01.夕焼け
天地に暮らす同性カップルが、仕事帰りに待ち合わせ
第二島中央駅の東口。
メグミは人の流れから抜け出して、辺りを見回す。
が、待ち人は見当たらない。
約束の時間までちょっとあるし、まだ来てないのかな。
振り返ると、高架の駅舎からコムウェイがスルスルと発車するところだった。
帰宅時間なのもあって発着数は多い。
「まあ、そのうち来るでしょ」気長に待つことにする。
「天地」は典型的なオニール・シリンダー型コロニーだ。
今しがた乗ってきたコムウェイの軌道路はスペースコロニーの南北方向、つまりシリンダーの自転軸と平行に走っている。
メグミの目の前には軌道路に直交する(つまり東西方向の)広い道路が伸びている。そのまま目線を上げていくと、路面が徐々にせりあがっていって、最終的には頭上にシリンダーの反対側が見える。
真上は太陽光を取り込むための、巨大な窓。
もう夕方だから、入ってくる太陽光は鏡面操作でだいぶ少なくなってる。
そして夕方だけど、夕焼けにはならない。
まあ、コロニーだから当たり前なんだけど。
この『傾かない陽光が、段々と暗くなっていく感じ』が映画館の上映前みたいだなぁ、といつも思う。
本当の空が無いのはトウキョウ?だったっけ。
「天地にも無いね」見上げながらつぶやいて、まだ何かが足りないような気がするなーとぼんやり考える。
しばらく上を見上げていたら、頭上から見慣れた顔がのぞき込んてきた。
「メグミっ お待たせっ。今日もカワイイね~」
「仕事帰りなんだから、朝とおんなじカッコだよ?」
「いや何回見ても、変わらずカワイイってことよ♪」
この娘はウサ。一緒に暮らし始めて二年になる。
ことあるごとにカワイイを連発してくるのは、本人曰く「メグミの見た目が『どストライク』だから」だそうだけど、正直言うとチョット止めて欲しい。特に人前では。
だって客観的にウサの方が断然美人だから。
ベリーショートの金髪と大きくて青い瞳。多分、白色人種が濃く混ざってる。
彫りはあんまり深くないけど鼻筋が通ってて、顔が小さい。
背も高くてシュッとしてるし、それなりの服を着せたら、それはもう、お姫様なんじゃないか?といっつも思う。
これを言うとウサは「私は珍しいだけだよ」というけれど、髪も瞳も真っ黒で「ザ・日本人」、おまけに背も低い私は、隣に並ばれるとバランスの悪さにちょっと引く。
ふと時計を見ると、時間ピッタリ。
「あれ?ウサが待ち合わせに遅れないとか、珍しいんじゃない?」
「そりゃあ今日は頑張ったよ。自分から誘っといて遅れるとかダメでしょ」
「頑張らないと遅れるんか~い」とツッコむ私
「あはは、普段から気を付けま~す。あ、お店はこっち。ちょっと歩くよ」今夜、案内役のウサは先に立って歩き始める。
駅前の広場では、政府のナニカに反対する人たちがノボリを揚げて拡声器で何かを主張していた。
宇宙に進出したって、人が集まれば政りごとが必要だし、政治があれば派閥も生まれる。
まして、天地は民主主義の独立国家だ。きっと、なんやかんやあるんだろう。
解るんだけど、政治ってあんまり興味無いんだよね。ちょっと避けて歩こうかな。
ああいう女たちってなんだか面倒くさそうだし。
って思ってたら、ウサがチラシを押し付けられていた。
その場で読み始めるから、慌てて手を引いてその場を離れる。
「ちょっと!ウサ!!」十分離れてから小声で注意する。
この子は、なんかチョット危なっかしいところがあってハラハラすることがある。
「大丈夫だよ、そんなに過激な主張じゃないみたいだし」チラシを渡してくる。
見ると、あの有名な「生殖管理法」の条文が大きく印刷されている。
【国民は生得の配偶能を国家に委譲し、これを個人として行使しない】
「十分過激じゃないの。いまさら生管法を問題視してるの?」
「生管法そのものじゃなくて、なんか運用に不正がある。みたいな話っぽいよ」
「そんなのもういいから、ごはんに行こうよ」
チラシを折りたたんでカバンに突っ込み、ホラホラと歩みを促す。
ウサも素直に従って、これから行く店の説明を始める。
「その店がさぁ、もう何食べても美味しいの!一回メグミと来たくて!」
「え、なんで私?」
「だって、好きな人と美味しいものを、おいしいね~って言いながら食べるのって幸せじゃない?」
…こういうことを、臆面もなくポンッと口にできるのが天然というか、なんというか…わたし、耳赤くなってないかしら
「そっっそれはともかく、ウチからも仕事場からも離れてるのに、なんでそのお店知ってるの?前に来たことがあるとか?」
「ああ、第一島の頃の知り合いが働いてんの」
ウサが何の気なしに口にした「第一島」という言葉につられて、見るともなしに見上げてしまう。
「島」と呼ばれるシリンダー型コロニーの陸地部分、三つある島の一つで子供たちは育てられる。
子供たちが生まれ育ち、成熟し、生殖機能を手放すまで囲われる「子供の島」
「ねえウサ」
「ん~?」先を歩くウサは背中越しに返事をする
「第一島って、夕方に音楽流れる?」
「夕方に音楽?時報ってこと?」
「時報って言えばそうかもしれないけど。外で遊んでる子供に帰る時間だよ~って教えるの」
『子供』という言葉に反応したウサは、振り返って気遣うように顔をのぞき込んでくる。
「なあに?地球の思い出?」
「ん~思い出っていうか、イメージかな?夕焼けとセットだったな~って、さっき思い出したの。あと、天地で流れないのは、街に子供が居ないからなのかなって」
ウサは頭上を指さす「第一島でも流れないよ。子供ばっかだけど」
そして話題を変えるように続ける「それはそれとして、夕焼けか~、一回見てみたいなぁ、空全体が赤くなるんでしょ?」
「夕焼けは空全体じゃないよ。西の方だけ」
「え!?そうなの?
なんだ、イメージ違うなぁ」
全天が燃えるような夕焼け。見たことがあるような気もする。気のせいかな。
「メグミ~。ここ、ここ~」
数歩先を行くウサが、曲がり角で手を振っている。
店に着いたみたい。
始まりかけた回想を、頭から追い出す。
過去は過去。
私の今の日常はここにある。
さあ、週末の外食を楽しもう。
ウサさんはメグミさんの出身地を地球と呼びます。
自分たちがL4(ラグランジュポイント4)なんかに浮かんでいるので、地球上の国とか細かく覚えてないんです。
~というのはウソで、単に語感が良いから言ってるだけ。
ちなみに、メグミさんは日本出身です。ふつうに。