十七話 作業場
「アニカが、高位ジョブ?」
告げられた言葉の内容をジンは反芻した。
自分を未熟というアニカは恥ずかしそうだ。だがその反応で嘘ではないとわかった。
驚愕の事実にジンはつい思ったことをそのまま口にする。
「……500ギルで雇っていいのか?」
ジンが最初に来にしたのは賃金だった。
それに対しアニカは快活に笑う。
「当たり前だろ! あたしは高位なんて器じゃないし、それに鍛冶道具とか場所借りなんて500ギルより高くなるぞ?」
「そ、そうか」
しかしジンはどうしても気になってしまう。
通常、ギルドで雇える高位ジョブは一日10万ギルだと聞いた。なのに今回は1000ギル、それも実際に払うのは500ギルだけになっている。
隠していたとはいえ金額が安すぎるのだ。
100ギルという安さで雇えたのがあの老人だったとするなら、500ギルでもいいというのは……。
「ジンさん?」
「はっ!」
ジンの思考が疑問の沼に沈んで行こうとした時、ユノがくいと袖を引っ張ってきてジンは我に返った。
「な、なんだ? ユノ」
「アニカさんがもう採取に行ってきていいのかって聞いてますけど」
「採取は早く終わらせて! すぐ鍛冶したいんだよあたしは!」
アニカは行けと言ったら今すぐ外へ飛び出していきそうだ。
しかし高位ジョブとわかったからにはわざわざ採取をさせる意味がない。
「いや、採取はいい。それより鍛冶してもらった方が助かる」
「へ?」
「今から鍛冶できる所に案内してくれ。途中で鍛冶道具も買っていこう」
ぽかんとしていたアニカはじわじわと表情を喜びに変えていく。
「い、いいのか⁉」
「うん、まあどっちにしろ鍛冶で何が作れるのかは知りたかったし」
「よっしゃーっ! じゃあ今すぐ道具の店に行こう!」
「いや走るなよ⁉ 案内してくれって!」
「あ、そっか」
走り出しかけたアニカはジンの言葉でぴたりと止まった。
「えーと、ここからだと結構歩くな。……あ、じゃあついでに街の案内もするよ! 二人はあんまり街の事知らないっぽいし」
「お、おう」
「楽しそうですね」
「じゃあ出発!」
アニカを先頭にジンたちは街を進む。
■ ■ ■
ジンたちは広い大通りを歩いていく。
左右には様々な建物があるが、改めてよく見ると特定の店が多かった。
「なんか武器とか防具がそこら中で売ってるな」
「そりゃあネクスタルは別名『鍛冶の街』だからな」
アニカは胸を張って自慢げに言う。
「この辺は一番大きい通りで門まで直接歩いて行けるんだ。だから通る人も多いし、じゃあ当然《鍛冶師》の自慢の武具もここにたくさん売られてる」
「『鍛冶の街』か。そんな風に呼ばれてるんだな」
「ネクスタルは元々鍛冶のため、鉱山と海の近くに作られたらしいですよ」
「海? 海なんかあるっけ?」
「ああここからじゃ見えないよな。でもあっち」
アニカが右側、その上の方を指さした。
その先にはそこらの店の倍以上は高い城壁がある。
「あの向こうがなだらかな崖になってて、その先に海があるんだよ。しかも崖をくり抜いてそこにも街を作ってる」
「マジで⁉ ていうか崖をくり抜くって……」
「ちなみにこのままずーっとまっすぐ行くと【怨霊鉱山】がある山脈に着くよ。西側に行くと平原からどんどん草原に変わっていく。それで草原を越えるとゼノって街があるんだ。あと海の向こうにもラスティって街があるんだけど、船が無いから今は草原の方から遠回りで行くしかないんだよね」
「え、えーっと? ちょっと待って」
どんどん追加される情報をジンは頭の中で整理する。
「東の城壁の向こうに海で、その海を渡るとラスティって街。で、北が山脈、西が草原と多分三番目の街のゼノ……じゃあベイギンはどこにあるんだ?」
「ベイギンは南西ですね。大体あっち側です」
ユノは左斜め後ろを指さした。その向こうが【豪熊の森林】とベイギンのある場所らしい。
「ベイギンからずっと南に行くとそっちにも海があるらしいですよ。危険だからほとんどの人は行きませんけど」
「危険って、強いモンスターがいるとか?」
「海のモンスターは大きいのと、対抗するのが難しいらしいです」
「ネクスタル近くの海はそんなに危険じゃないけどね! だから向こう側とも物のやり取りしてたんだけど……」
アニカの表情が曇る。
「モンスターの侵攻で船が大量に壊されたり、海も途中が危険になっちゃったりしてさ。今は途絶えてるんだよ」
「へぇー……貿易の途絶か」
これも復興に関係があるのだろうか。
ジンは【リコンストラクション・クエスト】との関係を考えようとする。
だがその前にアニカが声を上げる。
「あ、あった! ほらあそこ! あそこで鍛冶道具売ってる! ほら!! 見える!!?」
「いきなりうるっせぇな⁉ 大声上げなくても聞こえるから!」
ジンは考える暇もなく、大通りの先に見えた道具店へ引っ張って行かれた。
■ ■ ■
「初心者向けの道具だけで1000ギルか……レベルはまあユノの素材買った時点で下がり切ってたけど」
鍛冶道具を買ってさらに減った所持金を見ながら、ジンは一人ごちる。
ジンたちは大通りをさらに進んで北門の近くまで来た。
ジンも【怨霊鉱山】へ行くときに一度通った場所だ。
「外とよく行き来するからか、冒険者のための施設って門の近くにあるんだよね。……あ、ここだ」
門の手前を右に向くと、そこには巨大なレンガ積みの建物があった。
建物は横に数百メートルもの広さを持ち、上部に『工房:冒険者貸し出し』と大きな文字で彫られている。
「おお……ホームセンターみたいな長さだな」
入り口は正面の数十メートルが切り取られたように開いていて、そこから中が見えている。
中は見えるだけでも数十人のプレイヤーが金床や台の上で槌を振るっていた。
「よーし、じゃああたしの腕を見せてやるよ!」
その光景を見たアニカは興奮したように拳を握りしめた。
すみません、今回は文字数少ないです。