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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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第59夜 母娘托生

「 今年の花は大きい気がする」母と鶴岡八幡宮まで朝の散歩をするのが日課になって何年になるだろう。朝5時に二の鳥居で落ち合って段葛をゆっくり歩いて八幡宮を目指す。源氏池の島にある旗上弁財天への太鼓橋上から蓮を眺めるのが母のお気に入りだ。かつては源氏池には白の、参道を挟んだ平家池には赤の蓮の花が咲いていたそうだ。何もそんな血生臭い演出をしなくてもいいのにと思うが、天下双璧の両者には和のゆとりなどなかったのだろう。

「ひなちゃん、この大きな花もお昼になると閉じてしまうのよね。何故かしら? そうやっていろんなものには閉じる時がやってくる」

「やめてよお母さん。お母さんはこうして毎日しっかり歩いてここに来ているじゃない」

「ううん。呼ばれているのよここに。ハンカチでも風呂敷でも広げ使い切った後は畳み仕舞うでしょ。そんな風に自身の意識も夢を広げてがむしゃらに動き回った後は、いろんなところに散らかした諸事を片付け、そして仕舞うの。そのタイミングは人それぞれよ。でも50はいい目安になるんじゃないかしら。人生は広げて畳むのよ」

「50って私はとっくに過ぎているわ。まだまだ広げてるわよ人生」

「何を言ってるの。元気な時に畳み始めないと、体が動かなくなったらみんなそのまま放りっぱなしになっちゃうわよ。ああ、あの人は突散らかしたまま逝っちゃったのねって思われるわ」

「それでもいいじゃない、生きてるうちに死に向かうなんて私できない」

「別にそれは死に向かうことじゃないわ。あなた寝る前にリビングもキッチンもきちんと片付けてからベッドに向かうでしょ。それと同じことよ。人生の場合何年もかけて広げたわけだから、片付けるにも時間がかかるの。50年なら少なくとも5年はかかるわ」

「5年! それじゃあ80なら8年、90なら9年ってこと? お母さん83よね?」

「そうよ、80になって片付け始めたわ」

「88で死ぬってこと?」

「米寿は立派な長寿よ」

「じゃあ私も80になったら始めるわ」

「それじゃあダメなの。片付けの準備を始めなくっちゃいけないの」

「えっ? 何よその準備って」

「本当に片付けようって思うその意識づくり。何故綺麗に片付けなきゃいけないと思う?」

「残された人に手間をかけさせないため?」

「違うわよ。人間って細胞が分化して出来上がったものでしょ、だからそこに戻るの。何もなかった状態にね。臨終には死装束だけになるの」

「また縁起でもない。それって終活みたいな考え方?」

「そんな言葉が言われる前から大体の老人は悟っていくわ。棺に個人の遺物を入れたりしてるけど、私の時は入れないでね。最初の細胞だったころにそんなもの持ってなかったじゃない。元に戻りたいのにお荷物になっちゃうわ」

「それは生きた証とも言えるんじゃないかしら? この世に生を受けた証」

「ひなちゃん、考えてみて。死んだお父さんがよく言ってたじゃない、地球なんて宇宙の中では砂浜の砂粒より小さな存在で、そこで生きている100年間にしても宇宙誕生からしたら瞬きの瞬間にも全然満たないって」

「そりゃあお父さんは物理学者だったんだからそうなるかもしれないけど、今この時って大事じゃないかしら?」

「そうとも言えるわ、でも必ずやってくる死に近づいたら先を見るの。先が長いのよ」

「死んだら終わりじゃないの?」

「だからねひなちゃん、細胞の前はなんだったと思う? なぜあなたは私の元から生まれたの?」

「そんなのわからない」

「私が願ったからよ。私の人生にあなたがやってきてくれたの。そして私の人生ずっとあなたは一緒にいてくれたわ。それが何よりうれしくて」

「お母さん、そんなの当り前じゃない」

「ひなちゃん、一蓮托生って言葉知ってる? いい行いをすれば極楽浄土で同じ蓮の花の上に生まれ変わる、というものなの。私は先に逝くけどずっと先もまた一緒に居ましょうね」

「また何を言ってるの! でも、そうやって先々までお母さんと一緒に居られる気がしてきたわ。ついでに言うと死への怖さも少しだけ減った気がする。」

「そうよ。いつ死が来たって怖くないから堂々と毎日を楽しめるの。それにお父さんのところにも行けるしね」

7時。白い蓮の花はまだもう少し開いているようだ。

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