十九話 復興大祭
ログアウトして現実へ戻ってきたジンは早速頭を抱えた。
「どうすっかなー……?」
悩むのはアニカのことだ。
「実質500ギルで雇ったとはいえ、まさか作った物を壊されるとは。いや壊れたのに関してはわざとってわけじゃ無さそうだったけど」
それでも《鉄の短剣》は壊れ、《アイアン・インゴット》を無駄にされたのは事実だ。
「武器が冒険者の命を守るから、中途半端なものは作りたくないって信念はわかるけどなぁ。……というか、あれでどうやって高位ジョブに辿り着いたんだ?」
ジンはふと気づく。
アニカは高位ジョブだと言っていたし、実際の鍛冶を見る限り腕前は間違いなく高い。
だが高位ジョブへ至るには《鍛冶師》としてのレベルやスキルレベルを上げなければいけないはずだ。
「でも追い出されたのはあの時が初めてだったっぽいよな。てことは、それまで普通に仕事なり練習なり出来てたってことだ」
武器を作っては壊して、を繰り返していた可能性もある。
しかし工房がそんな無駄遣いを許すのだろうか?
「うーん……? ちょっとアニカにちゃんと話聞いてみるか」
再びログインしようとして、そこでジンの腹が鳴った。
「……そうだ、昼だからログアウトしたんだった。やべ、昼作らないと」
ジンは慌てて台所へ出た。
■ ■ ■
昼を済ませてジンはネクスタルの広場へ降り立った。
「よし、じゃあアニカに話を……いや待て、平原のどこにいるのかわからんな」
2500ギルを稼ぐまで戻ってくるなと言って放り出したのはジンだ。
さらにギルを無駄にされてキレたまま別れたため、ちょっと顔も合わせづらい。
「……一旦、【怨霊鉱山】で資金稼いでくるか。今もうあとちょっとしか残ってないし」
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv1
▽ステータス
HP:300/300
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:30
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
『所持金 1500ギル』
■ ■ ■
「うーん少ない」
【豪熊の森林】を越える時に10万以上稼いだギルはもうほとんど使い切っていた。
残った所持金をジンは寂しげに見つめる。
「これを、そうだな。10万ギルぐらいまで増やすか。この辺なら一撃で……あ、そうか。《執着の短剣》も威力ダウンしてるのか……」
それを補うためにアニカへ武器をリクエストしたのだ。
だがせっかくの《鉄の短剣》は炉に放られて壊れ——。
「あーっ駄目だ! 思い出すな!」
再びやりきれない思いが吹き出しそうになりジンは自分の頬を思い切り叩く。
「とにかく体動かそう! そんで稼ごう! こんな風に考えるのは金がないからだ! 金があれば多少の損はゆるせ……ゆる……んんんーーーっ!!」
ジンは走り出した。
大通りを駆け抜け、北の門を抜けて外に出て、そしてモンスターを見つけた瞬間襲い掛かる。
「許せねぇーーーっ!!」
「クエーッ!!?」
ジンが跳びかかったのはダチョウ型のモンスターだった。名をダッチョーという。
「失敗ならともかく成功したもんを壊すんじゃねぇ!! 100ギルでも金は金だ!! その金出したのは俺だぁぁぁぁ!!」
「クエェーッ!!」
心のわだかまりをすべて吐き出すようにジンはダッチョーにしがみつきめった刺しにする。
攻撃力の下がった《執着の短剣》では、ネクスタルのモンスターを倒すのには時間がかかってしまう。
その間、ダッチョーもやられっぱなしではない。
「クエエェーッ!!」
「ぐえぇーっ!!」
ダッチョーに振り払われジンは蹴り飛ばされ吹き飛んだ。
しかしジンはすぐに起き上がり再びダッチョーへ突撃する。
「金を無駄にするなぁぁぁーーーっ!!」
ダッチョーからしたら何が何だかわからないだろう言葉を吐きながら、ジンはその首に短剣を叩きつけた。
「クエ、ぇ……」
それによりダッチョーは断末魔を上げ光の塵へとなっていく。
「ふぅー、……あ、ドロップアイテムゲット」
多少スッキリしたジンは息を吐き、落ちたアイテム《疾鳥の爪》を砕く。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv2
▽ステータス
HP:270/360
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:36
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
『所持金 2250ギル』
■ ■ ■
ダッチョーのドロップアイテムは50ギルだ。
それが十五倍になり、750ギルが一瞬で増えた。
「あぁっ、金が増えていく……! さぁ稼いでいこうかぁ!!」
久しぶりに思える金稼ぎの喜びに震え、ジンは再び別のモンスターへ突撃していった。
辺りが赤く照らされ始めたころ、ジンは【怨霊鉱山】から戻って来ていた。
「あー……やりすぎた」
その顔はやり切ったという満足感と同時に、疲れ果てたような疲労感も感じさせた。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《金の亡者》Lv20
▽ステータス
HP:542/1500
MP:50/50
SP:100/100
STR:10
END:144
AGI:10
DEX:5
LUC:0
〈スキル〉
:〈収益〉Lv10(Max)
:〈亡者の換金〉Lv10(Max)
『所持金 302500ギル』
■ ■ ■
「今何時だ……六時ぐらい? 五時間で30万は稼いだか……ふふふふふ」
ステータスを眺めてジンは疲れ切った顔に笑みを浮かべる。
前にアンデッドの大群が押し寄せた時ほどではないが、代わりにゴーレムを倒したことで相当な稼ぎを得ていた。
「しかしゴーレムは短剣だと倒すのに時間かかりすぎるな……うん?」
ステータスを閉じて前を向くと、ジンはふと平原の向こうに人影を見つけた。
それはプレイヤーではない。多少遠いがその姿を見間違えはしない。
「ユノ。と、アニカか?」
その名前を呼ぶと同時に向こうもジンに気づいたのか、二人は手を振りながら駆け寄ってくる。
「ジンさーん! ほら、行きますよアニカさん」
「い、いやでもさ」
いや、手を振っているのはユノだけだ。アニカはどこか気まずそうな表情でユノに引っ張られている。
その反応でアニカに怒鳴ったことをジンも思い出し気まずくなる。
二人が固くなる中、ユノは笑顔でジンと合流した。
「ジンさんもどこかに行ってたんですか?」
「あ、ああ。ちょっと金が少なくなったから稼ぎに」
「私達も結構色々と取りましたよ。あとですね」
ユノはアニカの背中を押してジンと対面させた。
「アニカさん、しっかり素材集めてましたよ。2500ギル分よりずっと多く」
「そ、そうなのか」
「う、うん……あのっ!」
押し出されたアニカは、いきなり地面へ手をつき、頭を擦りつけて謝ってくる。
「あたしは甘えたことしてた! 自分で稼いだ金でも買った素材でもないのに、それを勝手に無駄にした! ごめん……!!」
「ちょっ、おい⁉」
「もう、解雇したいってんならそれも当然だ! 斡旋料もあたしからどうにかなかったことにしてもらって——」
「それは駄目だ! 仕事はしてもらった、ちゃんと金は払う! ていうか顔上げてくれ!」
ジンもまた地面に膝をついて、顔を上げたアニカと向き合う。
「確かに《鉄の短剣》の事は怒ったけど、そこまで反省してくれてんならもういい! それに俺だって……顔掴んだり放り出したりしたのは悪かった。ごめん」
「でも、それは……」
「はい」
パン、とユノが柏手を打つ音が平原に響いた。
ジンたちは思わずユノを見る。
「二人ともお互いに謝って、仲直り。そういうことでいいですか?」
「え、あ……」
「……うん、そういうことになるな」
「い、いいのかい?」
アニカが不安そうにユノとジンを交互に見る。
「ああ、それでいい」
ジンは立ち上がりアニカに手を差し伸べた。アニカは恐る恐るその手を掴み、同じく立ち上がる。
「とりあえず明日の昼までは、よろしく。それからまだ雇うかはわからんけどさ」
「……うん、よろしく!」
そうして二人はお互いに抱えていたわだかまりを払拭した。
その後、街へ帰る途中ジンは小声でユノに礼を言う。
「ユノ、その、ありがとう」
「いえいえ。薬屋にいる時は喧嘩の仲裁なんかもしてましたから」
それにユノは笑って返した。
■ ■ ■
その後、ジンたちは街へと帰った——のだが。
「なんか、人多くないか?」
「そうですね……」
門の近くにある広場には、ただ通り抜けるのも難しい程に人がごった返していた。
しかも集まっているのは全員がプレイヤーだ。
「イベント、はまだだよな」
「何か前夜祭みたいなものでしょうか」
「はい、そんなところですね」
ジンたちの疑問に答える声が隣から上がった。
「え……あ、リングさん⁉」
「昨日ぶりですね、ジンさん」
隣にいたのは前と同じ装いをしたリングだった。
微笑みながらリングは広場の中央を指さす。
「あそこを見てください」
「は、はあ……なんだあれ、台?」
背伸びをしてジンが中央を見ると、そこには校長先生が全校集会で話すとき校庭に持ち出されるような台があった。
「あそこで行われるんです」
「……何が?」
思わせぶりな言い回しにジンが聞いた。
それにリングは笑みを深くして答える。
「イベントについての発表ですよ」
それと同時に辺りがざわつき始める。
見ると、台の上にたくましい体をした白髪白髭の男性が登ってきていた。背後には全身鎧を着た騎士が二人付き添っている。
壮年の男性は辺りを見回すと、やがて口を開く。
「静粛に」
威厳ある声にプレイヤーがしんと静まった。
それを確認して男性は悠々と語り始める。
「儂はこのネクスタルの街を治める街長、フォージ・ブラクスである。
この場へ来ている皆様に、まずは礼を言おう。このような時によくぞこの街へ集っていただいた。
そなたら冒険者には周知の事実だろうが、今方々の街が……否、この国そのものが酷く疲弊している。
頻発した天災、気候不順、モンスター共の大侵攻……多くの危機が短期間で迫ったことにより、食料も木材や石材といった資材も、そして何より尊い人材も。多くが失われた。
だが我らの街は他の街々に比べ被害は少なく済んだ。鍛冶の街とも称されるネクスタルは、武器に困らず堅固な城壁によりモンスター共を寄せ付けなかったからだ。
故に! 力ある我が街が他の街々に力を貸すは道理!
耳の速い者は知っているだろうが、我々は一つの祭りを催すことにした。
途絶えた道を繋げ! 壊れた輸送手段を直し、作り上げ! 食料、資材、武器・防具、あらゆる物資を方々の街に届けゆく!
その名を——復興大祭!
諸君ら冒険者には、それに参加してもらいたい!!
男性が言い切ると同時、ドッと歓声が沸いた。