十八話 《鍛冶職人》アニカ
工房は入ってみると外見より明らかに広かった。
横にも奥にも外から予想できる大きさを越えて伸びている。
「なんか、広くない?」
「ああ、数百人でも入れるようになってるからね。相当広いよ」
「いやそうじゃなくて。明らかに空間がおかしいような」
「こういった大きな建物は魔術を使って拡張してるものもあるらしいですよ」
「へぇー魔術か。そういえばジョブに《魔術師》とかあったな」
感心しながらジンは辺りを見回す。
広大なスペースには数百人のプレイヤーがそこらで鍛冶を行っていた。
槌を振るう者、炉の前で何かを待っている者と様々だが、大きく分けて二つ違いがある。
入り口から見えた辺り、今ジンたちがいる場所は初心者らしきプレイヤーが多い。
大きな炉の周りに十人ほどが集まって、その前でアニカに買ったような安い鍛冶道具を用い、不慣れに武器を作っている。
大して奥はある程度のスペースが壁で仕切られている。
炉は一人で使えて、プレイヤー自身の道具も店で見た高級なものを揃えているようだ。
「アニカは奥の方が良かったりするのか?」
「いいや、できるならどこだっていいさ。というか奥の方は借りるのに金がかかるって話だったような」
「うっ、ぐぅ……! いやでも高位ジョブってバレるよりは……!」
「だからあたしはまだ未熟なんだって。大丈夫だよ、見られたってわかんないさ」
「そ、そうか……? ま、まあ一回ぐらいなら? 大丈夫かな⁉」
本人もいいと言っているしと言い訳しながら、ジンは入り口近くの受付で作業場を借りる手続きを済ませた。
アニカは数人が作業をしている炉の前に行き、道具を並べてござに座り込んだ。
そしてジンを見上げてくる。
「何か要望はあるかい? 雇い主の意向に従うよ」
「え? えーっと」
いきなり聞かれてジンは慌てて考える。
「と、とりあえず《鍛冶師》って何が作れるんだ?」
「金属を扱うものなら何でもだね。武器・防具はもちろん、ちょっとしたアクセサリーとかアイテムも作れるよ」
「結構幅広いな。……あ、そうだ。短剣って作れるか?」
「そりゃもちろん。ああ、その短剣よりいいものを作って欲しいって感じか?」
アニカはジンの腰に差してある《執着の短剣》を見る。
「ああ、これ使い勝手はいいんだけど、今はちょっと威力が落ちてるんだよ」
「ちょっと見せてくれ」
《執着の短剣》を渡すとアニカはじっとそれを見つめる。
そして引き抜いたり軽く振ったりしてほう、と感心したように息を吐いた。
「……所持金によって攻撃力が変わる、か。また随分変わった武器だ」
「かなり強いんだけどな。ただ今はちょっと持ち金が少なくて」
ユノの素材を大量に買い、アニカの賃金や鍛冶道具も買ったことで所持金はかなり減っている。
比例して《執着の短剣》も攻撃力が落ちているのだ。
「うーん。流石に最大攻撃力並の短剣はこの材料じゃ難しいね」
アニカは置いていた《アイアン・インゴット》を手に悩んでいる。
《アイアン・インゴット》は鍛冶道具と一緒に買った鍛冶に使うアイテムだ。他にも《皮》や《木材:加工》があり、こっちは握りに使うものらしい。
「いやそこまでしなくていいよ。俺は簡単に稼ぐ方法があるから。ただある程度お金集めるまで威力の変わらない武器が欲しい」
「なるほど。それなら問題ないね、任せてくれ!」
アニカはどんと胸を叩いて槌を握りしめた。
「さぁ始めるぞ!」
そして鍛冶道具と一緒に買った《アイアン・インゴット》を火箸で挟み、炉へと突っ込んだ。
「……さて、これから結構かかりそうだな」
ボソッとジンは呟いた。
さっきから周りの《鍛冶師》プレイヤーたちを見ていると、鍛冶はかなり時間がかかる作業のようだった。
まずインゴットを炉で熱して柔らかくしていたが、それで一分ほど。
さらに取り出して叩いて形を変える。ガンガンと鈍い音を響かせて叩いても、少しずつしかインゴットの形は変わっていない。
時間が経つと冷えてくるので、そうしたらまた熱して、という作業を何度も何度も繰り返すのだ。
ここにいるのが比較的初心者だからというのもあるだろうが、数分前からずっと同じ作業を繰り返しているプレイヤーもいた。
だがジンの予想は裏切られることになる。
「さてこんなもんか」
「え?」
アニカはほんの数秒で《アイアン・インゴット》を取り出した。
インゴットは赤々と熱されている。
「……早くない?」
ジンが驚く間にアニカは槌を振るい始める。
するとキィン、コォンと高く澄んだ音が鳴り響く。周囲が鈍い音を鳴らす中で、それだけが目立って聞こえた。
楽器のような音色を響かせながら、インゴットはどんどん形を変えていく。
ほんの数度叩いただけでもう短剣の輪郭が整えられていた。
その様子に他のプレイヤーから注目が集まり始めた。
「なんだありゃあ」
「音めっちゃ綺麗なんだけど」
「あの人上位プレイヤー? なんでわざわざここで」
「いや待って、あの子NPCじゃね?」
やっべええぇぇ⁉ とジンは内心で叫ぶ。
アニカの技量は明らかに未熟などではない。ジンに《鍛冶師》の腕はわからないが、それでも全く様子が違うのはわかった。
これでは高位ジョブを雇っているとバレてしまう——。
「いや待てよ? 別にバレてもよくないか?」
ジンはふと店員のプレイヤーに言われたことを思い出した。
高位ジョブは一日10万ギルで雇える、と店員はそう言っていたのだ。
「そうだ、仲間になったNPCはどこで仲間にしたとか聞かれるかもしれないけど、雇ってる方は別にバレてもいい……!」
500ギルという賃金は言わなければ誰にも分からない。
ジンはほっと緊張を解いた。
「はい、完成だ!」
ジンが結論付けたのと同時に、アニカの作業が完了した。
「「「「おぉー!」」」」
同時に同じ炉で作業をしていたプレイヤーたちから拍手が起こった。
アニカは突然の行動で驚いたように辺りを見回す。
「え、な、なんだ?」
「途中から注目されてたぞ。めっちゃ作業速かったしな」
「そ、そうかい? あ、これが短剣だよ」
アニカは出来上がった短剣を見せてくる。
刃は剥き出しではなく、鍔や柄もしっかりつけられていた。
《鉄の短剣:良》
:鉄で作られた短剣。
名工による作であり、壊れにくく切れやすい。
:攻撃力 +12
「おお……!」
ジンは感嘆の声を上げた。
攻撃力+12という数字は、ベイギンの店に売っていた中で最も値段の高い武器より上だ。
反射的にジンは値段を計算する。
「ベイギンの武器が最高1000ギルで、これはそれ以上の性能。そんで《アイアン・インゴット》が一つ100ギル……他のアイテムを加味しても800ギル以上は稼げる……⁉」
「なにぶつぶつ言ってんだ?」
「あ、ああいや、なんでもない」
ジンは我に返る。
つい売る前提で計算してしまっていたが、これは自分のために造ってもらったものだ。いくらなんでも売る気はない。
しかしこれから作るものは別だ。
もしアニカが好き放題に武器を作ったとしても、それを売れば材料以上のギルが手に入る。
本当にこの子を500ギルで雇えていいのか⁉ とジンは興奮しながら短剣を受け取り——。
「……?」
受け取ろうとして、アニカが短剣をまだ掴んでいることに気づく。
ぐっと引っ張ってもけして離そうとしない。
「ど、どうした? まだ何か仕上げとかあるのか?」
「……めだ」
「え?」
「駄目だーーーーーッ!!!!」
バッと、アニカは短剣を奪い取った。
「駄目だ、こんなんじゃ駄目だ!! まだ刃の鋭さも握りの厚みも重心のバランスも全然できちゃいない!! やり直しだぁぁあああーーッ!!!」
叫びながらアニカは爆速で短剣の柄を解体し再び炉に放り込んだ。
溶けていく《鉄の短剣:良》にジンは絶叫する。
「うぅおぉーーい⁉ なんでだよ⁉ 全然出来良かっただろ!!」
「駄目だ! 駄目なんだ!!」
「何がだよ⁉」
「武器ってのは冒険者にとって命を預けるもんなんだぞ!!」
アニカはダンと床を踏みつけ叫んだ。
「それがあんな中途半端じゃもしかしたら振ってる最中に命を落とすかもしれない!! そんな武器を持たせて! あたしは街の中で呑気に見送るなんて駄目だ!」
己の信条を言い募ってアニカは再び炉へと向き合う。
「もう一度だ。今度は全部完璧にやる……! 《アイアン・インゴット》を」
その気迫にジンは思い出す。
「……そういえば工房出て行ったんだっけ」
アニカが工房と何か揉めて飛び出してきたのをジンは目の前で見ていた。
そんな状況に至るにはそれなりの理由があったのだ。
この拘りようでは、納得できる武器が出来るのにどれだけ時間がかかるかわからない。
ジンはどうにか説得の言葉を考えようとして、そこでユノが声を上げる。
「あっ」
「え、どしたユノ」
「いえ、あの……《鉄の短剣》が壊れて」
「は?」
ジンは炉へと目をやる。
その中では確かにバキン、と砕けていく《鉄の短剣》が見えた。
1000ギル以上の価値を持つ武器が、壊れていく。
「…………」
「大丈夫だ! 次は必ず——」
「おい」
その瞬間、作業場の全員(プレイヤーも合わせて)がジンへと注目した。
ジンはゆらりと座り込みアニカと目を合わせる。
アニカの体が震え始めた。
「一つ、聞く」
「は、ひゃい!」
「お前やり直しって言ってたよな? あれはインゴットになって還ってくるとか、そういうことはないのか?」
「そ、れは……」
目をそらそうとしたアニカの頭をガッとジンが掴む。
「え、えっとぉ、還ってくる場合と、こない場合が……」
「説明」
「二つ以上インゴットを使ってたら半分の一つは還ってきます! でも今回短剣に使ったのは一つだけだから還ってきません!」
「ほぉぉぉう」
ジンの声が地獄から響くかのように低くなる。
「つまりお前は、100ギルの《アイアン・インゴット》を、無駄に、失って……」
「いた、いだだだだだ⁉」
ギリギリとアニカの頭を掴む手に力が入っていく。
「それを、もう一度……繰り返すってぇぇぇぇぇぇぇ……?」
カッとジンは目を見開いた。
「おこがましいわ小娘ぇぇーーーーっ!! 来いッ!!」
「おわぁぁぁぁ⁉」
「じ、ジンさん⁉」
道具を全て回収してアニカの襟首をつかみ、ジンは工房を出ていく。ユノは慌ててそれを追った。
ジンは門のギリギリまで行くとぺいっとアニカを外へ放り投げ、そして叫ぶ。
「2500ギルだ!!」
「え、え?」
「お前を雇った金が500ギル! そして初心者向け鍛冶道具一式が1000ギル! さらに《アイアン・インゴット》や《皮》、《木材;加工》などなど1000ギル分!」
ジンはアニカのため支払った金額を告げていく。
そして門の外に広がる平原を指さした。
「その金額分採取して来い!! お前が無駄にした《アイアン・インゴット》分のギルがどんだけ重いか思い知らせてやるァァ!!」
「え、と」
「返事は『はい』!! いってらっしゃい!!」
「は、はい!」
ジンの剣幕にアニカは急いで立ちあがり、平原を駆けていった。
「はーっ、はーっ」
「あの、ジンさん?」
「おぉん⁉」
ぐるんっとホラーのように首を回してジンは振り返った。
それをされたユノは、しかし特に動じない。
お金に関する事でジンの様子がおかしくなるのをユノは何度も間近で見てきているのだ。
「私もアニカさんについていきます。《鍛冶師》の高位なら力も強いでしょうし、モンスター相手でも大丈夫だと思いますけど、一応」
「あ、ああ。そうか、頼む」
「はい」
笑顔で頷きユノはアニカの後を追っていった。
ユノの動じなさに毒気を抜かれたジンは気まずげにしばらく佇み。
「……一回ログアウトするか。そろそろ昼だろうし」
そして少し気分を落ち着かせるため現実へと戻ることにした。