十五話 突発遭遇
「そういえばイベントはどうしようか」
市場へ向かう途中でジンはふとイベントについて思い出す。
「『ネクスタルからの物資供給、あるいはインフラの復活』……物資供給ってことはアイテムを集めるとかだとして、インフラの復活って何するんだろ」
ジンの言葉にユノが反応する。
「船や橋が壊れているそうですからそれを直すんですかね?」
「なるほど、生産系ジョブが活躍すんのかな。うーんどっちにしろ俺役に立てなさそうだな」
イベントで必要になりそうなことを整理してジンは困った顔をする。
その理由はジョブにあった。
「《金の亡者》は生産職じゃないし、ドロップアイテムも手に入らないしな」
「ああ……」
《金の亡者》のスキル〈亡者の換金〉はドロップアイテムをギルに換えてしまう。
それはジンの意思とは関係なく起こるのだ。
さらに〈亡者の換金〉が対象とするのはモンスターから出てくるものだけではない。
「《薬草》を採取してもお金になっちゃいましたもんね……」
「そこら辺から拾うことすらできなかったからな」
【豪熊の森林】を通る時、ユノに勧められてジンも《薬草》などを採取したことがあった。
しかし取った瞬間にアイテムは握りつぶされギルになってしまったのだ。
《薬草》を潰された瞬間、ユノが絶望したような顔をしたことは記憶に新しい。
「しかも《石》は砕けて消えるだけでギルがでてこないっていう」
さらに価値のないものはギルに換わらない。
アイテムが消えるだけという始末だった。
「まあ今は慌ててお金集めなきゃいけないわけでもないし、イベント中はジョブ変えたらいいだけではある……あるんだけどなぁ」
ジンは腕を組んで悩む。
「ここまで上げたスキルもリセットされるってことなんだよなー」
ジョブを変えると同じ系統でもなければスキルはリセットされる。
ジョブのレベルはある程度引き継げるが、スキルは無理なのだ。
「イベントは楽しみたい、けどこれだけ稼げるのを手放したくない! どうにか〈亡者の換金〉オンオフできるようになったら……!」
しかめっ面でうめいているとユノが勇んで手を挙げてくる。
「わ、私が頑張りますよ。採取もできますし、アイテムも作れますし!」
「ああ、ユノは今回向いてそうだな。でも俺も楽しみたいし、眺めてるだけなのはつまんないからなぁ」
「う、そうですか……」
「いや、もちろんユノのことは頼りにさせてもらうけどな」
「はい!」
笑顔で頷くユノにジンは悩んでいた気持ちが晴れていく。
「まあどういうアイテム集めるかもわかってないしな! 今悩んでもしょうがないか!」
「そうですよね! 今は素材になりそうなものをたくさん見ましょう! 一日中!」
「いや一日中はちょっと」
二人が市場に向かう足を速めようとしたその時。
「このバカ娘が!! そんなに言うなら出ていきやがれ!!」
「あー出てくよこんな工房!! わからず屋が!!」
進む先にある店からそんな怒鳴り声が聞こえてきた。
「うお、びっくりした」
「なんでしょう?」
突然の怒声にジンたちは思わず足を止める。声が響いてきたのは鍛冶屋の工房からのようだった。
そちらへ注目したのと同時にドアが勢いよく開き、中から少女が飛び出してくる。
赤い髪を団子にして、鍛冶師らしい革のエプロンをつけた少女だった。
元々ツリ目らしい目は怒りでさらに吊り上がっている。
「もう二度と戻らねぇからな!!」
ダァン! と叩きつけるように少女はドアを閉めた。
「クソッ、なんで誰も……!」
そうして少女は歩き出そうとして——足を止めていたジンたちに気づく。
その瞬間、目を見開いてずんずんとジンたちへ近づいてきた。
「え、ちょっ」
睨みつけるような少女の表情にジンは狼狽える。
その間に少女は大股でジンの目と鼻の先でぴたりと足を止めた。
そしてジロジロとジンのことを上から下まで眺めまわしてくる。
「あ、あの?」
「ちょ、ちょっと、近くないですか?」
「あんた!」
ジンが困惑しユノが焦る中、少女はいきなりジンの肩をがっしり掴んで、こう言った。
「あんた、あたしのパトロンになってくれないか⁉」
「は⁉」
突然の頼みにジンは困惑の声を上げた。
少女は肩を掴んだままで頭を下げてくる。
「お願いだ! もう自分の工房立ち上げるしかないんだよ! 頼む!!」
「いや何⁉ パトロンってどういうこと⁉ というかあなたは誰⁉」
「あたしは《鍛冶師》だ! 名前はアニカ! 自分の工房を持ちたいからあんたに金を出して欲しい!」
「とりあえず! 離れて! ください!」
混乱した場にユノが割って入り、ジンの肩を掴む手を無理やり引っぺがした。
「大丈夫ですかジンさん⁉」
「お、おお。ありがとうユノ」
「それでどうだ⁉ 金出してくれるか⁉」
しかし引っぺがされたアニカは再びジンに詰め寄ってきた。
ジンはその剣幕に引いてしまう。
「い、いや。流石によくわからない人へお金出すのは、ちょっと」
「……そうか、そりゃそうだよな。はあ……」
アニカががっくり肩を落としてため息をついた。
しかしすぐに気を取り直したのかバッと顔を上げる。
「悪い、迷惑かけた! じゃあな!!」
そう謝ってアニカはジンたちが元来た道を歩いて行く。
ジンたちは呆然とそれを見送っていたが、視線の先でアニカは再び誰かに話しかけ始めていた。
「……なんなんだろうな、あの人」
「さ、さあ」
「まあ、とりあえず市場向かうか」
「あ、はいっ」
突然遭遇した少女へ二人は困惑しながらも再び歩き出す。
■ ■ ■
そうしてようやく着いた市場では、相も変わらず珍しいアイテムをユノがギラギラした目で観察していた。
「これがあれば《パワー・ブースト》が作れて……ああでも器具がないからこの加工が難しい……」
ぶつぶつ言うユノへ店員のプレイヤーは引いている。
「なんかこのNPCの子怖いな……」
「すみません。悪い子じゃないんです。ただアイテムが好きすぎるだけで」
「そ、そうか。まあ買ってくれるならいいよ。にしても」
プレイヤーはジンとユノを交互に見てくる。珍しいものを見るような目だ。
「君、この子雇ってる? それとももしかして仲間にしてたりする?」
「え、はい。……待って、雇うとかできるんですか?」
「知らないの?」
ジンの疑問にプレイヤーは驚いたような顔をした。
「むしろ仲間にしてる方が珍しいんだけどなぁ」
「そうなんです?」
「NPCを仲間にするクエストってあんまりわかってないんだ。そもそも鍛えないと基礎ジョブのままだから手間がかかる割にあんまり強くないんだよ」
「えっ」
基礎ジョブのまま、という言葉にジンは思わずユノへ目をやった。
じゃあ最初から高位ジョブに就いていたユノはなんなのかと。
それをただ知らなかったのだと捉えたのかプレイヤーは擁護するように言葉を続ける。
「まあ、可愛い子と一緒に冒険できるからね。そういう意味じゃ全然いいと思うよ」
プレイヤーが暖かく見守るような目を向けてきた。実際そのまま可愛い子と過ごしたいがためにゲームを買ったジンは居心地が悪い気持ちになる。
「そ、それよりもあれですよ。NPCってどこで雇えるんです?」
「ああ冒険者ギルドだね。こっちは高額になるけど高位ジョブのNPCもいるよ」
「へえー、ちなみにいくらぐらいで」
「基礎ジョブなら一日で1万ギル、高位ジョブなら10万ギルかな」
「高っ!!」
想像以上の高給にジンは思わず叫んだ。
もし高位ジョブとしてギルドに登録していたら、ユノの借金は割とあっさり返せていたのかもしれない。
「まあクランとして雇うでもないと高いよねぇ。でも他のジョブを疑似的に手に入れるようなものでもあるから」
「疑似的にっていうと、戦闘職の人が《鍛冶師》に武器作ってもらったり?」
「そうそう。特にモンスター討伐で集まったいらないアイテムも武器にすると元値より高くなるからね。NPCはログアウトしてる時でも作業してくれるし」
「はー、なるほ、ど」
そこまで聞いたところでジンはふと思いついたことを聞く。
「ちなみにアイテムの採取とかもさせられるんですかね?」
〈亡者の換金〉を持つジンはアイテムを採取できない。
しかし人に任せることができるなら、ジンが稼いでNPCを雇うことでアイテムを集めることも可能になる。
問題は1万ギル払うのに見合うのか、ということだが。
聞かれたプレイヤーは首を傾げる。
「アイテムの採取? まあできるだろうけど、あんまり効率は良くないと思うよ」
「あぁ……」
流石に無理か、と諦めかけ。
「それをさせるなら酒場の方がいいだろうね」
しかし次の言葉でまだ希望が残った。
「酒場?」
「裏通り近くの酒場だとたまにNPCを雇える店があるんだよ。まああんまり意味はないけどね」
「意味がないっていうのは……」
「冒険者ギルドで雇うNPCは基本的にちゃんと能力があるけど、酒場で雇うNPCって基本能力がないんだよ。簡単な事しかできない。それこそ何かのクエストで数が欲しいっていう時に雇うぐらい?」
「でも、採取ぐらいはできると」
「多分ね」
「はー、なるほど。ありがとうございます」
採取ぐらいしかできない安い人材。
それは採取ができないジンが求めているものだった。
「よし、決めました!」
ジンたちの話が終わった所でユノも買うアイテムを決めたようだ。
「じゃああれを100個とそっちを30個、後これとこれとこれを各50個ずつと……」
「待って多い多い多い! ていうかそんなに買わせて大丈夫なの⁉ 10万ギル越えるよ⁉」
「全然問題ないです。情報料ってことで」
その店で大量に買った後、ジンたちは市場をもう少し見回って後にした。
「酒場、か」