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鎌倉千一夜  作者: Kamakura Betty
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第46夜 化粧箱の鶴

 勤めから帰宅した息子の今日の出来事を聞いていた。

「粒あんのつぶし具合が微妙でさ、やっと今日褒められたんだ。つぶし切っちゃうと口の中で皮が気になっちゃうし、豆を残そうとするとあんこじゃなくなっちゃうんだ」

私の仕事より生き生きとして、正直羨ましかった。毎日息子はクタクタになり帰ってきていたがその言葉には明らかにやりがいが感じられる。私はといえばずっと前にそんな気持ちは失い、管理職としてどこでも同じような仕事をこなしてきた。息子はこし餡で甘くないおはぎを提案したら好評だと喜んでいる。私は正直嫉妬した。私が捧げてきたのはそんな手応えのある仕事ではなかった。ひたすら親会社の売り上げにつながることを進めていたため、顧客の喜ぶ姿など見たことはなかった。定年を控え、何か虚無感を感じ手応えを探した。息子の菓子職人。正直羨ましかった。

「おまえのお店は人の募集はしていないのか?」

主人がそろそろ立ち仕事が厳しくなってきたことでお菓子作りは人に任せたいと話しているそうで、ちょうど探そうとしているところだという。

「お父さんを入れてくれるよう聞いてみてくれないか?」

ついに口に出してしまった。当然若い人が欲しいはずだが、このところの枯渇感と息子の充実感に接してきたことで、感情を抑えきれなくなったのだ。息子も驚いていたが主人に聞いてくれ、賃金は小遣い程度であることと、若い人がやってくるまでの約束でOKが出た。

 私は息子への弟子入りを志願した。息子を師匠と仰いだ。毎日小豆の扱い方をひとつづつ教わっていると、家とは違う息子が見えてきた。師匠である息子はもはや身の回りに気をかける対象ではなく、頼もしい行動力で材料の品質管理もしっかりやっていた。私はわからないふりをして意地悪な質問をしてみたが、息子は怯むことなく応えた。大人になったことだけでなく、何よりもこれまでは知ることのできなかった真実が見えてきた。

 私の転勤で息子も小学校の転校を余儀なくされた。ある日、妻がランドセルを整理してあげると中からたくさんの折り紙が出てきた。鶴や手裏剣や花や籠などが底のほうでくしゃくしゃになって溜まっていた。どうやらしばらくクラスメイトに馴染めず、休み時間にひとり席で折っていたらしい。私はその光景を思い泣けた。だがその後、息子はちゃんと友達を見つけていき、やがてクラスに馴染んだ。自分で難局を切り抜けたのだ。私はそれ以来息子を信じ見守ることにした。

 ある日、おかみさんが銀行に行く間店番を頼まれ初めて商品の包装をやることになった。とはいえ箱全体を包装紙で包むのではなく、椿の花が描かれた和紙を化粧箱に巻き、紙紐で巻いて手提袋に入れるだけだ。だが、並べた菓子に半透明紙をかけた後に、店ならではのものとして鶴の折り紙を乗せてから蓋をするのだ。潰れないよう鶴は蓋を開けてから両羽根を広げ完成させる状態で納められる。しばらくは鶴を入れることを気にかけずいたが、帰ったおかみさんにこの意味を尋ねると、それは思ってもみないことに息子の提案によるものとのことだった。菓子を食べてくださる方に何か思いを添えたい、千羽をお入れするのは無理だが、まずは自分の手から千羽送り出したい、とのことで毎日30ずつ折って帰るのだそうだ。ただあんなに丁寧かつ早く折れる人は見たことないとおかみさんは褒めていた。30年近く忘れていた事が一気に蘇ってきた。私は作務衣の裾で涙を拭った。

 今日も息子は私より後に帰ってきた。店での姿と違い、30半ば過ぎの独身男のむさ苦しさを発しているが何か自信には満ちている。

「おまえの鶴、なかなか綺麗だな。きっとお客さんも喜んでいるはずだ。早く千羽に行くといいな」

「まあ少しづつやっていくよ。父さんがどんな日だって毎日仕事に行ってたように、僕も欠かさないようにする」

私はビールのグラスを掴んだまま、しばらく口に運ぶことは出来なかった。


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