15.世界陸上とピザトースト
メグミさんとウサ、休日の朝です
目が覚めた。
過去と向き合うって決めたからって、翌朝から何が変わるでも無し。
別になんということもない、普通の休日の朝。
隣で寝息を立てているウサを起こさない様に、そっとベッドから抜け出す。
キッチンで、ん~、と伸びをする。
「朝ごはん何にしようかな」
食パンは、まだあったはず。
とろけるチーズの冷凍は、、、うん、あるある。
他の材料もある。よし、ピザトーストにしよう。
その時、寝てたはずのウサがドタバタと飛び起きてきた。
「ヤバいヤバい、寝過ごした」
「え?今日、非番じゃなかった?」
「あ、うん、仕事じゃなくて。コンソール!中継つけて、世界陸上!」
前半は私への返事、後半はルームコンソールへの指示。
すぐに壁モニタに映像が映る。
「うわー、始まってる~。コンソール、試合結果のまとめサイト出して」
画面が分割されて、半分がWEBサイトの表示になる。
「あ、予選まだだ。間に合った~」
そうだ、陸上の国際大会に天地の選手が出るんだっけ。今日だったのか。
「別にリアタイで応援しなくても良いんじゃないの?」
「いやいや、そこは心意気よ。
天地の選手が国際大会に出ることなんか、滅多にないからね~
あと多分、決勝行くのはちょっと無理っぽいから、予選だけでも応援しないと」
これは前向きなのか、後ろ向きなのか。
「開催地どこだっけ」
「うーんとね、『ブダペスト』だか『ブカレスト』だか。時差が6時間くらいのとこ」
天地の標準時AST(Amachi Standard Time)は、日本の標準時JSTと同じUTC+9。
WEBで調べようとしたらウサが画面を見ながら言う「あ、字幕で出てた。ブカレストだ、ルーマニアだって」
「ふーん、ヨーロッパの方だ。遠いね」
って言ってて、自分で可笑しくなってきた。
ここはL4。日本-ヨーロッパどころじゃなく遠いんだった。
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画面は、天地の選手が大写しになっている(身びいきスゴイな)
名前はリョウ。
国際大会に選手として出られてるんだから、ちゃんと陸上選手なんだろうけど、顔の見た目だけでいうとなんか「真面目な公務員」っていう印象の選手だ。
リョウ君は、入念にアップを続けている。
予選はもうちょっと後みたいだから、朝ごはん作っちゃおうかな。
「ウサ、朝ごはんピザトーストで良い?」
「ピザトースト?ありがと、食べる~」
「じゃあ、作っちゃうよ」
ピザソースとかオシャレなものは常備してないから、マヨネーズとケチャップを半々で混ぜたオーロラソース。これをたっぷり塗って
その上から斜め切りのウインナーと輪切りのピーマン。
私は生のネギ苦手だから、玉ねぎの薄切りは片方だけに乗せる。
あとは、こぼれるくらいのとろけるチーズを乗せて
で、トースターに投入。
あとは、アレと牛乳だ。
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「あ、始まる」
画面は男子400m予選二組目。
各選手がスタート位置についている。リョウ君は4コース。
この予選で二位までに入らないと、決勝には出られない正念場。
号砲が響く。
「ようし、スタートは悪くない!」ウサはかぶりつきだ。
どうしてスポーツの応援すると誰でもオッサンっぽくなっちゃうんだろ?
スタートは悪くなかったのかもしれないけど、400mトラックを半分も走らないうちに、もう取り返せないくらいの距離を空けられているのが、素人目にも判る。
「あららら」
いや、リョウ君がどうのじゃなくて、同じ組で走っている選手にとんでもなく速いのがいるのだ。
「いや、スゴ。このジャマイカの人、最後の方は流して走ってるよね」
当然のようにジャマイカの人がトップ。リョウ君の結果は5位だった。
「いや、残念」
「応援の隙もなかったねぇ」
画面では、走り切ったリョウ君がスタッフに囲まれている。
ん?なんだろう?
時々カメラに映る天地の女性スタッフが、全体的に若くてカワイイ。
なんか露出も多いような気がする。
気のせいかな?
(チーン)トースターが鳴る。
「出来た。並べちゃうよ」
「今行きます~」
「はい、それが玉ねぎ入りだからウサの分ね。こっちが玉ねぎ抜きだから私の。
それから、コレ」
ウサの前にマグカップを置く。
「あれ?いつものインスタントコーヒーじゃない。何これ?ココア?」
「その正体は、ジャーン。コレです」ウサにパッケージを見せる。
緑色の背景にサッカー少年の絵と、大きく『MIL〇』と描いてある。
「ミ□?」
「そう、妊活してた頃にコーヒー控えるのと、鉄分補給で朝はこれだったの。
昨日、見つけて懐かしくて買っちゃった。
結構、味が好きなのよ。飲んでみて」
妊活の話でウサがちょっと身構えたけど、気づかないフリで流す。
「へ、へぇ。飲んだことないや。いただきまーす。
(ゴクッ)え、ウマ。香ばしいね」
「でしょ。私も
(ゴクッゴクッ)うん、おいし。あ、沈殿しやすいから混ぜながら飲んでね」
それから、ピザトースト。
「(サクッ)ん~。んまい!」
オーロラソースだし、具もあるものだし、チーズ乗ってるだけで全然ピザじゃないんだけど、別物としておいしい!
「ピーマンが良い仕事してるね」
「うん、野菜室にあったから入れてみたんだけど、ピーマンって彩りじゃなかったんだね」
ミ□も懐かしくおいしいし、良い朝。
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壁に投影された映像は、いつのまにか男子400mの決勝になっていた。
決勝に進んだ選手たちは、すでにスタート位置に着いていて、コース順に紹介されているところ。
「うわ、ほとんどニグロイドだ。やっぱり、足速いんだな~
あ、この3コースの人、さっき予選でメチャ速かった人じゃない?」
レースの結果は、例のジャマイカの選手がぶっちぎりで優勝。
しかも大会新記録が出たとかで、会場は大盛り上がり。
一緒に決勝戦を走った選手も、他国のスタッフも、アナウンサーも歴史的な瞬間に立ち会って興奮気味だ。
「いや、すごいもの見たな~
この人、天地に移住してくんないかな~」
「え?いや、どうしてそうなるの。トップアスリートがコロニーに移住する訳ないでしょ」
「そりゃそうなんだけど、この人が来たら、そのうち天地にも足の速い子が生まれそうじゃない?」
「あ、そういうの?本人の活躍じゃなくて?」
「そうそう」
「それだったら、この人じゃなくてもニグロイドの移住者が来てくれれば、可能性上がるんじゃない」
「いや、やっぱり実績が…」
二人してバカばなしをしてると、メッセージ到着の通知音が部屋に響いた。




