二十二話 【海越えの大燕洞】
門へ入る瞬間、ジンは咄嗟に目を閉じた。
しかし地面にぶつかる衝撃も、海に落ちる感覚も襲っては来ない。
「着きましたよ」
隣からリングの声がしてジンはゆっくりと目を開く。
「……洞窟?」
そこはうっすらと明るい洞窟の中だった。
足元も壁も全てがでこぼこした黒い岩に囲まれている。
洞窟は数十メートル先まで見えるぐらいには広い。だが地面の三分の一は深い水たまりがあって、歩けるのは水に浸かっていない場所だけのようだ。
また岩肌にも水が滴っているようで、たまに上から雫がぽつんと落ちてきた。
「これ、海の臭いか?」
辺りからは潮の臭いが漂ってきている。水たまりは海水なのだろうか。
「ここはダンジョン、【海越えの大燕洞】です」
リングは手で洞窟を示す。
「ダンジョンって」
「入り組んだ古代の遺跡や、モンスターが住みついた自然の洞穴、そういった場所がダンジョンと呼ばれるようです。まあここはだいぶ特殊な入り方をするんですが」
「そういやなんでいきなり俺突き落とされたの⁉ めっちゃくちゃ怖かったんですけど⁉」
「【海越えの大燕洞】はあの崖から落ちて、さらにこの《崖鳥の鳴き笛》を吹かないと入れないんですよ」
「ああ、なるほ……いやじゃあ最初に説明しろよ! 突き落とす必要はないだろ!」
「説明すると怖がって飛び降りれない人も多かったので。こっちの方が早いですね!」
「早さより丁寧さを意識しろ!! 俺がここで抗議する分結局遅くなるだろ!!」
「では今回の目的の再確認をしましょう」
無視して進めれば早さは変わらない。
そう言わんばかりの強引な話題戻しにジンは二の句を告げなくなった。
「私の目的は《金の亡者》について詳細な情報を得ること。そしてジンさんの目標は《金の亡者》のデメリットを打ち消すスキルを手に入れること、ですね」
「……うん、そうね」
「ここは人目もありませんし、色々検証をするのにもちょうどいいですね」
「そりゃあんな入り方したくない人の方が多いだろうしな」
「いえ、そもそもここはうちのクラン以外に見つかっていませんから」
「なるほど……えっ」
さらりと明かされた情報にジンは硬直する。
「クラン以外に見つかってない、って……それは俺にバラしちゃ駄目なんじゃ」
「まあ駄目ですね。ダンジョンは色々と報酬が美味しいのである程度独占したいですし」
「なんでやっちゃ駄目って解説したことを自分でやるの?」
「ですが完全に踏破したダンジョンは普通に公開しますよ」
「あ、ここはもうクリアしてる感じ?」
「いえここは全然終わってませんが」
「さっきから状況に関係ない解説するのやめてくれない?」
リングはにっこりと微笑んだ。
「でも、ジンさんはばらさないでしょう?」
「……そりゃ、まあ」
美少女の微笑みを近距離で見せられたジンは勢いを無くす。
「それにもしバレても《崖鳥の鳴き笛》がなければここには入れません。そして笛は簡単には手に入れられません。つまり問題なしです!」
「そうか……?」
「まあ後でクランメンバーには怒られるんですが」
「問題あるじゃねーか」
「それでは早速検証の方を行いたいんですが……その前にジョブについて今わかっていることを教えてもらってもよろしいですか?」
リングはじっとジンを見つめてくる。
「これから知ろうって話じゃなかったか?」
「広場で言ったように、基本的にジョブ名や最初にあるスキル名から予測できるような行動を取った方がスキルは覚えやすいんです」
「ああ、言ってたな」
「例えば《剣士》なら剣を振っていればスキルを覚えますね。ですが《金の亡者》というのは名前から行動がわかりづらいため、できれば今スキル名などを教えてもらえるとアドバイスがしやすくなります」
「あー、なるほど」
ジンは今持っているスキルの名前と効果を伝える。
「うーんなかなか尖ってますね。しかしスキルレベルがマックスになるほど戦っているなら、もう一つぐらいスキルを覚えても良さそうなものですが」
「戦闘じゃ覚えられない、とか?」
「どうでしょう、採取も対象とはいえ〈亡者の換金〉は戦闘が前提になっている気がするんですが。……そうですね、戦闘中に少し違う行動をしてみるとかはどうですか」
「違う行動か……」
「例えば《剣士》ですが」
リングは腰に装備していた長剣を抜いた。
「《剣士》のジョブは最初に〈スラッシュ〉というスキルを覚えています。これは剣を大きく横に振る動きをしますね」
言いながらリングは剣を軽く横に振った。
「そして〈スラッシュ〉をずっと使い続けていると、〈ハイ・スラッシュ〉というスキルを覚えます」
続けてひゅんっと大きく鋭く剣を振る。
「これは単純に〈スラッシュ〉の強化版ですね。横に振る時の威力と範囲が伸びます。こういう風に《剣士》なら剣を振っているとスキルを覚えるわけです」
「まあわかりやすいな」
「ですが〈スラッシュ〉を使わず、縦に剣を振るう動きをする人がいたとします」
今度は上段に剣を構え、振り下ろした。
「この動きをずっと行っていると〈バーティカル・スラッシュ〉という、剣を縦に振る時の威力が上がるスキルを覚えるんです。これは普通に〈スラッシュ〉を使っているとほとんど気づきません」
「そんな風に変わったやり方をするってことか。……ぱっと思いつかないな」
「では、まずパーティを組んで戦ってみましょうか」
リングがウィンドウを開き何か操作をする。
するとジンの目の前にフレンド申請の時と同じようにウィンドウが現れた。
【リング とパーティを組みますか? はい/いいえ】
「パーティ? って何?」
「ご存じないですか? パーティを組んでいると、モンスターを討伐した時の経験値やドロップアイテムをパーティメンバー全員が得られるんですよ」
「へぇー。組んでないと入らないのか」
「はい。貢献度に応じてどちらか一方が得ます。乱入して奪われることもありますね。ボス戦だと乱入の心配はないですが」
「奪われるのはムカつくな……」
「ジンさんは今までソロで行動をされていたようですから、これで何か変わるかもしれません」
説明を聞きながらジンはパーティを組んだ。
リングはそれを確認して洞窟を進み始め、ジンもその後をついていく。
「それではモンスターを倒しますか」
「ここってどういう奴が出るんだ?」
洞窟を観察しても今のところ敵は見えない。
ただ水があるなら魚が出てくるのでは、とジンが予想しているとリングが前を指す。
「多分もう少しで向こうから出てきますよ」
ジンが前を見ると、ちょうど突き当たりから何か影が出てきた。
「うわっ」
ジンは思わず引いたような声を上げる。
そのモンスターは青い鱗に、白っぽい肌をしていた。手には三つ又の槍を持ち、顔はダボハゼに似ている。
「は、半魚人?」
それは名をマーフォークという、二足歩行の魚だった。