二十四話 激怒
基礎ジョブのレベルをカンストさせれば二つ目のジョブに就ける。
その説明にジンは疑問を持った。
「基礎ジョブのってことは、《金の亡者》みたいな高位ジョブだとカンストさせても無理とか……?」
「いえ行けますよ。すみません言い方が悪かったですね」
疑問に対してリングは眼鏡を上げて答える。
「基礎じゃなく高位のカンストでセカンドジョブを解放した人がうちのクランにいます。基礎ジョブのっていうのは一般的な例ですね」
語りながら、リングはネクスタルからずっと左にある街を指す。
「そして大体はこの三番目の街ゼノでセカンドジョブに就くか、解放されているなら高位ジョブへ転職するかを選びますね」
「ここでようやく高位ジョブが出てくるのか……ゼノまで行くのってどれぐらい時間かかるんだ?」
「私の周りの人は三日から一週間ぐらいですね。三日で行ければ早いと思います」
「リングは?」
「私は初日に辿り着きました」
「早っ!」
三日で速い、という話をあっさりぶっちぎっていった。
リングは自慢げな顔をする。
「これでも最速と呼ばれているので」
「にしても、それだけかけてようやく基礎ジョブがカンストするぐらいなんだな。そりゃ《執着の短剣》は強いわけだ」
「わかってもらえましたか。ちなみに最後辺りの街だと高位ジョブ二つをカンストさせているような人ばかりになります」
「かなりやり込んでそうな人たちだなぁ……」
『ランコス』がリリースされてまだ二か月だ。
基礎ジョブをカンストするのに早くても三日かかる。さらに高位ジョブを解放するにはレベルだけ上げればいいわけでもない。
二か月でそこまで辿り着いているのは、よほどゲームに慣れているかプレイ時間が長いか。
あるいは両方なのだろう。
「ではこんなところで街の解説は終わりましょう」
眼鏡と地図しまうリングを見て、ふとジンは聞いてみる。
「トップクランのリーダーってことは、リングも高位ジョブ二つ持ってるのか?」
あっさり「もちろん!」と答えられるだろうと思っての質問だった。
しかし何故かリングは意味深に微笑む。
「ふふふ、その内お見せしますよ」
「いや今言ってもいいんじゃ」
「さて、では話を戻します!」
またも強引にリングは話を打ち切った。
「本題は《執着の短剣》の攻撃力が序盤にしては高すぎる、ということですね」
「ああ、そんな話だったな」
「スキルが発現しない理由はそれなんじゃないでしょうか」
「攻撃力の高さが?」
リングはビシッと指を立てる。
「正確には苦戦をしたことがない、という点です」
「苦戦?」
眉をひそめるジンにリングは質問をしてくる。
「ジンさんは私と会った後ジョブを変えましたか?」
「え? あー、いや。変えてないな」
アドバイスをされながら変えなかったことにジンはばつの悪さを覚える。
しかしそれを責めるでもなくリングはにこにこと笑って再び質問をする。
「《富豪》のまま行動していたんですね。ではその時、《金の亡者》が解放される直前! ジンさんは何かピンチに陥っていませんでしたか?」
「まあ、陥ったけど」
「具体的にどういう状況に? 例えばHPがとても減った状態でずっと活動していた、だとか」
「よくわかるな。確かにHP1になったまま何度も戦闘して……」
そう答えた所でジンは何か嫌な予感を覚えた。
目の前のリングがそれを聞いた瞬間に笑みを深めたのだ。
「ちなみに稼げる額はおいくらほど? これまでの最高額は⁉」
「え、ひゃ、100万ギル……」
「100万! たったの三日で! いえそれよりも短い時間で! その額……つまり、そういうことなんですね!」
「何が⁉ ちょっと待てなんかヤバい雰囲気を感じるぞ!」
「《富豪》のジョブ! 減ったままのHP! 危機に陥ってなおそのままに……わかりましたよ、《金の亡者》の条件が!!」
ジンの静止など聞かずリングは叫ぶ。
「《金の亡者》とはつまり、お金への執着で強くなるジョブです!!」
そして勢いそのまま滝のように語り始めた。
「《富豪》というお金持ちなジョブに就きながらHPが減ってもそのまま! 回復アイテムは買わない! 誰かに治してもらうよう依頼するでもない! この行動は自分の怪我を治療するより金を失う方が嫌だ、という意志の表れとなります!
さらに高いENDとHPもまたお金への執着の表れ! 自分が頑丈になればお金を使わなくてもいい! さらに殺されて奪われることもない! いやもはや自分がお金を守るという表現ですらあるのかもしれません!
しかしジンさんのプレイ時間からして《富豪》のレベルを上げたわけでもないのでしょう。そうでありながら高位ジョブとしてある! さらには100万ギルもの金額を稼げる!
ということは……相応に解放難易度が高いと見ました!
戦闘のできない《富豪》で、HP1まで減らし、十数度……あるいは数十度の戦闘を経験してようやく、といったところでしょうか! さらに就いた後も〈亡者の換金〉によりドロップアイテムは手に入らないというデメリット! ただひたすらに金を追い求める姿勢!
ふーむパーティメンバーの協力が許されるのかは気になる所です! クランやパーティで運用することが前提の《富豪》でありながら、一人での戦闘で解放されるのか……いえ厳しすぎますね!
この執着っぷりを考えるなら、そう、お金を使うとレベルが下がるなどのデメリットがもう一つ二つある、と考えるべきでしょうか!
だとしたらジョブ名にたがわぬその金銭欲、まさに《金の亡者》!!」
己の推測をすべて吐き出しリングはふぅー、と満足げに息を吐く。
「どうですか、手に入れた経緯は合っていますかジンさん! ……ジンさん?」
リングが答え合わせにジンへ声を掛ける。
だが視線の先にジンはいない。視線をふと下げると足元でジンは崩れ落ちていた。
「ジンさん? どうしました?」
「俺は金の亡者じゃない……!」
金への執着、金を追い求める、まさに《金の亡者》など、トラウマを刺激するような言葉を美少女に吐かれ続けたジンは涙ながらに岩を叩いていた。
「だって治せるような状況じゃなかったんだ……! てか別に金に執着して死にたくなかったわけじゃ……!」
リングにジンのトラウマは知りようがない。
しかし何かしらショックを受けているのだろうことはわかる。
だからリングは解決方法を考え、そして思いつく。
「なにも考えられなくなるぐらい追い詰めましょうか。ちょうどやろうとしてたことですし」
地獄の鬼でもそうそう考えつかない方法をリングは実行することに決めた。
■ ■ ■
「ジンさん。ジンさーん!!」
「はっ!」
耳元で大声を出されてようやくジンは正気に戻る。
「はいどーん」
「は?」
そしてその瞬間に背中を押された。
ダンジョンへ入る前、崖から落ちた時のことをジンは思い出し——そして今同じようにジンの体は落下していた。
「はあああああぁぁぁ!!? おぐえぇ!!」
短い落下の直後ジンは頭から岩の上に落ちた。鈍い衝撃と振動が頭に走り、痛みこそないが酔いそうになった。
ジンはすぐさま起き上がり顔を上げる。ジンが落ちた穴からリングが見下ろしている。
「何すんだてめぇー!!」
「突き落としました!!」
「よーし今度は俺がお前を突き落とす!!」
「ええ、できるものなら」
岩壁に足をかけて登ろうとしたジンだが、リングの笑みが不穏な様子であるのに気づいた。
寒気を覚えて辺りを見回すが、周りは真っ暗で何も見えない。
夜でも行動に支障がない程度には明るかったのにここは足元すら満足に見れなかった。
「なんだここ……?」
「ここはですね」
リングが口を開くのと同時にボッと何かが音を立てた。
音の方を見るとジンの頭の上ぐらいに燭台があった。そこに火が灯っている。
一つ目が灯ったのをきっかけに火はボッ、ボッ、と等間隔に灯っていきジンのいる空間を照らし出した。
「……は?」
見えた光景にジンは声を漏らす。
そこは奥行きや横幅が百メートルはある広い空間だった。
最初の洞窟と違い水場はなく床の全てが岩場になっていて——そして、モンスターがぎっしりと詰まっていた。
三叉槍を持つ半魚人の他、頭に棘を生やすタコや、鋭く巨大な鋏を持つ蟹、銀色のヤドカリ、青色のうごめく粘液、水の滴る二足歩行の岩……。
人並みかそれ以上に巨大なモンスターたちが全員、ジンの方を向いていた。
ジンはゆっくりとリングの方を見る。
リングはにっこりと微笑んで言う。
「ここはモンスターハウスです」
その言葉を合図としたようにモンスター達は一斉にジンへと突撃してきた。
「「「「ギギギギギギギギギギ」」」」
「うおおおおぉぉぁぁぁぁ!!!」
ジンは咄嗟に逃げ道を探すがそんなものはどこにもない。上に登るのにも時間が足りない。
だからもう、短剣を構えるしかなかった。
「ギエェッ!」
「おらあぁ!」
マーフォークが突き出してくる槍を屈みこんで避け、体ごとぶつかるように短剣を刺す。
「ギッ⁉」
だがマーフォークはそれでは死なない。もう二度突き刺すとようやく光の塵になった。
「よし、あだっ⁉」
しかしマーフォークへ時間をかけている間に蟹に横から近づかれその鋏で体を殴られた。
「このっ、てぇ⁉」
蟹へ短剣を振るうジンだが、鋏に当たった短剣はガインと硬い音を立てて弾かれる。
驚愕する間に今度は腹へ水の弾が直撃する。
「いってぇ……⁉」
水弾の衝撃はジンの体を一瞬浮かせるほど強かった。マーフォークの槍など相手にならないほどだ。
【怨霊鉱山】でも、【豪熊の森林】のボスであるガルレット相手でもここまでのダメージは食らったことがない。
困惑するジンへリングから声がかけられる。
「ここはダンジョンの二階層です。敵の強さはゼノ近辺……高位ジョブに就いたばかりだと苦戦する程度ですね」
「……!」
呑気に解説をするリングへ何か怒鳴りたいが、そんな暇はなかった。
既にジンはモンスターに囲まれているのだ。
リングは話を続ける。
「先ほど《金の亡者》について語りましたね。ピンチに陥ってもお金を使わないことが条件で解放されるのではと。
私は思いました。そんなジョブがスキルを手に入れるには、ピンチに陥るしかない、と」
リングの話に耳を傾けていたジンは注意を怠り、水の滴る岩でできた黒いゴーレムに殴り飛ばされた。
飛ばされた先は運悪く部屋の真ん中だ。
そこはモンスターが最も密集している場所である。
「ですがただのピンチでは意味がありません。なので、もう一つ、《金の亡者》のデメリットについて推測を語ろうかと。100万ギルものお金を簡単に稼げるジョブということは——」
迫るモンスターの群れにもうこれは死ぬのでは? とジンが諦めかけた時。
リングは決定的な一言を放つ。
「——簡単に失う、ということでもあるのでは?」
そのリングの声は、ジンの耳へ妙に響いて聞こえた。
「高耐久で死ににくいジョブ、ということはもしや死んだその瞬間にお金を全て失う——」
バキ、と乾いた音が響く。
それはジンへとどめを刺さんとばかりに振り上げられた蟹の鋏が、砕け散った音だった。
それによりジンの命は助かった。
しかしジンは蟹の方を見ていない。ジンが見るのは視界の端に出現したウィンドウ。
【スキル〈亡者の激怒〉を獲得しました】