02.カレー
日本がルーツのコロニー天地。
食文化もそのまま持ち込まれています。
今日はカレー。
インド料理「アシャダール」
その店の周囲の空気はスパイシーで、外壁にはメニューがいっぱい貼ってあった。
「ねえウサ、お店って、」
ここなのか確認しようと思ったら、本人はもうドアに手を掛けていて、店内からカタコトの「イらしゃいませ~」が聞こえてくる。
メニューがちょっと変。
「チキンビリやニ」は、『や』だけひらがなだし、「フライド大倉」の写真はどう見てもオクラだ。
それに、デカデカと表に掲げてるあの三角のはインドの国旗じゃないよね?
店の外で二の足を踏んでたら、店の中からウサが戻ってきた。
「どしたの?」
(小声で)「この店、ちょっとアヤしくない?」
「え?普通だよ?
あ、もしかして地球にはこういう店ないの?」
「見たことはあるけど…」
「まあまあ、大丈夫だって」
「あ、ちょっと・・・」背中を押されて、店に入ってしまった。
一歩入ると、外とは比べものにならない密度でスパイスの香りがグワッと来る。
例えるならもちろんカレー。カレーなんだけど、なんか甘いお香みたいな香りもする。これもスパイスなのかな?
通された一番奥のテーブル席には、すでに皿か並んでいた。
「先に何個か頼んじゃった。最初ビールで良い?」
注文したビールが届くのを待つ間に、ウサが料理の説明を始める。
「これがモモ。ちっちゃいギョウザみたいな感じ。
蒸しと揚げがあるんだけど、これは揚げ。あとで蒸したのも食べようね。
こっちはチキンティッカ。そんなに辛くないよ。そんでおいしい」
「説明、雑じゃない?」
「だって、専門家じゃないし。メニューに書いてある名前と、食べた感じしか知らないんだよね。
おいしいことは知ってるから大丈夫!
あと、そのへんのは、注文してないのに来るサラダと、なんか薄い煎餅みたいなの」
「雑だなあ」
店の構えに二の足を踏んでたけど、目の前に料理が並ぶとお腹が空いてくる。
一人だったら、こういう店には絶対入らないけど、経験者が一緒だから心強い。
なにより、店に入ってまでウダウダしてるのは、お店の人に悪い。
よし!腹を決めて、ちゃんと食べよう。
と決心したあたりで、ジョッキを2つ持ったウェイターが横に立っていた。
肌の色が濃くて、髭を蓄えている。
そういう人種があるのかどうか知らないけど、『インド人』ってイメージを体現したような人だ。
「オマタセシマシた。ビールふたつね」
「あ、来た来た。ありがと~
ねえ、ベンさん。この煎餅みたいなの、何て言ったっけ?」
ビール受け取りついでに、ウサが訊く。
「それはパパドね。豆の粉で作ります」”パパド”のとこだけ、妙に発音が良い。
「あ、そうそうパパド。そうだった、ありがと」
ウェイターは一礼して戻っていく。
さて。
「かんぱーい。おつかれ~」×2
ジョッキを合わせ、冷えたビールを喉に流し込む。
「くは~」「うひ~」
仕事終わりの一杯、最高!!
さてさて。
フライドモモ。
ウサはギョウザって言っていたけど、見た目は丸くてどっちかというと小籠包っぽい。
向かいでウサがリアクションを待ってる。
サイズも一口大だし、思い切って口に放り込む。
「(パクッ)・・(パリッ)
・・・(モグモグ)
・・・・
えっ、なにコレ美味しっ!!」思わず、雑な感想が口をつく。
「へっへっへ~。でしょでしょ」ウサは得意げ。
見た目からジューシーな中身を想像してたけど、
カリカリに揚がった皮の中から現れたのは、ガッツリ肉っぽい餡。
そして想像通りのスパイス感が広がる。でも、何のスパイスなのかサッパリ判らない。
それに・・・「コレ、羊?」
「そう!メグミ、羊好きでしょ?」
「好き~! 美味し~い。ビール進む~」
さっきのウエイターさんに身振りでお代わりを頼む。
「でねでね、モモの横に添えてある緑のヤツ、付けて食べてみて。
これがまた、予想を裏切る味がするから」
「どれどれ。(パクッ)
ん~、んん?
なにコレ。不思議な味~」
「ミントのソースなんだって。さっぱりするでしょ」
「へ~ミント。言われてみたらミント入ってるけど、それ以外にも色々入ってそう。
ん~。クミンは入ってる気がするけど・・・やっぱり判んないや」
「ビールのおかわり、とタンドーリチキン、オマタセシマシた」
「ありがと~。さあ、これがまた美味しいのよ
チキンティッカと食べ比しよう」
運ばれてきたタンドリーチキンは真っ赤で、先にあったチキンティッカとは見た目が全然違う。
これはまた、楽しみ。
ビールがいくらあっても足りないよ~
・
・
・
会計を済ませて外に出る。
ほろ酔いで満腹。外の空気もうまい。
「ああ、食べた食べた。美味しかった~」
「でしょ~」
「うんうん。カレーも美味しかったけど、焼きたてのナンが…
熱々で、もちもちで、端っこの裏のトコがパリパリで、もう…
ウサ、また来ようね。
ん?あれ?」
あの髭のウェイターさんが、店の外に出てきた。
なじみ客のお見送りかな?
「どもども、お疲れ~」とウサが話しかける。
「あ、姫。今日はありがとう。
流石の食いっぷりだねぇ。売り上げに貢献、感謝だよ」
ん?『ひめ』?
「いゃあ、なんのなんの。
あ、メグミ。この人が第一島時代の知り合い。ベンさん」
「へっ!? 知り合いってウェイターさんだったの?」
ベンさんは、私の方に向き直って挨拶してくる。
「初めましてベンです。姫の彼女さんですよね?」
「うえ、ああ、ええ、まぁ…」
天地のこういう、性癖にオープンなところは苦手だ。何年たっても本当に慣れない。
へどもどしつつも、さっきからこの人に対する違和感が消えない。
思い切って聞いちゃおう。
「あの~、第一島からウサの知り合いってことは、ベンさんも天地ネイティブですよね?
でも、さっき店ではカタコトじゃありませんでした?」
ベンさんはニカッと笑う。
「ああ、やっぱり気になります?実は、店ではキャラ作ってるんです」
「へ?」
「この見た目で日本語が流暢だと客にウケが悪いんです。
ちなみに顔もチョット塗ってます。もともと色黒ですけど」
「ほえ~」そういうもの?
「イメージ戦略ってやつです。サービス業ですから。
あ、これ内緒ですよ」人差し指を唇に当てて、ウィンクしてよこす
「僕ちょっと挨拶に出てきただけなんで、仕事に戻ります。
また、お二人でいらして下さいね。ありがとうございました~」
ベンさんはウサに手を振ってから、店に戻っていった。
話しながら来た道を帰る。
「なぁにウサ。『ひめ』って呼ばれてたの?」
ウサは照れ笑い
「あ~、やっぱソコに食いつく?
小学校の頃のあだ名。いまだに呼んでるのはベンさんくらいじゃないかな。
この見た目だし、子供のつけるあだ名って容赦ないでしょ?
ベンさんのあだ名なんか『インド』よ?ひどくない?」
「インド!
そりゃまたストレートな」
「ひどいよね~。でも、話したら面白い人だったでしょ?」
「面白いというか、なんというか。
天地ってああいう人もいるのね」
「まあ、私みたいのもいるわけですし」ウサはその場でクルッと回ってみせる。まさに『姫』だ。
「そりゃそうか。
日本人が多いってだけで、日本人しかいない訳じゃないもんね」
天地が建国宣言してから、もう40年以上経ってる。ウサやベンさんだって何代目かのネイティブ世代のはずだから、そういう遺伝形質がわかりやすく現われたってだけの話で、すでに混血なんだ。
国家による配偶は完全にランダムだって話だし(ただし親等だけは考慮されるらしい)文化やコミュニティによる偏りが無い分、遺伝子ミックスは急速に進むんだろう。
「そのうち、ウサとかベンさんみたいな人もみんな混ざって『アマチ人』みたいな人種ができちゃうかもしれないね」
私のつぶやきを聞いて、ウサは遠い未来を夢見るように言う。
「アマチ人か~。それってもう、わたし達の子供みたいなもんだよね」
『わたし達の子供』
天地では、街角で愛を囁くカップルが良く使う(らしい)
自分たちより若い世代に、パートナーに似た部分を探すのだ。
曰く「見て、あの手前の子、目元がアナタに似てる」「そういえば、耳の形がキミそっくりだ」という具合。
天地には(血縁関係の集団という意味の)家族が存在しない。
『基本的には全員他人だけれど、どこかに自分の近親者が生きている』。そんな社会で自分たちと社会を関連付ける行為なのかもしれない。
そしてメグミは返答に詰まる。
「…ぁ、いや、私は…」
途中で何かに気づいたウサは息を呑み
「(!)あっ!
ゴメ…
んなさぃ…」
突然しぼむように小さくなった声は、消え入るように足元に落ちる。
この娘は、自分がうっかり触れてしまった私の古傷がまだ痛み続けている、と思っている。
独りで生きて、独りで死ぬ。そういうつもりで来た天地だけど、
結局、こういう無私の思いやりに救われてしまう。
下から顔をのぞきこんで視線を合わせる。
「ウサ、だいじょうぶだよ。
おウチに帰ろう?」
(傷は、もうすっかりカサブタだから)
手をつないで、歩き出す。
冒頭に出てくる「アシャダールの変なメニュー」ですが、監修はベンさんです。
目指したのは、日本語話者なら分かるけど、AI翻訳にはギリギリわからないレベルだそうな。