の人たちは〝祝福〟があるんでしたっけ」
「〝祝福〟……?」
「死んでしまうような怪我を負っても冒険者は街へ戻ってこれる、らしいんです。怪我も治ってしまうとか。ただ持ち物を落としたりもしてしまうらしいですけど」
「そのせいか……!! 金が無くなったのは……!!」
プレイヤーが生き返るシステムを『ランコス』では〝祝福〟と呼ぶらしい。
しかしジンにとって重要なのは金がなくなったという点だった。
のたうち回るジンをおいてユノは辺りを見回す。
「ところでアニカさんは無事なんでしょうか」
「あ!」
そこでようやくジンはアニカたちのことを思い出した。
かなり距離は離れていたはずだが落盤はどれほどの規模かわからない。巻き込まれている可能性もある。
「完全に忘れてた俺の馬鹿……! ちょっと確認しに行ってくる!」
「はい、お気をつけて!」
ジンは人をかき分け門へと駆ける。
■ ■ ■
レベルが1に戻った状態だが【怨霊鉱山】までは楽に着けた。
平原でもやはりプレイヤーが大量にいてモンスターが狩られていたのだ。
アニカたちはちょうど【怨霊鉱山】を降りようとしていた所だった。
「アニカ! と荒くれたち!」
「ジン⁉」
アニカはジンを見た瞬間に全速力で駆け寄って、ガッと体を掴み揺さぶってきた。
「大丈夫か⁉ 生きてるか⁉ 化けて出たんじゃないよな⁉ ていうかなんでそっちから出てくるんだ⁉」
「おぐおうごう、だ、大丈夫。大丈夫だから! ほら〝祝福〟っていうのがあるとかなんとか!」
揺さぶられながらジンは必死にアニカを落ち着かせようとする。
〝祝福〟の説明を聞き終えるとアニカは大きく息を吐きながら座り込んだ。
「はぁ……よかった」
「悪い。心配かけた」
本気で心配していたらしいアニカにジンは謝る。
そして落ち着いたところで坑道の方へ目をやる。
「ところで、アニカ。坑道はどうなったんだ?」
「ああっ、そうだ!」
アニカは勢いよく立ち上がり坑道を指す。
「ジンが行ってちょっとしてから滅茶苦茶でかい音と振動が起こってさ。収まった後に入ってみたんだけどかなり手前まで落盤が起きてたんだ。それでジンが巻き込まれたのに焦って……でも、あたしには何もできないから」
アニカは震える程両手を握り込んでいる。
「街から《採掘師》を連れてこようかと、今戻ろうとしてたんだ」
《採掘師》は採掘含めて掘ることに特化した基礎ジョブだ。
「ああ、だから鉱山降りようとしてたのか。まあそっちは全員無事そうでよかったよ。アニカも落盤したとこに踏み込んでるけど、怪我とかはないのか?」
「うん、あたしは大丈夫だよ。ただ……」
アニカはちらりと後ろの荒くれたちを見る。
その視線に気づいた荒くれの一人、目に傷のある禿頭の中年がずいと前に出てきた。
「怪我はないがよ。ちょいと要求がある」
「要求?」
「あんまり深く潜るのは無しにしてくれねぇか。モンスターの戦闘ならともかくあんなでけぇ落盤は死んじまう」
「あー……」
荒くれたちの意見は最もだった。
今回の契約はモンスターとの戦闘と採掘だ。事故への対処は業務外である。
しかも荒くれたちは採掘に関するジョブについているわけではない。やれと言ってもできないだろう。
「わかった。じゃあ浅いところで頑張ってくれ」
「おう」
「アニカも、もうちょっと頑張ってもらっていいか?」
「ああ! 夜までって契約だしな」
元気に答えてアニカたちは採掘へと戻った。
その背を見送った後ジンは頭を抱える。
「やっぱり《採掘師》雇っとくべきだったか……? あの落盤どうにかできるってんだからな……」
アニカたちとイベントについて相談した時、《採掘師》の話は出てきた。
鉱山で採掘をするなら必ず役に立つから、と。
だからジンも雇おうかとも考えたが、酒場にはその人員がいなかった。
ではギルドで正規の人間を一人雇えばいいのではないか?
基礎ジョブの人員は1万ギルのはずだ。荒くれたちが5000ギルなら倍程度でしかない。
が、そう上手くは行かなかった。
「人材の高騰が起こるとは……」
今回ギルドのNPCを雇おうとすると、通常の倍以上の値段を要求されたのだ。
《採掘師》など3万ギルだった。
その理由はイベントだ。現在は街中の人間が復興の素材を集めるため動いている、という設定になっている。
つまり人はあらゆる場所に引っ張りだこになっている。それを一人が雇おうとすると、値段も相応になるらしかった。
「まあどっちみち明日から雇う金もないんだけどな! か、金がない⁉ うっ……!」
所持金の0を思い出して再びジンは意識を飛ばしかける。
だが今度は自力で踏みとどまった。
そしてユノたちと共に立てた作戦を思い返す。
「俺がモンスターを討伐するクエストを受けて、その間にアニカが荒くれと採掘。
他に採取用の人員も雇って採取をさせ、それを使ってユノが貢献度の高いアイテムを生産……って手筈だったが」
今日ジンがついてきたのはただの試しだったのだ。
本来はジンが自由に動き、他のメンバーには得意分野で頑張ってもらうつもりだった。
「金が無くなった以上人は雇えない。荒くれたちは試しに一日だけ雇ったから、明日の今ごろにはいなくなるし……。
ユノ用に買った材料も二日ぐらいで使い終わるって言って……あっ、ていうか」
衝撃的なことに気がつきジンは思わず口元に手をやる。
「アニカも雇ってるんだった! 500ギルだけど今はそれすら払えない……!」
ジンは再び頭を抱える。
「一週間の作戦が全部パーだ……いや、今からでも雇えるだけの金を稼げばいけるか?」
ジンは【怨霊鉱山】のモンスターを討伐するクエストも一緒に受けている。
それで貢献度を稼ぎながら、ドロップアイテムで金を稼ぐ。
普段ならそれでも数万から数十万は稼げるだろう。
しかし、今は。
辺りを見回せばいまだにプレイヤーによってモンスターは狩られ続けている。
「ここで稼ごうとしてもそもそもモンスターがいない……」
さっきまでは危険が少なくて楽だと思っていたプレイヤーたちの狩り。
それが今はジンの金策を阻害している。
「……一回落盤したところの〈クリア・クリスタル〉だけ見に行くか。壁にあったやつ剥がれてたりしないかな」
ジンは微かな希望に縋り坑道へと入っていった。
しかし当然アイテムが落ちているようなことはなく。
モンスターの討伐も捗らず。
夜まで粘って二万程稼いだところで、ジンの初日は終わったのだった。
「はぁー……」
ジンは未だプレイヤーが多く行きかう大通りをとぼとぼと歩いていた。
今日だけで257万8750ギルを失ったこと。
そのせいで五日前から立てていた作戦が行えなくなったこと。
さらに追加の資金も大して稼げなかったこと。
「あの時〈クリア・クリスタル〉を追わなきゃ今でも……。
てか落盤注意の看板を見逃さなきゃ……。
アニカたち巻き込まなくてよかったけど……。
いや過ぎたことだ!
…………うぅーん、けどなぁ……!」
こうなった原因を思い返しては、割り切ろうとして失敗する。
そんなことをジンは繰り返していた。
「明日からどうすっか……」
「あら、昼と違って辛気臭い顔ね」
「んぇ?」
通りすがりにかけられた声にジンは気の抜けた返事をする。
ただすぐにその声が聞き覚えのあるものだと思い出した。
にっこり笑っているその人は。
「何か悩み事かしら、お客様」
ジンが人を雇うために通っている酒場。
その女主人だった。