第78夜 ニ千年の祈り
衣張山を一陣の風が抜けていく。遠景にも目につく常緑の大木がその枝をわずかに揺らす。大木とはいえそこに立つのは数百年だろうが、その年月は隔世を味わうに十分すぎる。
確かに秩序は必要だった。天変地異への畏怖は蜘蛛の子を散らすより結集するほうが賢かった。手を繋ぐように寄り添い、ただ一つの偶像を崇拝することを疑わず、手を取り合い耕し産み静めた。しかしいつしか秩序は統率下となり、持つもの持たざる者、立場の差が生まれた。持たざる者は不満という大きな枷を莫大に所持し、持つ者は知足という安らぎを喪失し続けることになる。結果はそのプラスマイナスを埋め合うための戦いとなり、物質も希望も焼き尽くされていった。
ニ千年以上の時が過ぎ、秩序は手のひらのスレート1枚の中に統合され続ける。それに触れることであらゆる欲は鎮まっていき、あらゆる闇はトーチに照らされるように炙り出され、望むと望まずに関係なく見知らぬ他者と繋がっていく。思考の前に回答が現れ、行動の前に衝動が薄化していく。あっけないかのような関係はそれで十分であり、触れることもなくして契約が締結される。
科学が闇や畏怖を次々とダストボックスに入れていきながらも、錆朽ちた偶像は鎮座し続け、人々は信仰し続ける。天の災いは祟りではなく気象異常や衛生障害、身体の病はこれまた機能障害でしかないのに。解明が加速し闇が照らされていくことで、残る闇探しが加熱する。闇は妄想を呼ぶ。憶測、捏造、風評、生贄…、これらが蔓延る場所に信仰は纏わり付くが、トーチが照らせば即覚醒する。そうして偶像依存は消滅し、手のひらのスレートへシフトする。
尾根の大木は枝葉のそよぎを止め静止画のような姿でいるが、それでも充分に実直なのはそこに言葉や闇はなく、ひたすら在り続ける潔さゆえ。説かず導かず示さず排せず、淡々と立ち続けるゆえなのだ。




