二十六話 リザルト(前編)
巨大半魚人から出たアイテムが砕けてギルに換わっていく。
ギルが腕に吸い込まれていくのを見ながら、ジンはその場へ仰向けに倒れ込んだ。
「よう、やく……終わった」
倒れたまま辺りを見れば、モンスターがひしめき合っていた部屋は広々と見渡せるようになっている。
代わりにジンはゲームの中でなければそのまま寝てしまいそうな程疲労困憊となっていた。
「はぁ……アンデッド相手だと……ここまで疲れなかったんだけどな……」
これだけ大量のモンスターを相手にするのは【怨霊鉱山】でも一度やった。
しかしあの時とは状況が違う。
そもそも相手は高位ジョブが前提の強さをしていた。
〈亡者の激怒〉で大幅にステータスを上げてようやく楽に戦えるぐらいだ。さらにそれでも攻撃を受けるわけにはいかなかった。
〈亡者の激怒〉でENDは上がらないからだ。
いや、むしろ攻撃を受けるとギルを消費するせいでレベルは下がり、同時にENDも下がってしまう。
Lv1の状態では今回の敵の攻撃は受けられないのだ。
さらに〈亡者の激怒〉には効果時間がある。
十分を過ぎれば上がっていたステータスは無くなってしまう。スキルを再び使えるようになるまでのクールタイムがあり、それが過ぎるまで耐える必要があった。
しかしその時はギルの消費が無いということでもある。
この時は〈亡者の換金〉で稼げばレベルは上げられた。
故にジンが取った戦法はこうだ。
〈激怒〉が発動している間に何体かのモンスターを弱らせておいて、効果が切れる直前にそれらを倒す。
すると〈激怒〉が切れている間に〈換金〉が発動してレベルが上がりさらに体力を回復できる。
上がったENDで〈激怒〉が再び発動できるようになるまで耐え、〈激怒〉が発動している間にまたモンスターを弱らせる。
これを〈血の涙〉が発現するまで繰り返したことでジンは生き延びたのだ。
〈ライフ・イズ・マネー〉も含め、どれかのスキルがなければ死んでいただろう。
「そういえば、今ステータスどうなってるんだ……?」
途中から所持金だけを見てステータスは見ていなかった。
そして巨大半魚人を相手にしている時は所持金も見ていない。
「確か最後に見た時の手持ちは100万ギルちょっと越えてたぐらいだったような」
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv31
▽ステータス
HP:1501/2160
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:207
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
:〈亡者の激怒〉Lv5
:〈ライフ・イズ・マネー〉Lv5
:〈血の涙〉Lv3
:〈亡者の執念〉Lv1(Max)
『所持金 2580000ギル』
■ ■ ■
「にひゃく……ごじゅうはちまん……?」
ジンは跳ねるように立ち上がりその数字を凝視した。
そしてその脳が瞬時に巨大半魚人のドロップがどれほどの値だったかを計算し始める。
「今の俺のHPが1501、〈亡者の執念〉でHP1の状態で生き残ったから、〈ライフ・イズ・マネー〉で1500回復した。1000ギルでHP1回復だから、1500×1000で」
ジンはすぐにその額へ辿り着いた。
「150万……!!」
これまで一度に手に入れたギルとしては最高の数字だった。
さらに持ったことのある額としても最高額だ。
ジンは疲労も忘れて小躍りしそうになる。
「あー、それでレベルも30越えてるんだな」
〈亡者の激怒〉で下がったレベルも、取り戻すどころか元より遥かに上がっていた。
「お疲れ様です」
「うおぉ!?」
後ろからいきなりリングが声を掛けてきた。
驚かされたジンは不機嫌に振り返る。
「毎度毎度突然近くに来るのやめてくれよ……!」
「私からすると突然でもないんですよ」
「こっちの気持ちを考えて⁉」
「それで、スキルの方はどうでしたか?」
相変わらずリングは話を強引に進めてくる。
「まあ、色々覚えられた。しかもかなり有用そうなのを」
「上から見ていてもモンスター相手の大立ち回りは圧巻でしたね。自身へのバフに、HP回復、相手へのデバフといったところですか?」
「なんでわかるんだよ。そうだよ。あ、あとHP1で耐えるスキルも最後に覚えたな」
「食いしばりですか。うーん、本当に有用なものばかりですね。しかしこの二時間ほどでそんなにスキルを覚えるとは……ピンチに反応しやすすぎますね。それともこれまでにも似たような戦闘経験があるのか——」
ぶつぶつとリングは何か考察を始めた。
ジンはそれを中断するように口を挟む。
「あー、それより! 〈亡者の換金〉無効化するようなスキルは覚えなかったんだけど!」
「む、それは確かに」
リングははっと顔を上げた。
いくらいいスキルを覚えられたとはいえ、また検証と称してこんな戦いをさせられたら身が持たない。
ジンは話を逸らせたことに安堵する。
「ではもう一度モンスターハウス行っときます?」
いや全然逸らせていなかった。
そりゃスキルを覚えていない、という話をしたら覚えられる状況に放り込まれるだろう。
「いや! いい! もう十分協力してもらったから! 後は自分で何とかします!」
必死に拒絶するジンにリングは首を傾げる。
「そうですか? まあ、もうスキルは覚えられませんしね」
「え?」
「ジョブの位階によって覚えられるスキルの数は変わるんですよ。基礎なら四つまで、高位なら六つまでです。ジンさんはもう六つ覚えてますから」
「えっ、じゃあこれからもうスキル追加されないってこと⁉」
「いえ、ギルドに行けばスキルは選んで消せますから大丈夫ですよ。ただ……」
リングは顎に手を当てて思案する。
「ここまで出てこないとなると、〈亡者の換金〉のデメリットを消すのは容易ではなさそうですね。もしかしたらずっとそんなスキルは出ないのかもしれません」
「そうなのか?」
「いえあくまで推測です。私もよくは知りませんからね」
「そうか……まあ、でももういいかもな」
ジンは〈亡者の換金〉を無効化する必要性をもうあまり感じていなかった。
「おや、いいんですか?」
「今回覚えたスキルがどれもギル大量に消費してそれ以上に獲得する、って感じだからな。噛み合いすぎててあんまりここから変えなくてもいいかなって」
「ギルの消費と、獲得ですか。なるほど……確かに覚えたスキルによっては〈亡者の換金〉ごと無効化してしまうかもしれませんしね」
「ああ。……色々と言いたいことはあるけど、ほんっっっとに色々と言いたいことはあるけど……協力してくれてありがとう、リング」
モンスターハウスへ落とされたことや、死ぬ直前にギルを失うリスクについて語られたことなど、不満はある。
しかしそれ以上に多くの事を教えてもらったのだ。
ジンはリングへと頭を下げて礼を言った。
「いえいえ、お気になさらず。こちらこそいいものを見せてもらいました」
ジンが顔を上げるとリングは楽しげに笑っていた。
「まさかモンスターハウスの群れを一人で全て倒すだなんて。それもあのキング・マーフォークまで」
「キングって、あの巨大半魚人か」
「あれはモンスターハウスを殲滅した時限定で出てくるボスモンスターなんです。二階層のボスよりも強いんですよ」
「ああ……マジで強かった。もうちょっとで〈亡者の激怒〉の効果時間切れてたし。そうなったら勝てなかっただろうなぁ」
「しかもレアドロップまでしてましたしね。砕けちゃいましたけど」
「レアドロップ?」
「倒した時に巨大な槍が落ちたでしょう? あれは《キング・フォーク》という武器なんですが、性能もいいし見た目や名前のネタ感を気に入って使う人がいるんですよ」
「そ、そう」
キング・マーフォークの武器が《キング・フォーク》とは。
どこまで行ってもマーフォークはネタ枠らしい。それに苦戦していたジンは微妙な気分になる。
リングはそんなジンを見ながらぼそりと呟く。
「本当は死にそうになったら助けるつもりだったんですが……自力で突破するなんて」
リングは楽しげに笑う。
その手は興奮したように自身の剣を握りしめていた。
「さて、ではジンさんはこのダンジョンに来た目的を果たしたわけですね」
「え? ああ、そうだな。スキルはちょっと違うけど手に入れたし」
「そして私の目的も果たされました。あれだけ戦い方やスキルを見せて貰いましたからね。《金の亡者》への好奇心は満たされました」
「そういえばそんな目的だったな……じゃあもう戻るのか? てか戻れるのか?」
ダンジョンからの脱出方法をジンは知らない。
「メニューから脱出を選べばいつでも戻れますよ。——ですが、もう一つ脱出手段があります」
「もう一つ?」
リングは自身の剣を抜いてモンスターハウスの出口を指さした。
「ボスを倒すことです」
「ぼ、ボス? いや、俺もう戦えないんだけど。というか戦いたくないんだけど」
「安心してください、戦うのは私です。……《金の亡者》について少し情報を貰いすぎましたからね」
リングはどこか凄みのある笑みを浮かべる。
「お礼に私のジョブと、スキルを見せましょう」