13.アマプラ0613:ヨシエさんが来る
ルウさん、お仕事終わりです
アマプラ0613
天地プラザホテルの6階、
あまり眺望の良くない低階層の一角は、24時間待機のサービス要員や、夜間勤務の従業員の仮眠室として提供されている。
その一室、0613号室はルウ専用の支度部屋。
ツインの部屋だけど片方のベッドの上は、出勤前に試着したナイトドレスとか、脱ぎ捨てたベルガールの制服で埋まってる。
さらにその上に今脱いだドレスを投げて、下着のまま もう一つのベッドに倒れ込む。
「あ゛~。つかれた~」
「そのまま寝るなよ」
私が脱ぎ捨てたナイトドレスを拾って、クリーニングサービスの袋に詰めながらオウが言う。
この不愛想強面筋肉質は、ルウのボディーガード兼マネージャだ。
身長も肩幅も、私よりはるかに大きい。並んで立ってても見上げるくらいだから、こうしてベッドに寝転んで見上げてると、なおさら大きく見える。
そのまま私の上に覆いかぶさってこい。と、いつも思っているのに、そういう気配が全然ない。
今だって、この男、私が下着姿なのに眉ひとつ動かさない。ホント腹立つわ~
「ねえ、オウ。マッサージしてよ、マッサージ」
ベッドの上で両手を広げて誘ってみる。
「構わないが、その前にシャワー浴びてこい。仕事終わりだろうが」
手を取って、ヒョイっと起こされてしまった。
と、その時、ドアチャイムが鳴る。
──────────
オウの脇をすり抜けるように入ってきたのは、ヨシエさんだった。
ヨシエさんが来ると、オウはいつも入れ違いに部屋を出る。
ドアの外でムズカシイ顔をして腕組みしている姿が目に浮かぶ。
「お邪魔するよ」
ヨシエさんは、もうおばあちゃんって呼んでも良いくらいの年なんだけど、シャキシャキしてて、
難しいハナシもいっぱい知ってて、よれよれの白衣を羽織っていてお医者さんのようにも見えるけど、だとしたら(今時そんなのホントにいるか知らないけど)多分モグリのお医者さんだ。
「ヨシエさん、いらっしゃーい」
この仕事を紹介してくれたのもヨシエさんで、今日みたいに有名人とかお金持ちの相手をした日は、必ずやってくる。
ヨシエさんは、持ってきた大きなカバンをドサッと床に置いて、ベッドの近くの椅子に腰かける。
「お疲れさん。難物だったようだね」
「もう大変でした~。ああいうタイプの『こじらせ男子』もいるんですね」
ヨシエさんは鼻先でフッと笑う。
「ああいう手合いは、天地には居ないかもしれないね。
しかし、出会いがベルガールってのが利いたんじゃないか?」
「フフッ。ギャップ萌えです」
「・・どこで覚えてきたんだか。
まあ、上手くいって何よりだよ。
さあ、さっさと『ホイホイ』を回収しちまおう」ヨシエさんは足元のカバンに手を伸ばす。
『ホイホイ』という名前を聞いて、私は顔をしかめる。
「前も言ったけど、その名前なんとかなりません?」
初めてその名前を聞いたときに、言われるままに検索してヒドく後悔した。
「なんでさ?虫を誘引して保定するんだ、間違ってないだろ。ま、虫ったって精虫だけどね」
私の子宮頸部に装着してあるそれは、ヒトの卵胞液から精製した物質を利用して精子を誘引、保定する。
なにやら走化性ってのを利用しているらしいけど、ヨシエさんの話を聞いても私にはチンプンカンプンだった。わかったのは、精子を生きたまま回収する道具ってことだけ。
「さあさあ、やっちまうよ。こういうのは早いに越したことないんだから」
「あ、それなんですけど、今回は」
私が言いかけた時、ヨシエさんのカバンの中で呼び出し音が鳴った。
──────────
端末を確認したヨシエさんが、私の方を向いて言う。
「客室担当から連絡が来たよ。回収したってさ。
しかし、天地に来てゴム使うとか、保身かねぇ」
「保身?」
「アンタ、病気でも疑われたんじゃないのかい?」
「そんなんじゃありません。マイクさんは私を気遣ってくれたんです。きっと」
ふと思い出すのは、私を呼んでくれた時の伏し目がちのマイクさん。メディアで見かける強気の起業家とは違う一面。真剣で真摯だった。
思い出したら、なんだか騙してるみたいで気分が重くなる。
「ふん。これが気遣いなら、かなり見当はずれだと思うがね。
ま、ゴムなら単離の必要も無いし、私ゃ手間が省けて助かったよ。
それに交雑も疑わなくていい。こっちを喜ぶのはママ達だけどね」
ヨシエさんは、カバンを持って立ち上がる。
「さて、私は帰るよ。
客室係からブツを受け取って、さっさと冷凍処置しないと」
「ねえ、ヨシエさん」
「なんだい?」
「これって、悪いことしてるんじゃないよね?」
立ち上がろうと腰を浮かせかけたヨシエさんは、私の顔を見てため息をつき、改めて座りなおす。
そして、諭すように語り掛ける。
「ルウ、その話は前もしただろう?
真っ黒じゃないけど真っ白でもない。そんで、真っ白じゃないからコソコソやってるんだって。
内緒にしとけば大丈夫。Mum's the wordさ」
「でも、、」
「大体、何を心配してるんだい?
『マイク・スン・ローと同じ顔の子供が大量に生まれて、経済界で大暴れ』とかかい?」
私は無言でうなずく。
「大丈夫だよ。子供は親に似た形質を受け継ぐかもしれないってだけで、コピーじゃない。
生まれた後の環境要因の方がデカかったりするもんだよ」
「じゃあ、なんでこんなことしてるの?」
「さてね、何かしらの結果が出ればラッキー。出なくても、天地の遺伝子プールの多様性が、ちょっと上がればオッケーってとこじゃないかね」
それが目的にしては組織的すぎると思ったけど、そんなことヨシエさんに言っても仕方ない気がしてやめた。
「それにね、ママ達だってバカじゃない。
手に入ってすぐ配偶に回したりはしないよ。多分ね」
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「落ち着いたかい?」
「うん。ありがと、ヨシエさん」
「まあ、この道に誘ったのも私だ。多少のフォローはするさ。
っていうか、隣にデカイのがいるんだから、ヤツに慰めてもらえばいいだろうに」
「オウがなびくのは良いけど、泣き落としみたいなのはイヤなの!」
「またプライドの高い惚れ方だね。めんどうな事だ。
じゃあ、こんどこそ帰るよ」
ヨシエさんは苦笑しながら、カバンを持ち直す。
と、思い出したように言い足す。
「そうそう。近い内に、いい知らせが来るよ。
あ、いや、ネイティブには『いい知らせ』かどうか、分からないか」
「え?なんですか?」
「まあ、明日のお楽しみだよ。もしかしたら今夜中かもしれないね」




