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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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第68夜 奥の舗装みち

 一人旅は気楽。どこで道草したって、いつ昼寝したって、何を食べたって自分の自由。還暦過ぎてからは、家内にも予告なく旅立つ。行く先はどこでも良い、思いたった瞬間の気分で決める。そもそも平日の昼間に行き来する旅人など少ない。1日が移動で終わるからだ。だが私は家から離れてゆく過程も楽しいので、そんな時間をもったいないとは思わない。電車内ではネットで宿を探す。書店でエリアガイドを買い、数日の家族会議を経て宿へ電話予約していた以前に比べたら格段の便利さだ。しかも当日となるとたたき売りの安さだ。旅館なら2食付き、ビジネスホテルならなるべく街中のものにし、夕食は土地の物を出す店を探し朝食だけ付ける。その土地では観光はしない。いや名所名跡には訪れるが、それは物見遊山ではなくブログの素材集めのためなのだ。フリー素材にはない画像は自身で撮るしかない。

 今、山形新幹線に乗っている。山形市内のビジネスホテルを予約した。朝食付き4500円のシングルルーム。価格はもちろん大浴場がついているところに惹かれた。夕食は駅前の『最がみ』という小料理屋の評価が高いので芋煮を地酒でいただくことにする。いつもそうだが、この旅のブログも山形ガイドではない。新聞で山奥を修行地とする山伏の自然観、人生観、宇宙観を紹介する一般人からの投稿を読み刺激されその磁気に惹かれ足が向いた。投稿した地元の方は毎週末に出羽三山へ登り、山伏の見た世界を辿っているのだそうだ。山岳信仰羽黒修験道の地である三山はそれぞれ、月山は過去を、羽黒山は現在を、湯殿山は未来を表し、山伏はそこで地上から果ては宇宙の摂理にまで意識を巡らす。机上ではない迫真の探究だ。それに比べたら私はどうだ。月山八合目の弥陀ヶ原まで舗道を車で行こうとしている。では登るのか?装備もなければ体力もない。だが車なら行ける、撮れる。迷いはない。明日はレンタカーを借りることにする。

 芭蕉は山寺に耳をそば立て、最上の流れに心揺るがせ、三山から宙を見上げた。それは眼耳鼻舌身意、それぞれの生理的機能に即した速度によるものであった。だが私は現代の速度で生きている。生理的機能も芭蕉の歩いた1689年から三百年強の年月を経て変化しているはずだ。そのこの身、人生を百年としてもとっくに折り返している、もはや自分のために万事を蓄えていくような齢ではない。明らかに蓄えたものを放出するステージなのだ。知恵も物質も惜しみなく放出する。誕生で備わった物質である肉体は願わくば生き得た土地に横たえ、虫、動物、草花木、一切衆生の蓄えに使い切ってもらうことを願う。骨の髄まで。

 かつての難所は舗装された花道となり、空調の整った移動空間の中で瞬時に通過してゆく。車窓の景色はモニター画面のように流れてゆく。冷んやりした谷からの微風も、擦れ合い発する草いきれも、会話するように呼応する鳥たちの鳴き声もなく。私はひとつの句も浮かばず、山伏の足跡も見ることなく山野草蔓延る野原に佇んでいた。

 

 

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