二話 《富豪》とは……?
リングと別れた後、迅はログアウトして自室で枕に顔をうずめていた。
「俺はゲーム内ですら女の子とちゃんと話せないのか……!」
理由はリングとの会話できょどりまくったからである。
VRに慣れない迅には超クオリティの美少女を前にしてゲームのアバターだと割り切ることはできなかった。
「……さて切り替えるか」
数分で起き上がり迅は携帯を手にし『ランコス』について検索する。
わざわざログアウトしたのは自己嫌悪のためではなく、改めて《富豪》について調べるためだ。
「《富豪》は戦闘・生産・採取等の能動的な行動がほとんど取れなくなる。最初に選んでしまうとハズレジョブである。うわハズレって言い切られた」
Wikiにはリングの説明通りのことが書いてあった。
さらに調べると《富豪》は運用するならパーティを組むことが推奨されることがわかった。
「《富豪》は稼いだ金額でレベルが上がるが、クランやパーティに所属しているとメンバー全体での収入でも自分のレベルが上がる。メンバーの収入に補正がかかるスキルを獲得できるため、金策をするなら一人いると助かるだろう。ふーん」
しかしそれでも一職目ではお荷物以外の何物でもないようだ。
「基本的には戦闘職に就いて、冒険者ギルドで討伐系のクエストをこなしてレベルを上げたりスキルを獲得するのがおすすめ。最初の街ベイギンでは手に入るアイテムが少ないため、生産職でもあまり役に立つものは作れない。次の街ネクスタルへまずは行こう、か」
ジンは携帯を置いて思案する。
「うーん、ゆっくり楽しもうとは思ったけど、流石に街から出ることすら出来ないのは想定してなかったな」
RPGらしくモンスターを倒し、レベルを上げ、クエストをこなすといった行為が何一つできないのだ。
それはいくら何でもつまらない。
「今の所パーティ組む気もないし変えるしかないかなー」
ジンは再び『ランコス』へログインした。
広場へ降り立ったジンは冒険者ギルドへ足を向ける。
転職は冒険者ギルドの窓口で行うことができるのだ。
「しかし開始すぐに《富豪》の夢がついえるとは……」
ジンはひとりごちてステータスを開く。
《富豪》の文字に名残惜しさを感じての行動だったが、ジンは突然ぴたりと足を止めた。
その目はステータスの下、所持金に釘付けだ。
■ ■ ■
NAME:ジン
ジョブ:《富豪》Lv1
▽ステータス
HP:100/100
MP:100/100
SP:50/50
STR:10
END:10
AGI:10
DEX:10
LUC:10
〈スキル〉
:〈収益〉Lv1
『所持金 1100ギル』
■ ■ ■
最初に貰った所持金は1000ギルだった。
だがプレイ時間一〇分程度で100ギルが増えている。
同時にジンは〈収益〉の効果を思い出していた。
何もせずともお金が増える。それが〈収益〉の効果だ。
「勝手にお金が……!」
ジンの好きな物は主に二つ。
美少女と——貯金である。
この瞬間、ゲームの楽しさよりお金が増える楽しさがジンの中で上回りかけた。
「い、いや待て。戦闘職に就けばこれよりよっぽど稼げるはずだ。落ち着け」
ジンは冷静になろうとした。
「でも不労所得の快感ってゲームでしか得られないんだよな」
しかしお金への執着は頭を湧き立たせていた。
久しぶりのゲームでアクションを楽しみたい気持ちと、増えるお金を見ていたという気持ちがぶつかり合い。
「……………………とりあえず街を見て回るか!」
やがてジンは現状維持を選んだ。
『ランコス』のファンタジーな街並みは見て回るだけでも面白い。
「それに100Gでしょぼいモノしか買えないなら意味ないしな! あとそう、俺の目的って可愛いNPC仲間にすることだし!」
可愛い子を探しながら金も稼げる。
良い考えだとジンは街を歩きだした。さっきまで美少女を前に狼狽えていた自分を頭の隅に追いやって。
■ ■ ■
ジンは興味を引く建物や店にぶらぶら寄って行った。
武器屋や雑多にアイテムをうる道具屋、アクセサリーが店頭に出された宝飾店、プレイヤーが多く出入りする冒険者ギルド、いかにもファンタジーにありそうな酒場など。
それらを回ってジンは気づく。
「意外と100ギルで色々買えるな」
ここベイギンは最初の街だ。
つまり『ランコス』を始めたばかりの初心者でも手の届きやすいアイテムがよくある。
「武器も一番安い奴なら100ギルだし、その上でも500ギル行かないぐらいか」
今のジンの所持金は1300ギルになっている。
もう少し《富豪》のままでいれば、戦闘職になった時防具も合わせて揃えやすくなるだろう。
「意外といい選択だったかな? というか普通に観光が楽しい」
超クオリティのVRゲームである『ランコス』は、街中を解放するだけでも観光業が出来そうな程に作り込まれていた。
現在ジンがいるのは出店が通りにずらりと並んだ市場だ。
道行く人々はNPCもプレイヤーも珍しげに出店を覗き、お互い買ったものを見せあい、時折熱が入った値切りの声が聞こえる。
そして出店側も客引きに熱を入れている。
「お兄さん、ちょっと見てかないかい!」
ジンもこうして声を掛けられる。
お金を使う気がないジンはそれに応えず通り過ぎていたが、今回は出しているものに目を取られた。
「《煙幕》?」
そう書かれた札が、小瓶が入った小さな木箱の前に置かれている。
「おやそいつが気になるのかい!」
太った中年の店主は愛想よく声を張ってくる。
一時になってしまってはこのまま去ることもできずジンは店主に聞く。
「これ《煙幕》って書いてるけど、どういうアイテム?」
「こいつはな、蓋を開ければ中の液体が一瞬で大量の煙に変わるんだよ! モンスターが出てもこいつを投げれば奴らが狼狽えてる間に逃げられるぜ!」
「へぇー」
モンスターから逃げられるという効果にジンは興味を持った。
これが大量にあればもしかしたら《富豪》の自分でも外を歩けるのでは?
しかし値段を見て思わず叫んでしまう。
「500ギル⁉ たけぇ!」
「おいおいそんなに大声上げるなよ! こいつぁ高位ジョブの《錬金術師》でもなきゃ作れないからな、高くなるのは当然さ!」
店主はジンに負けず劣らず大声でそう説明してきた。
ただその後少しだけ声を落とす。
「……ま、モンスター共の侵攻が来る前はもう少し安かったけどな」
「侵攻?」
「この国はちょっと前に大侵攻を受けただろう? そこら中からモンスターが現れて街に攻めてきてさ。それに駆り出された腕利きの戦士たちはもちろん、前線に駆り出された薬師だの僧侶だのも死んじまって……残ったのは荒れた土地と足りない人材だ。その前は天災があったし、今も気候は荒れてるしな」
ため息をつく店主にそういえば、とジンは『ランコス』……『ランド・オブ・リコンストラクション』の設定を思い出す。
このゲームはその名の通り、国の復興というストーリーがあるのだ。
店主が語るような天災、モンスターの侵攻などによって荒れた国を、プレイヤー達冒険者が駆け回り問題を解決していく。
それが基本設定である。
可愛いNPCにばかり気を取られていたが、どうやらNPCとの接点もかなり密接らしい。
「……大変だな」
「そう思うならなんか買ってくれ!」
「うーん商魂たくましい!」
ジンはなるべく安いものを一つだけ買って市場からさらに街を歩いて行く。
■ ■ ■
「なんかヤバイところについてしまった……」
そこは広くはあるが薄暗くどこか湿っぽい雰囲気の通りだった。
今までのなんだかんだ人がいて活気があった場所とは違い、道は汚れうろついている人間の体には入れ墨や傷があり人相も悪い。
「てめぇ返せねぇで通ると思ってんのか!」
「お願いだ、見逃してくれ!」
「安心しろ。払い方は他にもあるからよぉ」
そこらの路地裏から聞こえてくる会話も物騒に過ぎる。
しかもジロジロと嫌な目で見られている気がする。
「そういえば今着てるの高価な服とか言われてた気が」
自分の服を見下ろしてみれば襟や袖に銀の刺繍施された黒地のチュニック、金のボタンで首元を留めた深い紺のマント、分厚い黒のブーツを履いて指には金の指輪という出で立ちだ。
周囲の服装は入れ墨を見せつけるような半裸か擦り切れた薄い服と靴がほとんどだった。
「ふむ」
ジンは現状を整理する。
恐らくここはスラムとか裏通りと言われるところだ。
そして自分は《富豪》のジョブに就き見た目は金持ちらしい。
しかし絡まれたら戦闘はできない。
つまり?
カモ!
「よし帰ろう!」
ジンはすぐさま元来た道を戻ろうとする。
「……やめてください……!」
その直前、女の子の声がその耳に聞こえてきた。