十六話 酒場
「てことで、人を雇えば採取もできるかもなって思ってさ」
「そんなこと話してたんですね」
市場を出た後、ジンはプレイヤーの店員から得た情報をユノと共有していた。
「だからこれから酒場に行きたい。ユノは何か行く場所あったりするか?」
「いえ、もう大丈夫です!」
市場を回ったユノはてかてかした顔で笑っている。
「でも酒場の場所ってジンさん知ってるんですか?」
「……そういえば知らない。どうしよう」
「この辺の人に聞けばわかりますかね」
「あ、そうだな。じゃあ裏通りの近くにある酒場について人に聞いていくか」
■ ■ ■
何人かのNPCから話を聞き、ジンたちは酒場へとたどり着いた。
裏通りの近くだけあり、辺りには壊れた木箱が積み上げられたり中身のない瓶が転がっていたりと雑な雰囲気がある。
薄暗い場所にある酒場へ入るのにジンは躊躇する。
「……ユノは宿で待ってる方が良かったか?」
「大丈夫です。前みたいにいきなり追われたりはしないでしょうし」
比べてユノは割と平然としていた。
「なんか慣れてる?」
「たまにこういった酒場へ酔い覚ましとか納品してたので」
「そ、そうか」
ユノが平気そうなのに自分がビビっているのは格好がつかない。
ジンは緊張しながら酒場のドアを押し開く。
カランと音が鳴って酒場の中があらわになった。
昼間だというのに中は薄暗い。樽に丸い板を乗っけたテーブルが三つほどあり、正面の奥に五つの椅子が並んだカウンターがあった。
カウンターの中には酒場の主人らしき女性が佇んでいる。その後ろには酒瓶の並んだ棚と、奥に続くらしきドアがあった。
「いらっしゃい」
女主人は二人を見て怪しげに微笑んだ。
癖のある紺色の髪に藍色の垂れた目、
「ど、どうも」
「こんにちは」
二人以外にも客は一人いる。店の隅で老人が飲んだくれていた。しかし酒を飲む以外の音はせず静かなものだ。
それがまたジンの緊張を加速させる。
「ジンさん? 聞かないんですか?」
「あ、ああ」
隣のユノが不思議そうに見上げてくる。その視線を受けてようやくジンはカウンターへ歩き出す。
「あの、すみません。ここって人を雇えたりします?」
近づきながらジンが訊ねる。しかし女主人は無言のままだ。
「……あのー?」
カウンターまで来て再び声を掛けると女主人が口を開く。
「注文はなに?」
「えっ」
その表情は微笑んだままだが何か頼めという圧をビシビシと感じた。
「あー、えっと」
「お酒は飲めないので何か他のものをください」
「わかったわ」
ジンがあたふたしている間にユノが注文をしてしまった。
役立たずになっている自分へジンが自己嫌悪していると、女主人が飲み物の入ったグラスを差し出してくる。
「それで、人を雇えるかですって?」
グラスの中の青い液体を珍しげにジンが眺めていると女主人は話し出した。
「あ、はい。そういうことをやってる酒場があるって聞いたんで」
「確かにうちでは人材の斡旋もしてるわね。誰かからの紹介が必要な所もあるけど、うちはそうじゃない」
「おお……じゃあ俺でも雇えますか」
「ええ、斡旋料は当然いただくけれど。それでどういうのを雇いたいの?」
「……ちなみに、一番安い人でいくらぐらいです?」
「うちは100ギルからよ」
「安っ!!」
ジンは思わず声を上げた。
ギルドで雇う場合は基礎ジョブでも1日1万ギルと言われた。その百分の一である。
安いのはいいことだ。だが安すぎると流石のジンも不安になってくる。
「ち、ちなみに100ギルで雇える人って、どういう?」
女主人は無言で店の隅を指さした。
指の先にいるのは飲んだくれの老人だ。口の端から涎を垂らして虚空を見つめるその様はまともに歩けるかどうかすら怪しい。
「あの、ジンさん。流石にあの人は」
「いやわかってる。いくら安くてもあれはない」
不安そうなユノにジンは断言する。安くても使い物にならないのでは無駄に金を払うだけだ。
「すみません、街の外の草原で《薬草》とかを採取できる人が欲しいです」
「それなら最低でも1000ギルからね」
「おお、それでも安い」
1日1000ギルなら今の資金でも十日は雇える。
「じゃあとりあえず一人雇いたいです」
「ちょうどいいわ。今裏にいる子でどうかしら」
女主人は後ろの棚に置いてある呼び鈴を取りちりんと鳴らした。
奥からバタバタと音がして、少しすると棚の横にあるドアが開く。
「はいよ、何か用か、い?」
「あれ?」
「あ、あなたは」
ドアから出てきたのは赤い髪をお団子にしている《鍛冶師》の少女、アニカだった。
アニカはジンたちを見て目を見開いている。
「あんたら! なんでここに⁉」
「いやこっちのセリフなんだけど……」
ジンたちが出会った時、アニカは道行く人へ片っ端から金を出してくれと声をかけていた。
それが成功していれば酒場で安い労働力として雇われたりはしないだろう。
ということは。
「金出してくれる相手見つからなかったのか?」
「うぐぅっ!!」
ジンの言葉で胸を刺されたようにアニカはうめいた。
「……そうだよ。誰にも雇ってもらえなかったし! 工房飛び出したせいでギルドにも紹介されないし! とにかくお金稼ぐためにこんな裏の酒場に来たんだよ!!」
「あら、こんな酒場にも見捨てられたいのかしら?」
「すみませんでしたっ⁉」
言葉に込められた圧を感じとりアニカは竦みあがった。
女主人は微笑んでジンたちへと向き直る。
「それでこの子はどうかしら。《薬草》を取ってくるぐらいはできると思うけれど」
「いや、まあ……うーん」
確かに100ギルの老人と違ってそれぐらいはできるのだろう。
しかし今までのあれこれを見ていると、アニカへ仕事を任せるのがジンは不安になってくる。
芳しくないジンの反応を見たアニカはいきなりジンに縋りついてくる。
「雇ってくれーーーっ!!!」
「おわっ⁉」
「ちょ、ちょっと⁉」
「あんた人を雇いに来たんだろ⁉ お願いだあたしを雇ってくれ! 金を稼がないと生きてけないんだよ! ほらやることは採取だろ⁉ それぐらいならできる! いくらでも取ってくる!」
縋りついてくるアニカに何故かジンは近所の犬を思い出した。
「なあ頼むよーっ! 雇ってくれーっ! そして出来れば鍛冶をさせてくれ!!」
「おいなんか要求が図々しくなったぞ!」
「《鍛冶師》にとって腕前は命と同等なんだ!! 一日鍛冶ができなきゃ三日分腕前は落ちるんだ!!」
「鍛冶をするための道具とか素材は?」
「…………あたしは金がない」
「他の人います?」
「頼むよぉぉぉぉ!!!!」
「うるせぇな⁉」
アニカはとうとうジンの足にしがみつき始め、大声で叫ぶ。
「鍛冶ができるならタダでもいいから!!」
「タダ?」
アニカを引きはがそうとしたジンはその言葉に反応した。
しかし女主人から待ったがかかる。
「駄目よ。あなたの賃金を決めるのはあなたじゃない。この店なの」
「でも!」
「安く買い叩くことも、無駄に高くすることもしない。それがうちの店」
「うっ……」
女主人の真剣なまなざしにアニカは唇を噛んで押し黙る。
そういうプライドがあるんだなぁとジンが感心していると、女主人はボソッと呟く。
「安くされるとうちに入ってくる斡旋料が減るもの」
「それが理由かよ⁉」
「……ふーん」
ジンは二人の会話を聞いて一つ案を思いついた。
「ちなみに斡旋料っていくらぐらいですか」
「賃金の五割」
「取りすぎだろ⁉」
「じゃあ斡旋料は通常通りに払って、アニカに払う方は鍛冶をさせる分無料にするっていうのはどうです?」
ジンの提案でその場の全員が静かになった。
「そうしたら酒場はそのまま儲けて、アニカは鍛冶を練習できて、俺は払うお金が少なくなる。良い事づくしだと思うんですが」
「……そうね。こちらはそれでもいいけれど」
提案に理解を示しながら女主人はアニカをちらりと見た。
見られたアニカはハッと我に返りジンを見上げてくる。
「か、鍛冶させてくれるのか? あたし今鍛冶道具も何もないぞ! 全部用意してくれるのか⁉」
「採取はちゃんとしてもらうぞ」
アニカの顔がゆっくりと笑みに変わっていく。
「わかった!! ちゃんと仕事するよ!」
「じゃあ、雇おう。とりあえず立ってくれ」
「ああ!」
立ち上がったアニカとジンは握手を交わした。
■ ■ ■
その後女主人と契約を交わしてジンたちは酒場を出た。
表通りに戻ると昼の明るさが辺りに戻ってくる。
さっきまで必死に縋りついてきていたアニカは、スキップしそうなぐらいうきうきとジンたちの前を歩いていた。
「じゃあこれから早速採取に行ってもらおうと思うんだが」
「ああ! あ、でもその後にちゃんと鍛冶道具買いに行ってくれよ⁉」
「わかってるよ。あ、でも場所がないな」
「あんた冒険者だろ? なら鍛冶とか調合ができる場所をタダで借りれるはずだ!」
「マジか、そんなことできんの?」
「そういえば、冒険者さんたちに人がいなくなった工房を貸し出してました」
ユノも思い出したというように補足した。
「じゃあユノの調合もそこで……あ、でも高位ジョブってバレると面倒なことになるか」
「高位ジョブ⁉」
ジンの言葉にアニカが勢いよく振り返った。
「あんた……えーとユノ? は高位ジョブに就いてんのか?」
「え、あ、はい」
ジンは慌ててアニカに声を落とすようジェスチャーする。
「もうちょい静かに……!」
「あ、ああ」
仲間になるNPCが基本的に基礎ジョブのみだと知って、ユノの存在が目立つのではとジンは恐れていた。
口を閉じたアニカは何故か足を止めた。そしてうめき始める。
「うぅん……うーーーん」
「ど、どうした?」
「……うんっ、ジンには恩があるしな。なあ、二人ともちょっと聞いてくれ」
やがて何かを納得したアニカはそっとジンたちに近づいて小声で告げる。
「あたし、実は《鍛冶師》じゃないんだ」
「「えっ」」
ジンたちは驚きの声を上げた。
まさかジョブにも就いていないのかと悪い方へ想像を働かせかけたジンだが、アニカはすぐにそれを否定する。
「あ、でも勘違いしないでくれよ。《鍛冶師》のスキルとかは使えるんだ。ただ……あたしはまだ未熟だからさ、そのジョブを名乗りたくないんだよ」
「未熟だから……?」
「え、まさか」
何かを察したユノが目を見開いた。
アニカは恥ずかしげに続ける。
「あたしは《鍛冶師》の高位ジョブ、《鍛冶職人》なんだよ」