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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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第7夜 妾隧道

 暗い蓮沼に篝火が映る。沼は幅30m長さ50mほどで山に囲まれているため漆黒の鏡面のようだ。先導する男の手のその灯はあたり一帯を照らすことの無いようひざ下の位置に置かれ、蓮沼に沿った小道の先のみが見えるように照らしゆっくり進む。その明かりを頼りに人を乗せた馬が続く。馬上の人は頭から布を掛けているため誰であるのかは伺えないが、織を見ればその布が上質であることは明らかだ。沼に注ぎ込んでいるごく細い小川沿いにその小道は続き、やがてこじんまりとした門に行き当たる。軋むことなく手入れされた木戸を開けると、先導が手灯を消し馬上の者を中へと誘導する。ここからは一つ一つに灯が置かれた飛び石が続いているのだ。むした苔に並べられた平石はしっとりと水を施され、灯にその艶が際立つ。奥の灯はほのかだが歩を重ねるごとに鮮明さを増してくる。

 庵は衣張山を背負う形で位置し整然とした生垣に守られ佇む。篝火に照らされた玄関の木目は年月によっていぶし銀に磨かれ、庇に葺かれた銅板は塩気の混じる風雨で緑青色に変色している。先導が低頭で戸を引くと続いてゆっくりとした歩みで上等な布を払いとりながらその者は戸への階段を上がる。近づくにつれ篝火の明かりに横顔が浮かび上がる。征夷大将軍、源頼朝だ。

 庵にはすでに暖が入り香が炊かれている。履き物を脱ぎかまちを上がり、奥の間が見えないように垂下げられたしとみを分け中に入る。燭台の小さな炎が木壁に一人のシルエットを映していたが、もう一つシルエットが現れやがて重なった。

 鶴岡八幡宮に接する大倉幕府頼朝の座からは間近に山が見えた。夏には雪を冠した姿を模して涼を感じようと、頼朝が頂に白い布を張らせたことからこの山は衣張山きぬばりやまと銘じられた。山といっても標高120mそこそこの低山だが、頼朝にとっては特別なランドマークだ。というのもその麓には密やかなる別宅があったのだ。頼朝は馬蹄形の土地である鎌倉の東、葛西谷かさいがやつの東勝寺へと続く道に新たに右に分岐した道を開き、急な坂の先に隧道を掘らせた。東勝寺に行く態で隧道を抜け、密かに麓の庵へ行けるようにしたのである。現在も生活の道路として使われているこの隧道、抜けるたびにそんな言い伝えがリアルなイメージを喚起する。ちなみに東勝寺跡手前を隧道方面と逆の左に曲がったところには1950年から厳律な修道院がある。

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