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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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第67夜 葛西が谷 祇園舎

 葛西が谷から腹切りやぐらを抜け山道を行くと祇園山となる。京都祇園神社、つまり八坂神社に由来する八雲神社の鎮守の山であることからこの山を祇園山と呼ぶようになった。山道への道づたい、東勝寺橋のたもとにかつて仏文学者が暮らした民家がカフェとして存在し続ける。文学者は平安の皇室からエロティシズムまで、滑川のせせらぎのようなペースで執筆を続けた。民家を借り受け引き継いだ定岡丈二は間取りをそのまま活かし、縁側のソファ席、畳のちゃぶ台席、台所を向いたカウンター席を設えた。和の古民家へカフェの居心地を融合させた空間は若い世代やインバウンド客に支持され平日も賑わっていた。2階には4畳半の二間があるが、丈二はここを書斎と寝室で使うため、階段の1段目に茶庭の関守石と同じものを置いていた。その意味は記さなくとも欧米人は理解したようで先へ登るものはいなかった。

 先住の文学者をリスペクトする丈二は書斎に多くの遺作を集め、接客の合間に読み進めていたが、ある比較文化論に気になる記述を目にした。

"祇園とは神の園、その音はシオンから来ており、同じユダヤ教始祖ヤハウェは日本で転じて八幡となる"

店名の祇園舎は釈迦が教えを広めた祇園精舎から命名したものだ。精神行為は釈迦のなすことで、自分はただ喫茶で人々の心を鎮めてもらいたい気持ちを込めて精の文字を外し店頭に掲げた。

「この地にも何か込められた意味があったりするのだろうか?」

丈二は閉店後、明日の仕込みを終え品書きにかかる。

#干し柿と鶯きな粉のパフェ

#ダッジオーブンの大納言小豆炊き

#新潟立川屋の玉露

祝日の明日は多くの来客が予想されるので、早めに休みたいところだが、先程の記述が気になり書斎へ向かい、周辺にまつわるいくつかの気になる書籍を順に開いていく。仏教、沙門、バラモン教…、文化や教えが地上の往来により伝わることに不思議はないが、科学なき世にもかかわらず到達し得た量子力学的思考には驚きを隠せない。八雲神社への巡礼の道は、ちょっと見ではただの山道だがもちろんそれは参道で、森の空気を吸い歩みを進めるごとに人、自然、宇宙へと意識が凝縮してゆき、境内に入る時到達する。それは大吾でもなんでもなく摂理の確認作業に過ぎない。眼前の世界は量子結合からなる像であって、それを成しているのが摂理だと。

 いにしえの新嘗祭が転じた祝日、多くの客がやってきて思い思いに席で寛いでいるが、縁側の座布団に座り黙々とペンを走らせる外人がいる。洗いざらした麻の白シャツに黒のサリエリパンツ、長髪をまとめ上げ髭を伸ばし放題にした年齢不詳の西アジア人だ。近寄ると何かのスパイスの香りがし、それが清涼なせいで不潔感は一切なく、むしろ知性を醸成している。茶を継ぎ足す際に覗くとA4ほどのスケッチブックにひたすら文字を書き込み、隙間に図を入れている。文字は馴染みないものなので何を書いたものかはわからないが、図は星の位置のようにも見える。

「stars?」

さらっと聞いてみる。

「quark」

そう返ってきた。

「Can you see it?」

私は冗談のつもりで聞いてみる。

「No.But I feel it.」

そう言うと何枚か書き終えたページを見せてくれた。そこにはペン先で記した無数の点が紙一枚に広がっており、それらを見続けているうちにある像が結ばれてくる。すぐに認識できる点描画とは違い、徐々に姿を現すところがなんとも不思議な点たちだ。男は私に聞いてきた。

「Can you feel it?」

そう言われれば像の出現は感じることができたので軽く頷くと、

「Good!」

男は満足げにスケッチブックを閉じ会計を要求した。






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