二十一話 リングの誘い
「い、一緒に⁉」
いきなりのお誘いにジンは狼狽えた。
そして冒険についての様々なイメージを頭に浮かべる。一緒に草原を駆けたり、海辺の洞窟を探検するというような青春っぽい絵面だ。
「ち、ちなみに冒険っていうのはどういう……?」
「一人では敵わないモンスターを討伐したりだとか、二人組じゃないと落ちる岩山にのぼったりだとか。そういうのですね」
「あれなんかイメージと違うな……」
妄想より斜め上な状況を提示された。しかし冒険という言葉にはぴったりな状況だ。
元々『ランコス』は多くのプレイヤーがいるオンラインゲームだ。ソロより複数人でプレイすることが前提とされている。
しかし多少冷静になったジンはシンプルな疑問を抱く。
「その、なんで俺と?」
リングはクランに所属している。
それもトップと呼ばれるようなやり込み勢たちが集まった組織だ。それもイベント前なのだから何か用意をしたりするだろう。
そんなジンの疑問へリングは憂いげに視線を伏せる。
「どうしても……ジンさんが気になってしまうんです」
「!!?」
銀髪美少女からの唐突な告白にジンは衝撃を受け固まった。
リングはぐっと拳を握りしめて言葉を続ける。
「ジンさんのジョブ……!! 《金の亡者》とは一体どんなスキルを持つのか⁉ どういう性能をしているのか⁉ それがいつまでも気になってしまって……!!」
「そんなこったろうとは思いましたけど! ていうかまたジョブですか⁉」
「だからジンさん、私と一緒にダンジョンへ潜りませんか! そしてその戦い方を見せてください!」
「そういうの対価が必要とか言ってましたよね⁉ てかクランってなんかイベント前は忙しいんじゃないんですか⁉」
「その通りです!」
リングは胸を張って断言した。
「じゃ、じゃあ新ジョブに関わってる暇ないんじゃ」
「それもその通りです!」
「じゃなんで俺に関わってきてんですか⁉」
「イベント前は仮にもトップクランなうちは忙しくなります! そのせいでせっかくの新ジョブについての検証もできません! なので既に就いているジンさんへ協力を扇ごうと考えました!!」
「後にするって選択肢はねーのか!」
「ありますが選べません!! ほらゲームであるでしょう。「はい」を選ばないと無限に選択肢がループするNPCとか」
「あんた人間だろ⁉」
「おーねーがーいーしーまーすー!」
「揺らすなーーーー!!」
リングはもはやジンの両肩を掴んでがくんがくんと揺さぶり始めた。
その惨状へ流石にユノが割って入ってくる。
「ちょっと! 離れて……は、離れてぇぇ……!」
しかしリングの手はぎっちりとジンの肩を掴んで離さない。
「貴女もジンさんを説得してください!」
「ええ⁉」
さらにリングはそのままの体勢でユノまで巻き込み始めた。
「被害を拡大させるな! そもそも情報を漏らさない方がいいとか言ってましたよね!」
「言いました! 故に付き合って貰えるなら対価をご用意します! なんならアーティファクトの一つはお譲りしますよ!」
「それイベントの上位三名しかもらえないやつでしょ⁉ 受け取れるか!!」
「では何が必要なんですか! なんでも聞きますよ出来る範囲で!!」
「な、なんでもって……!」
ジンは一瞬アレな想像をしてしまった。
その瞬間に脇腹にドッと衝撃が入る。思わずそっちを見るとユノがジト目で見上げてきていた。
「ゆ、ユノ? 俺は何も考えてないよ?」
「私は何も言ってないですよ」
「?」
二人を交互に見ながらリングは頭に疑問符を浮かべている。
「むう、ジンさんはあまり欲しいものがない様子。……ああ、でしたらこちらから一つ提案を」
リングはビシッと指を立てた。
「《金の亡者》のデメリットを打ち消す方法について、アドバイスをするというのはどうでしょう?」
「デメリットって……え、知ってたんですか⁉」
「いえ詳細は知りません。ですがドロップアイテムを砕いてギルに変える、というのは人に聞いたので知っています」
リングは手ごたえがあると踏んだのかにやりと笑う。
「今回のイベントはモンスターからのドロップアイテムも重要になるでしょう。さらに意図せずレアドロップを砕いてしまうことも考えれば、デメリットにもなりますね」
「まあ、はい……」
ジンはかつて【怨霊鉱山】で《思い出のペンダント》を握りつぶしたことを思い出し、胸を押さえた。
「で、でもどうやって打ち消すんですか。実はオフにできるとか?」
「いいえ。常時発動スキルは基本的にオフにはできませんから。しかし二つ方法があります」
リングは指を二本立てた。
「一つは別のスキルを覚えること。別の効果を持つスキルで他のスキルのデメリットを打ち消す、というのは誰もがやることです」
「なるほど」
「もう一つはスキルを進化させること。これは少し難しいですが、レベルをマックスまで上げたスキルが二つ以上あれば、合わさって別のスキルへと進化することがあります」
「進化……」
ジンが持つ〈収益〉と〈亡者の換金〉はどちらもマックスだが進化はしていない。
これは合わさるスキルではないということだろう。
「今回目指すのは主に別のスキルを覚えることですね。基本的にはそのジョブに沿った行動をすることで生えてきます。戦闘職なら戦うことで、生産職なら作ることで」
「……《金の亡者》ってどれなんですかね?」
「一定以上稼ぐとか、数百回アイテムを砕くとか。色々考えつきますが、まあその辺の検証も付き合いましょう! それでどうですか!」
「う、うーん」
確かに〈亡者の換金〉のせいで素材集めができないのは困る。
そしてそれを『ランコス』に精通しているらしいリングの協力で解消できるというなら、それはありがたい。
ただそれは自分に都合が良すぎるようにも思えた。
だからジンはその目的をリングに聞く。
「なんで、リングさんはそこまで新ジョブに拘るんですか」
「何故って、気になるからです」
リングの答えは簡潔なものだった。
「例えば、ゲーム内で絶対に越えられない山があったらどうにか越えたくなるでしょう? ちょっと特殊な地形があれば何か隠し要素がないか隅まで調べるでしょう?
それと同じです。
新しいジョブが発見されたなら、どんな性能なのか、何ができるのか知りたくなるんです。
ゲーマーとしての好奇心ですね!」
陶酔するようにリングは語る。
その様子にジンは理解した。別に何かを企んでいるわけではなく、本当に好奇心なのだと。
かつて仲のいい友人だった少女も、同じように語っていた。
「……わかりました。いいですよ」
「おお!! ありがとうございます!!」
「それでどこ行くんですか?」
「そうですね。ジンさんも人目に触れたくはないでしょうから……うん、あそこがいいですね」
リングは紙を取り出し何かを書きつけてジンに渡した。
「目的地までの地図です! ちなみに予定は何かありますか? なければ今日中に行きたいんですが」
「いや、特には」
「そうですか、では準備を整えて一時間後に! あ、アイテム類は私が準備しますから持ってこなくてもいいですよ!」
「了解です」
「それでは——あ、それと」
去ろうとしたリングが足を止めて振り返る。
「敬語はもういりませんよ。もうフレンドですからね!」
「あ、ああ……いや、そっちは敬語じゃん」
「私のは癖ですから! それじゃ、一時間後ですよ!」
一時間後。
ネクスタルの東、海の見える崖の上にジンとリングは立っていた。
「あのお二人はどうされました?」
「危険なとこだとヤバいと思って置いてきたけど……連れて来た方が良かったか?」
「いえ、確かに危険ですから。伝えるのを忘れていましたが、今回挑むのはダンジョンです」
「へぇー、ダンジョン」
ジンは辺りを見回す。
崖の上は背の低い草が生えた草原だ。たまに木が立っているぐらいでダンジョンと呼べるような洞窟も、建物もない。
「どこに……?」
「この下に」
リングは崖の下に指を向ける。
恐る恐る下を覗くジンだが、崖は切り立った絶壁となっていて、はるか下には波を立てる海があるのみだ。
「ど、どこに? もしかして海の中とか?」
「中というか、なんというか。まあとりあえず落ちましょうか」
「落ちる? 落ちるって言った今⁉ 降りるじゃなくて⁉」
「はいドーン」
リングはジンの背を思い切り押した。
ジンは浮遊感を覚え、次の瞬間に海へ向かって落下していく。
「うおおおおぁぁぁぁぁあーーーーっっ!!?」
「いい風ですね」
「そんな場合かぁぁーーっ!!」
押すと同時にリングも崖を飛んだらしく、ジンの横にはリングが下を向いた状態で落ちている。
「普通に怖い普通に怖い!! 死なないってわかってても怖い!!」
「では、行きましょう」
ジンはリングが何かを加えているのに気付いた。
それは青く、僅かに透明な。
「笛……?」
次の瞬間、鳥の鳴き声のような透き通る音が鳴り響き——視界の下、落下先の海の上に黒く巨大な門が現れた。
「な、なんだあれ⁉」
「あれがダンジョンの入り口です」
「ていうかあれぶつかるんじゃねーーーーの!!?」
落下速度はそのままにジンたちは門へと迫っていき……ぶつかる直前、門はガゴン! と勢いよく開きジンたちを飲み込んだ。