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十話 クエストの報酬

「あ、お兄ちゃん今日ごはん当番……なんで『取り返しのつかない失敗をした』みたいな顔してんの?」

「聞いてくれるか早稀よ……俺の過ちを」

「とりあえずごはん作って」





 一度ログアウトして夕食を済ませたジンは再び『ランコス』へと入った。

 降り立ったのは見慣れた広場だ。


「はあ。よし、とりあえず100万ギル稼ぐのは稼げたんだ。ユノの所に行くか」


 気を取り直してジンは薬屋へと向かう。

 現在ジンは最初の街ベイギンへ戻って来ている。


「そういやユノの方は大丈夫なのか? あれから結構経ったけど襲撃とか……」


 自分の言葉にジンはハッと気づく。


「いやまだ一日しか経ってないな。なんならユノと出会ったの昨日の今ぐらいか」


 《金の亡者》へ転職してから動き回っていたせいで、ジンの時間間隔はちょっとおかしくなっていた。


「そうか、一日で100万も稼いだのか……」


 現実でもこれぐらい、と思い浮かんだ言葉をジンは頭を振って追い出す。


「ゲームはゲームとして楽しむ! 現実の事は考えない!」


 そんなことをしているうちに住宅街を抜けて薬屋へ辿り着いた。

 ジンはドアをノックする。


「おーい誰かいますかー」

『あ、はいっ』


 すると中からガタガタ音がして、やがてドアが開かれユノが顔を出した。


「ジンさん! おかえりなさい!」

「あ、ああ。ただいま?」


 製薬か何かの作業中だったのか、ユノの恰好は汚れの目立つ分厚いエプロンに、これも分厚い革の手袋をつけ、そして透明なゴーグルを頭にかけていた。

 見知ったものとは違う姿にジンは緊張してしまう。


「とりあえず上がってください」


 そんなジンの様子に気づいていないのか、ユノはドアを開いてジンを招いた。



 中は診察室のようになっていた。

 入ってすぐ左に窓があり、窓際には使い古された机が置かれている。植物が飾られた机の横に椅子が二つあり、ジンは手前の椅子を勧められた。


「ジンさん、あの時はありがとうございました」


 椅子へ着いた瞬間にユノはお礼を言ってきた。


「え、と?」

「金貸したちから私とお父さんを庇ってくれたでしょう?」

「あー、ああ」


 金貸しの嫌味に対し啖呵を切った時のことか、とジンは思い至る。


「あれからすぐに行ってしまったから、お礼も言えなかったので」

「いやまあ、あれは俺もムカついたから……そ、そう言えばその恰好!」


 ユノは真っ直ぐにジンを見てくる。その目に照れてジンは話題を無理やりに変える。


「薬とか作ってたのか? 随分重装備なんだな」

「あ、これは……あの」


 ユノは自分の恰好を見て目をそらし言い淀む。


「き、危険な薬品も使うので。こんな風になるんです」

「ああ《煙幕》とか。確かにかなり危険そうだな」

「は、い。い、いえ……《薬師》は《煙幕》を作れない、ので」

「え? でも前に作り方滅茶苦茶解説してたよな……うっ、頭が」

「そ、それは、なんというか、本を読んで知ったというか」


 ユノがしどろもどろに語るが、ジンはかつて耳元で語られたアイテム知識がフラッシュバックしていたため聞こえていなかった。


「それよりも!! あの、借金の事なんですが!」

「あ、ああ、うん」


 そう、ここに来たのは借金返済のためだ。

 ジンは目的を見直して正気に戻った。


「あれから私もいくつか仕事を受けたり、アイテムを売ったりしてきたんです。ただすみません、やっぱり1万ギルほどしか稼げませんでした……。今もまた回復薬など作ってはいるんですが、どうしてもこの辺りには素材が少なくて量が作れず……ジンさんはどうでしたか?」

「俺の方は100万ギル稼げたよ」

「ああ、やっぱりそうですよね。それで相談なん……はい?」

「100万ギル稼げた」


 ユノが疑問の表情を浮かべたまま固まった。

 そんなユノの目の前に、ジンは所持金から100万ギルが入った革袋を取り出して置く。

 古い机がぎしりと軋んだ。


「稼いで来たぞ、一日で」

「あ、え、えええぇぇっ⁉ ほ、本当に⁉」


 ようやく驚きの声を上げるユノにジンは悪戯が成功したように笑う。


「ふはははは! これぐらい簡単なもんよ!」

「こんな短期間で……! ど、どうやったんですか⁉」

「——それは、まあ、色々あって」

「言えない事なんですか⁉ そんなに無茶を⁉」


 ジンが気まずそうに視線を逸らすとユノは心配そうに慌てている。

 その気遣いが《思い出のペンダント》を握りつぶしたジンの罪悪感をさらに抉ってくる。

 しかしいたいけな少女とその父親を助けるために使うからと言い訳して気を取り直した。


「別に他の所から金を借りたとかそういうわけじゃないから。ちゃんとモンスター討伐して稼いだ金だ。そこは安心してくれ」

「そ、そう、なんですか? でもジンさんって戦えないんじゃ」

「高位ジョブになったんだ。今は強いぞ」

「高位ジョブ……! なるほど」


 その一言でユノは納得したように頷いた。

 NPCにとっても高位ジョブというのは凄いものという扱いらしい。


「ちなみに今からって急ぎの予定とかあるか?」

「今から、ですか?」

「ほら、もう借金返済できるだろ。今すぐ返しに行った方が後腐れないしな」

「あっ……で、でも」


 机の100万ギルをジンが指さすと、ユノは目を伏せて躊躇いを見せる。


「私、何もできていません。ジンさんが全部稼いでくれて……こんな金額、流石に受け取るなんて」


 ユノがこのまま受け取るとはジンも考えていなかった。

 だからジンはあえて「問題ない」と言い切った。


「別にこれを全部タダであげようってわけじゃないからな。これは貸しだ」

「貸し……」


 ユノが顔を上げた。


「あいつに返した後は俺に100万ギル分の貸しを受けたって考えてくれ。あいつに借金したままじゃ店も器具もお父さんも、何よりユノの身が一番危ないだろ。けど同じ借金でも俺は返済の期限は設けないし、何かを取っていくこともない。……あと」


 ジンは腕を組んで笑みを浮かべる。


「一日で返してやったらあのムカつくちょび髭が地団駄踏むのを見れそうだからなぁ!」


 ジンが叫ぶと部屋の中に静寂が訪れる。


「あ、ははっ」


 次の瞬間ユノは笑い出した。

 ジンは首を傾げる。説得しようと思っていたが笑わせる気はなかったのだ。


「確かに、あの人たちにやり返せるのはいいですね」


 やがて笑いをこらえながらユノは手を差し出してくる。


「わかりました。ジンさんから100万ギル借りることにします」

「ああ。じゃあ今すぐ行くか」

「はい!」


 ジンもユノの手を取りお互いに立ち上がった。



■  ■  ■



 ジンとユノは万全の用意をして裏通りへと踏み込んだ。

 金貸しは一度裏通りの男たちを雇ってユノの仕事を邪魔してきた。それと同じことが起こらないなどとても思えないからだ。


 しかしジンは《金の亡者》となってレベルを上げた。

 もうあの程度のチンピラがダメージを与えられはしないだろう。《執着の短剣》もすぐ取り出せるようにしていた。

 もし逃げなければいけなくなったとしても、《裏通りの地図》があれば迷うことはない。


 そしてユノもまた多くのアイテムを持ってきていた。

 《煙幕》や《睡眠薬》はもちろん、他に「ちょっと危ないもの」と言ってドロドロ濁った赤紫の液体なども用意していた。


 そうして用心深く裏通りを進み、金貸しの下へとたどり着き——。







「……なんか、何も起こらなかったな」

「はい……」


 何事も起こらず平和に100万ギルを返済して帰ってきた。


「いやちょび髭自身は驚いたり悔しそうにしたりはしてたけど。誰も襲ってこなかったし因縁も付けられなかったな」

「そうですね……帰り道でもむしろ避けられてたような」


 ジンとユノはもう少しで裏通りを出るところだ。なんなら住宅街が前に見えている。

 しかし近くに人影は全くない。

 本当に何一つ事件は起こらなかったのだ。


「ま、まあいいことではあるよな。無駄にアイテム使わなくて済んだし!」

「そ、そうですね! ……これ使いたかった」


 赤紫の液体が入った小瓶を持つユノが何かぼそっと呟いた。

 ジンはそれを聞かなかったことにして、裏通りを完全に抜けた。


【クエスト〝薬屋の借金返済〟をクリアしました】

【報酬 ???】


「お」


 その瞬間にクエストクリアのウィンドウが出現する。

 ただ前のクエストとは表記が少し違って報酬がわからなくなっていた。


「なんだこれ?」

「あの、ジンさん」


 ウィンドウにジンが注目していると、唐突にユノが足を止めて辺りを見回した。

 ジンもつられて辺りを眺める。裏通りに近い住宅街は人が少なく景色も閑散としている。

 やがてユノはジンをまっすぐに見て。


「本当に、ありがとうございました」


 深く頭を下げてきた。


「私、借金をしてからずっと焦ってました。最初に借りた5万ギルがあっという間に100万まで膨れ上がって、こんなの返せるわけないって」


 人のいない住宅街でユノはその心を語り続ける。


「その上、あの男たちに襲われて、もうお店も私もどうにもならないんだと思ってた所に……ジンさんが来てくれたんです」


 ジンは口を挟まず静かにそれを聞いていた。


「自分の身を犠牲に助けてくれて、その後も私を抱えてずっと逃げてくれて、アイテムの話も聞いてくれて」

「いや……うん」


 静かに聞いていた。


「それでたった一日で借金まで返してくれた……そんなジンさんだから、私も隠していたことを告白します」


 ジンは告白という言葉に内心で敏感に反応する。

 まさかあれか⁉ と胸が高鳴るのを感じながら言葉を待つ。

 ユノはすう、と息を吸って。


「私、実は高位ジョブの《錬金術師》なんです」


 覚悟を決めた表情で告白をした。

 想像とは全く違う言葉にジンの頭は一瞬空白になった。

 しかしすぐに意味を理解し、驚きが顔に出る。


「高位ジョブって……《薬師》じゃなく?」

「はい。前のモンスター侵攻で今は高位ジョブが重宝されているんです。ただ、そのせいでガラの悪い人たちからも目をつけられやすくなってしまって。だから今まで隠していました」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたような」


 ジンは出店のおっちゃんが語っていたことを思い出す。

 そして同時に思い至ることがあった。


「あ、そうだ。《煙幕》って《錬金術師》しか作れないとか」

「知ってたんですか⁉」

「いや今思い出した。……あんなに語ってて隠せてたのか? いや俺は気づかなかったけど」

「う、うぅ。つい……ごほん、いえそんなことより!」


 ユノは咳払いして話を元に戻す。


「《錬金術師》は素材を混ぜ合わせて高位のアイテムにしたり、分解して別の素材にしたりできるんです。《錬金術師》にしか作れないものもあります」

「へえ、いろいろできそうだな」

「なので——100万ギルの貸しは、作ったアイテムで返すと言うのはどうでしょうか」


 ユノがそう言った瞬間に目の前へウィンドウが現れる。


【報酬 《錬金術師》ユノ】

【報酬を受け取りますか? はい/いいえ】


「……マジか」


 ジンは驚愕する。

 これがNPCを仲間に出来るクエストだったのか、と。


 役立たずの《富豪》に就いて、ゴブリンにボコされ、少女を助けて、《金の亡者》になり、借金を返して——偶発的な行動が今、望んだものに結実した。


「ハーレムの一歩……か? どうかな、これ。まあでも」


 返事は決まっている。

 ジンは手を差し出した。


「よろしく、ユノ」

「はい、ジンさん」


【《錬金術師》ユノ が仲間になりました】







■  ■  ■



 同時刻、裏通りの奥。

 裏通りとは思えない立派な建物、その二階の一室でちょび髭の金貸しは跪いていた。


「……《錬金術師》の娘を連れてくる任務、失敗いたしました」

「ほぉ」


 ちょび髭の目の前には分厚い木造りの机に頬杖を突く男がいた。

 部屋の中は薄暗く男の顔は見えないが、呟いた言葉は威圧するような響きがあった。


「も、申し訳ありません!」


 ちょび髭は冷汗をだらだらと流して平身低頭する。


「100万ギルの借金をまさかあれほど早く返してくるとは思っておらず……襲撃の人員も確保できておりませんで……!」

「なぜそれほど早く返せた? 何を見落とした」

「そ、それが……途中から、変な小僧が割り込んできまして……!」

「変な小僧……ほう」


 何故かボスの声が和らいだ気がした。

 しかし顔を上げることもできず、ちょび髭はさらに言い訳を紡ごうとする。

 だがその前にボスが口を開く。


「100万ギルは回収できたんだな?」

「は、はい! それは確かに!」

「なら、いい」


 ボスはあっさりと言った。

 ちょび髭は思わず顔を上げる。


「よ、よろしいのですか?」

「金自体は手に入った。高位ジョブの娘は惜しいが、100万ギルならそいつを一月働かせた程度の価値はある。お前の功績に免じて失態はなかったことにしてやろう」

「あ、ありがたく存じます!」


 ちょび髭は助かったと安堵に姿勢を緩め。


「だが次はない」


 次の瞬間にはぴしりと固まった。


「は、はっ!」


 再び床に頭を擦りつけるちょび髭を尻目に男は立ち上がった。


「さて……」

「ぼ、ボス? どちらへ?」

「ネクスタルだ。来週の祭り(・・に備える」

「ボスが直接出向かれるのですか?」


 ちょび髭は男を見上げる。

 男は出口へと歩きだしてその姿が少しずつ見えてきた。


「ああ、お前たちだけに任せる手はない。俺も参加しなければな」


 その頭上にNPCを示すマークはなく——ちょび髭にボスと呼ばれるプレイヤーは部屋を出ていった。



これにて一章が終わりとなります。


面白いと感じた方はブックマーク・評価をどうかよろしくお願いします。


二章からはジンにとって初の大規模イベントや、他のプレイヤーとの交流を描いていく予定ですので、どうかお楽しみに。


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