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ポストドクター

「なんだ。いきなり何の話だ?」


村八島は当然のように知らない言葉に驚いているが、スイッチの入った琥珀はしゃべり続ける。


「大学から大学院にいって博士課程に進んでも、就職ができない高学歴の人がたくさんいるんだ。私もその一人。考古学研究室で助手をやってた」


「なんだ?ガキが助手ってどういうわけだ?」


当然の疑問を投げかけるが琥珀は続けた。


「お金もない、安定もない、出会いもない、未来も開けてないのは高学歴、特に人文科学系は悲惨なものなんだ。勉強をいくらしてもしても見えない将来への展望。政府が削減し続ける研究費。高学歴だってつらい思いをしているんだ」


琥珀は涙を流していた。


それは琥珀の、成人男子、牛尾織楠としての魂の叫びだった。


彼は少女となり、涙腺が緩くなっている自分に嫌気がさした。


「うるせえ!黙れ!もっともらしい作り話をしやがってよ」


相変わらずいら立って乱暴な運転はしていたが、彼の中で少し迷いが生じていた。


「現代の日本人は個人主義を手に入れた。だが、それと引き換えに人と人とのつながりをを失った。だから、自分にふりかかった悲劇を仲間と分かち合えず、独り独りで抱え込みやすくなっている。だから、あなたが抱えているような種類の悩みなんて、今の時代珍しくともなんともないんだ。普遍的な悩みなんだよ」


「クソが!」


男は急ブレーキをかけた。


「ガキのセリフじゃねぇな。警察にでも無線で言わされてるのか…!?」


琥珀が涙を流していることに男も気がつきはっとした。


「まだ、人生やり直せるから、あきらめないでください。きっと、夢もあったんじゃないですか」


胸倉をつかみながらも男は震えていた。


ポストドクターの境遇の話は、対岸の火事で必ずしもそこまで男の心に響くものではなかった。


だが、目の前で年端もいかぬ少女が自分のために世を憂い、嘘ではない涙を流してくれている。


女に恨みを持つ彼にとっては、それは一種の魂の救済であった。


「もういい……」


車内を夕日が照らしていた。


警察は高速道路に検問を強いていたので、そこで自首し、男はお縄になった。


警察官は男に問うた。


「なんであそこまで腹をくくっていたのに自首しようと思ったんだ」


「いろいろと、どうでもよくなったんだ。俺は納得した。俺が求めてたのは自分のために泣いてくれる人間だったのかもしれない。それだけで救われることだってあるんだよ。まあ、俺の中にも、まだ、悪魔にはなりきれない部分は残っていたのかもな」

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